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おおよそ三時間という、短い時間だった。
『剣術』という下地があったからだろうか。『体術』の技能は、予想外に早く会得することができた。実戦形式の組手の最中、突然動きを変えた私にローレッタさんが驚いていた。尤も、技能を得たところで、まったく敵わなかったのだけれど。
思い上がっていたのだ。
思いの外、すんなり技能を得て。嘘のように体が軽く、反応速度が上がって。これならよほどの相手でなければ、我が身を守ることは可能であろうと。
馬鹿だ。私は。
「ーーイーディスッ」
背後に立っていた相手に反撃するため、イーディスが振り向き動いた。背に庇われた私の目に赤い飛沫が映り、思わず叫んでいた。
「チッ。なんだあ、貴様?いきなり現れやがって」
舌打ちしながら飛び退く男の手には、ナイフと言うには可愛くない刃渡りの獲物が握られていて、血が滴っていた。
「ハッ、テメエが辿ってくれと言わんばかりに、島に痕跡を残していたんだろうが」
「なに?」
「つっても、俺は主の元に戻ったにすぎんがな」
イーディスの背に滲んだ血は、ポタリポタリと垂れ落ちて足元に溜まっていた。それでも対峙する男から目を離さず、平然と言葉を交わしているように見受けられる。だけど後ろに位置する私には、その表情までは見えない。
「あるじの、もと…?」
魅了男ーーラズロが呟いた。
「ホルルカの洞窟にあった召喚陣は、テメエが残したものだな?」
構わずイーディスは問いかける。ラズロはニヤリと、嫌な笑顔へと表情を変えた。
「…だとしたら、どうする?」
「決まってんだろ、クソが。テメエはここで俺たちが叩きのめす」
「へえ?できるのか、そのザマで?」
ラズロが嗤う。イーディスの背からは血が流れ続けている。私はーー
「イーディ…ス」
声が震えた。呼ばれた相手は、振り返らないまま答えた。
「俺を剣に戻せ」
「ーー!?それは…?」
今ここでーーこの男の前で戻せ、と?
「癪だが、このままでは分が悪い」
それはーー私を庇って刺されたため、思うように動けない…から。
「でも…」
ここで『擬人化』を解けば、目の前の男にイーディスの正体が知れてしまう。
「お前の腕なら大丈夫だ。問題ない」
「私はそんなことを心配しているわけではーー」
「いいから戻せ!」
「ーーっ!」
戻すと同時だった。血濡れの短剣が私たちを襲った。
キィンと音が響いて、現れた刀身にラズロが弾き飛ばされる。間一髪だった。そしてイーディスは私の手に収まった。
「…なんだあ?」
膝をついたラズロが、こちらを見上げこぼす。それはこっちの台詞である。さっきといい、今といい、なんなんだ?この男との物理的距離が掴めない。離れた位置にいたはずなのに、突然ほぼゼロ距離で攻撃を仕掛けてきた。
《気をつけろ。あのクソ、空間魔法で自在に移動してきやがるぞ》
イーディスの声が頭に響く。
「空間魔法?それって、瞬間移動してくるってこと!?」
得た答えに、困惑の声が出た。ただ、それは相手も同じだったようでーー
「刀だと?どういうことだ?いきなり野郎が姿を変えた…?」
その場で止まって、疑問を口にしている。機を逃さず、そこへ踏み込んだ。
「ーーっ!?」
捉えたはずの獲物を手にした男の腕を、刀がすり抜けた?いや、違う?避けられた?
「当たるかよ」
さも楽しげにラズロが嘲笑って、短剣を振るってくる。付着している血を最大級不快に感じながら、刃を受け流し距離をとった。
《厄介だな。空間を縫って、こちらの攻撃を躱しやがる》
益々腹立たしい。その上あの男、剣の腕も悪くないときた。
「驚いた。女のくせに随分と腕が立つようだ。それにその刀ーー…」
「黙って!」
考える時間は与えない。攻撃を繰り返す。その度に僅かに立ち位置をずらして、攻撃が躱される。代わりと言ってはなんだが、向こうの攻撃は、すべて真っ向受け流してやった。
そのうちに薄ら笑いを浮かべていたラズロの表情が、胡乱なものへと変わった。
「おい…お前、主とか言われていたな?それに「イーディス」と野郎を呼んだ…まさかその刀ーー」
「貴方には、関係ない」
再び数度、斬り結ぶ。その間も、ラズロがジッと私と私の手にした刀を見て、値踏みしている。怯むな私。今はそんな時ではない。
「おいおい、そのまさかだってのか?ソイツが消えちまった聖剣だとーー」
「ーーっ!」
ついに気づかれた!
