甘すぎるのも悪くない

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甘すぎるのも悪くない

ここじゃダメ

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 昨日は夜になっても先輩のあの姿がちらついて眠れず、起きた時には遅刻ぎりぎりの時刻だった。
 先輩はこんなことないだろうなあ……。おれのことを想って一人で慰め……とか考えていると、本格的に遅刻しそうだったので急いで家を出た。

 学校途中のパン屋の前、先輩と待ち合わせ。
 たいていおれより先に来て、パンを買って食べている。もちろん甘い菓子パンを。
 
「すいません、待ちました?」
「五分の遅刻だぞ」
 
 先輩が笑う。おれたちは並んで歩きだした。
 
「何、昨晩俺のことでも考えすぎて、眠れなかった?」
「はい」
 
 素直に答えてやると、先輩は真っ赤になった。
 言われ慣れているだろうに、可愛い。
 おれが相手だからかな。だったら嬉しいな。
 
「先輩ってそーゆーとこ割りと可愛いですよね」
「ば、馬鹿。女ならともかくだな、男がそういう台詞吐いて、考えて何してたかなんて大体判るんだよ。だからだ」
「まあその通りなんですけど」
「ちょっとは隠せ。オブラートで包め」
「包んでるじゃないですか。はっきりとは言ってないですし。言って欲しいなら言いますけど」
「いや、いい」
 
 有名な先輩と毎朝こんな感じなので、おれまですっかり有名になってしまった。
 周りからは先輩の親友というポジションで見られている。

 男のクラスメイトからは、よくあの先輩の隣に立つ勇気があるなと言われる。
 お前くらい顔がいいとまた違うのかな、とも言われた。自分の顔はよく判らないけど、そこまで悪くないとは思ってる。でも先輩と比べないでほしい。

 ちなみに女のクラスメイトは……。紹介して、紹介して、の一点張りだ。女の子に囲まれていてもこれでは全然嬉しくない。おかげで男からの同情票は集まるけど。
 
「そうだ。先輩、今日の放課後は図書室に付き合ってくれませんか?」
「ん? いいけど、勉強でもするのか?」
「ええ。参考書を借りようと思って。そろそろ期末が近いですから」
「ふーん……。俺、勉強教えてやろうか」
「へ?」
 
 華やかな先輩の容姿とあまりにかけ離れている言葉に、おれは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
 そうだ。忘れがちだけど、この人頭も結構良かったんだよな。
 
「なんだよ、その態度。俺三年なんだぜ。一年の勉強くらい判るって」
「そういう言葉が普通にサラッと出てくるのが凄いです。いくら一年の勉強でも教えられるくらい覚えているのはきちんと勉強している人だけだと思いますよ」
「何言ってんだ。これくらい普通だろ、普通」
 
 モデルもやって勉強もきちんとやって、本当に凄い人だな……。
 先輩は恐らくあまりやらなくてもできる人なんだろう。おれもどちらかといえば、全体的にそんな感じだけどここまでじゃない。
 
「俺に教わるんじゃ不服か?」
「滅相もない。もったいなさすぎて、後ろから刺されそうです」
 
 というかおれが女の子だったら絶対刺されてる気がする……。
 
「じゃあお言葉に甘えて、教えてもらってもいいですか?」
「ああ、もちろん」
 
 話している間に学校が見えてきた。名残惜しいけど、昇降口近くの階段でお別れ。
 
「それじゃ、放課後な」
「楽しみにしてます!」
 
 本当に。来たばかりなのに放課後が楽しみで仕方ないなんて。
 これじゃ勉強頑張るどころか、成績が落ちそうだ。そうならないように、いつもより更に気合いを入れないと。
 
 放課後の個人授業。悪くない響き。
 先輩、実地で教えてくれる保健体育はまだですか?
 とか言ったらさすがに怒られるだろうな。
 
 教室に入ると、いつものようにラブレターを手渡された。おれはそれを断った。
 
「先輩、いい人できたみたいだから」
 
 うん。きっとこれくらいは、許される。



 うちの高校は進学校という訳ではないけれど、一応それなりにレベルが高い。
 だから試験前ともなれば、もうちょっと混んでるものかなと思っていた。
 でも利用者は少ないようで、本の貸し出しをしてくれる司書さんも暇そうにしている。
 白髪の混じる年輩の男性だからか、おれにも先輩にも特に興味を示さず放置してくれるのがありがたい。

 放課後の図書室、二人きりで勉強なんてシチュエーションとしてはできすぎている。
 先輩と初めて会話をかわしたのもここだったけど、そういえばあの日も誰もいなかったな……。
 
