灰色の旅人

ふたあい

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6ー3

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 フランチェスカの日記は、ほとんどが薬の調合に関する内容だった。
 思った通りの、仕事人間ぶりが窺える。そしてーー

 なんというか、ツンデレ?

『不摂生が過ぎるわ』
『不注意もいいところ』
『不衛生なことをするから』
『生活習慣が悪すぎるのよ』

 日々、添えられている一文。

 薬を求める者は、当たり前だがなにかしらの怪我や病状を抱えている。詳細に記録されたそれらに対する彼女の言葉は、なかなかに手厳しかった。
 だけどその後に、処方を延々と書き綴っている。おまけに、これで完治するだろうかと自問自答し、改良点をこれまた延々書く徹底ぶり。
 妙に分厚いわけだ。読むのに骨が折れる。この日記は持ち帰ろうと決めると同時、斜め読みに切り替えた。後で折りに触れ、じっくり読めばいい。
 ページを捲る。魔物の出た前日の日付に辿り着き、手を止めた。
 ここまでほぼ、患者に関する事と調合記録だけだった文章。だけど、この日だけ違った。

『なにもかも失くした私を拾ってくれた彼等には感謝している。だけど、こんなことは許されない。許してはいけない。
ああ、ルルルエラーラ様。お願い致します。この行いを止めるため、どうかお力添えを』

 なんだこれ? 

「おい」
 突然、声をかけられ身を震わせた。
「え?あ、イーディスか」
 なんてタイミングで話しかけてくるんだ聖剣サマは。
「俺以外、誰がいるってんだ?それより、こっちに来い」
 隣の部屋から覗かせている顔は、眉根を寄せていて常より数段険しそうに見える。そういえばいやに静かだったけど、イーディスは今までどこに居た?一緒にこの家の敷居を跨いで…それから?
 日記を閉じて立ち上がる。再びベッドに腰掛けていた。窓から入る明かりが丁度よくて。
「あれ?」
「あん?」
 閉じた日記からなにかが落ちて、私とイーディスの声が重なった。
 栞かと思った。そのようなものに見えたから。だけど違った。拾って驚く。

 それは身分証だった。


 フランチェスカ 十九歳
 人族
 ローク


「え…?」
 目を見開く。これはフランチェスカのーー
「名前をなぞってみろ」
「あ、はい」

 イーディスに言われるがままなぞってみるが、表示が変わらない。

「別人認定か。お前の推測は正しかったと証明されたな」
「そ…うですね。まあ、確信してましたけど」
 やはり私はフランチェスカの死後、その体に入り込んだのだ。神樹は正確に、私の魂が別人だと読み取っている。

「ーーっ!」

 気になる記載に手にした身分証を目線近くまで上げると、側で息を呑む気配がして、たちまち取り上げられた。
「え?イーディス?」
「チッ、クソが」
 私から取り上げた身分証を睨みつけ、舌打ちする聖剣サマが見ているのは記載のない裏側。
「あの?裏になにが?」
 無言で裏向きにした身分証が、私の前に突き出された。

 ーー花?

 見るとフランチェスカの身分証の裏に、花の紋様が刻まれている。これはなんの花だっけ?
 ちなみに私とイーディスの身分証の裏側には、剣と盾の紋様が刻まれている。傭兵ギルドに所属する証として。つまり、身分証の裏側の紋様はなにかしらの組織に所属する証だ。
「クレマチス商会の紋だ」
 そう口にするイーディスの顔は、苦虫を噛み潰したよう。
「ああ、クレマチスの花だったんですね、それ。で?なんでそんな、渋い顔をしているんですか?」
「…そんな真似をしそうな奴を、知っていると言ったよな?」
「え?ああ、島に魔物を持ち込んだ者の?」
「そうだ。それがクレマチス商会だ」

 え?それは、つまりーー

「フランチェスカが…」
 日記の最後の文章が蘇る。彼女は『こんなことは許されない』と。それの意味するところが、答えなのでは?そんなまさか。
「話は後だ。とにかく来い」
 呆然とする私の手を、イーディスが引っ張った。
 隣の部屋に戻って驚いた。中央で大部分を占めていたテーブルが、天板を垂直に立てられている。机上の物は床や竈の上に避けられていた。
「これ、イーディスがやったの?」
「んなことは、どうでもいい。こっちに来てみろ」
「え?」
 困惑するこちらをよそに、イーディスが立てられたテーブルの裏に回り込み、足元を指差した。次から次に、わけの分からないことばかりだ。それでもフラフラと足を運ぶ。

 そして、更に困惑。

 回り込んで見た床はぱっくりと口を開け、地下へと繋がる階段があったのだから。

「これ…は?」
「貯蔵庫だが…床に転移陣があった」
「転移陣!?」
 今日、まさにそれを通ってこの地に来た。術者以外も瞬間移動できる、転移魔法の上級版。
 『魔法陣作成』は『結晶化』と同じく技能なので、誰でも扱えるモノではない。そんな代物が、何故ここに?
「転移先は、どこか知らん洞窟だった」
 淡々と話を続けるイーディス。え?なんだって!?
「乗ってみたんですか!?どこに飛ばされるかも分からないのに!?」
「うるせえな。移動してみなければ、なにも分からねえだろ。すでに小屋の主はいねえんだ」
「そうだけど!?」
「なに焦ってんだよ?」
「なにって…焦りますよ!心配するのは当たり前でしょっ!?」
「……心配?」

 途端、イーディスの表情が抜け落ちた。

「イーディス?」
「……」
「イーディス!?」
「…行くぞ」

 しばらく黙り込んだかと思うと、聖剣サマは突然目の前の階段を降り始めた。ええっ?私の心配はスルーですかい!
 まあ私に心配されても、なのだろう。プライドに傷が付いたか?幅が一人分しかない狭い階段、先ゆく広い背中をぼんやり眺めた。

「…クレマチス商会は主に魔導具を扱う、大陸ではちょっとばかり名の知られた商店だ」
 突然、さっきの話が再開された。階段はすぐに途切れ、眼前には扉が。
 その扉が開かれる。
「ただの商店ではない、ということですよね?」
「そうだ。表向きはただの商店。その実、狂信者どもの集う組織だ」
「狂信者?」
 背中越しに、三方が棚に囲まれている狭い空間が見えた。その棚に並べられた木箱の中身は、開けてみないことには分からない。
「クソババアの信者ーーその中でも、ユユギを邪神と呼び、魔族を滅ぼしたくてウズウズしている奴等だ」
 床の真ん中には転移陣。こちらを振り向きもせずそこまで進み、見えていた背中は姿を消した。
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