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少女漫画的な告白
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初めて、告白された。しかも、少女漫画のようなシチュエーションで。ただし、相手は男。ぼくも、男。
「ま。待って、ぼく男なんだけど」
「さすがに女には見えないけど」
「小さくないし」
「オレよりは小さい」
ぼくのほうは平均身長だからな。でも、小さいとは言えない。高くはないけど低くもない。
失恋したては励ましてくれる人に惹かれやすいとはいうけど、こんな簡単に……。
ううう。もし檜垣くんかぼくが女だったら、かなり理想的な展開なのに惜しい。とか考えてる場合じゃない。これは現実だ。
「ぼくは友達としか思えない、ごめん」
「えっ?」
なんで驚くんだよ。確かに檜垣くんはイケメンだから、女の子に告白して断られることのほうが少ないかもしんないけど、男に告白してふられない可能性を考えるほうが難しくない?
「なら、酒井はどうして、あんなに優しくしてくれたんだよ」
「元気出してもらおうと思って……」
「気づくと、オレ……オレのこと、見てるし。最近じゃないぞ、前からだ」
そ、ソコかあ。まさか観察してたとか言えない。
よくよく考えてみると確かに誤解されそうな行動とってたかも。友人未満の相手に、親切にしすぎたのが問題か。でもだからって、好きになるか? 好きになるなんて誰が思う? 男同士なのに。
「あれだけ女の子に囲まれてたら、男としては羨ましくなって見もするでしょ」
「そうか。オレの勘違いだったんだな」
「まあ、ザンネンながら……」
見物するだけだったイケメンが、実はそれなりに楽しい奴だってわかって友達にはなれるかなと思ったのに、本当に残念だよ。恋が成就する瞬間も見られなかったし。ぼくはハッピーエンドが好きなので、やっぱりソコを見たかった。
なのに、告白相手がまさかぼくとはなあ。あの娘のことはもういいのかな。割と切り替え早いんだな。この感じならぼくのこともすぐ諦めてくれそうではある。
「でも、オレは好き。今度は絶対に諦めない。頑張ってオレのこと好きにさせてみせるから」
なん……だと。前回はあんなに諦めが良さそうだったし、実際ぼくにサクッと乗り換えたというのに、何故!
「無理無理! なんで!? 諦めてくれよ」
「だって……酒井が言ったんだろ。諦めるなって。イケメンに口説かれて嫌だと思う子はいないから押しまくれって」
誰だそんな無責任なことを言う馬鹿は! ぼくだよ!! マジ最悪。
「それは相手が女の子だった場合だから。男相手は論外」
「本当に?」
縋るような目で、下から顔を覗き込まれる。顔が良すぎる。
「いや? どうしても? 好きでいるだけでもダメ?」
……悪い気がしないから怖い! イケメン怖い!
目を潤ませて縋れば母性本能刺激されて相手もクラっとくるかも! とは確かに言ったけど、それをぼく自身に実践するってどうなんだ。
「それさ。ぼくがダメって言ったところで」
「オレが勝手に好きでいるんだから、酒井にはどうすることもできないな?」
ふられたっていうのに、何故か楽しそうにニコニコ笑っている。
彼女の時は泣いていた。ぼくの時は笑っている。明らかにぼくへの好きのほうが軽い気もする。彼なりのジョークなのではと思えるほど。
「なら訊かないでよ。意味ないだろ」
「意味はある。酒井がオレを意識してくれたら、それだけでラッキーだから」
少女漫画みたいな、展開だな。本当に。ぼくが男ってことだけが浮いている。女の子になったつもりでオーケーしたら、ぼくも目が大きくなったりキラキラしたりできるだろうか。
……いや、どう考えてもボーイズラブの世界だよな。そっちはちょっと。励ましたり優しくしたりはしたけれど、ケツまではかせない。
「それに避けようとしたところでオレたちはクラスメイトだし、席も後ろと前。チャンスはいくらでもある。今度はオレが、お前をずっと見てるから」
「まあ前にいるから、嫌でも視界には入るだろうけど」
「そういう意味じゃなくて」
おかしな雰囲気を壊そうと思ったのに、イケメンオーラで引き戻してくる。恐ろしい。
檜垣くんは困ったように綺麗な目をまたたかせた。アイドル顔だから、それだけでなんか絵になる。睫毛にもキラキラと、星くらい乗りそう。
告白した人間と、された人間。夕焼けがささる、放課後の図書室。あの娘のポジションに、今はぼくがいる。
今日は壁ドンこそしてこなかったけど、呼び出したはずの女の子がこなくて隠れようとしたら腕を引かれて、実は……っていう、中々に素敵なシチュエーションだ。当事者でなければ凄い喜んだ。見てるだけでよかったのに、何故こんなことに。
帰りたい。帰っていいかな。タイミングが掴めない。
告白されるなんて初めてで、これからどうしていいかわからない。断ったらそれで終わりかと思ったら、そうじゃなかった。
あの娘は逃げ帰ってたっけ。漫画ではみんなどうしてた?
