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本編
兄貴がネトゲにハマった理由
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ネトゲ初日の翌日……家族会議という名の夕飯時。兄貴は当然部屋に引きこもっている。きっと今もパソコンに向かっているんだろう。
おふくろと親父が、期待に満ちた目で俺を見る。
「それで和ちゃん、どうだったの? 幸ちゃんの様子は」
「んー。自殺とかそういうことはねーと思う」
俺がそう言うと、おふくろは心底安心した様子で、大きな息を吐き出した。相当心配してたみたいだ。
「女親ではわからないこともあるだろうし……和ちゃんに頼んでよかったわ」
……いや、俺にもちょっと、ワケわかんない展開が待ち受けていたけどな。
「で、幸平は何をやっていたんだ?」
親父がソワソワと核心に触れてくる。
猫耳少女のキャラを使ってニャンニャン言っていたとはとても言えない。つか、そんなん知ったら両親共に卒倒しちまう。意味もあんまわからんだろうから、曲解されそうだし。兄貴は実は女になりたくて悩んでる、とかそんなふうに。ややこしくなるのは避けたい。
だから俺は、ゲームにはまっていたと軽く言うつもりで家族会議に挑んでいた。
しかし、俺の想像より遥かに心配していたらしい二人を見て、嫌な予感が頭をよぎった。
下手にパソコンを取り上げる流れになったら……。兄貴に限ってないとは思うが、ブチ切れて一家惨殺みたいなパターンに!?
あの依存っぷりじゃ、ありえないとは言えない。何かいいごまかしかたは……ないか? ゲーム以外にも何かあるだろ。何か……。
兄貴は俺が正気に戻すんだから、とりあえずこの場がしのげればそれでいい。
趣味か。たとえば釣り……ダメだ。引きこもりではありえない趣味だ。あ、編み物……とか?
「和彰? 何か、幸平はそんな人様に言えないことを……?」
確かに人様には言いにくいことだけどな! うん!
「て……手品してた」
俺は俺で何か他になかったのかよおぉぉ!
「て、手品?」
「なんか友人にショー連れていかれてハマったみたいで。一流のマジシャンに俺はなるみたいなこと言ってて」
どこの海賊王だよ! もう、俺、馬鹿っ!!
「本当なの? ああ、でも我が子ながらあのルックスなら舞台は映えそう」
そして何故か少し乗り気なおふくろ。
「夢を追うには少し年齢が高い気もするが……。それがあの子の夢なら、応援してやりたい。挫折して終わるとしても」
物分かりのいい父親いただきましたー! しかし挫折前提かよ。もう少し真っ直ぐに応援してやれよ。
ってか、あっさりごまかせてしまったんだが、これでいいのか。
「まあ、そんなわけだから、納得いくところまで仕上がったら出てくんじゃね? もう少し放っておいてあげたほうが」
「でも手品なら、観客がいたほうが練習にならないかしら!」
「い、いや、ほら! タネとか見られるときっと困るし! なるべく部屋も覗かないほうがいいな、うん。手品の練習してるトコロ見られたら、あの兄貴なら羞恥でそれこそ大変なことに!」
「そ、そうね!」
変な設定作っちまった、すまん、兄貴!
……いや、猫耳キャラ作ってにゃんにゃん言っている設定には敵うまい。事実だと思いたくない。
「あと、一応ミキちゃんにも少し、事情を話していおたほうがいいんじゃないかしら」
「ミキ?」
なんでここで、その名前が出てくるんだ。
ミキってのは俺より一つ上の幼なじみで、中学の頃から二次元の世界に召されているオタク女だ。
自分の世界に浸っているミキとは、中学へ上がる前に親しい付き合いが終わってる。顔を見れば挨拶はするし、普通に話もする。当たり障りないご近所付き合い。兄貴ともそんな感じだと思う。
「ほら、幸ちゃん、ミキちゃんのこと好きだったから」
「マジか。そんな気配、あんまなかったけどな」
「それは母さんの勘と希望だろう」
父さんが眉をひそめながら言う。確かに、おふくろはミキのことを気に入っていて、和ちゃんか幸ちゃんがミキちゃんと結婚してくれればいいのにって言ってた。
俺はあんなオタク女はちょっとな。向こうも二次元にしか興味がないから、残念ながら俺との恋愛は無理そうだ。
でも……確かにアイツはオタクだし、なんかしら話は聞けるかもしれない。兄貴が感化されてネトゲに走るなら、ミキあたりからしかない気がしてきた。手品なんて俺の嘘八百だし。
「わかった。その、急にマジシャン目指すとかで、親父もおふくろも戸惑ってると思うけど……。俺を信じて任せてくれ!」
「そうね。和ちゃんに任せるわ」
「私も手品のことはよくわからないしな」
ぶっちゃけ俺だってわかんねーよ!!
