灰色の旅人

ふたあい

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3ー1

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「…貴方、どこからこの町に入ったんですか?」
 ミネリさんが、この上なく疑わしげな顔をして言った。
「ああん?門からに決まってんだろ?」
 イーディスが答える。ハイ。嘘です。

 そう答えるしかないんだけどね。

 まさか、「元々町の中に刺さってました」なんて言えない。イーディスの答えは、嘘だけど正しい。もう少し、言い方ってものがあるとは思うが。お前はヤクザかっての。

 一夜明けて、私とイーディスは町の役所に来ていた。

 昨日は大変だった。立て続けの技能発動に魔物襲来からの後処理。目まぐるしいにもほどがある。
 そんな中、イーディスはちゃっかり拾った蜂の針を医者に売りつけーーなんでも解毒薬の材料になるらしいーーその日の宿代を稼いでいた。まったくもって、世慣れている。足りない知識を彼なら補ってくれるだろうという私の読みは、正しかったようだ。
 ただ、腰を据えて話す時間はなかった。
 今、この町の医療関係者は不足している。それはもちろんホルルカ島の魔物の大量発生が原因で、重症者の大半が留め置かれている港町に人材が割かれているからだ。
 恩人とその他の人を運び込んだ治療院も、やはり人手不足だった。私とイーディスが、手伝いに駆り出されたのは言うまでもない。解放されたのは、日もとっぷりと暮れた時間だった。まさかイーディスを連れて娼館に戻るわけにもいかないので、そこで一旦解散。あくる日になって合流したわけなのだけどーー
 「長くて呼びにくい」と、イーディスが私の名前にケチをつけたことで思い出した。

 身分証の名前が表示されたことを、申告していない。

 これから役所には、なにかと世話になるだろうと思われる。私がフランチェスカという名の者であると、早々に認識してもらわなければ。それに昨日の騒ぎだ。町が今、どんな状況であるかも知りたい。情報収集も兼ねて、二人で足を運んだ。

 そして、ミネリさんに疑われてる。

 ミネリさんは、イーディスを見るなり手元の帳簿を捲り始めた。今、その手は止まっている。
「貴方のような人を、入れた記録はないのですけど?」
「蜂が出てごたついてたんだ。漏れもあらあな。門番を責めてやるなよ」
「はあっ!?貴方、許可もなく勝手に入ったの?」
「俺が来たのは騒ぎの真っ只中だ。仕方ねえだろ?ガミガミ言うなよ」
「なっ…」
「蜂退治にも貢献してやったんだ。騎士も傭兵も、ホルルカの魔物討伐に出て、最低限の手薄だったんだろ?感謝しろよ」
「それは…いえ!それとこれとは話が別!なんなんですか、この失礼な人は?フランチェスカさん!」

 ここでミネリさんが私を見た。ハイ。スミマセン。

 役所の扉を開け、窓口に立つ貴重な顔見知りに安堵し、声をかけ名を告げた。亜麻色の髪をきっちり結わえた知的美人さんは、柔らかく微笑んでくれた。「お名前が分かって良かったですね」と。そこまでは良かったのだけど…
 如何せん、イーディスは目立ちすぎた。ホント、黙っていれば十人が十人、女性なら振り向くという極上のイケメンなのだ。人の出入りを管理する立場のミネリさんには、私の隣に立つ男が余所者であるとすぐに気付かれてしまった。

「えーっと、一応、私の命の恩人なんです。昨日蜂に襲われそうになったところを助けられまして…」
「ま、まあっ!?大丈夫なんですか?」
「ええ、まあ、はい。この人のお陰で」
 驚くミネリさんを前に、イーディスに手を向ける。
「…そうなんですか」
 ミネリさんは、困った顔でイーディスに視線を戻した。
 役所は領主が設けたもの。つまり、ミネリさんの上司は、土地を治める領主様。確か…アルクレール侯爵といったかーーとにかく問題を起こしてはいけない相手であるのは間違いない。口のきき方には気をつけてもらいたいものだ。分かってるのだろうか、この男。
 頭一つ以上高いイーディスを見上げると、物珍しそうに建物内を見回していた。ミネリさんの不興など、どこ吹く風である。なにを見ているのやら。同じように視線を移した。
 三つに仕切られたカウンター、並べられた椅子。場所は変われど、役所というものはどこも同じようなものだなと、ぼんやり思う。
 そして、私の失くした記憶は「自身が何者であったか」、その一点に尽きるのだと、改めて気付かされた。だからといって、私が私であることに変わりはないのだが。

「分かりました。勝手に町に入ったことには目を瞑ります。但し、ここで身分証を提示していただきます」

 よそ見をする私たちに、ミネリさんの譲歩の言葉。ギクリとした。
 身分証なんて。イーディスがそんなものを持っているはずがない。昨日、人になったばかりの剣なのだから。そう思い焦ったのだけれどーー
「分かった」
 イーディスはあっさり了承し、懐に手を突っ込む。そして身分証を取り出した。
「え?なん…ぶふっ」
 思わず疑問の声を上げた私の口が、褐色の手の甲ではたかれる。裏手ツッコミの如く。
「お、悪い。当たっちまった」
 口の端を上げつつ、しれっとイーディスが言った。

 …余計なことを言うな、ということか。

「では、拝見します」
 私達の様子に、不思議そうに首を傾げながら、ミネリさんが差し出された身分証を受け取り見る。私もすかさず覗き込んで見た。


 イーディス 二十八歳
 人族
 ティルミット


 ……普通だ。

 びっくりするほど普通だった!剣なのに『人族』表示だった!二十八歳だって!?まあ、見た目そのくらいだよ!三百年前の剣だけどね!?…え?

 何故、身分証を持っている?

「あら?ご立派なこと。聖剣と同じ名前ですか」
「ティルミット出身だからな」
「そう…まさかね…?」
 イーディスとミネリさん、二人の会話にドキリとする。ここに来るまでに、嫌というほど目にしていた。誰にも抜けなかった聖剣が誰かに抜かれたと、騒ぎになっている。「まさか」って?気付かれた?ここにいる男が聖剣本人だって。
「まさか、なんだ?」
「貴方が聖剣を抜いたなんてことは…」
 ミネリさんは困惑の表情だ。
「なわけないだろ。俺が広場に立った時には、すでになくなっていた」
「そ、そうですよね。まさか、貴方が聖剣の主ーー勇者だなんて…」
 あ、なんだ。抜いた人と疑われたのか。ホッとしていると、イーディスがニヤニヤしてこちらを見た。…あれ?

 抜いたの私だった。
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