魔女っ子、死にたまふことなかれ

山神まつり

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第九話 回顧

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あれほど騒いでいたクラスメイトたちは一気に沈静化し、むしろニーナを遠巻きにし始めた。話しかける生徒たちもほとんどいなくなった。

相変わらずニーナは堂々と遅刻してきたり、授業をボイコットしたり、いつの間にか保健室のベットで寝ていたり色々とやりたい放題だったが、授業で指されてもさらっと答えられるので、先生たちも口を酸っぱく言うこともなかった。

学期に2回あるテストでも、学年5位以内には入る成績を叩きだし、ますます何も言えなくさせてしまった。生活態度に対して苦言を呈する生活指導の先生はいたが、軽く受け流しているようだった。肝が据わっている。

「そういえばニーナさん、どこに住んでいるんですか?」

「―――なんであんたにそんなこと話さなくちゃいけないわけ?」

最近、流花は教室でお昼を食べるのを止めた。出入り禁止の屋上にニーナがいることが多いので、怒られるのを承知で彼女の後を追いかけてきた。ニーナはあまりお昼ご飯を食べようとしない。昼休みは常に寝ている。魔法少女で尋常じゃない生命力を消費しているのだから、きちんと食べて欲しいとは思うけれど聞く耳を持ってくれない。

「別にニーナさんの家まで押しかけようなんて思っていませんよ。急に引っ越しが決まって、すぐにこっちに来たからご両親とか一緒に来ているのかなぁって……」

「親ならいないわよ」

何でもないようなことというように口にした。

流花も、厳密には両親とも傍にいない。父のことは名前すら知らないし、母はまだ刑務所にいるのか、出所してきたのかそれすらも聞かされていない。だけど、親代わりの穂乃果が傍にいてくれて、愛情を注いでくれるので親がいないことに対して寂しいと思ったことがない。

「そう、ですか」

「親はいないけど、弟ならいるわ。もう、全然会えていないけど」

彼女の横顔をこっそり見ると、どこか懐かしそうに目を細めていた。

でも、流花が根掘り葉掘り訊いてニーナの横顔を陰らせたくない。流花はそのまま黙って弁当の続きに取り掛かった。

気付くと、ニーナさんは訝し気にこちらを見つめていた。流花はその真意が分からず、彼女と目を合わせたまま咀嚼を繰り返していた。

「……あんた、やっぱおかしいわよ。というより、不可解で不気味?同級生からそんなこと言われない?」

「―――一人からは小学生の時からめちゃくちゃ嫌われてますね。クラスメイトからも、大して話しかけられないので、大多数にそう思われていると思います」

さらっとそう口にすると、ニーナさんは一瞬息を飲み、そのまま息を吐き忘れたのかげほげほとむせていた。

「別にこれは自慢とかじゃないわよ。私はこんな容姿だから、小さい頃から大人も子供も蠅のようにたかっていたわけよ。にこにこ笑って接しているだけで、人は自分に好意を持っていると勘違いするのよね。大人も子供も媚びるように近づいてきて、後々面倒なことになったこともあった。だけど、あいつは違ったのよね……」

「あいつ?もしかして、久我志苑―――」

流花の言葉に、一瞬咎めるような視線を向けた。

「ああいう風になるまでは、常に一緒にいたわけではないけど、むやみに接触しようとしたり遠巻きにしたり、そういうあからさまな対応をする奴じゃなかった。心地よい距離感を分かっているのよね。ずっと話しかけてくるわけじゃないし、全く話さないわけでもないし、だからあいつは今でも芸能界という魑魅魍魎の住処でうまく自分の価値を分かっていて、悪意をすり抜けながら生きていけてる。私とは、違うのよ。でも、名も分からないものに擬態されてからは、あいつはおかしくなった。意思疎通も出来なくなった。あいつの皮を被りながら、笑顔で対応している姿を見ると吐き気がしてくるのよね」

「エリスですよね、〈審判〉のエリス。そう聞きま―――」

気付くと、流花は息が出来なくなっていた。鋭い眼光のニーナに力強い力で首を絞められていたからだ。

「―――あんた、何でそんなことまで知ってるの?あいつから聞いた?」

違う、と言いたくてもニーナは力を緩めてくれなかった。

急に気道が確保されると、そのままげほっとむせて、流花は咳が止まらなくなった。

ニーナの方を見上げると、彼女は氷のように冷たく、敵を見るような視線で見下ろしている。

「……同じ、エリスの人が、この学校にいるんですよ」

流花の言葉に、ニーナは微かに眉尻を震わせた。

「そんな気配、感じなかったわよ。どこのどいつよ、案内して」

けほけほ、と流花が餌付いても、ニーナは切羽詰まったように捲し立てているだけだ。よほど余裕がないのか、何も発しない流花に媚びるように何か口にしている。

ニーナには女王然としていて欲しいのに、どこか興覚めなような体の内側から冷えた感情が湧き上がってくる。

ニーナは急に静かになった。そのまま悲しそうに俯くと、「ごめん」と呟いた。

「ごめん、あんたに酷いことをした。許されないことをしたわ。だけど、私は奴らのことを知りたいのよ。エリスを、弱体化させる方法を知ることが出来れば志苑から取り除くことが出来るし、毎日恐々として生きていくことをしなくてもいい!」

「ニーナさんは、魔法少女として生きるのは嫌なんですか?」

流花の言葉に信じられないとばかりに怒りを滲ませる。

「魔法少女がカッコよくて素敵で羨ましいなんていうのは、現実を知らないアニメの中でしか知らない奴がいうことよ。あんただって、現状をその目にしたでしょう?それを知った上で、そんな戯言が吐けるっていうわけ!?」

