白雪日記

ふたあい

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二年目

転寝月18日

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 久しぶりに、本当に久しぶりに、城内でフルルクス・シンの姿を見た。

 中庭の中央付近に立ったじっ様は、なにもない空中を睨みつけて、なにやら思案中の模様。どうやら条件召喚更新作業の真っ最中らしい。いつにも増して、不機嫌そう。
 チキッと、隣で音がした。

 私が首をひねり、視線を移すのと同時にーー

「でやああああっ」
 奇声とともにカクカが剣を抜きつつ、前方へ駆けてゆく。
「ちょっと、カクカーー」
 これまた私が声を発するのと同時、前方に見えていたじっ様が僅かに傾いたかと思うと、剣を振り上げ襲い掛かるカクカの背後に回る。そしてすかさず片腕で、突っ込んできた形となった頭を抱え込み、空いた方の手でゴリゴリと拳骨を擦りつけた。
「げえっ!いいい、痛ってえええっ!」
 堪らずカクカが叫ぶ。アレは痛い。
「俺は今、すこぶる機嫌が悪い。いい度胸してやがんな、クソガキが」
 言いながら、じっ様は腕の力を強めた様。
「いいいってええええっ!」
 カクカが更に声を上げた。
「うるせえぞ」
「だったら、離しやがれ!このクソ式術師がっ!」
「なんだ?まだ懲りねえか?」
「いいいいぃっ」

 はあ…。いい加減にしてください。二人に駆け寄った。

「じっ様、そこら辺で勘弁してください」
「シロガキ、監督不行き届きだ。首に縄つけとけ」
 じっ様がカクカを離す。
「あのなあ!俺の方がそいつより先輩なんだよ」
 自由になるやいなや、カクカはじっ様に食って掛かった。
「そう言いたいなら、もう少し腕を上げるんだな。踏み込みが甘え、構えがわりい、振りが無駄にデケえ!」
「うっ……それ、から?」
「自分で考えろ。今日は忙しいんだよ」
「…………分かった」
 ようやくカクカが静かになった。

 やれやれ。

 この二人は、顔を合わすといつもこうなのだ。初対面の時、じっ様がカクカを「クソガキ」呼ばわりし、それに腹を立て殴りかかった結果、あっさり返り討ちにあった。以来、この調子。
 いつの間にかカクカがじっ様に教えを請う形になってはいるけど、やってることは初めから同じ。

 要するに、じゃれている。

「忙しそうですね」
 険しい顔を見せているじっ様に問う。
「ああ。面倒くせえ。ジジイの奴、厄介なモン残していきやがって…」
 ガリガリと頭を掻きながら返ってくるその声は、いつもより数段トーンが低い。
「そんなに大変なんですか?」
「少々複雑でな。他の奴に任せられねえ…。チッ、広すぎなんだよ、この城は。ジジイが、何箇所仕掛けやがったんだ?」
 去年、ノーツに入り込まれたからからなあ…。必要以上に厳重になっているのは、間違いないだろう。

「はっはーん?さては、プレッシャーだな?」

 やっと静かになったと思ったのも束の間。カクカが突然、声を上げた。は?なにを言っているんだ?
「あ?なにを言ってやがる?クソガキ」
 じっ様も、まったく同じことを思ったらしい。
「なにって?惚けるなよ」
 勝ち誇ったように、カクカがじっ様を指差す。
「カクカ?」
「今日はいやにピリピリしてると思ったら、そういうことだろ?爺さんの残した術式だ。同じように組み立てられるか、自信がないんだろ?」
「ああ?」
 じっ様の、返す声の語尾が上がる。
「ちよっと、カクカーー」
「そうだよな。前任が自分の祖父さんだなんて、やりにくいよな?しかもあの爺さん、当代一なんて言われてたもんな」
「……」
 ついには、カクカは調子に乗って、じっ様の肩をバシバシと叩きだした。「まあ精々、頑張れや」というような態度で。
 うわあ…。怖いもの知らずだ。
「アンタの祖父さんは、近衛でも一目置かれてたぜ。なんせ、あのギィが大人しく従ってたくらいだ」
「……」
「身内の出来が良いと、比較されてちょっと嫌だよな。解るぜ。俺も子供の頃、弟と比べられてさ、肩身が狭かった」
 腕を組み、うんうんと勝手に納得しているカクカ。うわあ…
「……」
「聞いてくれよ、この弟がよーー」
「カクカッ」
 思わず声を荒げた。
 途中からじっ様が、なにも言葉を発していない。ハッキリ言ってかなり怖い。
「なんだよ、シロ?今、俺が話してーー」
「時間!午後の任に遅れる!早く交代に行かないと、レヴン班長にまたお説教食らうから!」
「え?なんだ?もうそんな時間か?」
「そんな時間だって!」
 強引にカクカの背中を押した。本当はまだ、そこまで急ぐ時間ではなかったのだけれど。そして、恐る恐るじっ様を窺う。するとーー

 あれ?

「…仕方ねえな、行くか」
 渋々、カクカが言う。
「カクカ、先に行って班長に伝えておいて。私はシン術師に、この間の任務のことで報告があって遅れるって」
「は?え…ええっ!なんだよ、それ?」
「ごめん。急に思い出した!」
 謝りつつ、ドンッと突き飛ばすと、納得いかない様子ではあったが、カクカは中庭を去って行った。

 ふう…やれやれ。

「……報告なら、王から聞いている。必要ないが?」
 カクカが去ると、ようやくじっ様が声を発した。
「はい。それは知っています」
「だったらどうした?」
 不思議そうに、私を見下ろしてくる。
 じっ様への報告は、主上とは別に山盛りある、が、今はまだ話す気はない。
 ただ、気になったのだ。
 さっき見た、じっ様の表情。絶対、怒っていると思って見たその表情は、実に複雑そうな困り顔であった。
 それはなにを意味する?何故か不機嫌も治まっているし、どうにも捨て置けない。
「さっき困ったような顔をしていましたね?ちょっと気になったものですから」
「ーーっ!よく見てやがんな」
「絶対、怒っていると思って、注目したんですよ。そしたら、まったく予想外の顔をしていたので驚きました」
「……」
 じっ様は無言で、頭を掻いた。
「カクカはなにか困ることを言いましたか?そうだったのなら、次からはもっと早く止めるようにしますがーー」
「いや…そんなんじゃねえよ。チッ。ただ、おかしなもんだと思っただけだ」
「おかしなもの?」
「ああ。俺に血縁者は一人もいない。親の顔すら知らねえ。それがどうだ?いつの間にか祖父さんがいることになってやがる。あのクソガキの話を聞いていて、自分がジジイの孫だと錯覚しちまった。…まったく、おかしな話だ」
「…………そうですか。なるほど…」

 知らなかった。

 じっ様が天涯孤独の身だなんて。親の顔すら、知らないなんて。
「ジジイは俺の成れの果てだってのに…。どうかしている…」
 皮肉そうに笑う、じっ様。

 私はこの人のことをなにも知らないのだと、今になって気付いた。そしてーーそれがどうしようもなく悲しいと、感じている。

 爺様。どうすればいい?
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