Miss.Terry 〜長久手亜矢の回想録〜

真昼間イル

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存在理由は運命

No.12 3社会議

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ハイビームがチラッと見えた、チュロスの運転するワゴン車が、ゆっくりと地下駐車場の車寄せに停車した。

初めに黒スーツを来た金髪ボブヘアーの女と、同じく黒いスーツに坊主頭、サングラスを掛けた体格のいい男が降りてきた。
その後に続き、灰色のスーツに亜麻色の髪を束ねた女がワゴン車から降りてきた。ソフィアだった。
テリーとマカロンは無意識のうちに口が空いていた。

「3社会議の件、無理言って申し訳ございませんでした、ご対応ありがとうございます」
ソフィアはテリーとマカロンにお辞儀をすると、サングラスを掛けたテリーを見つめた。

「随分、若い方ですね。お名前は?」

テリーは想定外の事で、思わず沈黙してしまった。

「あ、この子は新人でして‥‥その~‥‥‥」
マカロンがテリーとソフィアの間に入ろうとした。

「テ‥リー‥‥‥『テリー』です」
テリーは咄嗟に自分のアダ名を答えた。

「そう‥‥‥良い名前ね。案内をよろしくお願いします。Miss.Terry」

ソフィアはテリーに優しく微笑みかけた。

テリーはサングラス越しにソフィアの笑顔を見て安心した束の間、マカロンに背中を押された。

「こ、こちらへどうぞ」
テリーは声をうわずられせると直通エレベーターへ3人を案内した。
24階へ上がる間、沈黙が長く感じた。

テリーが24階に到着すると、エレベーターホールで近藤が待機していた。
「ようこそ日本支社へ、こちらへどうぞ」
スーミア本社御一行を会議室へ案内した。

会議室の大きい窓からは、建設中の高層ビルや背の低い商業街区が見渡す事ができる。車がミニカーのように小さく見えた。

すぐにマカロンが米国支社の男女2名を連れてきた。
短髪で黒縁眼鏡をかけた壮年の男と、銀髪ロングヘアーの女だった。
男はジャケットにチノパン、女は黒スーツ姿だった。

「ソフィア=バートナーです。スーミア社渉外部から参りました」
渉外部は主に企業間の交渉事を処理する部門だ。
昨日のオラルの会見後、日本に飛んできたようだ。
近藤はソフィアと握手を交わした。

「米国支社、営業渉外部のビンス=ハーロットです」
近藤は黒縁眼鏡のビンスと握手を交わしたが、ビンスの後に立つ、銀髪の女に気を取られていた。

3社の協議者代表は、会議室中央にある大きな円卓の座席を、持て余すように離れて座った。

「お付きの方は、よろしいのかな?」
近藤は空いている座席に手を差し出したが、3人とも協議者の背後に立ったままだった。
「どうぞお構いなく」
金髪ボブヘアーの女が笑顔で答えた。

「本日の3社協議での決定事項は4日後の方針会議でアジア各支社長へ共有いたします。この場で決められない事もあるかと思いますが、ご承知おき下さい」
ソフィアはパソコンを取り出した。

マカロンが壁スイッチを押すと、大型スクリーンが降りてきた。

「その前に一つだけいいですかな?」
近藤は控えめに手を上げた。

「えぇ、どうぞ」
ソフィアは頷いた。

「私の前任、カルロスの行方は、未だ判明していないのでしょうか」
カルロス前日本支社長は一か月前、謎の失踪を遂げており、サバランがその後を追っている。

「彼の生れはシベイリア共和国でしたよね?ソフィアもご存知ではないのですか?」
ビンスは流暢な日本語でソフィアに尋ねた。

「直近では米国に入国した渡航履歴がありました。現在警察には捜索願いが出されています。無事だったら良いのですが」

「今は警察に任せましょう、いずれひょっこり出てくるかもしれませんしね」
ビンスは黒縁眼鏡を外すと、タブレット端末を円卓の上に置いた。

「さて、本題といきましょう」
ソフィアは大型スクリーンに資料を投影すると、直近10年間のスーミア全社の業績報告をし始めた。
業績トップは米国支社、最下位は日本支社だった。
前置きが終わると、独・仏・英国支社を欧州支社として合併した経緯とメリットを説明した。

「説明ありがとうソフィア、ここからは私から話すとしよう」
ビンスは席を立つと、資料を投影した。
30年間の及ぶ、米国支社設立からの軌跡。15拠点に及ぶ国内採掘場と鰻登りの業績と、サクセスストーリー。
海洋国家の日本の海底に眠る地下資源、それらを採掘する為の想定費用を掲示した。
「Mr.近藤、一緒に日本の海洋資源を開発しませんか?」
ビンスは声高らかに両腕を広げた。

