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「ティルミットは、職人の町でなーー」
「ちるみっと…?」
「ティルミット、だ」
クスリと笑い、訂正してくる。分かっていても舌がまわらない、それを承知しているくせに。要は、面白がっているのだ。
初めて枕を並べた夜のことだった。
イーディスは、唐突にそんな話を始めた。前日の夜に『擬人化』を解き、姿を剣に戻して寝たところ、やれ《テメエだけぬくぬくと》やら、《添い寝させやがれ、ついでに触らせろ》などと、まあ文句を言うわ言うわ。エロ聖剣の声が頭に直接響くのだから、たまったものではない。仕方なくその日から私が『庇護』で縮んで、一つしかないベッドで共に寝ることにしたのだがーー
いきなりなんの抵抗もなく、ぐーすか眠れるはずもなく。
いくら幼児化しているとはいえ、美人すぎる男との同衾。緊張するなと言うのが、無理な話。眠れなくて何度も寝返りをうっている、そんな時だった。
「それはせいけんとして、いーですがうまれたまちですか?」
うつ伏せになり、枕に肘をつきながら問いかけた。
「そうだ。当時の王がクソババアの神託を受けていてな。鬱陶しいことにお偉い共が、そこで聖剣である俺の誕生を待ち構えていた」
横になったままこちらを向き、答えるイーディス。灯りは落としていたが、目はすでに暗さに慣れた状態だ。顔が近くてドキドキしているのを、必死で悟られないよう話を続けた。
「しんたく?しろいかみが?」
「ああーー加護を与える。ティルミットで新たに生み出された剣は、魔王を討つ勇者を選ぶだろうーーってな内容だ」
「うげ」
「ってなことで、俺が目覚めた時にはそれはもう大勢の勇者候補が列をなしていてな。ウンザリした」
「…それで?」
「誰か一人を勇者として選ばなければ、延々人が押し寄せる。ったく、やってらんねえっての」
「だから、ふあしおさんをえらんだ?」
「ファシオ、な。来た中で一番やる気のない奴を選んでやった。ヒヒヒ」
あー、また顔に合わない下品な笑い方して。だけどなんでかな?似合わないのに、らしく思えるのって。
「ふあしおさんって、どんなひとでした?」
「一言で言うなら『お人好し』だな。腕の立つ傭兵で、期待されて仕方なく列に並んでいた」
「れつにならんで…」
なんだか、白い神に釣られたあの世でのことを思い出す。
「鞘から俺を抜いた者が勇者なわけだが、誰にも俺は抜かせなかった。ファシオの野郎は抜けないとなると、他の奴らと違い再チャレンジする気もなく、嬉々として帰ろうとした。だから俺は跳んで行ってやった、アイツの元へ」
「とんで?」
「いざという時、聖剣は主と定めた勇者の元へ跳ぶことができる。どんなに離れていてもだ。お前も俺からは逃げられん。そこは諦めろよ、主サマ?」
「…にげるきは、ないです。むしろ、わたしがきせいしてる?」
「……違いねえ」
その時。それはもう、眩いばかりにイーディスは笑った。「灯り落としてあったよね!?」と、思うくらいに。その後、直視できなくて眠くなった振りをしたのは内緒である。
それからだ。眠る前の時間にいろいろと、この世界について話をしてもらうようになったのは。
勇者ファシオについても、いくらか聞いた。魔王が実は、討たれてなどいないという事実を知った後ではあったけど。
傭兵なんてしていたが、争いごとを好まない穏やかな人であったとか。魔族に対しても特に偏見などなかったらしく、そんなだから魔王討伐の旅に出て、逆に親しくなってしまったとか。
「クソババアが。ザマアみやがれ」
イーディスはこの話をしてくれた時、そう言って破顔した。
そうだ。イーディスはそういう人なのだ。魔族を滅ぼす気なんて更々ない。わざと勇者を希望していなかったファシオさんを選ぶような、そんなーー
聖剣イーディスが選ぶ勇者は、争いは望まない。故に魔族は滅ぼさない。それが勇者と聖剣の真実。
だけど、魔族を滅ぼすための存在として生み出されたこともまた、事実であって。だからーー
「俺たちは魔族との戦争も辞さない。アンタの協力者なんだよ」
目の前の男は当然のように、こんなことを言うのだ。
連れ去られ閉じ込められた、貴族の屋敷の一室。足元で倒れているお姉さんーーアマリアの薬師としての仕事部屋。そこに突然現れた、ラズロというこの男。そうであると決めつけて、「勇者は魔族を滅ぼす者」だと口にした。
違うのに。
「…そのために、人里に魔物を発生させたの?」
「大事の前の小事ってやつだ。ヌルいんだよ、今の王侯貴族は。犠牲が出なけりゃ動かねえ」
人と魔族を争わせるため。そんな理由で人が死んでいいはずがない。
「それは、クレマチス商会の差し金?」
「そうだ…だが、待てよ。勇者が新たに現れた、ということは…まさか魔王も?」
魔王は元より討たれていない。この三百年間、ずっと存在していた。
「魔王と私の存在は関係ありません」
「そうなのか?なら、なぜこのタイミングで勇者がーー」
知るか。神にでも訊け。
ギリギリと歯ぎしりが止まらない。巫山戯るなっての。こんな理由で、ガラさんは家族を失くしたというのか?争いを生みたくない、イーディスの意思は無視されるのか?