サヨナラって言って背を向ければいい? 下手に会話を続けてしまったのが敗因か。
「好きで……いてくれるのはいいけど、ぼくは君を好きにはならないぞ」
「ああ。オレが努力するから、大丈夫」
「それ好きでいる、だけ、じゃなくない?」
「好きになってはほしいし。酒井は友達だとでも思ってくれてればいいよ」
「ええ……」
自分を好きだって言った相手とそれは、かなり難しい。しかも、諦めない宣言されてるのに。
「とりあえず今日のところは、君の家まで送るよ。もう遅いし、何かあったら大変だから」
さっきまでお前って呼んでたのに君になってるし、なんか女の子扱いされてるんですけど……。
「いや、昨日まで普通に一人で帰ってたし……」
引き気味のぼくに構わず、檜垣くんはいいからいいからと言って、ぼくの背を押した。なんにもよくない。
半ば強引に図書室を出、そのまま一緒に帰ることになってしまった。昨日まで親しくしていた相手を、急に突き放すのはぼくにとってかなり勇気がいる。
でも校門までさしかかったあたりで、檜垣くんが夕暮れでもわかるくらい頬を染めながら、手をつないでもいいかなと言ってきた時は、さすがに全速力で逃げたくなった。
「え、嫌」
反射的にそう答えたら、こっちが謝りたくなるくらいガッカリしてた。強引につないでくることはなかった。
檜垣くんの様子がおかしすぎる。どうしたんだ一体。これが、恋は人を変えるってやつなのか。
というか家バレまずくない? ねえ、まずくない? これ素直に送ってってもらうのヤバくない? と、気づいた時にはもう家の前で。
お約束のような壁ドンを、されてしまった。
もう一回確認。ここは、家の前。ご近所さんとか出てくるかもしれない場所。
「このまま帰したくないな」
「帰るよ。もう家の前だし」
「……だよな」
そのまま素直に帰っていった。肩は落としてたけど。
本当にわけがわからない……。なんなんだ、一体。告白も衝撃的だったけど、檜垣くんの謎の行動マジ意味がわからない。
女の子だったら、素直に嬉しいと思うのかも。ぼくに通用しないだけで。ただしイケメンに限るってのは、よく聞くし。
いやでも、いくら顔がいいとはいえ、お断りした相手に対して……だぞ? 女の子だって普通引くんじゃないか、アレ。
はあ。同じクラスだし、席は後ろだし、明日から憂鬱だなあ。今までは檜垣くん見てるだけでとても楽しかったのに。ここのところはそれに加えて、少女漫画みたいな恋愛成就が見られるかもって浮かれてたのに。そんな不純な動機で恋愛アドバイザーみたいな真似事するから、バチがあたったんだ、きっと。
さっきの檜垣くん並に肩を落としながら家に入ると、今度は姉ちゃんに落とした肩を掴んでガクガクと揺さぶられた。ふんだりけったりとはこのことか。
「アンタ、いつから耀(よう)くんと恋人みたいな関係になってるの!?」
「そういうんじゃないから! ……って、姉ちゃん、檜垣くんのこと知ってんの?」
「知ってるも何も。アタシの友達で華ちゃんいるでしょ?」
「ああ、あの素朴な感じの……」
「華ちゃんの弟くんだよ!」
全然似てないけど!?
「……華さんて、ぼくが少女漫画好きってこと知ってたりする?」
「そういえば話したかなー。華ちゃんちで。弟くんいる時に」
「そうなんだ」
「それより二人の関係を」
「ごめん。いつか話すから今日は許して。でも恋人とかではないから!」
それ以上追求されたくなくて、ぼくは逃げるようにして部屋に駆け込んだ。
知ってる。多分檜垣くん、知ってる。ぼくが少女漫画好きなこと。そういう恋愛したいって、思ってること。だからあんな謎行動してたんだ。
明日からも少女漫画のヒロインみたいに扱われるのかと思うとゾッとする。勘弁してくれよ、マジで。
あれは漫画だからいいんだ。現実に持ってくる、ダメ、絶対。
そもそもぼくは夢見てるだけで、今まで行動に起こしたことなんて一度もなかった。正解だった。
いや、行動に起こさなかったのは、ぼくが少女漫画のヒーローみたいなコトしても寒いだけだよねー。と理解していたからだ。檜垣くんがやる分にはまあ、こう……ハマってるんだけど、相手がぼくっていうのが大問題なんだよ。
大好きな少女漫画も、今日は読む気になれやしない。
ぼくは制服のままベッドへ寝転んで、盛大な溜息をついた。
……いくらなんでも、考えすぎかな。単に好かれようと思ってやった行動なのかな。どちらにせよ、明日もあんな行動起こされたらたまらない。知っていてエスカレートされたらもっと最悪。
人に好かれて、こんなに困る日が来るとは思わなかった。
男が男に告白ってのは少女漫画でもたまにある展開で、まあ男に好かれたとしてもその気持ちは嬉しいもんだよな、とか考えてたのに。当事者になるとまた違うな。
でも、嬉しいか嬉しくないかで言ったら。おかしな行動さえとられなきゃ、やっぱり嬉しいか。気持ち悪くは、ないし。
とはいえ困るのも事実。明日のことを考えると、本当に頭が痛い。
さすがに教室でおかしな言動したりしないだろうから、問題は放課後だな。逃げ帰ろう、うん。追ってくるかもしれないけど、家に引きこもろう。
そう決めたら、ほんの少しだけ心が楽になった。
甘かった。甘すぎた。熱でも出したことにして休めばよかった。
早朝、檜垣くんはぼくの家の前に立っていて、迎えに来たと爽やかな笑顔でのたまった。いつから待ってたんだ気持ち悪いとも思ったけど、なんか無碍にもできなくて一緒に登校してしまった……。
そして。教室で。席についた瞬間。檜垣くんは後ろから、いきなりぼくを抱きしめた……。
ドン引きだよ。クラスメイト全員。何よりぼくが。
女子はきゃあきゃあ騒いでるし、悲鳴のような声も聞こえるし、男子は目を逸らすし。いっそ気絶したかった。
「ちょっ、なんのつもりだよ!」
「ごめん……」
檜垣くんは昨日と同じようにアッサリ引き下がって、頬を染めた。
「好きって気持ちが抑えきれなかった」
ぼく死んでいい?
