灰色の旅人

ふたあい

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 生き物は、魔素が枯渇すれば魔物となる。それがこの世界の理。だけど魔族も含め、人は魔物になった前例がない。精神的な負荷に耐えられず死ぬ、らしい。
 故にユルの言う薬は毒である。まっとうな薬師ならば、調合したりはしない。ましてや応用して魔物を生み出そうなど、言語道断だ。
 
「…フランちゃん」

 冷ややかにも感じる低く抑えられた声に、ハッとして視線を向けた。呼ばれたのは私だ。『フランチェスカ』という名は、長くて呼びにくいとイーディスにもケチをつけられた。名の後半を端折られても仕方がない。まあ、愛称と受け取っておこう。
「…ローレッタさん?」
「貴女、記憶がないのよね?」
「はい」
「すまない。そのことと、ベルクラについてだけは母、ひいてはアーレイ様に話させてもらった。だが、他の占いの内容はーー」
「キルギスは黙って」
 やや焦りぎみなキルギスさんの言葉を途中で遮って、ローレッタさんは私を真っ直ぐに見た。その目が非常に厳しい。

「フランちゃん、貴女は薬師なの?」

 硬い声音で問われた。
 自宅に薬品棚。珍しい薬材。そうだ。フランチェスカは確かに薬師だ。ローレッタさんの問いに、改めて思う。
 だけど、私は違う。どうしよう…なんと答えればーー
「なにが言いたい?」
 窮した私の代わりに、イーディスが問い返した。
「なにって?貴女は魔族を陥れようとしていたのか?そう訊いているのよ」
「くだらね」
「それはない」
 ローレッタさんの返答に、イーディスとキルギスさんが同時に口にした。
「なによう!二人して」
「お門違いだ。テメエの言う通りだとして、のこのこ魔女のもとに行くかよ」
「そもそも俺は、そんなことは一言も言っていない。察しろ」
「それに冤罪を仕向けているのは召喚陣なので、疑うべきは空間魔法の使い手だと思います」

 あ、なにげにユルまで反論に加わった。

「むきいっ。なんかムカつく!ちょっと言っただけじゃない。私だって、フランちゃんを本気で疑ってなんていないわよ!」
「どうだか」
 呆れた目を向けるキルギスさん。親子の言い争いが、また始まりそうだ。
「だったら、その物騒なブツはなんだってんのよ!誰かが使うために、置いてあったんでしょうっ!」
 だけど、ビシリとユルの持つ樟脳をローレッタさんが指差すと、魔女は黙り込んだ。
「そもそも神樹の扱いは、国が厳しく管理してるはずよ。その薬材はあきらかに違法品だわ」

「…だから、ホルルカだったのか」
 畳みかけるローレッタさんの言に、イーディスが呟いた。

「そうか。ホルルカならば、調達できる。あの島は神樹の宝庫だ」
「となると、元となった神樹があるな」
「やはり、ホルルカの調査は必須か。しかし、今さらとも言える…」
「あの…それよりも。樟脳を使った薬師は、フランチェスカさんとは別にいます。そちらを捜すのが優先かと」
「待て、ユル。そいつは間違いなく使われたのか?」
 呟きから一転、野郎どもの間で起こった議論に、私とローレッタさんが目を見合わせる。イーディスの質問にユルが答えた。
「実は…調合の形跡がありました。薬は完成したものと思われます。すみません、黙っていて。ついさっき分かったんです」

 ん?なんだって?

 なんだかやたらゴソゴソやっていると思ったら、ユルはそんなことを調べていた?
「ポーションを作ってたんじゃねえのか?」
 イーディスが問う。
「作ってました。それと並行してです。新しいポーションを作ろうと思って、昨夜棚を漁っていたらコレを見つけたんです。慌てました」
 白い結晶を矯めつ眇めつ、ユルが答える。並行作業?え?優秀すぎないか?ウチのゆるキャラは!?目眩がしてきた。
「…ユル」
 堪らず家の名を呼んだ。
「はい」
 ゆる~く見えるが真剣な眼差しでユルが私を見る。
「調合の形跡があったのは、家の中?」
「はい」
「なのに別に薬師がいたと断定するの?」
「だからです。フランチェスカさんではない者の魔力が、幽かに残っていました」
「…完成した薬自体は、残ってないんだな?」
 イーディスが眉根を寄せる。
「はい」
「解せねえな。洞窟に残っていた召喚陣といい」
「あら。こうなったら召喚陣の方は、ただ単に私たち魔族への嫌がらせってだけでしょ」
 ローレッタさんが、さもありなんと言った。だけどイーディスは、なにか腑に落ちないようで。
「…おい、眼鏡」
「なんだ?」
「あの召喚陣は、物を運ぶだけの単純なものだと言ったが、本当にそれだけか?」
「陣自体は。だが、複数の場所が指定されていて、召喚元が割り出せないようになっている。一つの陣として成り立たせるには、相当高い技術がいる」
「なるほど。それで複雑な印象があったのか」
「ほう。そんなことが分かるのか、聖剣というものは」
「…まあな」

 聖剣と魔女、類稀なる美人の間で成される会話。それを隣で神妙に聞く、ゆるキャラと美少女。眼福の一言に尽きる。場違いな思考が過ぎった。

「フラー」
 不意に呼ばれて、ビクリとした。
「え?あ、はい」
「島の調査にコイツらの協力を仰ごうと思う。お前の技能について話すが、いいか?」
「え、別にいいも、悪いもーー」
「忘れんな。主はお前だ」
 イーディスが伺うように私の顔を見てくる。自由に振る舞っているようで、そうでもない聖剣サマの有り様に少し苛ついた。…私もまだまだだな~。
「え?フランちゃん、主なの?」
 ローレッタさんが語尾を上げた。
「そうだったのか?」
 困惑した様子のキルギスさん。
「あらあら、まあまあ。これは、アーレイ様の護衛を担う者としては、報告しなくちゃだわ。聖剣に主だなんて」
 なんだって?魔王の護衛?頬に人差し指を添え、小首を傾げるこのメルヘン少女が?

 気付けば場が静まっていた。あれ?皆が私を見ている?これってーー

「…勇者の再来。占いに支障が出たのはそのためか」
 魔女の嘆息。
 あ、私が聖剣を抜いた張本人だってバレた。



10 勇者よりも薬師がよかったのに
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