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フランチェスカの日記は、ほとんどが薬の調合に関する内容だった。
思った通りの、仕事人間ぶりが窺える。そしてーー
なんというか、ツンデレ?
『不摂生が過ぎるわ』
『不注意もいいところ』
『不衛生なことをするから』
『生活習慣が悪すぎるのよ』
日々、添えられている一文。
薬を求める者は、当たり前だがなにかしらの怪我や病状を抱えている。詳細に記録されたそれらに対する彼女の言葉は、なかなかに手厳しかった。
だけどその後に、処方を延々と書き綴っている。おまけに、これで完治するだろうかと自問自答し、改良点をこれまた延々書く徹底ぶり。
妙に分厚いわけだ。読むのに骨が折れる。この日記は持ち帰ろうと決めると同時、斜め読みに切り替えた。後で折りに触れ、じっくり読めばいい。
ページを捲る。魔物の出た前日の日付に辿り着き、手を止めた。
ここまでほぼ、患者に関する事と調合記録だけだった文章。だけど、この日だけ違った。
『なにもかも失くした私を拾ってくれた彼等には感謝している。だけど、こんなことは許されない。許してはいけない。
ああ、ルルルエラーラ様。お願い致します。この行いを止めるため、どうかお力添えを』
なんだこれ?
「おい」
突然、声をかけられ身を震わせた。
「え?あ、イーディスか」
なんてタイミングで話しかけてくるんだ聖剣サマは。
「俺以外、誰がいるってんだ?それより、こっちに来い」
隣の部屋から覗かせている顔は、眉根を寄せていて常より数段険しそうに見える。そういえばいやに静かだったけど、イーディスは今までどこに居た?一緒にこの家の敷居を跨いで…それから?
日記を閉じて立ち上がる。再びベッドに腰掛けていた。窓から入る明かりが丁度よくて。
「あれ?」
「あん?」
閉じた日記からなにかが落ちて、私とイーディスの声が重なった。
栞かと思った。そのようなものに見えたから。だけど違った。拾って驚く。
それは身分証だった。
フランチェスカ 十九歳
人族
ローク
「え…?」
目を見開く。これはフランチェスカのーー
「名前をなぞってみろ」
「あ、はい」
イーディスに言われるがままなぞってみるが、表示が変わらない。
「別人認定か。お前の推測は正しかったと証明されたな」
「そ…うですね。まあ、確信してましたけど」
やはり私はフランチェスカの死後、その体に入り込んだのだ。神樹は正確に、私の魂が別人だと読み取っている。
「ーーっ!」
気になる記載に手にした身分証を目線近くまで上げると、側で息を呑む気配がして、たちまち取り上げられた。
「え?イーディス?」
「チッ、クソが」
私から取り上げた身分証を睨みつけ、舌打ちする聖剣サマが見ているのは記載のない裏側。
「あの?裏になにが?」
無言で裏向きにした身分証が、私の前に突き出された。
ーー花?
見るとフランチェスカの身分証の裏に、花の紋様が刻まれている。これはなんの花だっけ?
ちなみに私とイーディスの身分証の裏側には、剣と盾の紋様が刻まれている。傭兵ギルドに所属する証として。つまり、身分証の裏側の紋様はなにかしらの組織に所属する証だ。
「クレマチス商会の紋だ」
そう口にするイーディスの顔は、苦虫を噛み潰したよう。
「ああ、クレマチスの花だったんですね、それ。で?なんでそんな、渋い顔をしているんですか?」
「…そんな真似をしそうな奴を、知っていると言ったよな?」
「え?ああ、島に魔物を持ち込んだ者の?」
「そうだ。それがクレマチス商会だ」
え?それは、つまりーー
「フランチェスカが…」
日記の最後の文章が蘇る。彼女は『こんなことは許されない』と。それの意味するところが、答えなのでは?そんなまさか。
「話は後だ。とにかく来い」
呆然とする私の手を、イーディスが引っ張った。
隣の部屋に戻って驚いた。中央で大部分を占めていたテーブルが、天板を垂直に立てられている。机上の物は床や竈の上に避けられていた。
「これ、イーディスがやったの?」
「んなことは、どうでもいい。こっちに来てみろ」
「え?」
困惑するこちらをよそに、イーディスが立てられたテーブルの裏に回り込み、足元を指差した。次から次に、わけの分からないことばかりだ。それでもフラフラと足を運ぶ。
そして、更に困惑。
回り込んで見た床はぱっくりと口を開け、地下へと繋がる階段があったのだから。
「これ…は?」
「貯蔵庫だが…床に転移陣があった」
「転移陣!?」
今日、まさにそれを通ってこの地に来た。術者以外も瞬間移動できる、転移魔法の上級版。
『魔法陣作成』は『結晶化』と同じく技能なので、誰でも扱えるモノではない。そんな代物が、何故ここに?