うおおおお、凄い晒し者状態なんだけど! ヒソヒソされてる! 確かに少女漫画みたいだけど! いや、ここまでくるとギャグだコレ!
頬が熱い。最悪だ。檜垣くんのほうは、すでに何事もなかったように席へついて教科書の確認なんかしてる。いつもは群がる女子も今日は遠巻きに眺めているだけ。
これは。確実に。僕の趣味を知っている。好きが抑えきれなかったみたいな顔してない。むしろ、これは嫌がらせでは……? きっと、少女漫画的な展開が間近で見たくて彼を利用しようとしてたことがバレたんだ。だって本当に好きだったら、こんな馬鹿な行動をとるはずがない。
あ、謝ろう、ちゃんと。こんなことが毎日続くのかと思ったら、頭がどうにかなりそうだ。もう許してくれ……。
ぼくは檜垣くんに話しかけることも、友人に助けを求めることもできず、次の休み時間が来るのをひたすら待った。
いつもは眠くなる古典の授業も、冷や汗が出まくってそれどころじゃなかった。
授業の終わりを告げる鐘が鳴ると同時、ぼくは檜垣くんの手を引いて教室を抜け出した。またヒソヒソされるだろうけど、トンでも行動されるよりは普通に逃げ出すほうがまだマシだ。
ああー。今頃色んな噂、されてんだろうなあ。
「さ、酒井……少し……ゆっくり」
「あ。ごめん」
使われてない空き教室へ檜垣くんを押し込んで、ぼくも入ってようやく一息つく。
檜垣くん。息は上がってるけど、何やら嬉しそうな顔をしている。なんでだ。
はっ。もしや……また新しい嫌がらせを思いついたのでは。
「その。ゆ、許してください」
思わず敬語になってしまった。
「えっ……。オレが好きでいること、やっぱりそんなに、嫌? 涙目になるほど?」
んん……? 噛み合わないな。まさか……嫌がらせ……じゃ、ない?
「こうして、二人きりになってくれたから、想いが通じたのかと思ったのに」
頭の中、お花畑かよ。学年一の秀才だと思ってたけど、ぼく、誰かと名前間違って覚えてたのかもしんない。
「って、だから、こういうのをやめろって!」
気づけばぼくは、再び壁ドンされていた。
身長差から妙に決まるのがまた苛立たしい。
「……その。でも、酒井、こういうのが好きなんだよな……?」
おずおずと檜垣くんが言う。やっぱりって感じの返答だったけど、でも嫌がらせじゃなかったのか。素だったのか。それはそれで凄すぎる。というか、ヤバすぎる。
自分より背の高い身体を軽く押しのける。檜垣くんはすぐに離れてくれたけど、その瞳は不安そうに揺れていた。そんな姿も絵になる。君に群がる女子ならイチコロだろうに。残念だな。
「確かにぼくは、少女漫画が好きだよ。そういう恋愛したいって思ってたりもする。でもなあ、ヒロインになりたいってことじゃないんだよ!」
「そ、そうか、なるほど……」
女の子になりたいとでも思われてたのか。
少女漫画的な恋愛に憧れてるっていったら、そういう勘違いをしても多少はしかたない……いや、勘違いしたまま突っ走りすぎだろ、普通に。
女の子でも引く気はするけど、檜垣くん並のイケメンなら案外キュンッとくる女子もいるかもしれないので、そこは否定しないでおく。女の子の気持ちなんて、男のぼくにはわかんないし。
「あと、言わせてもらうけど、今日みたいなのはドン引きだから!」
「引いてたんだ……」
気づいてなかったんだ……。
「ごめん。確かに酒井の言う通りだ、オレが馬鹿だった」
でも相変わらず素直なんだよな。こういうとこは憎めないんだけど。
檜垣くんのが全然頭いいのに、ぼくの言うことにいつもウンウンって頷いてくれて、酒井は凄いなって純粋に褒めてくれた。とてもいいヤツだ。なのに何故、今回みたいな奇行に走ってしまったのか。それは彼の長所でもある、素直さによるものだろう。やや思い込みが激しいというか、流されやすいところがあるみたいだから。
「もうぼくをヒロイン扱いするの、やめてくれる? そういう趣味は全然ないんで、マジで」
「わかった」
良かった。これで再び、平和が訪れる。
「あと、できたらぼくのことは諦めてほしい」
「それは無理」
無理なのか。なかなか手強い。
「檜垣くん、女の子にモテるし女の子が好きだったのに、なんでぼくなんだよ」
「失恋して落ち込んでる時に優しくされたら、きっかけとしては充分じゃないか?」
女の子なら大体みんな檜垣くんに優しいと思うけど、そこにあわよくばって感情があるとダメなのかもしれない。押されるの好きじゃないって言ってたしな。
「でも今日のことは反省した。だからオレのこと、嫌わないでほしい」
頭を下げられた。あの檜垣くんが、嫌いにならないでとぼくに懇願してる。自尊心がくすぐられる。好かれているという優位性に心が跳ねた。純粋な気持ちに対してずいぶんと下衆い考えだ。少女漫画が裸足で逃げ出す。告白されるってのは、もっとほんわかした甘酸っぱい気持ちになれるものだと思ってたのに。
「嫌ったりは、しないけどさ。ああ、あと、教室でくっついたりするのもやめてほしい」
「わかった」
檜垣くんは神妙な面持ちで頷いた。これでなんとか大丈夫そうだ。問題は時間は遡れないってこと。言えばわかってくれるんだから、先にしっかり釘をさすべきだった。
……いや、普通教室で抱きついてくるなんて思わないだろ!? 予測できるかよ、あんなの。
「なら、この話はこれで終わり。休み時間も終わるし、教室へ戻ろう。何か訊かれても疲れてたんだで押し通して」