「普通はさ、図書室で勉強するような奴は参考書とか持ち帰るんだよ。もっと真面目な奴は図書館。中間がいないんだな」
 
 さすが三年通っているだけあって、先輩がそんな分析をした。
 正しいかどうかは判らないけど、実際空いているんだから今年の一年もそのパターンなんだろうか。
 
「で、どこが判らないんだ?」
 
 先輩が何故かやたら嬉しそうに聞いてくる。
 ……実は判らないところ、あんまりない。
 家でもきちんと復習をしているし、勉強にもついていけてるから。
 復習をしなければもうちょっと先輩を頼れるかもしれないけど、身に付いた習性はそう直らないし判らないところだらけもみっともない。
 
 おれは今やっているところから、多少進んだところを指した。
 予習をしておくに越したことはないし、さすがの先輩も一年のテスト範囲なんて判らないだろうから、問題ないよな。
 
「ええと、数学で……」
 
 こういう時、数学は便利だ。判らないところが明確だから。暗記系だとこうはいかない。
 
「ああ、これか。これはちょっと計算がややこしいんだよな」
 
 シャーペンを持つ綺麗な指先に目を奪われる。真面目な横顔もとてもいいと思う。
 普段はどちらかといえば明るい人好きのする笑顔を浮かべている先輩だけど、こういう顔をしていると本当に男前だ。
 
「後輩くん、俺の話聞いてる?」
「すいません、見とれてました」
 
 素直に言って、先輩の手を握る。シャープペンがことんと音を立ててテーブルに落ちた。

 謝るのもいいけどこんな美味しいシチュエーション、さすがに捨てておけない。
 
「あのな……」
 
 先輩は呆れていたけど、何か言われる前にその口唇を塞ぐ。
 ……あっさり押し退けられたけど。
 
「よせよ、こんなとこで。勉強しに来たんだろ、勉強」
「でも放課後の図書室って、なんとなく禁忌的でいいと思いません?」
「まあ、そりゃ……。気持ちは判るけどさ」
 
 先輩は周りが気になるのか、そわそわしてる。
 学校で見つかって騒ぎを起こせばモデルを首になるかもしれないし、男同士はリスクが高すぎる。
 おれにとっては先輩が少しでも許してくれるならハイリターンだけど……。
 
「あまり人、来ないんでしょう? 少しくらいならばれませんよ。ほら、あの本当に誰も来ないようなコーナーとかどうですか?」
「いや、無理無理!」
「ちょっとだけ。物音したらすぐに止めますから」
「……後輩くん、何でそんな盛ってんの。言っておくけど、さすがにこんなところで昨日した以上のことさせないぜ?」
「こんなところじゃなかったら、昨日以上のことさせてくれるんですか?」
「馬鹿、言葉のあやだ」
「じゃあいいでしょ?」
「ダメだって」
 
 でも、先輩の視線もちょっと熱い。
 意識してくれてるのかなと思うと嬉しい。
 だって前まではさらりと流して、おれを完全に侮っている感じで警戒もそんなにしてなかった。
 今おれと先輩の間に流れてる空気は、明らかに色を孕んでいる。
 
「だって、盛りもしますよ。好きな相手と放課後の図書室で二人きり……。おれに言わせればその気にならない先輩がおかしいです」
 
 口唇を尖らせると、先輩が掠めるようなキスをしてきた。舌を入れる暇もないくらい、一瞬。
 おれは何かを言おうとしたけれど、手に重ねられた手の平に言葉を失う。
 先輩はその手をテーブルの下に持っていって、ぎゅっと握った。
 テーブルの下で手をつなぐ。たったそれだけの行為に凄くどきどきした。
 
「……そんなに、したいのか?」
 
 先輩が頬杖をついて、目線を背けながら聞いてくる。
 頬が微かに赤い。つられておれまで、熱くなる。
 その発言の時点で心拍数ははるか彼方だっていうのに、行動までこんな可愛らしくておれはもうどうしていいか。

「したいです!」
 
 とりあえず思いの丈を正直にぶつけてみた。
 
「でも、ここじゃダメだぞ。家まで……。家まで待てるか?」
 
 握られた手をつなぎ変えて、恋人つなぎにする。
 指の股を撫でるようにきゅっと握ると、先輩の身体がびくりと跳ねた。
 
「待てそうにない事態でも、死ぬ気で押さえ込みます。先輩がうちにきてくれるんなら」
「ん……」
「先輩がえっちしにきてくれるなんて嬉しすぎます!」
「馬鹿、勉強を教えに行くんだよ。中身がどうであれ、名目はそういうことにしておけ。もてないぞ、そんなんじゃ」
「いいんですよ。おれには先輩だけ居れば、それでいいんです」
 
