14 / 62
3ー1
しおりを挟む
「…貴方、どこからこの町に入ったんですか?」
ミネリさんが、この上なく疑わしげな顔をして言った。
「ああん?門からに決まってんだろ?」
イーディスが答える。ハイ。嘘です。
そう答えるしかないんだけどね。
まさか、「元々町の中に刺さってました」なんて言えない。イーディスの答えは、嘘だけど正しい。もう少し、言い方ってものがあるとは思うが。お前はヤクザかっての。
一夜明けて、私とイーディスは町の役所に来ていた。
昨日は大変だった。立て続けの技能発動に魔物襲来からの後処理。目まぐるしいにもほどがある。
そんな中、イーディスはちゃっかり拾った蜂の針を医者に売りつけーーなんでも解毒薬の材料になるらしいーーその日の宿代を稼いでいた。まったくもって、世慣れている。足りない知識を彼なら補ってくれるだろうという私の読みは、正しかったようだ。
ただ、腰を据えて話す時間はなかった。
今、この町の医療関係者は不足している。それはもちろんホルルカ島の魔物の大量発生が原因で、重症者の大半が留め置かれている港町に人材が割かれているからだ。
恩人とその他の人を運び込んだ治療院も、やはり人手不足だった。私とイーディスが、手伝いに駆り出されたのは言うまでもない。解放されたのは、日もとっぷりと暮れた時間だった。まさかイーディスを連れて娼館に戻るわけにもいかないので、そこで一旦解散。あくる日になって合流したわけなのだけどーー
「長くて呼びにくい」と、イーディスが私の名前にケチをつけたことで思い出した。
身分証の名前が表示されたことを、申告していない。
これから役所には、なにかと世話になるだろうと思われる。私がフランチェスカという名の者であると、早々に認識してもらわなければ。それに昨日の騒ぎだ。町が今、どんな状況であるかも知りたい。情報収集も兼ねて、二人で足を運んだ。
そして、ミネリさんに疑われてる。
ミネリさんは、イーディスを見るなり手元の帳簿を捲り始めた。今、その手は止まっている。
「貴方のような人を、入れた記録はないのですけど?」
「蜂が出てごたついてたんだ。漏れもあらあな。門番を責めてやるなよ」
「はあっ!?貴方、許可もなく勝手に入ったの?」
「俺が来たのは騒ぎの真っ只中だ。仕方ねえだろ?ガミガミ言うなよ」
「なっ…」
「蜂退治にも貢献してやったんだ。騎士も傭兵も、ホルルカの魔物討伐に出て、最低限の手薄だったんだろ?感謝しろよ」
「それは…いえ!それとこれとは話が別!なんなんですか、この失礼な人は?フランチェスカさん!」
ここでミネリさんが私を見た。ハイ。スミマセン。
役所の扉を開け、窓口に立つ貴重な顔見知りに安堵し、声をかけ名を告げた。亜麻色の髪をきっちり結わえた知的美人さんは、柔らかく微笑んでくれた。「お名前が分かって良かったですね」と。そこまでは良かったのだけど…
如何せん、イーディスは目立ちすぎた。ホント、黙っていれば十人が十人、女性なら振り向くという極上のイケメンなのだ。人の出入りを管理する立場のミネリさんには、私の隣に立つ男が余所者であるとすぐに気付かれてしまった。
「えーっと、一応、私の命の恩人なんです。昨日蜂に襲われそうになったところを助けられまして…」
「ま、まあっ!?大丈夫なんですか?」
「ええ、まあ、はい。この人のお陰で」
驚くミネリさんを前に、イーディスに手を向ける。
「…そうなんですか」
ミネリさんは、困った顔でイーディスに視線を戻した。
役所は領主が設けたもの。つまり、ミネリさんの上司は、土地を治める領主様。確か…アルクレール侯爵といったかーーとにかく問題を起こしてはいけない相手であるのは間違いない。口のきき方には気をつけてもらいたいものだ。分かってるのだろうか、この男。
頭一つ以上高いイーディスを見上げると、物珍しそうに建物内を見回していた。ミネリさんの不興など、どこ吹く風である。なにを見ているのやら。同じように視線を移した。
三つに仕切られたカウンター、並べられた椅子。場所は変われど、役所というものはどこも同じようなものだなと、ぼんやり思う。
そして、私の失くした記憶は「自身が何者であったか」、その一点に尽きるのだと、改めて気付かされた。だからといって、私が私であることに変わりはないのだが。
「分かりました。勝手に町に入ったことには目を瞑ります。但し、ここで身分証を提示していただきます」
よそ見をする私たちに、ミネリさんの譲歩の言葉。ギクリとした。
身分証なんて。イーディスがそんなものを持っているはずがない。昨日、人になったばかりの剣なのだから。そう思い焦ったのだけれどーー
「分かった」
イーディスはあっさり了承し、懐に手を突っ込む。そして身分証を取り出した。
「え?なん…ぶふっ」
思わず疑問の声を上げた私の口が、褐色の手の甲ではたかれる。裏手ツッコミの如く。
「お、悪い。当たっちまった」
口の端を上げつつ、しれっとイーディスが言った。
…余計なことを言うな、ということか。
「では、拝見します」
私達の様子に、不思議そうに首を傾げながら、ミネリさんが差し出された身分証を受け取り見る。私もすかさず覗き込んで見た。
イーディス 二十八歳
人族
ティルミット
……普通だ。
びっくりするほど普通だった!剣なのに『人族』表示だった!二十八歳だって!?まあ、見た目そのくらいだよ!三百年前の剣だけどね!?…え?