「ん……。はあ、酒井と二人きりじゃなくなるの、名残惜しいな」
そんなことを切なげな溜息と共に言われ、今度はぼくが神妙な面持ちになってしまったのは言うまでもない。
それから。拍子抜けするくらい、効果は覿面だった。
次の休み時間には檜垣くんは何食わぬ顔で予習を始め、ぼくは気まずさに耐えきれず教室を出た。なんせ後ろの席が檜垣くんだ。とても座ってはいられない。
その次の休み時間には、すでに女子が群がっていた。ぼくはまた教室を出た。友人には面白がって色々訊かれたけど、疲れてたみたいだよで乗り切った。教室へ戻ると檜垣くんも壊れたロボットみたいに、ツカレテイタンダを繰り返していた。
幸い檜垣くんの行動がやや常軌を逸していたため、周りは冗談だとかそれこそ単に疲れていただけだと思ってくれたみたいだった。あとは罰ゲームとかかな。
そして放課後は身構えていたぼくを尻目に、そそくさと帰ってしまった。ここのところは恋愛相談なんかで一緒にいることも多かったから、こっちのほうが物足りなさを感じてしまうくらいだ。
どうやらわかってくれたらしい。よかった、本当によかった。諦めはしないと言ってたから不安は残るけど、今日の様子を見るにかなり反省してくれたらしい。
ぼくが久々にひとりでいるのを見た友達がカラオケに誘ってくれて、せっかくだからと歌って騒いで。それからゲーセンへ行ったりして、溜まったストレスがかなり吹き飛んだ。
みんなとわかれて、ひとりの帰り道。秋は夕暮れというけれど、今日も夕陽が綺麗だ。なんとなく檜垣くんのことを思い出して少しだけ寂しいような気持ちになる。
檜垣くんは男なんだけど、初めて告白されたもんだからどうしても心に残ってしまっている。いや、忘れようっても中々忘れられないけどな、あれは。
……教室でのことはできれば記憶から消去したい。いずれ笑い話にはなるだろうけど、それまでがツライ。
そうだ。告白といえば、マユコ先生の新刊、今日発売だっけ。買って帰ってゆっくり読もう。主人公が両片思いな男の子に告白する直前で続いてた。めちゃくちゃ楽しみ。
それを読めば幸せな気分に浸れて、すっかり元通りになれる気がする。
ぼくはウキウキとした足取りで、駅前の本屋へ向かった。
男が少女漫画を書店で買うのは気まずくないか、という点において、ぼくはかなり恵まれているほうだと思う。
駅前……といっても、少しはずれた場所にある小さな本屋さんは家からもそう遠くなく、小学生の頃から姉に連れられて通っている。ある日その本屋の店員さんが綺麗なお姉さんにかわっていて、ぼくは一目惚れをした。してからすぐに、そのお姉さんが本屋のオジサンの歳の離れたお嫁さんだということを知り失恋、という苦い思い出がある。
まあ、小さな頃の話なので失恋しても顔が見たくて通ったり、少女漫画の好みが似てたりで気づけば常連に。今でも足繁く通っているというわけ。
友達のようなお姉さんに本を会計してもらうのは、もうまったく恥ずかしくはないし、通販と違って自分で商品の状態を確かめて買えるのはかなりの利点。
もちろん。本屋で美少女と同じ本に手を伸ばすという少女漫画的ラブロマンスも忘れてはいけない。そういうきっかけに溢れた場所をぼくが逃すわけがない。
とはいえ、女の子が少女漫画コーナーにいると近づいていけないから、そんなトキメキシチュエーションに一度だってなったことはないんだけどな!
それに小さな本屋で既刊の品揃えはそんなによくないから、少女漫画や少年漫画のコーナーにはお客はほとんどいない。ロマンスは生まれないけど本は安心して物色できる。ぼくの天国だ。
今日もやっぱり誰もいなくて、ぼくはさっそくお目当ての新刊を手に取った。他には何か……。あ、津波先生の新刊も出てる。男勝りの美人ヒロインがかなりいい感じなんだよな。これも買おう。
久々に新規開拓もありかも。これとか、凄いぼく好みな絵……。
後ろから、スッと手が伸びて……ぼくと同時に、本に触れた。
心臓が止まるほど驚いて、思わず振り返るとそこにはセーラー服姿の美少女が立っていた。長い黒髪、甘めの顔立ちに姿勢のよい立ち姿。まさに大和撫子。
綺麗なんだけど、ぼくより背が高い。それになんか少しゴツイような………………。
「檜垣くん!? 何してんの!?」
「あっ、貴方もこの本を買いに?」
「そういうのいいから! 要らないから! 裏声下手だな!」
檜垣くんは、んんっと咳払いして、ぼくに手を差し出した。
「酒井のヒロインに、なりにきた……!」
確かにぼくは、少女漫画みたいな恋愛がしたいと思っていた。
でも。
男のヒロインに告白される展開も、まったく考えていなかった……。
「ま。待って、ぼく男なんだけど」
「さすがに女には見えないけど」
「小さくないし」
「オレよりは小さい」
ぼくのほうは平均身長だからな。でも、小さいとは言えない。高くはないけど低くもない。
失恋したては励ましてくれる人に惹かれやすいとはいうけど、こんな簡単に……。
ううう。もし檜垣くんかぼくが女だったら、かなり理想的な展開なのに惜しい。とか考えてる場合じゃない。これは現実だ。
「ぼくは友達としか思えない、ごめん」
「えっ?」
なんで驚くんだよ。確かに檜垣くんはイケメンだから、女の子に告白して断られることのほうが少ないかもしんないけど、男に告白してふられない可能性を考えるほうが難しくない?
