廃スペックブラザー

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本編

朝食と甘いココア

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 あー……ねむ。
 まだ寝足りない。俺はベッドの上で目を擦る。
 隣の部屋では兄貴がまだ廃人プレイしてんだろうか。
 昨日は二人にのせられるまま、いつもより長い時間プレイしたせいでちょっと寝不足気味だ。
 ダイニングへ降りていくと、おふくろが仕事へ出るところだった。兄貴の姿はやっぱりない。
 なんか……昨日話したことが、夢みたいだ。ゲームの中のほうが現実味があるなんて、本当にどうかと思う。
 少し悩んだが、兄貴と顔をあわせたことはおふくろには言わず、いつも通り朝の挨拶をして見送った。
 それからトーストを焼いてもそもそと食べていると、上から足音。
 え、兄貴? トイレ……じゃないよな。降りてきてる。
 なっ、なんで? 昨日はアズキで現実世界的な話をしたワケでもないし。もしやなんか、感づいたとか?

 カチャリとダイニングのドアが開いて、寝てなさそうな顔色の兄貴が顔を覗かせた。
 案の定あのままオールナイトかよ……。

「おはよ、兄貴」

 なんでもないように挨拶をしたが、俺の心臓は破裂寸前。背中には冷や汗。

「朝ご飯を、食べにきた……」

 あ……あぁあ。驚かせるなよ。なんだ。バレたワケじゃないのか。普通に考えて早々バレるわきゃねーのに、後ろぐらいことがあるとダメだな。
 でも、どういった風の吹き回しだ?

 兄貴のパジャマ姿なんて、かなり久しぶりに見るかも。俺の記憶に残る兄は、制服をビシッと着込んでいるか、社会人になってからはピシッとスーツを着込んでる姿。……。最近だと、にゃんにゃん……いや、これはできれば見たくない姿だった。親しみやすくなると思う反面、理想が音を立てて崩れていくような気がするんだよな。

 兄貴は食パンに蜂蜜を塗ってとろけるチーズを乗せてトースターに入れた後、牛乳をあっためてホットココアを作った。二杯分。

「飲まずに食べるとつまるぞ」
「あ……。ありがと」

 ここでコーヒーじゃなくて甘いココアなあたりが。
 うーん。甘い。懐かしいな、この味。俺が小学生くらいの時は、よく作ってくれたっけな。
 クールな見た目に反して兄貴は割りと甘党だ。そんで、優しい。食べてるトーストと同じくらい。
 兄貴は甘い蜂蜜チーズトーストに甘いココアを飲みながら、優しい目で俺を見てくる。

「こうして和彰とゆっくり話すのも、久しぶりだな」

 俺はこれから大学だから、ゆっくり話してもられねーんだけど。
 でも、遅刻してでもいいから、もう少し話していたいな。

「そうだな。一ヶ月ぶりくらい」
「違う。数年ぶりだ」
「あ……。あー……そう、かも」

 兄貴と俺は、時間があまりあわなくて。
 ……いや、違うな。なんとなく、避けてたんだ、俺。何を話していいかわからなくなって。ハイスペックすぎる兄貴に、気後れしてて。
 もちろん、まったく話さないわけじゃない。顔をあわせれば必ずなんかしら雑談はしてた。
 でも……兄貴は、俺のそういった感情に気づいてたんだろうな。だから会社のこととか日常のこととか、俺に話してくれなかったんだ、きっと。

「ゴメン」
「なんで謝るんだ」

 兄貴が、昔みたいに俺の頭をよしよしってしてくれる。
 やめろよ、もうそんな歳じゃないぜ。
 って、この前、俺も兄貴におんなじことやったんだった。お返しか?
 でも、俺がやるのと兄貴がやるのでは、その意味が全然違うと思う。親はいくつになっても子が可愛いとはよく言うが、兄貴にとっては俺はいくつになっても弟なんだろう。この前ポツリと、大きくなったな、なんて言ってたのがその証拠。
 小さい弟がお兄ちゃんの頭をよしよしとするなら一周して微笑ましいが、成長した今の俺が兄貴に対してすんのはおかしな構図ってことだな。まあ傍目に見たら、今のコレも充分おかしいとは思うが。

「もし厭味に聞こえたなら、僕のほうこそすまない。そんなつもりはなかったんだ」

 ……どう考えても厭味だったぞ。

「ただ、嬉しかっただけで」

 けど、兄貴から出てきたのは予想外の台詞。
 え? 嬉しかった? 俺と話せたことがか!?
 意外すぎてテンパってきた。なんつうか、俺も嬉しいというか、もだもだするみたいな。ナニ照れ臭い感じになってんの、俺。違うだろ。なんか違うだろ。なあ。
 それよりコレ、どう返せばいいの? 俺も嬉しいよ……とか恥ずかしすぎるだろ、さすがに!
 俺としては毎晩兄貴と話してるようなもんだから、むしろ兄貴が嬉しいと思ってくれていることが嬉しいんだが。