「非常に魅力的な話です」
想定通りの投げかけに、近藤は大きく頷いた。

「ただ華々しい成功事例の裏では、切っては切れない裏社会との繋がりがあるのではないですか!」
近藤はそう叫ぶと、リアルでは口をつむんでいた。

「ビンス、近藤さんが危惧しているのは米国支社と裏社会の繋がりを疑っているのです」
そう言うと、ソフィアは資料を共有した。
スクリーンに文書が映し出されると、ビンスの目つきが変わった。

「これは全て米国の諜報部で保管されている事件簿です。摘発された者、殺害された者、殺人を犯した者、関与した人間全て米国支社と繋がりのある役人や労働者、経営者たちです」
ソフィアは画面をスクロールして事件簿の多さを主張した。

「馬鹿げている。これらの事件を我々が主導してるとでも?証拠はどこにある?えー?無いだろう!?」
ビンスは両手を上げ、眉を吊り上げた。

ビンスの後ろで話を聞いていた銀髪ロングヘアーの女がソフィアに向かって歩き出した。
「ガレット、どうした?」
ビンスは無表情の銀髪女性を目で追った。

ガレットが上着の内ポケットに手を入れると、黒スーツの1人がソフィアの前に躍り出た。
「やめておけ」
金髪ボブの女は腰に手を添えながら威嚇した。
坊主頭のサングラス男はビンスの背後に回り込んでいた。

「カヌレ、心配ないわ。ここはです」
金髪ボブの女はソフィアの言葉を聞くと、ゆっくりと身を引いた。

「ジェラートも、こちらへ戻って下さい」
坊主頭のサングラス男はソフィアの後方、定位置に戻った。

「ガレット!何をしてる、戻りたまえ!」
ビンスは声を張り上げた。
もしここでガレットがソフィアを攻撃するような事があれば、米国支社と事件の関与を少なからず認めることになってしまう。
ビンスはそれを避けたつもりだった。

「ヒートアップしてはいけない、ここは一旦ブレイクしましょう」
近藤はマカロンにお茶を出すよう指示をした。
ビンスは黒縁眼鏡を掛けると会議室を出た。
ソフィアは小さいドリンクメニュー表をまじまじと見ていた。

(どうやら少し時間を掛ける必要がありそうだな。それにしてもソフィアは邪魔だ。かくなる上は‥‥‥‥)
ビンスは考察を脳内で繰り広げながら、会議室の反対に位置するテラスルームへ出た。

腕時計を見ながら、携帯電話を手に取った。
「ビンスだ、状況は?」

《今現場に待機しています。見たところ、奴ら警察と組んでますね》

「だから受け子を用意したんだろ?」

《はい、事が済んだら用無しです》

「今3社会議中で事件簿を出されて、刺されたばかりだ、足跡を残すなよ?」

《ソフィアですか?‥‥‥厄介ですね》

「進捗は都度報告してくれ、こちらの立ち回り方も変わるからな」

《了解。また報告します》
ビンスの通話相手は、ニット帽を被った堀の深い容貌の男だった。男はビンスとの通話を終えると誰かに電話を掛けた。

「そろそろ時間だ、公園の中央へ向かえ」
《マサトは無事なんでしょうね?》
電話の相手は岩間真子『マコ』だった。

「今頃、泣きつかれて寝てるだろうよ」

《言われた通りにするわ‥‥‥》

「良し、任務開始だ」
男は電話を切った。ここはビルの屋上。
北風を避けるように、男は冷たいコンクリートに伏せ、ライフルの照準器に目を当てた。

その上空を黒い飛行体が行ったり来たりしていたが、気に留める者はいなかった。

‥‥‥
‥‥‥‥

「いいブレイクタイムでした。頭が冷めましたよ。交渉事はクールにしないといけませんね」
会議室にビンスが戻って来た。

席にはコーヒーが置かれていた。
「うーん、良い香りだ」
ビンスはコーヒーを一口飲んだ。
「私の希望は掲示しました。日本のレアメタル開発資金を肩代わりする代わりに、このオフィスに我々を出向させて下さい。こんな好条件、他にありえませんよね?」

「日本支社に出向ですか、4月のホールディングス化の後はどういうおつもりで?」
近藤は手帳を開いた。

「スーミア社ホールディングス化に伴い、我々米国支社と日本支社は業績は問われず、対等の会社となります。我々は日本のレアメタルを発掘します。その発掘費用を負担する代わりに、レアメタル輸出利益の20%を頂きたい」
ビンスの話し方は周りの意識を取り込む力があった。

「それは即答できません、政府にも話を通しておかないとなりません。海洋資源は会社の物では無いので」
近藤は両手をテーブルの上で組むと、マカロンを見た。

「そもそも米国支社と組む気はありません」
マカロンが割って入った。

「お、おい!マカロン、失礼だろ」
近藤とマカロンの三文芝居が始まった。

ビンスの黒縁眼鏡が照明の光を反射した。明らかにマカロンの言葉が気に入らなかったように見えた。
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