「なら、酒井はどうして、あんなに優しくしてくれたんだよ」
「元気出してもらおうと思って……」
「気づくと、オレ……オレのこと、見てるし。最近じゃないぞ、前からだ」
そ、ソコかあ。まさか観察してたとか言えない。
よくよく考えてみると確かに誤解されそうな行動とってたかも。友人未満の相手に、親切にしすぎたのが問題か。でもだからって、好きになるか? 好きになるなんて誰が思う? 男同士なのに。
「あれだけ女の子に囲まれてたら、男としては羨ましくなって見もするでしょ」
「そうか。オレの勘違いだったんだな」
「まあ、ザンネンながら……」
見物するだけだったイケメンが、実はそれなりに楽しい奴だってわかって友達にはなれるかなと思ったのに、本当に残念だよ。恋が成就する瞬間も見られなかったし。ぼくはハッピーエンドが好きなので、やっぱりソコを見たかった。
なのに、告白相手がまさかぼくとはなあ。あの娘のことはもういいのかな。割と切り替え早いんだな。この感じならぼくのこともすぐ諦めてくれそうではある。
「でも、オレは好き。今度は絶対に諦めない。頑張ってオレのこと好きにさせてみせるから」
なん……だと。前回はあんなに諦めが良さそうだったし、実際ぼくにサクッと乗り換えたというのに、何故!
「無理無理! なんで!? 諦めてくれよ」
「だって……酒井が言ったんだろ。諦めるなって。イケメンに口説かれて嫌だと思う子はいないから押しまくれって」
誰だそんな無責任なことを言う馬鹿は! ぼくだよ!! マジ最悪。
「それは相手が女の子だった場合だから。男相手は論外」
「本当に?」
縋るような目で、下から顔を覗き込まれる。顔が良すぎる。
「いや? どうしても? 好きでいるだけでもダメ?」
……悪い気がしないから怖い! イケメン怖い!
目を潤ませて縋れば母性本能刺激されて相手もクラっとくるかも! とは確かに言ったけど、それをぼく自身に実践するってどうなんだ。
「それさ。ぼくがダメって言ったところで」
「オレが勝手に好きでいるんだから、酒井にはどうすることもできないな?」
ふられたっていうのに、何故か楽しそうにニコニコ笑っている。
彼女の時は泣いていた。ぼくの時は笑っている。明らかにぼくへの好きのほうが軽い気もする。彼なりのジョークなのではと思えるほど。
「なら訊かないでよ。意味ないだろ」
「意味はある。酒井がオレを意識してくれたら、それだけでラッキーだから」
少女漫画みたいな、展開だな。本当に。ぼくが男ってことだけが浮いている。女の子になったつもりでオーケーしたら、ぼくも目が大きくなったりキラキラしたりできるだろうか。
……いや、どう考えてもボーイズラブの世界だよな。そっちはちょっと。励ましたり優しくしたりはしたけれど、ケツまではかせない。
「それに避けようとしたところでオレたちはクラスメイトだし、席も後ろと前。チャンスはいくらでもある。今度はオレが、お前をずっと見てるから」
「まあ前にいるから、嫌でも視界には入るだろうけど」
「そういう意味じゃなくて」
おかしな雰囲気を壊そうと思ったのに、イケメンオーラで引き戻してくる。恐ろしい。
檜垣くんは困ったように綺麗な目をまたたかせた。アイドル顔だから、それだけでなんか絵になる。睫毛にもキラキラと、星くらい乗りそう。
告白した人間と、された人間。夕焼けがささる、放課後の図書室。あの娘のポジションに、今はぼくがいる。
今日は壁ドンこそしてこなかったけど、呼び出したはずの女の子がこなくて隠れようとしたら腕を引かれて、実は……っていう、中々に素敵なシチュエーションだ。当事者でなければ凄い喜んだ。見てるだけでよかったのに、何故こんなことに。
帰りたい。帰っていいかな。タイミングが掴めない。
告白されるなんて初めてで、これからどうしていいかわからない。断ったらそれで終わりかと思ったら、そうじゃなかった。
あの娘は逃げ帰ってたっけ。漫画ではみんなどうしてた?
