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「こんな男がいるかっ!」
言うなり、イーディスは手にした本を投げつけた。
「わーっ!?借り物っ」
私は慌てて、壁にぶつかり落ちた本を拾い上げる。傷んでないだろうな?
矯めつ眇めつ。アンジェリカ嬢からお借りした本の無事を確かめて、胸をなで下ろした。
「チッ。あの女、頭に蛆でも涌いてんじゃねえか?なーにが、王子様だ」
悪態をつくイーディス。美女相手にも容赦がない。まあ、美人の顔は鏡で見慣れているのだろう。
「イーディスさんって、一途です」
ユルが意味不明なことを呟きながら、私の持つ本に手を伸ばした。
「ユル?」
「このお話に出てくる王子様の様な男の人、ですか…アンジェリカ様が求めているのは」
私から取り上げた本を開きつつ、ユルが小首を傾げる。
「そう。まあ確かに、イーディスは違うかなあ…」
ユルと揃って、まじまじと聖剣サマを見つめた。
自室に戻ってからの作戦会議中だった。
なんとイーディスは、アンジェリカ嬢の話に乗ったのだ。領主であるエイデンさんからの話は断ったのに。「おもしれえ。見つけてきてやろうじゃねえか」と、豪語した。どうすんの?当てなんてないというのに。
「…そんなに魔女って凄いの?」
気になっていたことを問うた。「魔女」と聞いて、イーディスが考えを変えたのは確かだ。
「クレマチス商会を潰す義理はねえ。欲しいのは召喚の魔法陣を洞窟に刻んだ奴の情報、この一点だ。人捜しなら、魔女の『占い』に勝るモノはない」
答えてイーディスは、付け足す。
「あれだけの複雑な魔法陣は、誰にでも作れるものじゃない。当人を抑えちまえば、この騒ぎは終いとなる」
そうか。別に商会に拘る必要はないのだ。ならば、貴族との繋がりは無くてもいい。
「領主様からよりも魔女から得る情報の方が有益、ということですか」
「そうだ」
アンジェリカ嬢は、魔女を知っていると言った。その事実に、父親であるエイデンさんも驚いていた。
「魔女って、珍しい存在なんですか?」
「ああ。なにせ魔族と人族の混血だからな」
「え?」
「魔族は魔力保持量が多い上、低コストで大きな魔法を扱えるが、その分小手先の技は不向きとする。人族はその逆。混血はいいトコ取りだ。女が多い点から、魔女と呼ばれている」
「男でも魔女?」
「まあな。性別云々じゃねえ。混血を称す言葉になっちまってるな」
「その魔女の『占い』って?」
「広範囲に渡って探索を可能とする、魔女特有の技能だ。まさか、魔女が現存するとはな」
表向き、勇者が魔王を倒したとされている。三百年前、確かに二つの種族の間で大きな争いがあったのだ。そう考えると、魔女は希少か。
「その魔女さんに会うために、アンジェリカ様の希望する男の人を見つけないといけないんですよね…」
ユルが頁を捲りつつ、話に加わった。
「一度でいい、理想の王子様とデートしたい。結婚前に、か…」
分からなくもない。まだ十八歳なのに政略結婚が決まっているという、彼女の複雑な気持ちは。
「背が高く、見目麗しい。優しく紳士でありながら誰より強く、身を挺して守ってくれる。そして身分違いに苦悩し、最後にはヒロインの令嬢を攫っていく、そんなーー」
参考にと借りたロマンス小説の、ヒーロー像を読み上げていくユル。
「反吐が出る」
と、イーディス。
「あー、ハイ、私も出来すぎて逆に嫌かな」
同意する私は、実際のところ享年何歳だったんだろう?少なくとも、男に夢を見られない程度には擦れている。
「…黒髪の騎士様なんですね」
「そうそう、その本ではね。まあ、色は問わないみたいだけど」
「だからといって俺に話を持ってくんな。あんのクソ領主が」
侯爵様も形無しである。見た目だけなら合格点以上だから、ひょっとしたらと思ったんだよ、多分。
「でも、数ある中からこの本を選んだ…だとしたら…」
「ユル?」
ゆるキャラは視線を落とし、なにやらブツブツと呟き続ける。
「一番当て嵌まるのは主様?…でも主様は女、ならば男に見せかけ…待って、転換?…そのための調合は可能?…材料不足?いやそれより、服用期間が…」
「おい」
イーディスが非常に嫌そうな顔で私を見た。思わずブンブンと首を振る。
「ユッユルッ!なに言ってるの!?」
ハッとしたユルが、眠そうに垂れた目を更に下げ口にした。
「申し訳ありません、主様。主様が性別を変える妙案を実現するには、時間が足りません」
…。
パタッと、着いていた席で突っ伏した。部屋が広くなった分、テーブルが大きくなっていて良かった。
「…恐ろしいガキンチョだった」
イーディスが呟く。
いや!ホントにね!性別転換!?そんなこと可能なの!?調合!?薬で!?ユルは魔法も調合も、並外れていると知っているけどーー
ウチのゆるキャラ、マッド疑惑!その発想は、危ない!