兄貴は品行方正だが、俺も日頃の行いはそう悪くない。説得の末、兄貴のことは任せてもらえることになった。
これでなんとか時間に余裕もできた……か。
俺はゆっくりと夕飯を食べ、それから部屋へ戻ってすぐ、ヘブンズアースオンラインにログインした。
ログインした途端、音と共にサチからメッセージが飛んできた。
【アズちゃーん、こんばんにゃ!】
うぉ、見つかんの早ッ! メッセージの色が違う……。今はパーティーを組んでないから、これがフレンドチャットってヤツか。ログアウトすると、自動的にパーティーが切れる仕組みらしいな。
【今、アニマルパークにいるにゃ?】
アニマルパークってのは、獣人のスタート地点。この前死んで戻されてそのままだから、俺のウサコは多分そこにいるハズ。
……あ、右上に現在地が表示されてた。親切だな。
返事をするには……メッセージ欄をフレンドチャットに切り替えればいいんだったな。
【うん、いるよ】
【じゃあ、今行くから一緒に貝を狩りに行くにゃ。昨日はいきなりプチメタ連れていってごめんにゃ……】
そういや、初めは貝狩りに行くとか、生産スキルがどうとか言ってたな。
確か生産スキルはレベル10以上だから、今の俺はクエストを請けられないはずだ。
その場で待機していると、サチがすぐ目の前に現れた。
「お待たせーにゃ! 桃貝を詰めるためのディバッグを用意して行くにゃよ。ハイ、プレゼントにゃ」
サチからディバッグを受け取ると、積載量のMAXが増える。このゲームは持てる数に限りがあって、装備品でその最大値を増やすことができる。レベルでも少し増えるし、選んだクラスによって差がある。サチはソーサラーだからクレリックである俺のほうが、基本の積載量が少し多い。
「でも、弱い狩場なのに、付き合わせちゃ悪いんじゃない? せめてレベル10までは、一人で頑張るよ」
「……一人がいいのにゃ?」
うんとは言えない雰囲気。まあ、俺もチート状態の兄貴がいれば心強いか。
それに知らない人間の振りをして、情報を聞き出すのもいいかもしれない。
さすがにいきなり直球で切り込むワケにもいかんし、少しずつ探っていこう。
兄貴がこうなってしまった理由も、わかるかもしれない。
「ううん。サッちゃんとがいい」
「アズちゃあんん! 愛してるにゃーん! じゃあ早速出発しんこー!」
……なんかもう、なるべくしてなった。って気がしなくもないんだが。
俺は相変わらずリアルでの精神力を削られつつ、ハートのモーションを出しまくるサチを追いかけた。
海辺の洞窟。というありふれたダンジョン名。足元に水が満ち、キャラクターの半分くらいの貝がひしめき合う。
穴場ってよりは人気スポットらしく、画面内に必ず他のキャラクターが2組はいるような感じだ。
『このピンキーミルってモンスターを狩るんにゃよ』
兄貴がパーティチャットで話しかけてくる。この会話は俺達だけにしか見えない。逆に他のパーティがこうやって話していることはこちらから見えない。フレンドチャットも同様だ。
……まあ、だから見えないながら、他のパーティがこっちを見てボソボソと何かを話しているような気がしてくるワケで。もちろん、被害妄想かもしれんが、兄貴はこの狩場にくるにはレベルが高すぎるから、そのあたりなんじゃないかと思う。装備にはレベル制限があるし、見るヤツが見れば兄貴がカンストしてることがわかるはずだ。それに、めっちゃ廃人装備なんだろうしな。
その手のサイトで多少有名な廃プレイヤーだから、というのも……少しは関係しているかもしれない。
『私も殴っていいのかな? 見てたほうがいい?』
『見てるほうが安全だけど、それはつまらないと思うにゃ。MPが続く限り死ぬ気で殴るにゃ!』