サヨナラって言って背を向ければいい? 下手に会話を続けてしまったのが敗因か。
「好きで……いてくれるのはいいけど、ぼくは君を好きにはならないぞ」
「ああ。オレが努力するから、大丈夫」
「それ好きでいる、だけ、じゃなくない?」
「好きになってはほしいし。酒井は友達だとでも思ってくれてればいいよ」
「ええ……」
自分を好きだって言った相手とそれは、かなり難しい。しかも、諦めない宣言されてるのに。
「とりあえず今日のところは、君の家まで送るよ。もう遅いし、何かあったら大変だから」
さっきまでお前って呼んでたのに君になってるし、なんか女の子扱いされてるんですけど……。
「いや、昨日まで普通に一人で帰ってたし……」
引き気味のぼくに構わず、檜垣くんはいいからいいからと言って、ぼくの背を押した。なんにもよくない。
半ば強引に図書室を出、そのまま一緒に帰ることになってしまった。昨日まで親しくしていた相手を、急に突き放すのはぼくにとってかなり勇気がいる。
でも校門までさしかかったあたりで、檜垣くんが夕暮れでもわかるくらい頬を染めながら、手をつないでもいいかなと言ってきた時は、さすがに全速力で逃げたくなった。
「え、嫌」
反射的にそう答えたら、こっちが謝りたくなるくらいガッカリしてた。強引につないでくることはなかった。
檜垣くんの様子がおかしすぎる。どうしたんだ一体。これが、恋は人を変えるってやつなのか。
というか家バレまずくない? ねえ、まずくない? これ素直に送ってってもらうのヤバくない? と、気づいた時にはもう家の前で。
お約束のような壁ドンを、されてしまった。
もう一回確認。ここは、家の前。ご近所さんとか出てくるかもしれない場所。
「このまま帰したくないな」
「帰るよ。もう家の前だし」
「……だよな」
そのまま素直に帰っていった。肩は落としてたけど。
本当にわけがわからない……。なんなんだ、一体。告白も衝撃的だったけど、檜垣くんの謎の行動マジ意味がわからない。
女の子だったら、素直に嬉しいと思うのかも。ぼくに通用しないだけで。ただしイケメンに限るってのは、よく聞くし。
いやでも、いくら顔がいいとはいえ、お断りした相手に対して……だぞ? 女の子だって普通引くんじゃないか、アレ。
はあ。同じクラスだし、席は後ろだし、明日から憂鬱だなあ。今までは檜垣くん見てるだけでとても楽しかったのに。ここのところはそれに加えて、少女漫画みたいな恋愛成就が見られるかもって浮かれてたのに。そんな不純な動機で恋愛アドバイザーみたいな真似事するから、バチがあたったんだ、きっと。
さっきの檜垣くん並に肩を落としながら家に入ると、今度は姉ちゃんに落とした肩を掴んでガクガクと揺さぶられた。ふんだりけったりとはこのことか。
「アンタ、いつから耀(よう)くんと恋人みたいな関係になってるの!?」
「そういうんじゃないから! ……って、姉ちゃん、檜垣くんのこと知ってんの?」
「知ってるも何も。アタシの友達で華ちゃんいるでしょ?」
「ああ、あの素朴な感じの……」
「華ちゃんの弟くんだよ!」
全然似てないけど!?
「……華さんて、ぼくが少女漫画好きってこと知ってたりする?」
「そういえば話したかなー。華ちゃんちで。弟くんいる時に」
「そうなんだ」
「それより二人の関係を」
「ごめん。いつか話すから今日は許して。でも恋人とかではないから!」
それ以上追求されたくなくて、ぼくは逃げるようにして部屋に駆け込んだ。
知ってる。多分檜垣くん、知ってる。ぼくが少女漫画好きなこと。そういう恋愛したいって、思ってること。だからあんな謎行動してたんだ。
明日からも少女漫画のヒロインみたいに扱われるのかと思うとゾッとする。勘弁してくれよ、マジで。
あれは漫画だからいいんだ。現実に持ってくる、ダメ、絶対。
そもそもぼくは夢見てるだけで、今まで行動に起こしたことなんて一度もなかった。正解だった。
いや、行動に起こさなかったのは、ぼくが少女漫画のヒーローみたいなコトしても寒いだけだよねー。と理解していたからだ。檜垣くんがやる分にはまあ、こう……ハマってるんだけど、相手がぼくっていうのが大問題なんだよ。
大好きな少女漫画も、今日は読む気になれやしない。
ぼくは制服のままベッドへ寝転んで、盛大な溜息をついた。
……いくらなんでも、考えすぎかな。単に好かれようと思ってやった行動なのかな。どちらにせよ、明日もあんな行動起こされたらたまらない。知っていてエスカレートされたらもっと最悪。
人に好かれて、こんなに困る日が来るとは思わなかった。
男が男に告白ってのは少女漫画でもたまにある展開で、まあ男に好かれたとしてもその気持ちは嬉しいもんだよな、とか考えてたのに。当事者になるとまた違うな。
でも、嬉しいか嬉しくないかで言ったら。おかしな行動さえとられなきゃ、やっぱり嬉しいか。気持ち悪くは、ないし。
とはいえ困るのも事実。明日のことを考えると、本当に頭が痛い。
さすがに教室でおかしな言動したりしないだろうから、問題は放課後だな。逃げ帰ろう、うん。追ってくるかもしれないけど、家に引きこもろう。
そう決めたら、ほんの少しだけ心が楽になった。
甘かった。甘すぎた。熱でも出したことにして休めばよかった。
早朝、檜垣くんはぼくの家の前に立っていて、迎えに来たと爽やかな笑顔でのたまった。いつから待ってたんだ気持ち悪いとも思ったけど、なんか無碍にもできなくて一緒に登校してしまった……。
そして。教室で。席についた瞬間。檜垣くんは後ろから、いきなりぼくを抱きしめた……。
ドン引きだよ。クラスメイト全員。何よりぼくが。
女子はきゃあきゃあ騒いでるし、悲鳴のような声も聞こえるし、男子は目を逸らすし。いっそ気絶したかった。
「ちょっ、なんのつもりだよ!」
「ごめん……」
檜垣くんは昨日と同じようにアッサリ引き下がって、頬を染めた。
「好きって気持ちが抑えきれなかった」
ぼく死んでいい?
