白雪日記

ふたあい

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二年目

転寝月16日

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 気の抜ける声で、出迎えられた。

「あ、おかえり~」
「……帰りました」

 現在に戻ってきた私を待っていたのは、師匠だった。術式を組んだ部屋の前に背もたれ付きの椅子を引っ張ってきて、ゆったりとくつろぎ本を読んでいた。
「その手にした杖は、破損前のもの?それとも失敗して戻った?フルルクスに帰還用の術式、入れ直してもらう?」
 パタンと手にした本を閉じ、訊いてくる。
「その必要はありません。じっ様の手をこれ以上煩わせないために、杖をすり替えるまでは戻らないと決めていたんですから」

 過去への術式構築の他に、城内の『条件召喚』更新の役目が、じっ様に発生していた。

 白銀城には所々、踏み込むと他の場所へ強制召喚されてしまう空間が存在する。そういう、ある一定の条件を設定して、術を発動させる特別な召喚術を『条件召喚』というのだが、これは一年毎に書き換えをする決まりになっていた。
 よく解らないけれど空間に刻む術式は、時間の経過とともに微妙に位置がズレてしまうためらしい。
 それがこの時期で、じっ様の手を煩わせられない理由。今回の一件で、一番被害を被ったのは彼である。ちゃんと寝ているのか、急に心配になってきた。

 だというのに…

「ということは、すり替えに成功したんだね。さっすが、僕の弟子。優秀、優秀~」
 この呑気な師匠の口調。……なんだか無性に、殴ってやりたい気分に陥った。
 だけど、あの白薬がナイスアシストであったことは否定できない。
 ーーありがとうございます。師匠。
 口に出しては絶対に言いませんが、ご了承ください。
「さっそく、この杖を城に届けます。今って、午後の就業時間ですよね?」
「そうだけど、それは僕が責任持って陛下に渡しておくよ。君が無事に戻った報告も兼ねて。だからひとまず、自分の部屋に戻って休みなよ」
「え?」
「そうするよう、言われてんの。詳しい報告は明日でいいからさ」
「そうですか。では、そうさせてもらいます」
 師匠に持ち帰った杖を渡した。
 正直、ありがたかった。くたくたである。それに…ゆっくり考えたいこともあった。

   ✢

 七日ぶりの自分の部屋。いつものベッド。ふう、落ち着く。それに、埃っぽくもない。
 ああ、ようやく落ち着ける。ちなみにお風呂は、宿を利用していた。少しお金を出せば、泊まらなくても使わせてもらえるのだ。今夜は久しぶりに、城の広い湯船に浸かることができる。嬉しい。
 ゴロゴロと感触を確かめるように、ベッドの上で右に左に向きを変える。それから、猫のように丸まった。

 これからどうしよう?

 役目は果たした。無事、杖はすり替えられた。この件は、あとはアケイルさん次第。当面考えなければならないのは…ドウ、とーー

 フルルクスのこと。

 あの時。八年前の最後の夜ーー爺様の腕にくるまれた時。確信した。

 じっ様の待ち人が、他ならぬ私自身であったことを。

 アリアーー主上と同じ黒い髪と目を持つ者。
 じっ様がいないと「困る」と口にした者。
 あの丘で、再会の約束を交わした者。

 すべてが私を指している。

 それをあの瞬間まで気付いていなかったのだから、大馬鹿者である。
「言えない…今は」
 声になった。
 この事実を、なるべく早くじっ様に話しておく必要があることは解っている。こうしている間も、彼は待っているのだから。
 爺様は、クロがシロであることを知っていた。だから私は話したのだろう。だけど今は…
 師匠は、じっ様が惚れた女を待ち続けている、そんな言い方をした。だけど、実際はそうではない。
 じっ様が八年もの間、クロを待ち続けていた理由ーー

 それはクロが…クロだけが、八年前の事件の手掛かりを目にしているから。

 おそらくドウは、事件に関するすべての痕跡を消して行った。依頼主の跡を消すことで、自身を辿る足掛かりも消す。孤高の暗殺者に抜かりはない。

 だからじっ様は私をーークロを待っている。

 彼はミリさんを殺した者を、ドウを雇った者を追うつもりなのだ。
 八年前の事件に関わったことを、じっ様は誰にも話していない。ミリさんの名誉のために、一切を口にしてはいないはず。
 それゆえに、クロの存在を「待ち焦がれるひと」としている。余計な詮索をされないために。
 当然だ。クロと八年前のフルルクスの年の差は……

 やめよう。なんだか悲しくなってしまう。

 それはさておき、こうなればじっ様が一人で無茶をしないよう、八年前同様、協力するまでなのだけれど…
 なにぶん今は、時期が悪い。
 とにかく今は、協約改定を無事終わらせ、ドウの問題を片付けることが先決。あのドウを…まあ、奴を捕らえることができたなら、じっ様の問題も半分は片付くことになるのだし…それに専念しよう。

 ドウ、か。

 真っ黒な不安が再び沸き立ち、真っ赤な血の光景が脳裏に浮かぶ。
 主上が濁すわけである。
 あんなものに、狙われているかもしれないなんて…心配しかない。護衛の任を離れることに、気兼ねさせたくなかったのだ。

 アレを捕らえるなんて…できるのだろうか?
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