優しく回復してあげる(はぁと)な展開はまだまだ先のようだ……。クレリックってクラスはソロなら元々こんな戦い方なんだろうが、パーティー組んでるのに回復せず殴るっつうのは、なんだかやるせねぇな。
『レベル15くらいになったら、普通に戦えるようになるにゃよ!』
『15ならすぐ?』
『レベル12から少し緩やかになるにゃ。アズちゃんは今6だから……12までなら1時間くらいにゃね!』
なるほど。ま、のんびり話しながら狩ればいいだろう。
それよりも、レベル6から12になるまでの時間がパッと出てくる恐ろしさよ。スペックの無駄遣いすぎる。
『アクアシールド!』
サチが呪文を唱えると、俺の身体を水のエフェクトが包みこんで、名前の横に水のアイコンが表示された。
『これは?』
『水属性の攻撃を20%軽減するにゃ。ガンバロ!』
『ありがとう!』
そして俺達は、貝を狩りはじめた。初めはきつかったが、レベルが上がるごとに楽になっていく。成長が目に見えてわかるので面白い。
たまに敵が落とす桃色の貝殻を拾って、回復して、また敵を殴って……。って、俺が夢中になってどうするよ!
こういう単純作業は地味にはまるからヤバイ。
せっかくだから何か少し、現実に触れるような話題を……。
いや、いきなりもアレだな。とりあえず普通に会話するか。
『貝、結構ドロップするんだねー。レベルもサクサク上がって楽しい』
『うんうん。戻ったら生産クエスト請けるにゃよー♪』
『でも、サッちゃんは凄いなあ。もうレベル50だもん』
『にゃはは。人よりちょっと長い時間、やってるだけにゃよ』
ちょっとじゃねえだろ、ちょっとじゃ。
『そんなに面白いんだ、このゲーム』
ゲームの中では必要とされてる気がする! なんて廃人の定番台詞だが、兄貴は現実でも必要とされてる。交友関係は浅く広くみたいだが、そのあたりはゲームでも同じような感じだし……。いや、むしろゲームのが深刻なボッチか。
『にゃん! アズちゃんは面白くないにゃ?』
返事になってるよーななってないよーな。質問を無視するワケにもいかんから答えるか。
こんな表面だけの会話じゃなくて、深いところに触れたいんだが。
……んっと。なんて打つかな。
『面白いよ。サッちゃんもいるし』
女の子同士なら、これくらいの発言は普通だよな? サチも、愛してるーとか言ってたし。
兄貴のほうは俺を女の子としてたっぷり意識したらいい。
『照れるにゃあ。えへへ』
こういう発言に普通の返しができるんだな。なんか意外。いや、もうここへきてから意外なことばっかりだから、今更驚くようなことじゃない。
『まさかサチも、ここまではまるとは思わなかったにゃ』
まったくだよ! これに関しては散々驚いたよ!
『プレイしようと思ったきっかけとかは?』
サチはそこで黙り込んだ。やっぱり何か、きっかけがあったのか? この世界に、のめり込んでしまうような……。
『キャラクターが可愛かったからにゃ。それにサチ、こういうゲーム初めてだから、リアル系なのはなんか怖かったにゃ』
俺や家族の考えすぎで、やっぱ単に軽くやってみてハマッただけなんかなー。でも兄貴がオンラインゲームをやってみようと思ったってことが、すでに考えにくいんだよな。
それに今の妙な間……。
『アズちゃんはどうしてこのゲームにしたにゃ?』
『えっ……』
ネカマとして兄貴を騙し、ネトゲにうんざりさせるため、なんて言えるワケねー!
『サッちゃんと一緒かな! こういう小さいドットキャラがちまちま動くの、可愛いよね! 萌えっていうか』
『ドットキャラって言うのにゃ? 萌えって何にゃ?』
知識偏りすぎだろぉお! グーグル先生に訊いてみろ!
