白雪日記

ふたあい

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二年目

八年前の転寝月31日(1)

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 私は、なにをやっているのだろう?

 息を潜め、壁にコップを当て、耳を澄ましている。典型的な盗み聞きポーズである。
 それだけではない。不法侵入までやらかしている。まさか。こんな簡単に、入り込めるなんて…

 泥棒の才能あり?いやいや、この屋敷の防犯が杜撰なだけ。

 二の郭にある、ゲード邸の一室にいた。
 同じ二の郭であっても、じっ様と師匠の家とは城を挟んでちょうど真逆に当たる位置だ。遠くてよかった。
 人の出入りを見張るだけで、ここまでするつもりはなかったのだけれど…。ちょっと二階の窓が開いていて、庭木から中に飛び移れそうな感じがして、試してみたらアッサリできてしまった。
 そこから気配を殺して屋敷内をうろつき、人の気配のある部屋のーー隣の無人部屋へ。

 そして現状。

「では、そのようにーー」
「かしこまりました」

 聞こえてくる会話の内容は、今のところ表の仕事のことばかり。多分、隣の部屋にいるのは主であるゲード氏と、商会の雇用者だと思うのだけれど…ーーって、あらら?

 出て行ってしまった。

 バタンと、扉の閉まる音。隣の部屋は無人となった。
 …………隣って、ゲード氏の書斎だろうかーーなんて、当りを付けているのだけれど?掃き出しになっている窓辺に目を向ける。
 …………いいよなあ、大きな洋館って。「飛び移って!」と言わんばかりに、バルコニーが付いているのだから。移動して周囲を窺う。人の気配はない…

 それっ!ジャンプッ。

 隣の部屋へ、あっさり移動した。風通しのためか、窓も親切に開け放たれている。
 もはや、ためらいはなかった。やはり予想通り、この部屋が書斎であるようだ。
 机上の書類を捲る。その内の一枚に、気になる取引先の名があった。別に…おかしくはない。書類を見る限り、不審な点もない。
 公の取引。絵画を三点、買い付けただけ。その領収書と諸々の手続き証明。外務官長のサインも入っている。
 そうだ。和平を結んでいるのだ。だから南ーーマクミラン王の国の美術商と取引があるのは、おかしなことではない。ないのだけれどーー
 どす黒い不安が心の内に、瞬時に広がった。

 この不安、過去に来る前にも感じている。なにも起こらなければいいのだけれど…

   ✢

「明日の夜?」
 グラス片手に、じっ様が語尾を上げた。
「はい」
 じっ様のグラスに酒を注ぐ。人に酌をするのは好きではないが、この際、文句は言ってられない。こちらで酒量を調節せねば。

 昼の内に情報収集して、同じ居酒屋でフルルクスに報告する。

 すっかり型となっていた。まあ、それも今夜が最後なのだけれど…
 昼間の不法家宅捜索で、明日の夜ゲード商会が闇取引を行うであろうことを掴んでいた。
「だが、雫の取引ではないんだろう?ミリが、来るかどうかは…」
「雫の取引ではないから、です。それならフルルクスさんの預かり知らぬことと踏んで、ゲード氏はミリさんを動かす。私はそう読みます」
 盗み聞きして気付いたのだけれど、ゲード氏というのはなんというか…大阪の商売人のような人なのだ。商魂逞しいと言うか、転んでもタダでは起きないタイプであることは間違いない。
 ミリさんを遊ばせた状態のまま、匿うはずがない。絶対に、それに見合う分だけの仕事を押し付けるだろう、あのオジサンは。
「フン。それで?明日の夜、不法取引があるとして、どこで、なにを扱う?」
 じっ様がフンモコの唐揚げにフォークを伸ばしつつ、訊いてきた。よかった。今夜はちゃんと、つまみを食べている。
「それはーー」
 答えようとした、その時だった。

「あれ?珍しいね、フルルクス。連れがいるなんて」

 背後から声をかけられた。いきなり。
 じっ様の顔が、みるみる驚きの表情に変わっていく。
 え?まさか、この声ーー
「何故お前が、今ここにいる?」
 ひとしきり驚くと、じっ様は私の背後に現れた人物を睨みつつ、最上級に不機嫌な声音で問うた。
 助かった。そちらに気を取られて、私が青くなっていることに気付いていない。
「それがさ、もう胸糞悪くてさ。会談も終えたことだし適当に理由を付けて、僕ら揃って一足先に帰らせてもらったんだよ~」
 背後の人物が、あっけらかんと答えた。

 ああ、間違いない。この脳天気な口調…

「二人揃ってか?王を置き去りとは、呆れた話だな」
「大丈夫、大丈夫。あとは今夜の会食だけ。ケルマン大将が張り付いているから、問題ないって。それに、見てなよ?夜が明ける前に予定を繰り上げて、陛下も帰ってくるから。賭けてもいいよ。そんなことよりーー」
 背後の人物が満面の笑みを浮かべた、ような気がする。
「…なんだ?」
「なに言ってんの!紹介してよ。今まで隠してたわけ?水くさいなあ」
 そう言うと、背後の人物が横に立ち、ひょいと硬直する私の顔を覗き込んだ。ああ…

 やっぱりか。

 八年前なので若い。若いのだけど、今と変わらず小太りの小男。顔立ちは決して悪くないだけに、少し残念と言わざるを得ない。
 ニコニコと笑みを浮かべるその外見は、文句なしの癒し系。それが口を開くと、絶叫系となるお人。
 我が師匠、ライトリィ・イーウィーがそこにいた。
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