あ、でもでも?確かに私が男なら、アンジェリカ嬢の理想に限りなく近そう?攫っていってはやれないが、他はそこそこイケるのでは?
あー、でも私は女なんだよ。男装無理かな?身長が足りないかーー
などと。益体もないことをほんの少しーー本当にちょっぴりだけだーー私は考えた。
ーーだけなのに。
ガタッ。
バサッ。
物音がして突っ伏していた顔を上げた。
向いに座っていたイーディスが、立ち上がって見下ろしてきていた。
視線をずらすと、隣りに座っていたユルが目を見開いている。足元に手にしていたはずの本が落ちていた。
ああ、さっきの音はこの二人が動いた音だったのかと、漠然と考えた。
「おい」
イーディスが頭を抱える。
「主様…姿が…」
放心したようなユル。
「え?二人とーー…」
二人ともどうした?と問いかけて、口を噤む。咄嗟に喉を手で掴んだ。
聞き慣れない低い声が聞こえた。自身から。
喉を抑える手に、今までなかった感触が。なんだ?この出っ張りは。あれ?これはもしや、喉仏というものではーー
「フラー、身分証を確かめろ」
イーディスがなんともいえない顔をして、そう言った。
言うなり、イーディスは手にした本を投げつけた。
「わーっ!?借り物っ」
私は慌てて、壁にぶつかり落ちた本を拾い上げる。傷んでないだろうな?
矯めつ眇めつ。アンジェリカ嬢からお借りした本の無事を確かめて、胸をなで下ろした。
「チッ。あの女、頭に蛆でも涌いてんじゃねえか?なーにが、王子様だ」
悪態をつくイーディス。美女相手にも容赦がない。まあ、美人の顔は鏡で見慣れているのだろう。
「イーディスさんって、一途です」
ユルが意味不明なことを呟きながら、私の持つ本に手を伸ばした。
「ユル?」
「このお話に出てくる王子様の様な男の人、ですか…アンジェリカ様が求めているのは」
私から取り上げた本を開きつつ、ユルが小首を傾げる。
「そう。まあ確かに、イーディスは違うかなあ…」
ユルと揃って、まじまじと聖剣サマを見つめた。
自室に戻ってからの作戦会議中だった。
なんとイーディスは、アンジェリカ嬢の話に乗ったのだ。領主であるエイデンさんからの話は断ったのに。「おもしれえ。見つけてきてやろうじゃねえか」と、豪語した。どうすんの?当てなんてないというのに。
「…そんなに魔女って凄いの?」
気になっていたことを問うた。「魔女」と聞いて、イーディスが考えを変えたのは確かだ。
「クレマチス商会を潰す義理はねえ。欲しいのは召喚の魔法陣を洞窟に刻んだ奴の情報、この一点だ。人捜しなら、魔女の『占い』に勝るモノはない」
答えてイーディスは、付け足す。
「あれだけの複雑な魔法陣は、誰にでも作れるものじゃない。当人を抑えちまえば、この騒ぎは終いとなる」
そうか。別に商会に拘る必要はないのだ。ならば、貴族との繋がりは無くてもいい。
「領主様からよりも魔女から得る情報の方が有益、ということですか」
「そうだ」
アンジェリカ嬢は、魔女を知っていると言った。その事実に、父親であるエイデンさんも驚いていた。
「魔女って、珍しい存在なんですか?」
「ああ。なにせ魔族と人族の混血だからな」
「え?」
「魔族は魔力保持量が多い上、低コストで大きな魔法を扱えるが、その分小手先の技は不向きとする。人族はその逆。混血はいいトコ取りだ。女が多い点から、魔女と呼ばれている」
「男でも魔女?」
「まあな。性別云々じゃねえ。混血を称す言葉になっちまってるな」
「その魔女の『占い』って?」
「広範囲に渡って探索を可能とする、魔女特有の技能だ。まさか、魔女が現存するとはな」
