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イーディスは聖剣だ。白い神の加護付きで、斬れないものなどないとされている。どれだけ斬っても刃こぼれ一つない、そんな代物だった。
これは罰なのだろうか?
本来、朽ちることのない聖剣を、徒人に貶める真似をした私への。
だとしたら、これ以上に効果的な罰はない。白い神よ。こんなのはあんまりだ。受け入れられない。
イーディスに会えたことーーそれだけは感謝していた。それなのに。これでは、神殿で悪態をつくだけでは収まらない。大体、自分の駒だと言うなら、もっと大事にしろっ!
ラズロの短剣は、刃の根元まで血に染まっていた。きっと内蔵にまで達している。止血では追いつかない。なのに。
今こうしている瞬間に、何故イーディスを救う術が得られない?
どうして私には癒しの力がない?これだけご都合的な能力に恵まれながら。黒い神よ。イーディスは要らないっていうの?
魔族と人の共存を望むなら、欠いてはならない存在ではないの!?笑ってないでなんとかしろ!この糸目!
ああ!もう。自分のせいなのに、神を罵るしかない自分が一番許せないーー
「イー…ディ…」
「……」
頬に当たる白銀髮。預けられた重み。肩で息をしているのが、嫌でも分かる。
「ふっ…ううっ…」
「…泣くな」
「ごめ…」
「…いつ死んでも…いいと思ってたんだがな…」
「イーディスッ」
「まったく…締まらねえ…」
イーディスの背にまわした両腕は、もう血まみれだった。
どうしていいか分からない。こうして抱きとめる以外の術を持たない。どうしたら。どうしたらいい?このままではイーディスが…
耐えられない、そう思った。
私は中々に図太い人間だと思う。黒い神に「いい神経している」と言われたことは、記憶に新しい。だけど。それでも、だ。
今、腕の中にいる人を、失うのは耐えられない。
よく分からないままなにも持たず、たった一人で知らない世界へ放り出された。
そんな状況であるにも関わらず、寂しいなんて思ったこともなかった。きっとそれは、イーディスがいてくれたから。
出会ってから、ずっと傍にいてくれた。綺麗なのに口汚ない、この聖剣サマを私はーー
ーー《お前との距離が妙に居心地良くて》
まったく同じことを思ってた。イーディスといる時、私は私をまったく飾る必要がなかった。自然体でいられた。それは本当に居心地が良くて。
互いの距離を楽しんでいた。今はまだこのままでいいと、呑気に構えていた。馬鹿だ。私は。こんな殺伐とした世界で、こんな日が来ることを、微塵も考えていなかったのだから。
ーー《なにも知らなかったんだよ俺は》
私だって知らなかった。こんな。こんな、引き攣れる思い。きっと、生前にだってなかった。
嗚咽が漏れる。
「…イーディス」
何度この名を口にしただろう。
「…泣くな」
掠れる声でそう返し、イーディスは身動ぎしようとする。だけどそれは適わず、私にかかる重みが、いっそう大きくなったように感じられた。
「イーディ…ス」
「…お前となら…人として生きるのも、悪くはないと思ったんだが…な」
「ーーっ!」
動けないならと、絞り出すように紡がれた言葉。それが意味することに、今ここでようやく気付く。
「だから…だから、『擬人化』を解くなと言ったんですか」
「…ああ」
ーー「今後は必要時以外、俺を剣に戻さないでくれ」
そう言ったイーディスの、あの時の真剣な表情を思い出す。
三百年、イーディスは聖剣だった。剣として時が止まっていた。それが白い神の定めた運命だった。だけど私の『擬人化』という技能は、それを覆した。人の姿のイーディスには、時間が流れていた。
イーディスは私と同じ時を生きることを、良しとしてくれていたのだ。
「う…あ」
言葉にならない。涙が止まらない。
「…クソ、が。…笑え」
「わ…笑えるわけ、ないでしょう!?笑って欲しいって言うならーー言うならっ…」
銀髪に顔を埋める。
「あー…惜しい…」
「なにが?」
「今なら…ジャリでは…ないってのに。…腕…上がんね…」
「ーーっ」
「フラー」
「…なに?」
「顔、見せてくれ」
両頬に手を添えて、イーディスの顔を持ち上げてやる。アメジストの瞳が、柔らかな眼差しで私を真っ直ぐ見ていた。
「イーディス」
「…ラ」
思わず呼んだ。だけど返ってきた声は、もう聞き取れないほどに掠れていてーー
「イー…ディス」
涙で滲んでイーディスの顔がよく見えなくなった。
「…くな」
「無理」
「そ…か」
額を擦り付けるように合わせる。
「イーディス、わ…たし…」
「わ…てる。…ラ」
「はい」
「ーー…る」
ガクリ、と。支えていたイーディスの重みすべてが、私にかかった。
ーーえ?
「…イーディス?イーディスッ!?」
滲んで見えない目を必死で瞬かせる。さっきまで私を見つめていてくれた瞳は、細めて笑っているかのように閉じられていた。
「う…あ…」
耐えられない。
「ああ…ああああーっ!!」
こんなのは、耐えられない!