《関係ねえよ。あのクソを叩くことに変わりはねえ》
イーディスの声。ああ、泣きそうだ。
「おいおいおい。ちよっと待ってくれよ」
突然、ラズロが口調を変えた。
「なんです?なにも待つことなんてーー」
「あるだろっ!?つまりアンタはアレだ。勇者様ってわけだろ?」
手のひらを広げ、待ってくれと押し出すラズロ。もちろん、反対の手には短剣が握られたまま。
だけど、態度が軟化したことには変わりない。私が勇者なら、なんだという?
「…」
無言で睨みつけた。
「そんな睨むなよ。どうりでお強いわけだ」
「なにが言いたいんですか?」
「なにがって…おいおい?何故、勇者が俺らに敵対する?必要ないだろ?俺はアンタの味方だぜ?なにを誤解しているのか知らねえが、そこに倒れているアマリアもだ」
「なにを言って…?」
どこをどう取っても味方にはならない。島に魔物を発生させ、多くの人の命を奪った。問答無用でこの屋敷に連れてきて、おまけに殺そうとした。これのどこが味方だ?
「まあ、待て。お互い行き違いがあった。そういうことだ。ホルルカの洞窟にあった召喚陣を調べたってんなら、分かるだろ?」
「分かる?なにを?」
「なにってーー…おいおい、しっかりしろよ勇者様よう。アレは魔族を陥れるための陣だ。これが続けば三百年前同様、魔族との間で争いが起こる」
「…それのどこが味方だと?」
ああ。嫌な感覚が沸々と湧き上がってくる。
「はあっ?なに言ってんだ?勇者ってのは、魔族を滅ぼすための存在だろうが!」
巫山戯んな。
『剣術』という下地があったからだろうか。『体術』の技能は、予想外に早く会得することができた。実戦形式の組手の最中、突然動きを変えた私にローレッタさんが驚いていた。尤も、技能を得たところで、まったく敵わなかったのだけれど。
思い上がっていたのだ。
思いの外、すんなり技能を得て。嘘のように体が軽く、反応速度が上がって。これならよほどの相手でなければ、我が身を守ることは可能であろうと。
馬鹿だ。私は。
「ーーイーディスッ」
背後に立っていた相手に反撃するため、イーディスが振り向き動いた。背に庇われた私の目に赤い飛沫が映り、思わず叫んでいた。
「チッ。なんだあ、貴様?いきなり現れやがって」
舌打ちしながら飛び退く男の手には、ナイフと言うには可愛くない刃渡りの獲物が握られていて、血が滴っていた。
「ハッ、テメエが辿ってくれと言わんばかりに、島に痕跡を残していたんだろうが」
「なに?」
「つっても、俺は主の元に戻ったにすぎんがな」
イーディスの背に滲んだ血は、ポタリポタリと垂れ落ちて足元に溜まっていた。それでも対峙する男から目を離さず、平然と言葉を交わしているように見受けられる。だけど後ろに位置する私には、その表情までは見えない。
「あるじの、もと…?」
魅了男ーーラズロが呟いた。
「ホルルカの洞窟にあった召喚陣は、テメエが残したものだな?」
構わずイーディスは問いかける。ラズロはニヤリと、嫌な笑顔へと表情を変えた。
「…だとしたら、どうする?」
「決まってんだろ、クソが。テメエはここで俺たちが叩きのめす」
「へえ?できるのか、そのザマで?」
ラズロが嗤う。イーディスの背からは血が流れ続けている。私はーー
「イーディ…ス」
声が震えた。呼ばれた相手は、振り返らないまま答えた。
「俺を剣に戻せ」
「ーー!?それは…?」
今ここでーーこの男の前で戻せ、と?