絶対にこの男、叩きのめしてやる。だけどその前にーー
勝手に私たちが味方だと勘違いをしている内に、話を聞いておきたい。今後のためにも、クレマチス商会の実態を知っておきたい。
「商会はどこまでのことを、考えているんですか?国を巻き込んで、本当に魔族と戦争を?」
「さあな。俺は空間魔法を買われた、しがない傭兵だからな。詳しくは知らねえよ」
「え?貴方は商会の者ではない?」
「ああ。まあ、技術者としてスカウトされはしたがな。性に合わねえから、それは断った。だが、やろうとしていることは気に入った。だから依頼は受けてやったんだ。まさかそれで、勇者とご対面できるとはな」
向けられる下卑た笑いが、ものすごく不快だ。だけどそうか。納得した。この男は、フランチェスカを知らないようだったから。
視線を落とす。アマリアという、狂気の薬師が伏している。ラズロは彼女の協力者として雇われ、彼女としか接触していない。
そしてフランチェスカもまたーー
「ちるみっと…?」
「ティルミット、だ」
クスリと笑い、訂正してくる。分かっていても舌がまわらない、それを承知しているくせに。要は、面白がっているのだ。
初めて枕を並べた夜のことだった。
イーディスは、唐突にそんな話を始めた。前日の夜に『擬人化』を解き、姿を剣に戻して寝たところ、やれ《テメエだけぬくぬくと》やら、《添い寝させやがれ、ついでに触らせろ》などと、まあ文句を言うわ言うわ。エロ聖剣の声が頭に直接響くのだから、たまったものではない。仕方なくその日から私が『庇護』で縮んで、一つしかないベッドで共に寝ることにしたのだがーー
いきなりなんの抵抗もなく、ぐーすか眠れるはずもなく。
いくら幼児化しているとはいえ、美人すぎる男との同衾。緊張するなと言うのが、無理な話。眠れなくて何度も寝返りをうっている、そんな時だった。
「それはせいけんとして、いーですがうまれたまちですか?」
うつ伏せになり、枕に肘をつきながら問いかけた。
「そうだ。当時の王がクソババアの神託を受けていてな。鬱陶しいことにお偉い共が、そこで聖剣である俺の誕生を待ち構えていた」
横になったままこちらを向き、答えるイーディス。灯りは落としていたが、目はすでに暗さに慣れた状態だ。顔が近くてドキドキしているのを、必死で悟られないよう話を続けた。
「しんたく?しろいかみが?」
「ああーー加護を与える。ティルミットで新たに生み出された剣は、魔王を討つ勇者を選ぶだろうーーってな内容だ」
「うげ」
「ってなことで、俺が目覚めた時にはそれはもう大勢の勇者候補が列をなしていてな。ウンザリした」
「…それで?」
「誰か一人を勇者として選ばなければ、延々人が押し寄せる。ったく、やってらんねえっての」
「だから、ふあしおさんをえらんだ?」
「ファシオ、な。来た中で一番やる気のない奴を選んでやった。ヒヒヒ」
あー、また顔に合わない下品な笑い方して。だけどなんでかな?似合わないのに、らしく思えるのって。
「ふあしおさんって、どんなひとでした?」
「一言で言うなら『お人好し』だな。腕の立つ傭兵で、期待されて仕方なく列に並んでいた」
「れつにならんで…」
なんだか、白い神に釣られたあの世でのことを思い出す。
「鞘から俺を抜いた者が勇者なわけだが、誰にも俺は抜かせなかった。ファシオの野郎は抜けないとなると、他の奴らと違い再チャレンジする気もなく、嬉々として帰ろうとした。だから俺は跳んで行ってやった、アイツの元へ」
「とんで?」