『このネットゲームの攻略サイトに、いろいろ書いてあったの! 本当は私もあまりよくわかってない。えへへ……』
これは我ながらキモ……いや、可愛く演じきれた。
『攻略サイトって……。ボスや、装備の情報が載ってるのにゃ?』
『う、うん……』
『そんなのカンニングと同じじゃないか!』
ひ、ひぃぃ! 兄貴! 素が! 素が出ちゃってる!
『あ……。ごめんにゃ、あまりの衝撃に……』
俺も衝撃うけすぎて笑いをこらえるのが大変です。腹筋返せ。
喋ってるんじゃなく、書き込んでるんだ。そう滅多なことじゃ素は出まい。兄貴にとって相当衝撃的だったんだろう。
『攻略なんて見る人の気がしれないにゃあ。何度も何度もタイミングをはかったり、昼夜に渡って同じ場所に居続けてみたり、それに』
長々と話が続いていく。
ここまで立派に廃人だともう引くしかない。ある種のキチガイだろ、これ。
でもなんか……。今まで、本当に完璧すぎたからな。俺としてはかえって親しみがわくかも。面白いし、こんな兄貴。
つっても、限度がある。さすがに今の状態はよろしくない。
『私もわかるな、サッちゃんの気持ち。でも、社会人は時間がないから、多少は仕方ないんじゃない? 勉強じゃなくて、ゲームなんだから。楽しむためのものなんだから』
『確かに……アズちゃんの言うことも、一理あるにゃ。サチは今引きこもりだから、時間だけはあって……』
言っちゃったよ! それ、言っていいもんなのか? 俺としちゃいろいろ都合がいい感じだが……。これで少し、話に現実を絡めやすくなったぞ。
『あっ。こんなディープな話は楽しむためのゲーム内ではなしにゃね! 終わりっ! さあ、レベル12までガンバロ!』
ぐぬぬ。発言する前に話を勝手に終わらされちまった。
これがチャットのツライところだ。タイピングの速度がそのまま発言力みたいになる。俺は兄貴の気持ち悪いタイピング速度には追いつけない。
まだ、そうなんだ、までしか打ってなかったんだぞ。
『う、うん。そうだね!』
まあ、でも俺がサチが引きこもりだということを知ってるって事実があるだけでだいぶ違う。次のチャンスを待つか。
それからの時間はゲーム内の会話だけして、重量オーバーぎりぎりになるまで貝を狩った。レベルは無事、12まで上がった。
そのまま一緒にクエストを……という流れになったが、俺のリアル腹筋がかなりやられていたのと精神力の消耗が激しかったため、とりあえず今日のところはログアウトすることにした。
『じゃあ、また遊ぶにゃ!』
少しだけ寂しそうなサチ。俺が落ちるとしても、まだまだ遊ぶつもりらしい。
レベルカンストしてんのに、本当に何をそんなに遊ぶことがあるんだ?
慣れたら俺も長時間できるようになるかもしれないが、タイミングがあまりあうとヤバイから、ほどほどだな。
たとえばトイレ行くと言ったあと、俺の部屋のドアが開くとかはNGだ。
ペットボトル? 勘弁してくれ。
……そういや兄貴、あまり部屋から出てこないが、まさか……。い、いや、さすがにねえだろ、さすがに。
一抹の不安を胸に抱きながら、俺は今日も現実へと戻るのだった。
おふくろと親父が、期待に満ちた目で俺を見る。
「それで和ちゃん、どうだったの? 幸ちゃんの様子は」
「んー。自殺とかそういうことはねーと思う」
俺がそう言うと、おふくろは心底安心した様子で、大きな息を吐き出した。相当心配してたみたいだ。
「女親ではわからないこともあるだろうし……和ちゃんに頼んでよかったわ」
……いや、俺にもちょっと、ワケわかんない展開が待ち受けていたけどな。
「で、幸平は何をやっていたんだ?」
親父がソワソワと核心に触れてくる。
猫耳少女のキャラを使ってニャンニャン言っていたとはとても言えない。つか、そんなん知ったら両親共に卒倒しちまう。意味もあんまわからんだろうから、曲解されそうだし。兄貴は実は女になりたくて悩んでる、とかそんなふうに。ややこしくなるのは避けたい。
だから俺は、ゲームにはまっていたと軽く言うつもりで家族会議に挑んでいた。
しかし、俺の想像より遥かに心配していたらしい二人を見て、嫌な予感が頭をよぎった。
下手にパソコンを取り上げる流れになったら……。兄貴に限ってないとは思うが、ブチ切れて一家惨殺みたいなパターンに!?
