灰色の旅人

ふたあい

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5ー2

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 なにかと足を運ぶことの多い南西の森は、リズとベルクラを隔てている。迂回するのはオススメできない。山越えを余儀なくされるため、危険度倍増。更なる迂回は、時間と金の無駄。だから、人々は森を突っ切る。
 魔素は均一に漂ってはいない。その上、日々消費されてゆく。虫の多い場所では、魔物の発生率も上がる。したがって森は魔物出没スポットとなる。たとえ道が整備されていたとしても。

 なにが言いたいかって?

 リズとベルクラ、二つの町の往来は馬車なら僅か数刻の道のりだというのに護衛が必要だってこと。
 そして案の定、森の中頃まで来たところで、馬車を停める事態に陥った。

「そっちに行ったぞ」
 イーディスが言った。
 その言葉通りに青い蝶の一羽が、馬車の反対側に立つ私に向けて飛んでくる。体長は五十センチ強。あきらかに魔物だ。
「この間の芋虫…残ってた」
 羽化してしまったと肩を落とす。羽付きかあ。まだ討伐依頼は、単独では受けられないんだよね。でもまあ、イーディスいるし。そもそもオマケだし、私。
 ひらひらと、しかし確実にこちらへ向かってくる蝶と距離を保つ。すでにキッチリと、馬車の戸は閉ざされているから問題なし。聖剣サマは、クライアントへの指示も的確だ。

 馬車の中にはガラさんがいる。

 ヘマはできない。羽ばたきと共に撒かれる鱗粉を、吸わないよう気をつけながら剣を振るった。鱗粉には麻痺の作用がある。獲物の動きを封じたところで、血と一緒に魔素を吸うという寸法だ。コワッ。
 片方の翅を切り落とし、飛ぶバランスを崩したところで本体に剣を刺した。ふむ。やっぱりこの動きが、体に染み付いているようだ。
 斬るより刺す、それがのスタイルだったのだと思う。体が自然に、流れるように動いてくれる。ただ、これもにはしっくりこないのだが。
 魔素還りした跡の翅を拾う。魔物は体の一部が必ず残る。そしてそれは、貴重な素材として売れるのだ。回収しない選択はない。
 羽付きの蝶を倒せたことに安堵したところで、前方に赤いモヤが見えた。
「げ」
 思わず嫌悪が口をついて出る。
「隠せ。お前もだ」
 早々に付近を飛んでいた数羽を片付けていたイーディスが、駆けながら言い放った。
「了解」
 私は馬車と自分に、『認識阻害』を発動させた。この技能が魔物相手にも有効であるのは、すでに検証済み。自分以外も対象にできるということも。
 『認識阻害』は、決して姿が消えてしまうわけではない。対象が風景に溶け込んでしまう、そんな技能だ。
 木を隠すなら森にと言うが、それと同じような状態に見えるらしい。自分では見えないので、正直良く分からないのだが。
 だけど不思議なもので、慣れてくると技能が発動しているか、いないのかは分かる。
 この感覚を言葉にするのは難しい。無理に言うなら空気?技能の発動中は自身の纏う空気が変わる…のか?多分。

「フランチェスカさん…」

 馬車の中から、ガラさんの不安げな声がした。
「大丈夫ですよ。もう少し待ってください」
 小声で返事をする。
「…ええ」
 消え入りそうな大きさの、頷きの声。音は立てない方がいい。匂いや気配は、紛れるらしいけど。
 ちらりと閉じられた覗き窓を見やって、それから前を見据えた。
 赤いモヤへと向かうイーディスの姿。駆けながらなにかを投げつけた。おそらく小石。
 モヤが乱れる。
 あの赤いモヤは蝶の鱗粉だ。同じ蝶でも魔物に転じる際、能力に差が出る。あの赤い鱗粉のヤツは、高い方。質が悪いということだ。鱗粉を撒く範囲が広く、毒性も強い。今の私に、討伐は無理だろう。
 イーディスの手にしていた剣が、形を変える。たちまちーーあれは、鉾?いや…ちょっと違う。なんだっけ?あの形…そうだ!青龍刀!それになった。そして、豪快に薙ぎ払う。一閃、ニ閃、三閃。

 赤いモヤは、なくなった。

 結構な数がいたように見えたけれど。鱗粉がモヤになるくらいだし。それを…瞬殺ですか。
 イーディスを敵に回すことだけは、絶対にしてはいけない。改めて思った。

「もういいぞ」
 イーディスが戻ってきて言った。
「あ、はい…」
「なんだ?」
「いや、手加減してもらっているとはいえ、よく私、イーディスと模擬戦なんかやってるな、と…」
「…ま、死にたくなければ真面目に励め。それでも、駄目な時は駄目だがな」
 イーディスが、肩をすくめて皮肉げに笑う。
 この聖剣サマは、生前どんな人生を歩んだのだろう?そんな疑問が過ぎった。

 隣町までの護衛はその後順調に進み、やがてベルクラの町へと辿り着いた。

 この世界の町は、必ず高い壁に覆われている。もちろん魔物の侵入を防ぐためだ。神樹があるので、魔物は基本近づかない。だけど魔物に追われて逃げ込む人など、引き連れて来る場合もある。壁はあるに越したことはない。
 町の入口では簡単な検問があって、人の出入りを管理している。そこでガラさんとはお別れとなった。
「まさか、貴女が傭兵なんてねえ」
 ガラさんは笑う。
「私もそう思います」
「若い、綺麗な娘さんなのだから、怪我には気を付けて。無理をしては駄目よ?」
「はい。あの…」
「ん?なに?」
「…私の名前を教えてくださり、ありがとうございました。どうか…お元気で」
「まあ!?貴女!それでは今生の別れみたいよ?」
「え?あ、いえ、そんなつもりでは…」
「ふふ。今度会ったら、武勇伝を聞かせて頂戴な」
「はい」
「そこの貴方。泣かせたら承知しないわよ?」
 向かい合っていた私の後ろに立つイーディスに、ガラさんが目を向け言う。
「……善処する」
 珍しい。イーディスが借りてきた猫のような様子で返事をしている。目を瞬かせてしまった。
「ふふ。では、ね」
 そう言って笑顔を残し、ガラさんは入口まで迎えに来ていた娘さんの元へと歩いていった。

 しばらくぶりに会ったガラさんは、ずっと笑顔だった。…少なくとも、見えている間は。

 そして、最後まで。
「…強い人」
「そうだな」
 ポツリと、後ろから声が返ってきた。
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