ヒロイン系彼氏

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プロローグ

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 ぼくには小さい頃から夢があった。
 少女漫画のような恋愛がしてみたい、という白馬の王子様が迎えに来ることを夢見る少女のような、可愛らしい夢だ。

 けど小学校、中学と平凡極まりなく、運命と呼べるような出会いもなく、気づけば高校生活一年目も後半。オマケに後ろの席では学年一の秀才イケメンが、休み時間ごとに女子生徒に囲まれるという漫画の中みたいな生活をしている。正直ぼくは、後ろのイケメンくんのせいですっかりモブに格下げだ。

 普通なら席替えの神様を恨むところかもしれないが、このイケメンくんを観察するのは中々に楽しい。何しろリアル少女漫画の世界。
 顔を赤くして走り去る女子、放課後の告白、取り合い、牽制、調理実習で作ったクッキー。
 そんな彼の前の席にいるぼくなので、ちょっとモブ男、アンタ席かわってくんない? とか言われちゃったりするかなと思ったけどそんなこともなく、割と平和。ザンネンながら、ぼくは漫画の登場人物にはなれないらしい。

 そんなモブにもなれないぼくこと、酒井直哉(さかいなおや)は今……夢にまで見た光景を前にしている。日々の行動をチェックしていたかいがあった。

 放課後、夕暮れの図書室。眼鏡の冴えない三つ編み文学少女にイケメンが告白する……。

「ごめんなさい」

 えっ!? 何故!? ここはハッピーエンドでは?
 文学少女は『どうして私なんか……』とか目を潤ませながら言ったりして、イケメンは『なんかじゃない、君がいいんだ』とか囁いてさ。

「どうしてか、訊いてもいいかな?」
「好きな人がいるので。あと、本を大事にしないの、よくないと思います」

 確かに本棚で壁ドンしてた。うん、よくない。
 いや、しかしあれだけ顔が良くてもふられるんだ。むしろそのほうが少女漫画っぽいかも? ふられたことなんてなさそうだし、ますます相手の娘が気になっていく……。いい、王道だ。
 逃げ去る三つ編み少女、取り残されるイケメン。どうやら追いかけてはいかないらしい。

 ……でも、ふふっ。本を大事にしないのよくないって。

「誰だ!」

 しまった。バレた。笑いがもれてたか。地獄耳だな。
 実は隠れて観察してたなんて馬鹿正直に言う必要もないし、ここは何気なさを装ってごまかすのが一番。

「ごめん、本を……探してて。聞いちゃった」

 出て行こうと後ろの本棚から足を踏み出すと、焦ったような声が飛んできた。

「いい。出てこないで。黙って、そこの扉から帰って」

 鼻を啜るような音が聞こえてくる。
 ……これってもしかして、泣いてる?

「檜垣(ひがき)くん」
「出てくるなって、言ったのに。酒井の馬鹿」

 檜垣くんは、本棚に背を預けるようにして座っていた。ガックリきて崩れ落ちでもしたのかもしれない。
 しかし……イケメンは泣いていても様になるな。夕暮れの図書室っていうシチュエーションも完璧。もしぼくが女の子だったなら、これは次の恋が始まる展開。

「あの、これ……よかったら、使って」
「ハンカチなんて、持ち歩いてるんだ」

 小道具のひとつになりそうだからな。男に渡すなんて思ってもみなかったけど。さすがに泣いている相手を目の前にしたら、差し出すくらいはする。

「ちょっと隣、座って」

 床に、座れと。本棚を背もたれにして。

「大事にしなくていいの? 本」
「……やっぱり、そこから聞いてたよな。はー……情けない。こんなところ、見られるなんて」

 ただでさえ傷ついている檜垣くんをこれ以上虐めるのは可哀相か。ぼくはおとなしく隣に座った。
 このまま帰れる雰囲気でもなさそうだし、失恋したばかりのイケメンくんの心境が聞きたいって気持ちもあった。我ながら趣味が悪いとは思う。

 ところで。背の高さが違うのに、座ると目線が同じくらいになる件について。足か……足の長さか。

「あの娘のこと、泣くくらい好きだったんだ?」
「なに? わるい?」

 むしろいい。ときめく。これは是非とも成就させてあげたい。そしてそれを間近で見たい……。
 ぼく自身が経験できないのはなんとも残念だけど、彼の傍にいたらぼくにも少女漫画のような恋愛が降ってきそうな、そんな気がする。
 檜垣くんはチャラチャラはしてないし、そこまで遊んでいるようには見えない。スポーツよりも勉強ができる、秀才タイプの美形だ。ジャニーズ顔? とでもいうのか。
 最近の少女漫画なんかでは当て馬に使われやすかったりもするけど、現実での文学少女相手なら勝算はあると思う。

「いや。檜垣くんモテるから意外だなって」
「そんなの……。好きな子に好かれなきゃ、なんの意味もないよ」

 モテることは否定しないのか……。

「先生に図書室の整理を頼まれたことがあってさ。あの娘、指を怪我したオレに絆創膏くれて。……それからも、手伝うようになって」

 うん。知ってる。観察してたから。
 これで恋愛ルート入ったら最高だなと思ってた。

「小さくて優しくて、おとなしくて可愛かった」

 ……確かに。檜垣くんの周りにいる女子は騒がしいもんな。
 んー……とはいえ。

「女子はみんな、檜垣くんには優しいだろ?」
「姉がいるから……押されるのはあまり、得意じゃないんだ。むしろ押したい」
「あー。それはわかる。ぼくも姉がいるから」

 雑談をしているうちに、檜垣くんは少しずつ落ち着いてきたらしい。貸したハンカチで目元を拭って、ずずっと鼻をすすった。
 泣き顔もカッコイイなんて、神様は不公平だ。ぼくもこれくらいカッコよかったなら、少女漫画みたいな恋ができたかな。
 そう。結局のところぼくが平凡である限り、そういう恋をするのは難しい。少年漫画によくある、普通なのに何故かモテちゃう系男子になるほうがまだ可能性があるくらい。まあ、モテないけどな。

「あの、ぼくでよかったら、協力するよ。檜垣くんカッコイイし、絶対に成就すると思うんだ。一度で諦めるべきじゃないよ」
「そ、そうかな」
「うん。それにあの娘も、好きな人がいるからなんて曖昧な断り方だ。本当にふりたかったら、恋人いるので! と言ってもおかしくはない」
「……そ、そうかも?」

 案外ちょろいな、このイケメン……。
 まあ、こんな感じで口先八丁宥めすかし、ぼくは檜垣くんの恋の協力者という立場を得た。

 席が後ろの檜垣くん。毎日君を見ているうちに、気づけばぼくは同調してた。こんなふうだったら。これがぼくだったら。
 だから。君の恋が実れば、ぼくはその目線を通して物語の主人公になれる。そんな気がした。

 毎日相談に乗って。優しくして、落ち込んでたら励まして。
 あの娘の好きなものとか、趣味とか、友人関係もリサーチしてあげて。舞台は整った。見物する準備は万端だ。

 そしてついに、夕暮れの図書室で再びの告白。

「好きだ」
「えっ……」

 確かにぼくは、少女漫画みたいな恋愛がしたいと思っていた。
 でも。

「ふられたばっかで何をと思うかもしれないけど、お前、優しくて……オレのこと、いつも考えてくれて、気づいたら好きになってた」
「ええー!?」

 ぼくがヒロインの立場になる展開は、まったく考えていなかった。
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