あの依存っぷりじゃ、ありえないとは言えない。何かいいごまかしかたは……ないか? ゲーム以外にも何かあるだろ。何か……。
兄貴は俺が正気に戻すんだから、とりあえずこの場がしのげればそれでいい。
趣味か。たとえば釣り……ダメだ。引きこもりではありえない趣味だ。あ、編み物……とか?
「和彰? 何か、幸平はそんな人様に言えないことを……?」
確かに人様には言いにくいことだけどな! うん!
「て……手品してた」
俺は俺で何か他になかったのかよおぉぉ!
「て、手品?」
「なんか友人にショー連れていかれてハマったみたいで。一流のマジシャンに俺はなるみたいなこと言ってて」
どこの海賊王だよ! もう、俺、馬鹿っ!!
「本当なの? ああ、でも我が子ながらあのルックスなら舞台は映えそう」
そして何故か少し乗り気なおふくろ。
「夢を追うには少し年齢が高い気もするが……。それがあの子の夢なら、応援してやりたい。挫折して終わるとしても」
物分かりのいい父親いただきましたー! しかし挫折前提かよ。もう少し真っ直ぐに応援してやれよ。
ってか、あっさりごまかせてしまったんだが、これでいいのか。
「まあ、そんなわけだから、納得いくところまで仕上がったら出てくんじゃね? もう少し放っておいてあげたほうが」
「でも手品なら、観客がいたほうが練習にならないかしら!」
「い、いや、ほら! タネとか見られるときっと困るし! なるべく部屋も覗かないほうがいいな、うん。手品の練習してるトコロ見られたら、あの兄貴なら羞恥でそれこそ大変なことに!」
「そ、そうね!」
変な設定作っちまった、すまん、兄貴!
……いや、猫耳キャラ作ってにゃんにゃん言っている設定には敵うまい。事実だと思いたくない。
「あと、一応ミキちゃんにも少し、事情を話していおたほうがいいんじゃないかしら」
「ミキ?」
なんでここで、その名前が出てくるんだ。
ミキってのは俺より一つ上の幼なじみで、中学の頃から二次元の世界に召されているオタク女だ。
自分の世界に浸っているミキとは、中学へ上がる前に親しい付き合いが終わってる。顔を見れば挨拶はするし、普通に話もする。当たり障りないご近所付き合い。兄貴ともそんな感じだと思う。
「ほら、幸ちゃん、ミキちゃんのこと好きだったから」
「マジか。そんな気配、あんまなかったけどな」
「それは母さんの勘と希望だろう」
父さんが眉をひそめながら言う。確かに、おふくろはミキのことを気に入っていて、和ちゃんか幸ちゃんがミキちゃんと結婚してくれればいいのにって言ってた。
俺はあんなオタク女はちょっとな。向こうも二次元にしか興味がないから、残念ながら俺との恋愛は無理そうだ。
でも……確かにアイツはオタクだし、なんかしら話は聞けるかもしれない。兄貴が感化されてネトゲに走るなら、ミキあたりからしかない気がしてきた。手品なんて俺の嘘八百だし。
「わかった。その、急にマジシャン目指すとかで、親父もおふくろも戸惑ってると思うけど……。俺を信じて任せてくれ!」
「そうね。和ちゃんに任せるわ」
「私も手品のことはよくわからないしな」
ぶっちゃけ俺だってわかんねーよ!!