「癪だが、このままでは分が悪い」
それはーー私を庇って刺されたため、思うように動けない…から。
「でも…」
ここで『擬人化』を解けば、目の前の男にイーディスの正体が知れてしまう。
「お前の腕なら大丈夫だ。問題ない」
「私はそんなことを心配しているわけではーー」
「いいから戻せ!」
「ーーっ!」
戻すと同時だった。血濡れの短剣が私たちを襲った。
キィンと音が響いて、現れた刀身にラズロが弾き飛ばされる。間一髪だった。そしてイーディスは私の手に収まった。
「…なんだあ?」
膝をついたラズロが、こちらを見上げこぼす。それはこっちの台詞である。さっきといい、今といい、なんなんだ?この男との物理的距離が掴めない。離れた位置にいたはずなのに、突然ほぼゼロ距離で攻撃を仕掛けてきた。
《気をつけろ。あのクソ、空間魔法で自在に移動してきやがるぞ》
イーディスの声が頭に響く。
「空間魔法?それって、瞬間移動してくるってこと!?」
得た答えに、困惑の声が出た。ただ、それは相手も同じだったようでーー
「刀だと?どういうことだ?いきなり野郎が姿を変えた…?」
その場で止まって、疑問を口にしている。機を逃さず、そこへ踏み込んだ。
「ーーっ!?」
捉えたはずの獲物を手にした男の腕を、刀がすり抜けた?いや、違う?避けられた?
「当たるかよ」
さも楽しげにラズロが嘲笑って、短剣を振るってくる。付着している血を最大級不快に感じながら、刃を受け流し距離をとった。
《厄介だな。空間を縫って、こちらの攻撃を躱しやがる》
益々腹立たしい。その上あの男、剣の腕も悪くないときた。
「驚いた。女のくせに随分と腕が立つようだ。それにその刀ーー…」
「黙って!」
考える時間は与えない。攻撃を繰り返す。その度に僅かに立ち位置をずらして、攻撃が躱される。代わりと言ってはなんだが、向こうの攻撃は、すべて真っ向受け流してやった。
そのうちに薄ら笑いを浮かべていたラズロの表情が、胡乱なものへと変わった。
「おい…お前、主とか言われていたな?それに「イーディス」と野郎を呼んだ…まさかその刀ーー」
「貴方には、関係ない」
再び数度、斬り結ぶ。その間も、ラズロがジッと私と私の手にした刀を見て、値踏みしている。怯むな私。今はそんな時ではない。
「おいおい、そのまさかだってのか?ソイツが消えちまった聖剣だとーー」
「ーーっ!」
ついに気づかれた!
《関係ねえよ。あのクソを叩くことに変わりはねえ》
イーディスの声。ああ、泣きそうだ。
「おいおいおい。ちよっと待ってくれよ」
突然、ラズロが口調を変えた。
「なんです?なにも待つことなんてーー」
「あるだろっ!?つまりアンタはアレだ。勇者様ってわけだろ?」
手のひらを広げ、待ってくれと押し出すラズロ。もちろん、反対の手には短剣が握られたまま。
だけど、態度が軟化したことには変わりない。私が勇者なら、なんだという?
「…」
無言で睨みつけた。
「そんな睨むなよ。どうりでお強いわけだ」
「なにが言いたいんですか?」
「なにがって…おいおい?何故、勇者が俺らに敵対する?必要ないだろ?俺はアンタの味方だぜ?なにを誤解しているのか知らねえが、そこに倒れているアマリアもだ」
「なにを言って…?」
どこをどう取っても味方にはならない。島に魔物を発生させ、多くの人の命を奪った。問答無用でこの屋敷に連れてきて、おまけに殺そうとした。これのどこが味方だ?
「まあ、待て。お互い行き違いがあった。そういうことだ。ホルルカの洞窟にあった召喚陣を調べたってんなら、分かるだろ?」
「分かる?なにを?」
「なにってーー…おいおい、しっかりしろよ勇者様よう。アレは魔族を陥れるための陣だ。これが続けば三百年前同様、魔族との間で争いが起こる」
「…それのどこが味方だと?」
ああ。嫌な感覚が沸々と湧き上がってくる。
「はあっ?なに言ってんだ?勇者ってのは、魔族を滅ぼすための存在だろうが!」
巫山戯んな。
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