ーーチャプン。
これは罰なのだろうか?
本来、朽ちることのない聖剣を、徒人に貶める真似をした私への。
だとしたら、これ以上に効果的な罰はない。白い神よ。こんなのはあんまりだ。受け入れられない。
イーディスに会えたことーーそれだけは感謝していた。それなのに。これでは、神殿で悪態をつくだけでは収まらない。大体、自分の駒だと言うなら、もっと大事にしろっ!
ラズロの短剣は、刃の根元まで血に染まっていた。きっと内蔵にまで達している。止血では追いつかない。なのに。
今こうしている瞬間に、何故イーディスを救う術が得られない?
どうして私には癒しの力がない?これだけご都合的な能力に恵まれながら。黒い神よ。イーディスは要らないっていうの?
魔族と人の共存を望むなら、欠いてはならない存在ではないの!?笑ってないでなんとかしろ!この糸目!
ああ!もう。自分のせいなのに、神を罵るしかない自分が一番許せないーー
「イー…ディ…」
「……」
頬に当たる白銀髮。預けられた重み。肩で息をしているのが、嫌でも分かる。
「ふっ…ううっ…」
「…泣くな」
「ごめ…」
「…いつ死んでも…いいと思ってたんだがな…」
「イーディスッ」
「まったく…締まらねえ…」
イーディスの背にまわした両腕は、もう血まみれだった。
どうしていいか分からない。こうして抱きとめる以外の術を持たない。どうしたら。どうしたらいい?このままではイーディスが…
耐えられない、そう思った。
私は中々に図太い人間だと思う。黒い神に「いい神経している」と言われたことは、記憶に新しい。だけど。それでも、だ。
今、腕の中にいる人を、失うのは耐えられない。
よく分からないままなにも持たず、たった一人で知らない世界へ放り出された。
そんな状況であるにも関わらず、寂しいなんて思ったこともなかった。きっとそれは、イーディスがいてくれたから。
出会ってから、ずっと傍にいてくれた。綺麗なのに口汚ない、この聖剣サマを私はーー
ーー《お前との距離が妙に居心地良くて》
まったく同じことを思ってた。イーディスといる時、私は私をまったく飾る必要がなかった。自然体でいられた。それは本当に居心地が良くて。
互いの距離を楽しんでいた。今はまだこのままでいいと、呑気に構えていた。馬鹿だ。私は。こんな殺伐とした世界で、こんな日が来ることを、微塵も考えていなかったのだから。
ーー《なにも知らなかったんだよ俺は》
私だって知らなかった。こんな。こんな、引き攣れる思い。きっと、生前にだってなかった。
嗚咽が漏れる。
「…イーディス」
何度この名を口にしただろう。
「…泣くな」
掠れる声でそう返し、イーディスは身動ぎしようとする。だけどそれは適わず、私にかかる重みが、いっそう大きくなったように感じられた。
「イーディ…ス」
「…お前となら…人として生きるのも、悪くはないと思ったんだが…な」
「ーーっ!」
動けないならと、絞り出すように紡がれた言葉。それが意味することに、今ここでようやく気付く。
「だから…だから、『擬人化』を解くなと言ったんですか」
「…ああ」
ーー「今後は必要時以外、俺を剣に戻さないでくれ」
そう言ったイーディスの、あの時の真剣な表情を思い出す。
三百年、イーディスは聖剣だった。剣として時が止まっていた。それが白い神の定めた運命だった。だけど私の『擬人化』という技能は、それを覆した。人の姿のイーディスには、時間が流れていた。
イーディスは私と同じ時を生きることを、良しとしてくれていたのだ。
「う…あ」
言葉にならない。涙が止まらない。
「…クソ、が。…笑え」
「わ…笑えるわけ、ないでしょう!?笑って欲しいって言うならーー言うならっ…」
銀髪に顔を埋める。
「あー…惜しい…」
「なにが?」
「今なら…ジャリでは…ないってのに。…腕…上がんね…」
「ーーっ」
「フラー」
「…なに?」
「顔、見せてくれ」
両頬に手を添えて、イーディスの顔を持ち上げてやる。アメジストの瞳が、柔らかな眼差しで私を真っ直ぐ見ていた。
「イーディス」
「…ラ」
思わず呼んだ。だけど返ってきた声は、もう聞き取れないほどに掠れていてーー
「イー…ディス」
涙で滲んでイーディスの顔がよく見えなくなった。
「…くな」
「無理」
「そ…か」
額を擦り付けるように合わせる。
「イーディス、わ…たし…」
「わ…てる。…ラ」
「はい」
「ーー…る」
ガクリ、と。支えていたイーディスの重みすべてが、私にかかった。
ーーえ?
「…イーディス?イーディスッ!?」
滲んで見えない目を必死で瞬かせる。さっきまで私を見つめていてくれた瞳は、細めて笑っているかのように閉じられていた。
「う…あ…」
耐えられない。
「ああ…ああああーっ!!」
こんなのは、耐えられない!
ーーチャプン。
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