兄貴は品行方正だが、俺も日頃の行いはそう悪くない。説得の末、兄貴のことは任せてもらえることになった。
これでなんとか時間に余裕もできた……か。
俺はゆっくりと夕飯を食べ、それから部屋へ戻ってすぐ、ヘブンズアースオンラインにログインした。
ログインした途端、音と共にサチからメッセージが飛んできた。
【アズちゃーん、こんばんにゃ!】
うぉ、見つかんの早ッ! メッセージの色が違う……。今はパーティーを組んでないから、これがフレンドチャットってヤツか。ログアウトすると、自動的にパーティーが切れる仕組みらしいな。
【今、アニマルパークにいるにゃ?】
アニマルパークってのは、獣人のスタート地点。この前死んで戻されてそのままだから、俺のウサコは多分そこにいるハズ。
……あ、右上に現在地が表示されてた。親切だな。
返事をするには……メッセージ欄をフレンドチャットに切り替えればいいんだったな。
【うん、いるよ】
【じゃあ、今行くから一緒に貝を狩りに行くにゃ。昨日はいきなりプチメタ連れていってごめんにゃ……】
そういや、初めは貝狩りに行くとか、生産スキルがどうとか言ってたな。
確か生産スキルはレベル10以上だから、今の俺はクエストを請けられないはずだ。
その場で待機していると、サチがすぐ目の前に現れた。
「お待たせーにゃ! 桃貝を詰めるためのディバッグを用意して行くにゃよ。ハイ、プレゼントにゃ」
サチからディバッグを受け取ると、積載量のMAXが増える。このゲームは持てる数に限りがあって、装備品でその最大値を増やすことができる。レベルでも少し増えるし、選んだクラスによって差がある。サチはソーサラーだからクレリックである俺のほうが、基本の積載量が少し多い。
「でも、弱い狩場なのに、付き合わせちゃ悪いんじゃない? せめてレベル10までは、一人で頑張るよ」
「……一人がいいのにゃ?」
うんとは言えない雰囲気。まあ、俺もチート状態の兄貴がいれば心強いか。
それに知らない人間の振りをして、情報を聞き出すのもいいかもしれない。
さすがにいきなり直球で切り込むワケにもいかんし、少しずつ探っていこう。
兄貴がこうなってしまった理由も、わかるかもしれない。
「ううん。サッちゃんとがいい」
「アズちゃあんん! 愛してるにゃーん! じゃあ早速出発しんこー!」
……なんかもう、なるべくしてなった。って気がしなくもないんだが。
俺は相変わらずリアルでの精神力を削られつつ、ハートのモーションを出しまくるサチを追いかけた。
海辺の洞窟。というありふれたダンジョン名。足元に水が満ち、キャラクターの半分くらいの貝がひしめき合う。
穴場ってよりは人気スポットらしく、画面内に必ず他のキャラクターが2組はいるような感じだ。
『このピンキーミルってモンスターを狩るんにゃよ』
兄貴がパーティチャットで話しかけてくる。この会話は俺達だけにしか見えない。逆に他のパーティがこうやって話していることはこちらから見えない。フレンドチャットも同様だ。
……まあ、だから見えないながら、他のパーティがこっちを見てボソボソと何かを話しているような気がしてくるワケで。もちろん、被害妄想かもしれんが、兄貴はこの狩場にくるにはレベルが高すぎるから、そのあたりなんじゃないかと思う。装備にはレベル制限があるし、見るヤツが見れば兄貴がカンストしてることがわかるはずだ。それに、めっちゃ廃人装備なんだろうしな。
その手のサイトで多少有名な廃プレイヤーだから、というのも……少しは関係しているかもしれない。
『私も殴っていいのかな? 見てたほうがいい?』
『見てるほうが安全だけど、それはつまらないと思うにゃ。MPが続く限り死ぬ気で殴るにゃ!』
優しく回復してあげる(はぁと)な展開はまだまだ先のようだ……。クレリックってクラスはソロなら元々こんな戦い方なんだろうが、パーティー組んでるのに回復せず殴るっつうのは、なんだかやるせねぇな。
『レベル15くらいになったら、普通に戦えるようになるにゃよ!』
『15ならすぐ?』
『レベル12から少し緩やかになるにゃ。アズちゃんは今6だから……12までなら1時間くらいにゃね!』
なるほど。ま、のんびり話しながら狩ればいいだろう。
それよりも、レベル6から12になるまでの時間がパッと出てくる恐ろしさよ。スペックの無駄遣いすぎる。
『アクアシールド!』
サチが呪文を唱えると、俺の身体を水のエフェクトが包みこんで、名前の横に水のアイコンが表示された。
『これは?』
『水属性の攻撃を20%軽減するにゃ。ガンバロ!』
『ありがとう!』
そして俺達は、貝を狩りはじめた。初めはきつかったが、レベルが上がるごとに楽になっていく。成長が目に見えてわかるので面白い。
たまに敵が落とす桃色の貝殻を拾って、回復して、また敵を殴って……。って、俺が夢中になってどうするよ!
