灰色の旅人

ふたあい

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5ー1

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 地を這う大きな芋虫に、剣を突き立てた。芋虫は動きを止め、剣の刺さった個所から光って液状化してゆく。
 すぐにそこから、次々と泡粒が浮き出した。その泡がパチン、パチンと弾けて、消えゆく様は幻想的に映る。

 魔素還りの光景を見て、私は一息ついた。

 何度見ても、何度も思う。魔素還りって、ホント有難い。切った魔物がスプラッターにならないのって、ホント有難い。

「何匹目だ?」
 背後から声をかけられた。イーディスだ。場所は、以前にも来た森の少し浅い位置。
「八匹目です。結構、多かったですね」
「だな。まあ、羽付きになる前なら、大事にはならない」
「…」
 羽付きと聞いて一瞬、餃子を思い浮かべるあたり、私も慣れてきたものだと思う。とはいえ、その羽付き討伐は、まだ受けられないのだけれど。
 飛ぶ魔物は、難易度が飛躍的に上がる。飛ぶだけに。…失礼しました。なので一番低ランク傭兵の私は、今のところ芋虫とかダンゴムシといった、地を這うヤツを相手にしている。

 それだって最初は大変だった。

 生き物を生きたまま斬る、これに抵抗があった。イーディスに「甘ったれるな。なに食って生きてんだよ」とバッサリ切り捨てられ、けちょんけちょんに言われた。
 分かってる。他の命の上に生きているって。弱肉強食。放置すれば己が命が脅かされる、魔物とはそんな存在であることも。はあ…。思い出すと落ち込む。

 だけど、駄目なばかりでもなかった。

 初めて手にしたはずの剣が、意外にも手に馴染んだのだ。は、剣を手にする者であったようだ。
 ただ、の方に馴染みなどあるわけなく、技量はサッパリだった。
 それに、なにかが違う。
 今、手にしている剣はイーディスが用意してくれたもので、比較的軽く、扱いやすい初心者用。両刃の片手剣なのだが…私にはどうも合わない、気がする。考えてみれば初心者なのだから、合うも合わないもないのだが。なにか、しっくりこない。なんだろう?

「おい、気を抜くな。もう一匹出たぞ」

 後方で待機しているイーディスの声。手を出す気は更々ないよう。まあ、私の受けた討伐依頼で、修行も兼ねているのだから仕方がないか。
 どうにもしっくりしない剣を振り上げた。まったく、スパルタである。
 ここひと月、朝から晩までひたすらに、剣を振るうことを強要された。魔物討伐とイーディス相手の模擬戦。鬼畜の所業と言えよう。あまりのしんどさに、何度か吐いたくらいだ。実は、地獄からやって来た鬼なのではないか?あの聖剣の正体は。
 自信を持って言える。今までの技能は「発生」、だけど新しく得た『剣術』は「習得」の言葉が相応しいと。
 この『剣術』という技能。あるとないとでは、まったく違う。己に合った動きが、感覚的に捉えられるとでも言おうか。とにかく、効率よく剣を扱えるようになる。まあ、それに身体がついていくかは、別ではあるが。

「さて…と」

 一匹。芋虫を刺した刀身をそのまま滑らせ、その先にあった盛り土を跳ね上げる。土と一緒にもう一匹、綺麗に真っ二つとなった芋虫が飛んだ。

「お、気付いたか」
「さすがに。土の山が動いてましたから」
「まあ、悪くねえな」

 珍しい。イーディスから及第点が出た?

 なんと言っても、イーディスはAランクだ。その彼からお褒めの言葉を引き出せたなら、上出来だろう。ちなみに異例の速さでのAランク昇格は、初日にギルドマスターを伸したため。速攻、推薦を得たらしい。…おい。

「…まあ、これなら次の依頼に連れて行ってやってもいい」

 少し躊躇いがちに聞こえた小声に、私は勢いよく振り向いた。
「本当ですか!?」
「…ああ」
 苦笑してイーディスが頷く。やった!次にイーディスが受けていた依頼に、私は一緒に行きたかったのだ。ただ、Fランクの私では、少々荷が勝ちすぎるのではないかと、言えないでいた。

 ああ、そうか。

 やっぱり、私の気持ちは見透かされていたか。そもそも、私のために受けた依頼だったのだ。
 イーディスが次に受けている依頼。何故、私がその依頼に、共に行きたいかと言うとーー

 それは、少し前の出来事に起因する。

 私は保護してくれていたホワイト・ローズを、比較的早く出ていくことができた。イーディスのお陰で。
 だけど同じように世話になっていた、ガラさんはそうもいかなかった。いや、本当は私よりも早く出ていくことはできた。隣町に嫁に行ったという娘さんが、一度迎えに来ていたのだから。
 ガラさんは娘さんの申し出を断った。旦那さんと息子さんが戻るのを、リズの町で待つことを望んだためだ。でも…

 ホルルカ島から連れ帰られた遺体の中に、その二人の無惨な姿があった。

 「遺体が残っていただけ運が良い」という人がいた。そうなのかもしれない。いや、そうなのだろう。魔物の種類によっては、血肉ごと食べられてしまうのだから。

 理解はしている。感情が追い付かないだけだ。

 フランチェスカの無事を喜んでくれた、朗らかな人。私に名をもたらしてくれた、母のような人。その彼女の不幸。悲しい結果。
 改めてホワイト・ローズにお礼のため出向いた私は、ユーレリアさんから、この話を聞いた。
 どうしていいか分からなかった。なにもできなかった。苦い思いを噛みしめるばかりで。
 イーディスが隣町までの護衛依頼を受けたのは、それから十五日ほど経った頃。依頼主は言わずもがな、ガラさんだ。

 ああ。娘さんのところに行くんだ。

 漠然と思った。
 それから考えた。どんな心境で向かうというのだろう。なにかーーなにか、力にはなれないだろうか、と。
 自分のこともままならないというのに。自己満足。偽善。それ以外のなにものでもない。

 だけど…

 イーディスは、そんな私の気持ちを汲んでくれた。とんだ主バカである。
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