お喚びでしょうか、ご主人様

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拗ねルル

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 僕はよれた部屋着を脱いで、新しめの半袖シャツに手を通し、薄手のズボンに着替えた。
 そんなにおめかしする必要はないよね。近所のスーパーだし。ルルをあまり待たせるのも悪いし。……近所のスーパーだし……。

「し、支度、お、終わったよ」
「あの……。足が震えてます」

 僕は。この前ルルにそそのかされて外へ出るまでは、ほぼずっと引きこもってたんだ。そう簡単に怖くなくなるわけじゃない。小学校は日常と切り離されていたから逆にあまり怖くなかったけど……。普通ならばスーパーは日常の主たるもの。実は今までで一番ブルっている。それを奮い立たせているのはルルへの愛に他ならない。
 この恐怖に打ち勝ってみせる! ルルとのラブラブデートのために!

「だ、大丈夫。でも、おまじないしてほしいな」
「おまじない?」
「さっきみたいに、ちゅってして」
「それで外が怖くなくなるのですか?」

 そんなわけはない。ご褒美の前払いみたいな感じ。本当におまじない程度だ。

「うん、なくなる」

 言葉に出せば自分にも暗示がかかるような気がして、はっきりとそう言い切った。
 今日は、大丈夫。変なもやもやももう襲ってこない。ルルが隣にいれば怖いものなんてない。

「では、失礼します」

 唇に。頬に。額に。ルルはふわりと口付けた。そして子供にでもやるように、ぽんぽんと頭を軽くたたいてくれた。

「なんか本当に……平気な気がしてきた」
「そうですか。良かったです」
「ルルの魔法?」
「おまじないではなかったのですか?」

 嘘みたいに落ち着いてる。こんなこと初めてだ。
 といっても、それこそ魔法みたいに怖さがなくなったわけじゃない。緊張がとれただけ。

「行こうか」
「はい」

 玄関をくぐれば雲ひとつない青空。
 空気もなんだかキレイな気がする。隣を見ればそれ以上に綺麗なルルの横顔。
 手を繋ぎたい気持ちはあるけど、中学生のカップルじゃあるまいし、さすがに恥ずかしすぎるか……。男二人だしな。

「大丈夫そうですか?」
「ル、ルルと出会ってから、こうして外へ出るの機械も増え、たしね。だ、だいぶ、慣れたよ」

 どもってしまってキまらない。かっこつけたいのに。

「あ。ご主人様。スーパーならこちらの道ですよ」
「え? 確かこっちのほうに……」

 寂れたスーパーが……。あったはずなんだけど、跡形もない。アパートになってる。そうか。つぶれたのか。
 10年だもんな。もうこの町は、僕が知っていた町とは違うんだ。
 僕も若者からおっさんに入ってしまったし、小学校すらまともに行ってなかったから……僕の顔を知る人は、誰一人いないのかもしれない。そう思ったら、少しだけ気が楽になった。

「新しくできたスーパーなのかな。綺麗?」
「できてから5年は経っているそうですよ」
「そ、そう……」

 時の流れって早いよね。
 方向転換してしばらく歩くと、通行人Aが現れた。主婦っぽい。戦闘力は低めだ。
 ……何事もなく通りすぎていった。

「ご主人様、汗が……」
「あー……。ルルの手、ひんやりして気持ちいい」

 ルルは指先で汗を軽く拭ってから、きちんとハンカチで拭いてくれた。何かを染み込ませてあるのか、布もひんやり。

「あの、黒い変なもやもやみたいなのじゃなかった」
「ご主人様がそれほど外を……人を恐れなくなった証拠です」
「襲ってこなかったし」
「あれは本当に想定外の出来事でした」

 本当かどうかはわかんないけど、僕が強く望んだことはたいてい叶うって言ってたっけ。望むでも願うでもないけど、恐怖という強い想いだったのは確かだ。それなら周りの人間が襲ってきたのも頷ける。

「あっ、そういえばさ、さっき聞きそびれたんだけど」
「はい、なんでしょう」
「僕の身の上話、したじゃない? あれのどのあたりにルルは出てくるの?」
「は……」

 ルルは言葉につまってから、下を向いた。

「出てきませんよ……?」

 多分ルルの中には僕に言えないたくさんの嘘みたいなものがあって、返事を考えていなかった質問をされると対処できなくなる。
 嘘が苦手なのは本当ぽいけど、元がポーカーフェイスだからあらかじめ答えを考えてあることに関してはなんとかなってるんじゃないだろうか。
 僕は悪魔の世界のことなんて何も知らないから、嘘をつかれたところでそれが本当かどうかわかんないしね。
 何言われても、あー、そうなんだ。って思うだけだ。

「本当に?」
「ほ、本」

 ごっ、という音がしてルルが電柱に当たった。電柱に激突する悪魔って。

「だ、大丈夫?」
「……なんともありません」

 さすが悪魔というべきか、痛くはなさそうだ。
 案外ドジっ子なのかな。可愛い。
 しかし、この反応はどう見るべきか。やっぱり僕が忘れてるだけ?
 それに……前にも、こういうことがあったような気がする。歩いてたら、ルルが何かにぶつかって……。
 記憶喪失のセオリーだと、大体こういうことを考えた時に頭が痛くなったり。
 頭……別に痛くないな。むしろルルがぶつけたとこが心配。