こういう単純作業は地味にはまるからヤバイ。
せっかくだから何か少し、現実に触れるような話題を……。
いや、いきなりもアレだな。とりあえず普通に会話するか。
『貝、結構ドロップするんだねー。レベルもサクサク上がって楽しい』
『うんうん。戻ったら生産クエスト請けるにゃよー♪』
『でも、サッちゃんは凄いなあ。もうレベル50だもん』
『にゃはは。人よりちょっと長い時間、やってるだけにゃよ』
ちょっとじゃねえだろ、ちょっとじゃ。
『そんなに面白いんだ、このゲーム』
ゲームの中では必要とされてる気がする! なんて廃人の定番台詞だが、兄貴は現実でも必要とされてる。交友関係は浅く広くみたいだが、そのあたりはゲームでも同じような感じだし……。いや、むしろゲームのが深刻なボッチか。
『にゃん! アズちゃんは面白くないにゃ?』
返事になってるよーななってないよーな。質問を無視するワケにもいかんから答えるか。
こんな表面だけの会話じゃなくて、深いところに触れたいんだが。
……んっと。なんて打つかな。
『面白いよ。サッちゃんもいるし』
女の子同士なら、これくらいの発言は普通だよな? サチも、愛してるーとか言ってたし。
兄貴のほうは俺を女の子としてたっぷり意識したらいい。
『照れるにゃあ。えへへ』
こういう発言に普通の返しができるんだな。なんか意外。いや、もうここへきてから意外なことばっかりだから、今更驚くようなことじゃない。
『まさかサチも、ここまではまるとは思わなかったにゃ』
まったくだよ! これに関しては散々驚いたよ!
『プレイしようと思ったきっかけとかは?』
サチはそこで黙り込んだ。やっぱり何か、きっかけがあったのか? この世界に、のめり込んでしまうような……。
『キャラクターが可愛かったからにゃ。それにサチ、こういうゲーム初めてだから、リアル系なのはなんか怖かったにゃ』
俺や家族の考えすぎで、やっぱ単に軽くやってみてハマッただけなんかなー。でも兄貴がオンラインゲームをやってみようと思ったってことが、すでに考えにくいんだよな。
それに今の妙な間……。
『アズちゃんはどうしてこのゲームにしたにゃ?』
『えっ……』
ネカマとして兄貴を騙し、ネトゲにうんざりさせるため、なんて言えるワケねー!
『サッちゃんと一緒かな! こういう小さいドットキャラがちまちま動くの、可愛いよね! 萌えっていうか』
『ドットキャラって言うのにゃ? 萌えって何にゃ?』
知識偏りすぎだろぉお! グーグル先生に訊いてみろ!
『このネットゲームの攻略サイトに、いろいろ書いてあったの! 本当は私もあまりよくわかってない。えへへ……』
これは我ながらキモ……いや、可愛く演じきれた。
『攻略サイトって……。ボスや、装備の情報が載ってるのにゃ?』
『う、うん……』
『そんなのカンニングと同じじゃないか!』
ひ、ひぃぃ! 兄貴! 素が! 素が出ちゃってる!