何故、身分証を持っている?
「あら?ご立派なこと。聖剣と同じ名前ですか」
「ティルミット出身だからな」
「そう…まさかね…?」
イーディスとミネリさん、二人の会話にドキリとする。ここに来るまでに、嫌というほど目にしていた。誰にも抜けなかった聖剣が誰かに抜かれたと、騒ぎになっている。「まさか」って?気付かれた?ここにいる男が聖剣本人だって。
「まさか、なんだ?」
「貴方が聖剣を抜いたなんてことは…」
ミネリさんは困惑の表情だ。
「なわけないだろ。俺が広場に立った時には、すでになくなっていた」
「そ、そうですよね。まさか、貴方が聖剣の主ーー勇者だなんて…」
あ、なんだ。抜いた人と疑われたのか。ホッとしていると、イーディスがニヤニヤしてこちらを見た。…あれ?
抜いたの私だった。
ミネリさんが、この上なく疑わしげな顔をして言った。
「ああん?門からに決まってんだろ?」
イーディスが答える。ハイ。嘘です。
そう答えるしかないんだけどね。
まさか、「元々町の中に刺さってました」なんて言えない。イーディスの答えは、嘘だけど正しい。もう少し、言い方ってものがあるとは思うが。お前はヤクザかっての。
一夜明けて、私とイーディスは町の役所に来ていた。
昨日は大変だった。立て続けの技能発動に魔物襲来からの後処理。目まぐるしいにもほどがある。
そんな中、イーディスはちゃっかり拾った蜂の針を医者に売りつけーーなんでも解毒薬の材料になるらしいーーその日の宿代を稼いでいた。まったくもって、世慣れている。足りない知識を彼なら補ってくれるだろうという私の読みは、正しかったようだ。
ただ、腰を据えて話す時間はなかった。
今、この町の医療関係者は不足している。それはもちろんホルルカ島の魔物の大量発生が原因で、重症者の大半が留め置かれている港町に人材が割かれているからだ。
恩人とその他の人を運び込んだ治療院も、やはり人手不足だった。私とイーディスが、手伝いに駆り出されたのは言うまでもない。解放されたのは、日もとっぷりと暮れた時間だった。まさかイーディスを連れて娼館に戻るわけにもいかないので、そこで一旦解散。あくる日になって合流したわけなのだけどーー
「長くて呼びにくい」と、イーディスが私の名前にケチをつけたことで思い出した。
身分証の名前が表示されたことを、申告していない。
これから役所には、なにかと世話になるだろうと思われる。私がフランチェスカという名の者であると、早々に認識してもらわなければ。それに昨日の騒ぎだ。町が今、どんな状況であるかも知りたい。情報収集も兼ねて、二人で足を運んだ。
そして、ミネリさんに疑われてる。
ミネリさんは、イーディスを見るなり手元の帳簿を捲り始めた。今、その手は止まっている。
「貴方のような人を、入れた記録はないのですけど?」
「蜂が出てごたついてたんだ。漏れもあらあな。門番を責めてやるなよ」
「はあっ!?貴方、許可もなく勝手に入ったの?」
「俺が来たのは騒ぎの真っ只中だ。仕方ねえだろ?ガミガミ言うなよ」
「なっ…」
「蜂退治にも貢献してやったんだ。騎士も傭兵も、ホルルカの魔物討伐に出て、最低限の手薄だったんだろ?感謝しろよ」
「それは…いえ!それとこれとは話が別!なんなんですか、この失礼な人は?フランチェスカさん!」
ここでミネリさんが私を見た。ハイ。スミマセン。
役所の扉を開け、窓口に立つ貴重な顔見知りに安堵し、声をかけ名を告げた。亜麻色の髪をきっちり結わえた知的美人さんは、柔らかく微笑んでくれた。「お名前が分かって良かったですね」と。そこまでは良かったのだけど…
如何せん、イーディスは目立ちすぎた。ホント、黙っていれば十人が十人、女性なら振り向くという極上のイケメンなのだ。人の出入りを管理する立場のミネリさんには、私の隣に立つ男が余所者であるとすぐに気付かれてしまった。
「えーっと、一応、私の命の恩人なんです。昨日蜂に襲われそうになったところを助けられまして…」
「ま、まあっ!?大丈夫なんですか?」
「ええ、まあ、はい。この人のお陰で」