「本当に痛くない?」

 ちょっと役得かもなんて思いながら、額を撫でようとした手を押し留められた。下心が見抜かれたのかと一瞬ひやりとしたけど、そういうわけでもないらしい。
 ルルはとても真剣な顔をしていた。

「ご主人様には、喚ばれた日に初めてお会いしました。嘘はありません」

 もしかしてこの質問って、ルルにとっては深いところにある感じなのか。
 別に会ったことあって僕がそれを忘れてるならそれで終わりだと思うんだけど、そう深刻にされると逆に凄く気になってしまうじゃないか。
 適当言っておけばいいのに……。不器用な奴。

「でも、僕に喚ばれたから出てきたんでしょ? 僕のことを知ってたからじゃないの」
「それは……否定はしません」
「一方的に僕を知っていたってこと?」
「はい」
「まさか僕に一目惚れして」
「違います」

 即答つらい。

「あのさ、ルル。そこでウンとか言っておけば話を誤魔化せる上に僕は幸せな気分になれると思うんだけど、そうしないの?」
「口先だけなら言えますが、他人にそういう感情を抱いたことがありませんので、すぐボロが出るかと思います」
「へ、へえー……そうなんだ」

 つまりルルに恋人はいないし、いたことないってことだよな? 身体もまっさらだったみたいだし……。
 僕を好きじゃないのは、それは残念だけど、これは、なんというか……ある意味。ときめく。
 僕が色んなことの、初めての相手になれるかもしれないってことだろ? さすがに前向きすぎだとは思うけど、そんな話を聞かされたらどうしたって夢見てしまう。
 あ。で、でも待てよ?

「悪魔って、恋人とかそういう概念がなかったり?」
「いいえ。人間と同じで個体によりはしますが……」
「じゃあ、人間と恋に落ちる悪魔もいる?」
「おります」
「そっかー!」

 よし。頑張ろ。
 どうしてだか理由はわかんないけど、ルルは僕のことを好きではいてくれてるみたいだし。
 嫌われていないなら、恋愛感情抱いてくれる可能性もなくはないと思うんだ。毎日いっぱい好きって言ってキスをして笑顔を見せていれば、ほだされてくれるかもしんないし。

「ご主人様。私は今、貴方を幸せにする言葉が吐けなかったと思うのですが……。何故、嬉しそうなのですか?」
「え? うーん。多分、ルルには言ってもわかんないかなあ」
「そうですか」
「そうです」

 君が意味を理解する日がくるのなら、その相手が僕だったらいいな。いや、そうさせてみせる。

「…………」

 ルルが黙ってしまった。
 いつもと同じ表情だけど、なんか……。

「あの。ごめん。もしかして、拗ねてる?」
「拗ねてません」
「僕が言ってもわかんないって言っ」
「拗ねてません」

 拗ねてるじゃん。クソ可愛い。
 別に意地悪で言ったわけじゃなかったんだけど、好感度を上げるなら説明してあげるべきなのかな。
 でもこれを説明するのはかなり恥ずかしいぞ……。

「あの。僕はルルが好きなんだけど。ルルに恋人や好きな人が今までいなかったなら、僕が初めての相手になれる可能性があるでしょ。だから嬉しいの。わかる?」
「……わかりません」
「ほ、ほらあ。だからわかんないって言ったじゃん」
「でも、あの。教えてくださって……ありがとうございます」

 あ。ちょっと嬉しそう。恥ずかしいけど、言って良かった。
 はー。ほんと可愛いなあ。なんだろう、この感じ。何も知らない無垢なルルに、あれやこれやを教える……。見た目はともかく、ロリコンショタコンのツボに通ずるものがある。
 こう……僕の手で咲かせていく的な? 童貞が何言ってんだって笑われそうだけど。

「スーパーが見えてきましたよ」
「え、どこ?」
「そこです」

 ルルが指差す方を見る。僕も見ていた方角なのに。

「でかっ!」

 中々発見できなかった理由はすぐにわかった。
 スーパーは建物内にあるらしく、一見してそうだとわからなかったからだ。

「駅前ならまだしも、町中にこんな階層建てのモールっぽいスーパーができてるなんて」
「衣料品や雑貨など、すべて揃って便利です。ご主人様の好きなゲームも売っていますよ」
「え。ちょっと覗いていきたいな……」

 引きこもってからの購入はすべて通販だったから、ゲームのパッケージがずらりと並ぶゲーム屋さんはかなり久しぶりだ。

「では先に行かれますか? 荷物は少ないほうが見やすいでしょう」
「う、うん」

 いつの間にか、人もパラパラと周りを歩いている。一人目が通りすぎる時はあんなに緊張したのに、ルルと話していたせいか背景に溶け込んでたみたい。
 通りすぎていく人がたくさんいるのが、当たり前の世界。
 いや、本当に当たり前のことなんだけど、引きこもり歴が長い僕にとっては結構驚くべきことだった。
 こんなにたくさんの人が、それぞれ別の目的を持って歩いている。不思議。どこから来てどこへ行くんだろう。
 そんなことを考えながら、巨大スーパーへと足を踏み入れた。
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