 先輩が、つないでない方の手でおれの髪を撫でた。
 
「お前が期待してるとこまではやんないぞ」
「はい。おれはただ、もう先輩に触りたくて仕方ないだけですから」
 
 一応そういうことにしておく。
 こんなおれのわがまま聞いちゃうなんて先輩は甘いな。甘すぎる。でも、悪くない。先輩がおれを甘やかすの、おれ、凄く好きだ。愛されてるって感じがする。
 
「じゃ、行くか」
「はい」
 
 おれは借りていく参考書を持って立ち上がる。
 
「それ、借りていくのか?」
「もちろん。これから先輩に勉強、教わりますからね」
「ああ……。科目は保健体育だけどな……」
「おれが知らないようなこと教えてくれるんですね、楽しみです」
「冗談をそっち方面に、真面目に返すな、馬鹿」
 
 拳で軽く、額を叩かれた。
 先輩判ってます? 今すっごーく恋人オーラ出てますよ。
 ああ、こんなに幸せでいいのかな……。
 
 おれはスキップでもしそうなくらい幸せな気分で、先輩を家にお持ち帰りした。

 登校も下校もお互いに少しずつ遠回りしているから、いつも歩く道とは違う。
 一人で歩く道を今日は二人で。凄く特別な感じがしていい。
 
 おれも先輩も、高校は距離の近さで選んでいたのでそうたいして遠くはない。
 そんなに長くもない距離なのに、歩けなくなってしまいそうで焦った。
 
 早く、少しでも早くこの人を腕の中に抱きしめたい。キスがしたい。頭の中、そればっかりで。
 
 だからおれは……家についた途端、急くように先輩にキスをした。少しだけ玄関が高くなっているから、目線あわせてそれからキス。おれから仕掛けるにはちょうどいい。
 もちろん今日は軽くで済ませるつもりなんてないから、積極的に攻めていく。
 先輩は少し驚いていたようだったけど、負けじと舌を絡めてきた。
 
 ……上手い。気持ちいい。でももう先輩が慣れてるとか、そんなのどうでもいい。いいんだ。先輩はおれで最後なんだから。前に経験があったら、それだけおれが気持ちよくなれていいよ。
 
「はっ……」
 
 息もできないようなキスの合間に、吐息が漏れる。それすらも飲み込むみたいにして、ひたすらキスを続けた。
 
「ん、ん、先輩……っ」
 
 もうたまらなくて、首にぎゅうっとしがみついて腰を擦りつけた。
 
「おま、ちょ……やらしーな」
「いいんです。これからやらしいことするんだから」
 
 おれのそれは、もうすっかり熱く勃ち上がっていた。
 気になって、先輩のそれにも指先で触れてみた。
 
 ……あ、少し勃ってる。すげ……。嬉しい。
 おれとのキスで、こうなったんだと思うとたまらない。
 
 最後に顎をべろりと舐めてキスを終えた。
 
「どうぞ、上がってください」
「お前玄関でこんなキスさあ……」
「先輩もノリノリだったじゃないですか」
「そ、だな……」
 
 先輩が指先を顎にあてて、考え込むしぐさを取る。
 
「どうしました?」
「……俺、思ったより後輩くんに触りたかったみたいだ、だからだろうな」
 
 ……か、わいい。
 おれは思わず、その場にしゃがみ込んだ。
 
「お、おい、どうした」
「動悸と目眩が……」
「平気か? やめとく?」
「まさかっ! だいたい先輩、そこそんなにして今更やめられるんですか?」
「いや別にそんな俺、後戻りできないとこまで勃起してないぞ」
「……判ってますよ、ちょっと言ってみたかっただけですよ」
 
 それに先輩がどうであれ……。
 おれはもう、後戻りできないところまで、キちゃってる訳で。
 
「だから、おれの部屋、行きましょ?」
 
 熱を含んだ視線でそう告げる。先輩はその視線を真っ向からとらえて、頷く。
 差し出したおれの手を、先輩は拒まなかった。
 
 でもね、これだけは断言できます。
 おれの方がもっと強く、貴方に触りたいと思ってるって。
 もうさっきから手が震えてしまいそうなくらい、貴方に触れたくて触れたくて仕方ないんです。
 
 だから早く、貴方をおれにください。
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