うおおおお、凄い晒し者状態なんだけど! ヒソヒソされてる! 確かに少女漫画みたいだけど! いや、ここまでくるとギャグだコレ!
頬が熱い。最悪だ。檜垣くんのほうは、すでに何事もなかったように席へついて教科書の確認なんかしてる。いつもは群がる女子も今日は遠巻きに眺めているだけ。
これは。確実に。僕の趣味を知っている。好きが抑えきれなかったみたいな顔してない。むしろ、これは嫌がらせでは……? きっと、少女漫画的な展開が間近で見たくて彼を利用しようとしてたことがバレたんだ。だって本当に好きだったら、こんな馬鹿な行動をとるはずがない。
あ、謝ろう、ちゃんと。こんなことが毎日続くのかと思ったら、頭がどうにかなりそうだ。もう許してくれ……。
ぼくは檜垣くんに話しかけることも、友人に助けを求めることもできず、次の休み時間が来るのをひたすら待った。
いつもは眠くなる古典の授業も、冷や汗が出まくってそれどころじゃなかった。
授業の終わりを告げる鐘が鳴ると同時、ぼくは檜垣くんの手を引いて教室を抜け出した。またヒソヒソされるだろうけど、トンでも行動されるよりは普通に逃げ出すほうがまだマシだ。
ああー。今頃色んな噂、されてんだろうなあ。
「さ、酒井……少し……ゆっくり」
「あ。ごめん」
使われてない空き教室へ檜垣くんを押し込んで、ぼくも入ってようやく一息つく。
檜垣くん。息は上がってるけど、何やら嬉しそうな顔をしている。なんでだ。
はっ。もしや……また新しい嫌がらせを思いついたのでは。
「その。ゆ、許してください」
思わず敬語になってしまった。
「えっ……。オレが好きでいること、やっぱりそんなに、嫌? 涙目になるほど?」
んん……? 噛み合わないな。まさか……嫌がらせ……じゃ、ない?
「こうして、二人きりになってくれたから、想いが通じたのかと思ったのに」
頭の中、お花畑かよ。学年一の秀才だと思ってたけど、ぼく、誰かと名前間違って覚えてたのかもしんない。
「って、だから、こういうのをやめろって!」
気づけばぼくは、再び壁ドンされていた。
身長差から妙に決まるのがまた苛立たしい。
「……その。でも、酒井、こういうのが好きなんだよな……?」
おずおずと檜垣くんが言う。やっぱりって感じの返答だったけど、でも嫌がらせじゃなかったのか。素だったのか。それはそれで凄すぎる。というか、ヤバすぎる。
自分より背の高い身体を軽く押しのける。檜垣くんはすぐに離れてくれたけど、その瞳は不安そうに揺れていた。そんな姿も絵になる。君に群がる女子ならイチコロだろうに。残念だな。
「確かにぼくは、少女漫画が好きだよ。そういう恋愛したいって思ってたりもする。でもなあ、ヒロインになりたいってことじゃないんだよ!」
「そ、そうか、なるほど……」
女の子になりたいとでも思われてたのか。
少女漫画的な恋愛に憧れてるっていったら、そういう勘違いをしても多少はしかたない……いや、勘違いしたまま突っ走りすぎだろ、普通に。
女の子でも引く気はするけど、檜垣くん並のイケメンなら案外キュンッとくる女子もいるかもしれないので、そこは否定しないでおく。女の子の気持ちなんて、男のぼくにはわかんないし。
「あと、言わせてもらうけど、今日みたいなのはドン引きだから!」
「引いてたんだ……」
気づいてなかったんだ……。
「ごめん。確かに酒井の言う通りだ、オレが馬鹿だった」
でも相変わらず素直なんだよな。こういうとこは憎めないんだけど。
檜垣くんのが全然頭いいのに、ぼくの言うことにいつもウンウンって頷いてくれて、酒井は凄いなって純粋に褒めてくれた。とてもいいヤツだ。なのに何故、今回みたいな奇行に走ってしまったのか。それは彼の長所でもある、素直さによるものだろう。やや思い込みが激しいというか、流されやすいところがあるみたいだから。
「もうぼくをヒロイン扱いするの、やめてくれる? そういう趣味は全然ないんで、マジで」
「わかった」
良かった。これで再び、平和が訪れる。
「あと、できたらぼくのことは諦めてほしい」
「それは無理」
無理なのか。なかなか手強い。
「檜垣くん、女の子にモテるし女の子が好きだったのに、なんでぼくなんだよ」
「失恋して落ち込んでる時に優しくされたら、きっかけとしては充分じゃないか?」
女の子なら大体みんな檜垣くんに優しいと思うけど、そこにあわよくばって感情があるとダメなのかもしれない。押されるの好きじゃないって言ってたしな。
「でも今日のことは反省した。だからオレのこと、嫌わないでほしい」
頭を下げられた。あの檜垣くんが、嫌いにならないでとぼくに懇願してる。自尊心がくすぐられる。好かれているという優位性に心が跳ねた。純粋な気持ちに対してずいぶんと下衆い考えだ。少女漫画が裸足で逃げ出す。告白されるってのは、もっとほんわかした甘酸っぱい気持ちになれるものだと思ってたのに。
「嫌ったりは、しないけどさ。ああ、あと、教室でくっついたりするのもやめてほしい」
「わかった」
檜垣くんは神妙な面持ちで頷いた。これでなんとか大丈夫そうだ。問題は時間は遡れないってこと。言えばわかってくれるんだから、先にしっかり釘をさすべきだった。