「いざという時、聖剣は主と定めた勇者の元へ跳ぶことができる。どんなに離れていてもだ。お前も俺からは逃げられん。そこは諦めろよ、主サマ?」
「…にげるきは、ないです。むしろ、わたしがきせいしてる?」
「……違いねえ」
その時。それはもう、眩いばかりにイーディスは笑った。「灯り落としてあったよね!?」と、思うくらいに。その後、直視できなくて眠くなった振りをしたのは内緒である。
それからだ。眠る前の時間にいろいろと、この世界について話をしてもらうようになったのは。
勇者ファシオについても、いくらか聞いた。魔王が実は、討たれてなどいないという事実を知った後ではあったけど。
傭兵なんてしていたが、争いごとを好まない穏やかな人であったとか。魔族に対しても特に偏見などなかったらしく、そんなだから魔王討伐の旅に出て、逆に親しくなってしまったとか。
「クソババアが。ザマアみやがれ」
イーディスはこの話をしてくれた時、そう言って破顔した。
そうだ。イーディスはそういう人なのだ。魔族を滅ぼす気なんて更々ない。わざと勇者を希望していなかったファシオさんを選ぶような、そんなーー
聖剣イーディスが選ぶ勇者は、争いは望まない。故に魔族は滅ぼさない。それが勇者と聖剣の真実。
だけど、魔族を滅ぼすための存在として生み出されたこともまた、事実であって。だからーー
「俺たちは魔族との戦争も辞さない。アンタの協力者なんだよ」
目の前の男は当然のように、こんなことを言うのだ。
連れ去られ閉じ込められた、貴族の屋敷の一室。足元で倒れているお姉さんーーアマリアの薬師としての仕事部屋。そこに突然現れた、ラズロというこの男。そうであると決めつけて、「勇者は魔族を滅ぼす者」だと口にした。
違うのに。
「…そのために、人里に魔物を発生させたの?」
「大事の前の小事ってやつだ。ヌルいんだよ、今の王侯貴族は。犠牲が出なけりゃ動かねえ」
人と魔族を争わせるため。そんな理由で人が死んでいいはずがない。
「それは、クレマチス商会の差し金?」
「そうだ…だが、待てよ。勇者が新たに現れた、ということは…まさか魔王も?」
魔王は元より討たれていない。この三百年間、ずっと存在していた。
「魔王と私の存在は関係ありません」
「そうなのか?なら、なぜこのタイミングで勇者がーー」
知るか。神にでも訊け。
ギリギリと歯ぎしりが止まらない。巫山戯るなっての。こんな理由で、ガラさんは家族を失くしたというのか?争いを生みたくない、イーディスの意思は無視されるのか?
絶対にこの男、叩きのめしてやる。だけどその前にーー
勝手に私たちが味方だと勘違いをしている内に、話を聞いておきたい。今後のためにも、クレマチス商会の実態を知っておきたい。
「商会はどこまでのことを、考えているんですか?国を巻き込んで、本当に魔族と戦争を?」
「さあな。俺は空間魔法を買われた、しがない傭兵だからな。詳しくは知らねえよ」
「え?貴方は商会の者ではない?」
「ああ。まあ、技術者としてスカウトされはしたがな。性に合わねえから、それは断った。だが、やろうとしていることは気に入った。だから依頼は受けてやったんだ。まさかそれで、勇者とご対面できるとはな」
向けられる下卑た笑いが、ものすごく不快だ。だけどそうか。納得した。この男は、フランチェスカを知らないようだったから。
視線を落とす。アマリアという、狂気の薬師が伏している。ラズロは彼女の協力者として雇われ、彼女としか接触していない。
そしてフランチェスカもまたーー
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