白雪日記

ふたあい

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1日目

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 どこ?ここ?

 目が覚めて、まず思った。病院ではないな。やたら天井が低いし、白くもない。オマケに清潔とは無縁そうにも感じられる。
 絶対病院ではないーーそう確信した時、話しかけられた。

「目覚めたか」

 声の方へ目だけを向ける。どうやら男のよう。
 寝かされたまま、身体が動かない。それもそうか。今、私はまさに死ぬところだったのだから。でもーー

 これは少し、おかしくないか?

「戸惑いの色が窺える。そうであろうな、お前はすでに死んでいたのだから」
 現状を把握できない私に向けて、男はどこかの漫画の決め台詞のようなことを言う。

 さっぱり解らんよ、もう少し詳しくお願いします。などと思っていたら、その通りに相手はペラペラ喋り始めてくれた。

「感謝するがいい。さまようお前の魂を、拾い上げたのはこの私だ。そして今、お前は私の創り上げた〈完璧な作品〉の中に在る」
「それ、どういう…?」
 声が出たと喜んだのも束の間。驚き、最後まで言葉にならなかった。

 これは私の声じゃない。

「驚くな。だから言ったであろう?〈その体〉はお前のものではない。私が、創り上げた、私の、〈最高傑作〉だ。これまでお前が納まっていた、ちゃちな器とはモノが違うのだ」

 …ちゃちで悪かったな。なに?この失礼な野郎は?

 戸惑う以上に気分を害し、顔をしかめた。だけど、そんな私を完全無視。失礼男は尚も喋ってくれた。
「だが、だ。これほどに〈完璧な人型〉を創っても、だ。魂が得られなければ意味がない。何故だ?私の理論は完璧で、そこには肉体同様、魂までも完璧に生成されるはずであったのに。それができなかった!」

 完璧、完璧、うるさい人だ。

「このまま放っておいては、肉体は朽ちるのみ!いや!それは駄目だ!ここまでどれほどの時間を、資源を!費やしたと思う?新たに創り出す猶予などない。それでは計画が狂ってしまう!いや!それどころか、すでに出遅れている!」

 くどい。男は説明しているのか、ただ単に陶酔しているのか、判らない。なんだか真面目に聞くのが馬鹿らしく思えてきた。だが、次の一言に私は瞠目した。

「そこで私は考えたのだ!魂の召喚を!」

 魂の、しょう、かん?ーー召喚?

 おぼろげながら、自分の置かれた状況が見えてきた。
「…つまり?死んで自分の身体から離れた私の魂を、〈この器〉に入れるために呼び出した?」
「その通り。名案であろう?だが、これは容易なことではないのだぞ?錬金術は元より、召喚術にも通じる私だからこそ、可能としたのだ」
 いや、思いついても普通はやらない。倫理的に大問題。昨今ではリサイクルだのリユースだの声高に言われているけれど、魂のリサイクル、いやこの場合リユースになるのか?ーーどっちでもいいや、とにかくそれはどうかと思う。エコにもなんにもなりゃしない。
「死んだはずなのに…」
「そう。お前は死んだ。そしてここに蘇った。私の力でな。お前は私に生かされている。故に、お前は私に従わなければならない」

 勝手だな。

「ここからが本題だ。お前はある計画のために生み出された。それを遂行してもらう」
 どうせ碌でもないことだろうという予感が、ひしひしとする。
「なにをさせるつもりですか?」
「占者ファンスランスの暗殺」

 せんじゃふあんすらんすのあんさつーー暗殺!?

「無理です」
「そう思うであろうな。だが、問題ない。それを容易く行える能力が、〈その器〉には備わっている。そのために身体能力を極限までーー」
「そうではなくて!」
 皆まで言わすか!
「なにをーー」
「私の!性質的に無理!だと言っているんです!」

 人殺しなんて。根っから小市民の私にできるわけがない。そんな後ろ暗いことをしてしまったらーー胃に穴があいて、血吐いて死んでしまう!もう死んでるけど。

「解っていないようだな?お前に選択権はない。いいか?先にも言ったが、お前は私に生かされている。お前の胸に刻まれた召喚の術式を消せば、お前と、今お前の納まっている〈その体〉とは、すぐに切り離される。さすれば寄る辺のないお前の存在など、泡のごとく僅かな刻で消えるのだ。感謝しろ、己の肉体から離れた寸の間を縫って、魂を拾い上げてやった私に。そして命令に従え」
「イ、ヤ、です」
「お前の代わりの魂など、いくらでも在るのだぞ?」
「そうでしょうね?今、この瞬間にも誰かが死んでいると思いますよ」
「役に立たないというならお前の魂を切り捨てる、そう言っているのだぞ?」
「結構です。自分の生はまっとうしています。人殺ししてまで、新たに生きようとは思いません!」
 一気にやり取り。ここでしばらくの間。完全に交渉決裂だ。これでいい…多分。

 そして。自称、私の恩人は静かに言った。

「では、お前の魂を抜くことにしよう」
「そうしてください」
 途端、胸がざわついた。これは、恐怖?
「本当にいいのだな?」
 男の手が私に伸びる。暗くて表情は読み取れない。
「構いません」
 ドクン。心臓が大きく跳ねた。大丈夫、大丈夫、元に戻るだけ。何度も言い聞かせるよう、心の中で繰り返す。

 男が私の胸元に触れ、フッと意識が浮かぶような、そんな感覚。その瞬間ーー

「錬金術師ディルモア・ノーツ!謀反の疑いで貴様を連行する!」

 天井からの眩しい光とともに、怒声がなだれ込んだ。

 そうか。

 ここは地下室だったのか。どうりでカビ臭くて暗かったわけだ。

 薄れゆく意識の中で、ぼんやり思った。あとはなにも分からない。ただ…誰かがしきりに私に話しかけていたような、そんな気がする。
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