……いや、普通教室で抱きついてくるなんて思わないだろ!? 予測できるかよ、あんなの。
「なら、この話はこれで終わり。休み時間も終わるし、教室へ戻ろう。何か訊かれても疲れてたんだで押し通して」
「ん……。はあ、酒井と二人きりじゃなくなるの、名残惜しいな」
そんなことを切なげな溜息と共に言われ、今度はぼくが神妙な面持ちになってしまったのは言うまでもない。
それから。拍子抜けするくらい、効果は覿面だった。
次の休み時間には檜垣くんは何食わぬ顔で予習を始め、ぼくは気まずさに耐えきれず教室を出た。なんせ後ろの席が檜垣くんだ。とても座ってはいられない。
その次の休み時間には、すでに女子が群がっていた。ぼくはまた教室を出た。友人には面白がって色々訊かれたけど、疲れてたみたいだよで乗り切った。教室へ戻ると檜垣くんも壊れたロボットみたいに、ツカレテイタンダを繰り返していた。
幸い檜垣くんの行動がやや常軌を逸していたため、周りは冗談だとかそれこそ単に疲れていただけだと思ってくれたみたいだった。あとは罰ゲームとかかな。
そして放課後は身構えていたぼくを尻目に、そそくさと帰ってしまった。ここのところは恋愛相談なんかで一緒にいることも多かったから、こっちのほうが物足りなさを感じてしまうくらいだ。
どうやらわかってくれたらしい。よかった、本当によかった。諦めはしないと言ってたから不安は残るけど、今日の様子を見るにかなり反省してくれたらしい。
ぼくが久々にひとりでいるのを見た友達がカラオケに誘ってくれて、せっかくだからと歌って騒いで。それからゲーセンへ行ったりして、溜まったストレスがかなり吹き飛んだ。
みんなとわかれて、ひとりの帰り道。秋は夕暮れというけれど、今日も夕陽が綺麗だ。なんとなく檜垣くんのことを思い出して少しだけ寂しいような気持ちになる。
檜垣くんは男なんだけど、初めて告白されたもんだからどうしても心に残ってしまっている。いや、忘れようっても中々忘れられないけどな、あれは。
……教室でのことはできれば記憶から消去したい。いずれ笑い話にはなるだろうけど、それまでがツライ。
そうだ。告白といえば、マユコ先生の新刊、今日発売だっけ。買って帰ってゆっくり読もう。主人公が両片思いな男の子に告白する直前で続いてた。めちゃくちゃ楽しみ。
それを読めば幸せな気分に浸れて、すっかり元通りになれる気がする。
ぼくはウキウキとした足取りで、駅前の本屋へ向かった。
男が少女漫画を書店で買うのは気まずくないか、という点において、ぼくはかなり恵まれているほうだと思う。
駅前……といっても、少しはずれた場所にある小さな本屋さんは家からもそう遠くなく、小学生の頃から姉に連れられて通っている。ある日その本屋の店員さんが綺麗なお姉さんにかわっていて、ぼくは一目惚れをした。してからすぐに、そのお姉さんが本屋のオジサンの歳の離れたお嫁さんだということを知り失恋、という苦い思い出がある。
まあ、小さな頃の話なので失恋しても顔が見たくて通ったり、少女漫画の好みが似てたりで気づけば常連に。今でも足繁く通っているというわけ。
友達のようなお姉さんに本を会計してもらうのは、もうまったく恥ずかしくはないし、通販と違って自分で商品の状態を確かめて買えるのはかなりの利点。
もちろん。本屋で美少女と同じ本に手を伸ばすという少女漫画的ラブロマンスも忘れてはいけない。そういうきっかけに溢れた場所をぼくが逃すわけがない。
とはいえ、女の子が少女漫画コーナーにいると近づいていけないから、そんなトキメキシチュエーションに一度だってなったことはないんだけどな!
それに小さな本屋で既刊の品揃えはそんなによくないから、少女漫画や少年漫画のコーナーにはお客はほとんどいない。ロマンスは生まれないけど本は安心して物色できる。ぼくの天国だ。
今日もやっぱり誰もいなくて、ぼくはさっそくお目当ての新刊を手に取った。他には何か……。あ、津波先生の新刊も出てる。男勝りの美人ヒロインがかなりいい感じなんだよな。これも買おう。
久々に新規開拓もありかも。これとか、凄いぼく好みな絵……。
後ろから、スッと手が伸びて……ぼくと同時に、本に触れた。
心臓が止まるほど驚いて、思わず振り返るとそこにはセーラー服姿の美少女が立っていた。長い黒髪、甘めの顔立ちに姿勢のよい立ち姿。まさに大和撫子。
綺麗なんだけど、ぼくより背が高い。それになんか少しゴツイような………………。
「檜垣くん!? 何してんの!?」
「あっ、貴方もこの本を買いに?」
「そういうのいいから! 要らないから! 裏声下手だな!」
檜垣くんは、んんっと咳払いして、ぼくに手を差し出した。
「酒井のヒロインに、なりにきた……!」
確かにぼくは、少女漫画みたいな恋愛がしたいと思っていた。
でも。
男のヒロインに告白される展開も、まったく考えていなかった……。
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