ふーふーと頭から湯気が出る勢いで捲し立てるニーナを、流花は何て美しい人なんだろうと思ってしまった。怒りを滲ませて気高く罵るその姿は、やはりフランチェスカの姿を彷彿とさせる。

だけど、目の前にいるニーナはフランチェスカではない。新見ニーナという現実に生きている少女だ。流花の幻想を、彼女に押し付けてはいけない。

「ごめんなさい、ニーナさん。軽率な発言だった。私の最大限の力を使ってもらって、ニーナさんには魔法少女を続けてもらえばいいって、そんなことを思っていました。だけど、ニーナさんは自分の身を削って辛い思いをしているのに、そんなことを言うべきじゃなかった」

流花の謝罪に、ニーナは一気に感情を押し込めた。

「エリスの実態を、まずは知りましょう。どうして彼らがこの地球に来たのか、何をしたいのか、そこから知った方が魔法少女の存在意義なんかが分かるかもしれません」



流花は急いで家に帰ると、まずは家の中の片づけを始めた。

洗濯物を片付けて、お風呂掃除をして、簡単に掃除機をかけた。

今夜は会議で帰りが遅くなると穂乃果さんから聞いていたので、穂乃果さんにはすぐに食べられる丼ものを作っておこう。

小野寺兄妹は何でも食べられるみたいなので、魚でも肉でも野菜でも最大限に作れる。朔はどちらかというと魚の方が好きなようだった。

問題は、もう一人の客人の好みだ。

訊いてみたけれど、肉も鶏肉しか食べないようで、嫌いな野菜が多い。作られるものも限られてくる。

流花は週末にどっさりと買っておいた冷蔵庫の食材とにらめっこをしていた。

夜7時ごろ、インターフォンが鳴った。

ドアを開けると、制服のまま小野寺兄妹が立っていた。

「家に帰ると面倒そうだから、少し商店街のカフェで宿題とかしてから来たの」

お腹空いたーとばかりに小野寺郁が下腹部をさすっている。

「そうだったんですか?それなら早めに来てもらっていれば良かったですね」

「いや、夕飯をごちそうになるのに、早くから来たら長居になってしまうからね。中学生とはいえ、節度をわきまえないと」

「小野寺先輩、そんな気を遣わなくて大丈夫ですよ。叔母は仕事で遅くなるから、私一人ですし」

朔は小さくかぶりを振りながら顔の前で手を振っている。

「そういうわけにはいかない。節度もそうだが、樋浦さんの家を僕たちの避難場所にしてはいけないと思っている。甘えが過ぎると、それは後で思いがけないところで悪い噂の火種になりかねないからね」

「そう、ですか」

朔の言っている意味が半分も理解できなかったが、あまり近所の目につかない方がいいと思うので家の中に入ってもらうことにした。

「おじゃましまーす。何か、他人の家ってほとんど入ったことなくて、緊張するなぁ」

楽し気にあたりを見回している郁と違い、朔は無言で上がると、きちんと靴をそろえた。一緒に郁のもそろえている。

「リビングはこっちです」

流花は案内すると、二人は明らかに目をキラキラさせた。

「……あと、二人には言っていなかったんですけど、今日はもう一人いるんです」

小野寺兄妹は顔を見合わせると、そのまま意思疎通が出来ているかのように小さく頷いた。

「まぁ、そうかなぁとは思ってました。新見先輩、ですよね?」

「彼女が急に引っ越してきたのも、僕たちがあの日の記憶を残していたことや、樋浦さんがこの学校にいるからか、どっちみちまた相見えるだろうとは思っていたよ」

先見の明がありすぎて、流花は思わず目を丸くしてしまった。

「それに、新見さんが自ら僕たちのことに首を突っ込もうとはしないと思うし、ここに来たいというのは……エリーのことを詳しく訊きたいからじゃないかな?」

的を得すぎて口をあんぐりと開けたままになっていた。流花のその姿に、朔は我慢できないとばかりに、ぶっと噴出した。

「いいよ、エリーに訊いてみよう。どこまで答えてくれるかわからないけれど、〈審判〉よりは好意的じゃないかな」

それから15分ほど待っていたが、ニーナが来る気配はなかった。朔は黙って席についていたが、郁は限界が近づいているようで体を小刻みに揺らしている。

「郁、人の家で行儀が悪いぞ」

「あ、えーと、ちょっと迷っているかもしれないので、外をちょっと見てきます」

もしかしたら迷っているのかもしれない。

流花は飛び出すように外に出ると、商店街の方へ向かって走り出した。

商店街の近くの白に青い屋根の家といえばわかるかと思ったが、あたりは闇に閉ざされていたので分かりづらいのかもしれない。

しばらく辺りを歩いていると、見覚えのある長い栗色の紙をなびかせた少女が男子高校生数人に囲まれているようだった。

「ニーナさん!」

流花の声に少女が振り返った。その表情は疲れと苛立ちに充ちていた。

「―――来るの遅いじゃないの!」

「え……ニーナさんがこっちに来てくれるんじゃ?」

「えー何?お友達ーそんなのいいから、俺たちとゲーセンとかいかない?」

「うるさい!あんたたちに構ってる時間なんてないのよ!」

高校生たちを一喝し、慄いている隙に流花はニーナの手を引いて走り出した。

「ニーナさん、家の特徴、教えといたじゃないですか」

はあはあと息を切らしながらそう話すと、「知らないのよ」とニーナが後ろで呟いた。

ニーナの声がよく聞こえず、流花は足を止めると、「何がです?」と聞き返した。

「―――あんたの、苗字」

「えええっ!」

近所迷惑と分かっていながらも、流花はそう声を出さずにはいられなかった。
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