「転移先は、どこか知らん洞窟だった」
淡々と話を続けるイーディス。え?なんだって!?
「乗ってみたんですか!?どこに飛ばされるかも分からないのに!?」
「うるせえな。移動してみなければ、なにも分からねえだろ。すでに小屋の主はいねえんだ」
「そうだけど!?」
「なに焦ってんだよ?」
「なにって…焦りますよ!心配するのは当たり前でしょっ!?」
「……心配?」
途端、イーディスの表情が抜け落ちた。
「イーディス?」
「……」
「イーディス!?」
「…行くぞ」
しばらく黙り込んだかと思うと、聖剣サマは突然目の前の階段を降り始めた。ええっ?私の心配はスルーですかい!
まあ私に心配されても、なのだろう。プライドに傷が付いたか?幅が一人分しかない狭い階段、先ゆく広い背中をぼんやり眺めた。
「…クレマチス商会は主に魔導具を扱う、大陸ではちょっとばかり名の知られた商店だ」
突然、さっきの話が再開された。階段はすぐに途切れ、眼前には扉が。
その扉が開かれる。
「ただの商店ではない、ということですよね?」
「そうだ。表向きはただの商店。その実、狂信者どもの集う組織だ」
「狂信者?」
背中越しに、三方が棚に囲まれている狭い空間が見えた。その棚に並べられた木箱の中身は、開けてみないことには分からない。
「クソババアの信者ーーその中でも、ユユギを邪神と呼び、魔族を滅ぼしたくてウズウズしている奴等だ」
床の真ん中には転移陣。こちらを振り向きもせずそこまで進み、見えていた背中は姿を消した。
思った通りの、仕事人間ぶりが窺える。そしてーー
なんというか、ツンデレ?
『不摂生が過ぎるわ』
『不注意もいいところ』
『不衛生なことをするから』
『生活習慣が悪すぎるのよ』
日々、添えられている一文。
薬を求める者は、当たり前だがなにかしらの怪我や病状を抱えている。詳細に記録されたそれらに対する彼女の言葉は、なかなかに手厳しかった。
だけどその後に、処方を延々と書き綴っている。おまけに、これで完治するだろうかと自問自答し、改良点をこれまた延々書く徹底ぶり。
妙に分厚いわけだ。読むのに骨が折れる。この日記は持ち帰ろうと決めると同時、斜め読みに切り替えた。後で折りに触れ、じっくり読めばいい。
ページを捲る。魔物の出た前日の日付に辿り着き、手を止めた。
ここまでほぼ、患者に関する事と調合記録だけだった文章。だけど、この日だけ違った。
『なにもかも失くした私を拾ってくれた彼等には感謝している。だけど、こんなことは許されない。許してはいけない。
ああ、ルルルエラーラ様。お願い致します。この行いを止めるため、どうかお力添えを』
なんだこれ?
「おい」
突然、声をかけられ身を震わせた。
「え?あ、イーディスか」
なんてタイミングで話しかけてくるんだ聖剣サマは。
「俺以外、誰がいるってんだ?それより、こっちに来い」
隣の部屋から覗かせている顔は、眉根を寄せていて常より数段険しそうに見える。そういえばいやに静かだったけど、イーディスは今までどこに居た?一緒にこの家の敷居を跨いで…それから?