『あ……。ごめんにゃ、あまりの衝撃に……』
俺も衝撃うけすぎて笑いをこらえるのが大変です。腹筋返せ。
喋ってるんじゃなく、書き込んでるんだ。そう滅多なことじゃ素は出まい。兄貴にとって相当衝撃的だったんだろう。
『攻略なんて見る人の気がしれないにゃあ。何度も何度もタイミングをはかったり、昼夜に渡って同じ場所に居続けてみたり、それに』
長々と話が続いていく。
ここまで立派に廃人だともう引くしかない。ある種のキチガイだろ、これ。
でもなんか……。今まで、本当に完璧すぎたからな。俺としてはかえって親しみがわくかも。面白いし、こんな兄貴。
つっても、限度がある。さすがに今の状態はよろしくない。
『私もわかるな、サッちゃんの気持ち。でも、社会人は時間がないから、多少は仕方ないんじゃない? 勉強じゃなくて、ゲームなんだから。楽しむためのものなんだから』
『確かに……アズちゃんの言うことも、一理あるにゃ。サチは今引きこもりだから、時間だけはあって……』
言っちゃったよ! それ、言っていいもんなのか? 俺としちゃいろいろ都合がいい感じだが……。これで少し、話に現実を絡めやすくなったぞ。
『あっ。こんなディープな話は楽しむためのゲーム内ではなしにゃね! 終わりっ! さあ、レベル12までガンバロ!』
ぐぬぬ。発言する前に話を勝手に終わらされちまった。
これがチャットのツライところだ。タイピングの速度がそのまま発言力みたいになる。俺は兄貴の気持ち悪いタイピング速度には追いつけない。
まだ、そうなんだ、までしか打ってなかったんだぞ。
『う、うん。そうだね!』
まあ、でも俺がサチが引きこもりだということを知ってるって事実があるだけでだいぶ違う。次のチャンスを待つか。
それからの時間はゲーム内の会話だけして、重量オーバーぎりぎりになるまで貝を狩った。レベルは無事、12まで上がった。
そのまま一緒にクエストを……という流れになったが、俺のリアル腹筋がかなりやられていたのと精神力の消耗が激しかったため、とりあえず今日のところはログアウトすることにした。
『じゃあ、また遊ぶにゃ!』
少しだけ寂しそうなサチ。俺が落ちるとしても、まだまだ遊ぶつもりらしい。
レベルカンストしてんのに、本当に何をそんなに遊ぶことがあるんだ?
慣れたら俺も長時間できるようになるかもしれないが、タイミングがあまりあうとヤバイから、ほどほどだな。
たとえばトイレ行くと言ったあと、俺の部屋のドアが開くとかはNGだ。
ペットボトル? 勘弁してくれ。
……そういや兄貴、あまり部屋から出てこないが、まさか……。い、いや、さすがにねえだろ、さすがに。
一抹の不安を胸に抱きながら、俺は今日も現実へと戻るのだった。
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BL
BL小説『銀の瞳の聖者』の悪役令息ルシアンに転生してしまった俺。
原作通りなら、主人公ノエルをいじめ抜き、最後は断罪されて野垂れ死ぬ運命だ。
「そんなの絶対にお断りだ! 俺は平和に長生きしたい!」
破滅フラグを回避するため、俺は決意した。
主人公ノエルを徹底的に避け、関わらず、空気のように生きることを。
しかし、俺の「無視」や「無関心」は、なぜかノエルにポジティブに変換されていく。
「他の人のように欲望の目で見ないなんて、なんて高潔な方なんだ……!」
いじめっ子を視線だけで追い払えば「影から守ってくれた」、雨の日に「臭いから近寄るな」と上着を投げつければ「不器用な優しさ」!?
全力で嫌われようとすればするほど、主人公からの好感度が爆上がりして、聖人認定されてしまう勘違いラブコメディ!
小心者の悪役令息×健気なポジティブ主人公の、すれ違い溺愛ファンタジー、ここに開幕!
悪役会計様に転生した俺は、生徒会長に媚び売って生き残る
桜城 寧
BL
処刑された記憶とともに、BLゲームに登場する悪役会計に転生したことに気付いた主人公・カイル。
処刑されないために、チャラ男としての仮面を被り、生徒会長に媚びを売ったり、どうにか能力を駆使したりして生き延びようと必死になるが、愛された経験がなく、正しい人との距離感が分からないカイルは、無意識のうちに危うい振る舞いをしてしまう。
その言動や立ち回りは本人の自覚とは裏腹に、生徒会長をはじめ、攻略対象や本来深く関わるはずのなかった人物たちから過剰な心配や執着、独占欲を向けられていく。
ただ生き残りたいだけなのに、気付けば逃げ場のないほど色々な人に大切に囲われる話。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
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