表向き、勇者が魔王を倒したとされている。三百年前、確かに二つの種族の間で大きな争いがあったのだ。そう考えると、魔女は希少か。
「その魔女さんに会うために、アンジェリカ様の希望する男の人を見つけないといけないんですよね…」
ユルが頁を捲りつつ、話に加わった。
「一度でいい、理想の王子様とデートしたい。結婚前に、か…」
分からなくもない。まだ十八歳なのに政略結婚が決まっているという、彼女の複雑な気持ちは。
「背が高く、見目麗しい。優しく紳士でありながら誰より強く、身を挺して守ってくれる。そして身分違いに苦悩し、最後にはヒロインの令嬢を攫っていく、そんなーー」
参考にと借りたロマンス小説の、ヒーロー像を読み上げていくユル。
「反吐が出る」
と、イーディス。
「あー、ハイ、私も出来すぎて逆に嫌かな」
同意する私は、実際のところ享年何歳だったんだろう?少なくとも、男に夢を見られない程度には擦れている。
「…黒髪の騎士様なんですね」
「そうそう、その本ではね。まあ、色は問わないみたいだけど」
「だからといって俺に話を持ってくんな。あんのクソ領主が」
侯爵様も形無しである。見た目だけなら合格点以上だから、ひょっとしたらと思ったんだよ、多分。
「でも、数ある中からこの本を選んだ…だとしたら…」
「ユル?」
ゆるキャラは視線を落とし、なにやらブツブツと呟き続ける。
「一番当て嵌まるのは主様?…でも主様は女、ならば男に見せかけ…待って、転換?…そのための調合は可能?…材料不足?いやそれより、服用期間が…」
「おい」
イーディスが非常に嫌そうな顔で私を見た。思わずブンブンと首を振る。
「ユッユルッ!なに言ってるの!?」
ハッとしたユルが、眠そうに垂れた目を更に下げ口にした。
「申し訳ありません、主様。主様が性別を変える妙案を実現するには、時間が足りません」
…。
パタッと、着いていた席で突っ伏した。部屋が広くなった分、テーブルが大きくなっていて良かった。
「…恐ろしいガキンチョだった」
イーディスが呟く。
いや!ホントにね!性別転換!?そんなこと可能なの!?調合!?薬で!?ユルは魔法も調合も、並外れていると知っているけどーー
ウチのゆるキャラ、マッド疑惑!その発想は、危ない!
あ、でもでも?確かに私が男なら、アンジェリカ嬢の理想に限りなく近そう?攫っていってはやれないが、他はそこそこイケるのでは?
あー、でも私は女なんだよ。男装無理かな?身長が足りないかーー
などと。益体もないことをほんの少しーー本当にちょっぴりだけだーー私は考えた。
ーーだけなのに。
ガタッ。
バサッ。
物音がして突っ伏していた顔を上げた。
向いに座っていたイーディスが、立ち上がって見下ろしてきていた。
視線をずらすと、隣りに座っていたユルが目を見開いている。足元に手にしていたはずの本が落ちていた。
ああ、さっきの音はこの二人が動いた音だったのかと、漠然と考えた。
「おい」
イーディスが頭を抱える。
「主様…姿が…」
放心したようなユル。
「え?二人とーー…」
二人ともどうした?と問いかけて、口を噤む。咄嗟に喉を手で掴んだ。
聞き慣れない低い声が聞こえた。自身から。
喉を抑える手に、今までなかった感触が。なんだ?この出っ張りは。あれ?これはもしや、喉仏というものではーー
「フラー、身分証を確かめろ」
イーディスがなんともいえない顔をして、そう言った。
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