「お、おかしいだろ。兄弟でそんな、話せて嬉しいとか、久々だとかさ」
「うん、そうだな。でもまた……たまに、こうして時間を作ってくれたら嬉しい」
「兄貴……」

 クールに見える外見にふんわりとした微笑。優しい瞳で兄貴が俺を見る。
 兄貴は引きこもりなんてしてっけど、コミュ症とかそういう感じじゃない。知る限りじゃ結構社交的だった。
 ……ただ、浅く広くという感じで、いわゆる相談相手や心から気を許せる親友は、いなさそうに見えた。それに、こうして引きこもってても、誰も訪ねてきたりしない。
 こういう笑顔、他人にも見せてやりゃイチコロだろうに。いや……憧れになっちまうんだろうな。人気者すぎて近づけないというか。弟である俺でさえ、気後れしてたみたいに。
 ボッチなのにゃ、と笑って言うサチの姿を思い出し、なんだか不憫に思えてきた。
 不憫で、可愛い……って、可愛いはないだろ! どうしたんだよ、俺、マジで!

「……やっぱり、嫌か?」
「そんな、俺っ……!」

 ガタンと音を立てて、兄貴が席を立った。強張った表情と驚きの迫力に、ヒッて声が洩れちまった。

「時間だ」
「え?」
「この話の続きはいずれ」

 ボ……ボスですかあぁああ!
 時間を作るべきなの、兄貴のほうじゃね?
 急いで部屋へ舞い戻る兄貴の背を見て、そう思わずにはいられない俺だった。
 そんで、時計を見た。

「……あ、遅刻だ」




 大学の帰り、コンビニで紙パックのココアとスティックタイプのチーズケーキを買って帰った。
 朝、ココアをいれてくれたから、そのお礼、みたいな……。
 渡すシーンを何度も何度もシミュレーションしてみた。たまに時間を作ってほしいと言われて当日早々とか、さすがに引かれるか?
 でも兄貴がさっさと部屋に引き上げたせいで、最後のほうなんか気まずい感じになっちまってたし……。
 これはお礼だ。朝のお礼に、スティックタイプならゲーム……いや、部屋でも食べやすいと思って。って言えば。サラッと渡すだけ、それだけ。

 引きこもりをやめさせるためには、現実で顔をあわせることも必要不可欠だと判断した。
 変な策を講じずに初めからこうしていればよかったのかもしれんが、兄貴の状態がわからなかったから。だからこそ現実世界では手を出さずに搦手に持っていったし、両親も俺に任せていたわけだ。
 今なら兄貴がどういう状態かわかってる。社会復帰は充分可能。引きこもりとしては軽度。だが、廃人レベルとしては重度……。
 今のところゲームをやめさせるのは不可能に近い。そのあたりはリアルとヴァーチャルでの、俺の手腕にかかっている。

 だからさ。ちょっとノックをするだけだろ。俺はなんでさっきから、兄貴の部屋の前をコンビニ袋片手に何往復もしているんだよ。アホか。こんな暇があったらモンスターの一匹でも狩れるわ。
 ……ハッ!? 俺のほうが思考が侵食されて……!?

「うるさい」
「うわっ!? あ、痛ッ!」

 廊下をウロウロしていたら、兄貴の部屋のドアがガチャッと開いて、驚いた俺は壁に頭を打ちつけてしまった。
 顔だけちょこっと覗かせていた兄貴が、慌てた様子で駆け寄ってくる。
 よし、天の岩戸作戦大成功だ。部屋から引きずり出してやったぜ。……って、そんなわけはないが、結果オーライってことで。

「だ、大丈夫か?」
「ヘーキヘーキ。それより、バタバタしちまってごめんな。これ、やるよ」
「どうしたんだ、急に」
「朝、ココアいれてくれたろ? そのお礼、みたいな」
「そんな、あれくらいで……」

 兄貴がやたらとソワソワしている。ボス待ちの途中だったりしたんだろうか。
 ヘブンズアースオンラインはボスの湧く時間と場所が大体決まっていて……この大体っていうのがミソなんだが、現れる近くで数人待機し、ファーストアタック、初めに攻撃を決めたパーティーにアイテムがドロップするようになっている。
 なのでボス待ちをしている間は、討伐完了までどうにも落ち着かない、という感じらしい。

「ごめん。今……何か、忙しかったか?」
「え? いや、そんなことはないが……」

 チラッと部屋を見ている。ボスだな。

「……すまない。やはり、今、少し手が離せないことがあって。これはありがたくいただこう」

 少し会話でもと思ったのに、兄貴は俺を振ってアッサリ部屋へ戻りやがった。

「たまに時間を作ってくれたら嬉しい、なんて。言ったくせに」

 ゲームが優先、かぁ。わかっちゃいたが……。くそっ。
 いつかは俺のほうを振り向かせてやるぜ!

 ……いやいや、それはそれで、なんか違くね?

 まあ当初の目的は果たせたし、今はこれで上出来だよな。
 さてそれじゃあ。今度は幻想世界でのデートとしゃれこみますか。
 何をあんなにソワソワしていたのか、ゲームの中で教えてもらうからな、兄貴。
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