日記を閉じて立ち上がる。再びベッドに腰掛けていた。窓から入る明かりが丁度よくて。
「あれ?」
「あん?」
閉じた日記からなにかが落ちて、私とイーディスの声が重なった。
栞かと思った。そのようなものに見えたから。だけど違った。拾って驚く。
それは身分証だった。
フランチェスカ 十九歳
人族
ローク
「え…?」
目を見開く。これはフランチェスカのーー
「名前をなぞってみろ」
「あ、はい」
イーディスに言われるがままなぞってみるが、表示が変わらない。
「別人認定か。お前の推測は正しかったと証明されたな」
「そ…うですね。まあ、確信してましたけど」
やはり私はフランチェスカの死後、その体に入り込んだのだ。神樹は正確に、私の魂が別人だと読み取っている。
「ーーっ!」
気になる記載に手にした身分証を目線近くまで上げると、側で息を呑む気配がして、たちまち取り上げられた。
「え?イーディス?」
「チッ、クソが」
私から取り上げた身分証を睨みつけ、舌打ちする聖剣サマが見ているのは記載のない裏側。
「あの?裏になにが?」
無言で裏向きにした身分証が、私の前に突き出された。
ーー花?
見るとフランチェスカの身分証の裏に、花の紋様が刻まれている。これはなんの花だっけ?
ちなみに私とイーディスの身分証の裏側には、剣と盾の紋様が刻まれている。傭兵ギルドに所属する証として。つまり、身分証の裏側の紋様はなにかしらの組織に所属する証だ。
「クレマチス商会の紋だ」
そう口にするイーディスの顔は、苦虫を噛み潰したよう。
「ああ、クレマチスの花だったんですね、それ。で?なんでそんな、渋い顔をしているんですか?」
「…そんな真似をしそうな奴を、知っていると言ったよな?」
「え?ああ、島に魔物を持ち込んだ者の?」
「そうだ。それがクレマチス商会だ」
え?それは、つまりーー
「フランチェスカが…」
日記の最後の文章が蘇る。彼女は『こんなことは許されない』と。それの意味するところが、答えなのでは?そんなまさか。
「話は後だ。とにかく来い」
呆然とする私の手を、イーディスが引っ張った。
隣の部屋に戻って驚いた。中央で大部分を占めていたテーブルが、天板を垂直に立てられている。机上の物は床や竈の上に避けられていた。
「これ、イーディスがやったの?」
「んなことは、どうでもいい。こっちに来てみろ」
「え?」
困惑するこちらをよそに、イーディスが立てられたテーブルの裏に回り込み、足元を指差した。次から次に、わけの分からないことばかりだ。それでもフラフラと足を運ぶ。
そして、更に困惑。
回り込んで見た床はぱっくりと口を開け、地下へと繋がる階段があったのだから。
「これ…は?」
「貯蔵庫だが…床に転移陣があった」
「転移陣!?」
今日、まさにそれを通ってこの地に来た。術者以外も瞬間移動できる、転移魔法の上級版。
『魔法陣作成』は『結晶化』と同じく技能なので、誰でも扱えるモノではない。そんな代物が、何故ここに?
「転移先は、どこか知らん洞窟だった」
淡々と話を続けるイーディス。え?なんだって!?
「乗ってみたんですか!?どこに飛ばされるかも分からないのに!?」
「うるせえな。移動してみなければ、なにも分からねえだろ。すでに小屋の主はいねえんだ」
「そうだけど!?」
「なに焦ってんだよ?」
「なにって…焦りますよ!心配するのは当たり前でしょっ!?」
「……心配?」
途端、イーディスの表情が抜け落ちた。
「イーディス?」
「……」
「イーディス!?」
「…行くぞ」
しばらく黙り込んだかと思うと、聖剣サマは突然目の前の階段を降り始めた。ええっ?私の心配はスルーですかい!
まあ私に心配されても、なのだろう。プライドに傷が付いたか?幅が一人分しかない狭い階段、先ゆく広い背中をぼんやり眺めた。
「…クレマチス商会は主に魔導具を扱う、大陸ではちょっとばかり名の知られた商店だ」
突然、さっきの話が再開された。階段はすぐに途切れ、眼前には扉が。
その扉が開かれる。
「ただの商店ではない、ということですよね?」
「そうだ。表向きはただの商店。その実、狂信者どもの集う組織だ」
「狂信者?」
背中越しに、三方が棚に囲まれている狭い空間が見えた。その棚に並べられた木箱の中身は、開けてみないことには分からない。
「クソババアの信者ーーその中でも、ユユギを邪神と呼び、魔族を滅ぼしたくてウズウズしている奴等だ」
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