驚くミネリさんを前に、イーディスに手を向ける。
「…そうなんですか」
ミネリさんは、困った顔でイーディスに視線を戻した。
役所は領主が設けたもの。つまり、ミネリさんの上司は、土地を治める領主様。確か…アルクレール侯爵といったかーーとにかく問題を起こしてはいけない相手であるのは間違いない。口のきき方には気をつけてもらいたいものだ。分かってるのだろうか、この男。
頭一つ以上高いイーディスを見上げると、物珍しそうに建物内を見回していた。ミネリさんの不興など、どこ吹く風である。なにを見ているのやら。同じように視線を移した。
三つに仕切られたカウンター、並べられた椅子。場所は変われど、役所というものはどこも同じようなものだなと、ぼんやり思う。
そして、私の失くした記憶は「自身が何者であったか」、その一点に尽きるのだと、改めて気付かされた。だからといって、私が私であることに変わりはないのだが。
「分かりました。勝手に町に入ったことには目を瞑ります。但し、ここで身分証を提示していただきます」
よそ見をする私たちに、ミネリさんの譲歩の言葉。ギクリとした。
身分証なんて。イーディスがそんなものを持っているはずがない。昨日、人になったばかりの剣なのだから。そう思い焦ったのだけれどーー
「分かった」
イーディスはあっさり了承し、懐に手を突っ込む。そして身分証を取り出した。
「え?なん…ぶふっ」
思わず疑問の声を上げた私の口が、褐色の手の甲ではたかれる。裏手ツッコミの如く。
「お、悪い。当たっちまった」
口の端を上げつつ、しれっとイーディスが言った。
…余計なことを言うな、ということか。
「では、拝見します」
私達の様子に、不思議そうに首を傾げながら、ミネリさんが差し出された身分証を受け取り見る。私もすかさず覗き込んで見た。
イーディス 二十八歳
人族
ティルミット
……普通だ。
びっくりするほど普通だった!剣なのに『人族』表示だった!二十八歳だって!?まあ、見た目そのくらいだよ!三百年前の剣だけどね!?…え?
何故、身分証を持っている?
「あら?ご立派なこと。聖剣と同じ名前ですか」
「ティルミット出身だからな」
「そう…まさかね…?」
イーディスとミネリさん、二人の会話にドキリとする。ここに来るまでに、嫌というほど目にしていた。誰にも抜けなかった聖剣が誰かに抜かれたと、騒ぎになっている。「まさか」って?気付かれた?ここにいる男が聖剣本人だって。
「まさか、なんだ?」
「貴方が聖剣を抜いたなんてことは…」
ミネリさんは困惑の表情だ。
「なわけないだろ。俺が広場に立った時には、すでになくなっていた」
「そ、そうですよね。まさか、貴方が聖剣の主ーー勇者だなんて…」
あ、なんだ。抜いた人と疑われたのか。ホッとしていると、イーディスがニヤニヤしてこちらを見た。…あれ?
抜いたの私だった。
0
あなたにおすすめの小説
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る
金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。
ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの?
お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。
ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。
少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。
どうしてくれるのよ。
ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ!
腹立つわ〜。
舞台は独自の世界です。
ご都合主義です。
緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる