廃スペックブラザー

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本編

告白未満

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 朝起きると、兄貴がダイニングで俺を待ちかまえていた。
 昨日しちまったことを考えると、後ろめたさから視線をあわせづらい。でも朝から顔を見られるのは嬉しい。
 まさか、実は起きてたってことはないよな。さすがにキスしたら、普通は起きるだろうし……。いや、でもスマホ大音量を流しても部屋入っても姫だっこしても起きなかったくらいだ。よほど眠りが深かったんだろう。だから大丈夫だ。
 ここは自然……自然に。

「おはよう、兄貴」
「ああ、お、おは……おはよう」

 兄貴のほうが、不自然すぎた。

 なっ、なんだ、処女でも失ったかのようなこのウブイ反応は。頑張って視線をあわせたのに、さっと目を逸らされたし。
 かすかに頬を染めて俯く様子に、身体が反応しそうになる。
 これはやっぱり、バレ……。いや、落ち着け。まだそうと決まったわけじゃない……。

「昨夜、僕の部屋へ……入ったか?」
「スマホのチラシあげようと思ったら、クーラーつけたまま寝てたから気になって……勝手にごめん」
「パソコンの画面、は」

 そうか。ゲームのほうが気になってたのか。
 寝ている兄貴にキスした罪悪感から、俺の思考はそっちにばっかいってた。でも兄貴にしてみりゃ気になるのはオンラインゲームでネカマやってるのを見られたかどうかってほうだよな。
 もちろん俺は、当たり前のようにしらばっくれてみせる。

「え? パソコンついてたのか? 真っ暗だったからもう消してあるんだと思って、そのまま放置したけど」

 それを聞いた兄貴は、ホッと息をついた。
 こんな嘘に丸め込まれてしまうのか。可愛いな。

「ならいいんだ」
「あっ、ひょっとして、エロ動画でも見てたとか?」
「馬鹿。お前と一緒にするな」

 なんとか上手く流せたかな。はあ……。もう、俺がサチを知ってるって真実は、墓場まで持っていかないと。兄貴が自ら話してくれるのが一番なんだがな。

「そういや、せっかく買ったのに、今日も眼鏡はしてないんだな」
「まだ少し慣れなくて……。日常生活に支障はないしな。ところで和彰。今日の夜、何か予定は入ってるか?」

 夜のお誘いきた。

「いや、何も」

 普通に返したけど、内心めっちゃ動揺して、そんで浮かれてる。もし用があったとしたって、最優先で駆けつけるさ。兄貴が俺を必要としてるっていうなら。

「やはりスマートフォンが欲しくなったから、もしも平気なら今夜相談してもいいだろうか」

 たとえこういう、内容だったとしてもな……。いや、でも……。うん。兄貴が俺に相談してくれるとか、話すきっかけがあるだけで嬉しい。

「ああ、なんでも相談してくれよ。昨日部屋に置いてったチラシ見て、適当に候補選んでおいて」
「ありがとう、助かる。では……夜、リビングで、待っている」

 これ、もしかして俺が『リビングが静かで寂しかった』みたいなことを言ったから? 俺が言った何気ない一言、覚えててくれたのかな。
 やべー。なんか、すっげ嬉しい。いっそ大学を休んでずっと一緒にいたいレベル。
 ……兄貴のほうが、ゲームやってて俺にかまってくれなさそうだが。

「そうだ。夜さあ、眼鏡かけて待っててくれよ。ちゃんと見たい」
「別に僕の眼鏡姿なんて見ても、仕方ないだろう」
「俺が選んだんだぜ? 重要。超重要」
「……わかった」

 少し照れてるのが可愛い。俺はにやけそうになるのをこらえつつ、朝食をとって家を出た。

 ちなみに……兄貴がスマホを欲しがった理由はすぐわかった。どうやらヘブンズアースオンラインのミニゲームアプリがリリースされるらしい。ドット絵のダンジョン探索型アプリで、中で手に入れたアイテムが一日三つまで、本家のゲーム内に移動できる。他、トレードや簡単なチャットがフレンドさんとできたりとか。そりゃあ兄貴もスマホが欲しくなりますよねー。

 本当に兄貴はリアル復帰できるのか。一抹の不安が胸をよぎったのは、言うまでもない。




 明るいうちに帰るとかどんだけ必死なんだよと思われそうで、外で軽めの夕飯を食べてから帰宅した。
 早く兄貴の顔を見たい気持ちはあったが、俺を待つ時間が長ければ長いほど、俺のことを考えてくれるかな、とか。
 恋する乙女か、俺は。

 外からはしっかり、リビングの明かりがついて見える。俺は、ドキドキしながら玄関を開けて二階へと急いだ。
 兄貴はリビングで俺があげたチラシを物色しながら待っていたらしい。部屋でゲームをやるより、俺との約束を優先してくれた……そう思うと、とても幸せな気分になった。
 まあ、待っている理由についてはお察しなのだが。

「ごめん、遅くなって」
「いや。僕が急に無理を言ったし、それに言うほど遅くないだろう」

 そう言って、兄貴が笑う。約束通り、眼鏡をかけてくれていた。
 あの時はそんなにすぐ決めていいのかよーなんて思ったが、やっぱ俺が選んだモノを兄貴が身につけてるってのは、とってもいい感じだ。
 元々イケメンだったが、好きになったせいかなお輝いて見える。俺の兄貴は眼鏡姿も素晴らしい。

「やっぱり似合うな、眼鏡」
「ありがとう。でも、違和感が凄いんだ。重いというか」

 眼鏡をくいっと押し上げるその姿が様になっていて痺れる。
 おさまりが悪いとか、照れ隠しみたいな感じなんだろう。
 ソファに座っている兄貴の横に腰掛けて、見ているチラシを横から覗く。
 もちろん、何気なさをよそおって肩を抱くことも忘れないぜ。

「で、どれがよさそうなカンジ?」
「これとこれで迷ってる。画面があまり大きいと、電話しにくそうだ」
「あー……。でも、画面が小さすぎるとゲームはやりにくい」
「ゲ、ゲームはやらないと、言ったはずだが」

 しまった。知ってるとつい口が滑るな。

「スマホにしたら普通は手を出すものなんだって。周りに勧められたりとかさ。俺だって勧めるし」
「和彰がそう言うなら、この……画面が大きいやつにするかな」

 素直だ。そして俺は笑いをこらえるのが大変だ。
 兄貴がチラシを持って、俺はそれを横から見るために密着してる。これ、すっごいいい雰囲気じゃね?
 髪から香るシャンプーの匂いが、鼻腔をくすぐる。俺も同じ匂いだろうが、兄貴から香っていると思うとときめきしかない。
 どきどきしながら、チラシを持つ兄貴の手に手を重ねた。

「でも、こっちもいいんじゃないか?」

 手を重ねたまま、普通に会話を振ってみる。兄貴が戸惑うように目を泳がせる。緊張しているのか、背筋がぴんと伸びた。

「和彰……」
「何?」
「手……。それと、か、顔が近い」

 あと少し近づけば、キスできる距離。昨日キスしたばかりの唇は、今日も俺を誘っている。
 多分俺が行動を起こさない限り、俺たちはずっと兄弟のままだ。悠長に構えていたら他に好きな奴を作られちまうかもしれないし、そろそろなんとかしないといけない。ファミレスではタイミングを逃したが、今日こそ。

 それにしても……顔が近づいたくらいで恥ずかしがる兄貴が可愛い。このまま押し倒してえ。だが、そんな最低な告白の仕方はない。とりあえず、雰囲気作りだ。念のため兄貴の反応も確認したいし。

「兄弟ならこれくらい、普通じゃね? それとも、俺にこうされんの、いや?」
「嫌とか、そういうわけではなく……少し、照れる」

 俺の理性が焼き切れそう。寝顔より破壊力高いってどんだけだよ。起きてる兄貴半端ねーな。

「なあ、兄貴はさ、俺のこと、どう思ってんの?」
「それはもちろん、いい弟だと思ってるぞ」

 まあ、こう返ってくるだろうな。想定内だ。

「俺は……兄貴のこと、好きなんだけど」
「なんだ、あらたまって。僕も好きに決まっているだろう」

 兄弟として……それも嬉しいが、今聞きたいのはそうじゃない。さすがにここまで空気作ってんだから、少しはわかってんだろ。俺の言う好きが、兄弟としての意味じゃないって。何もわかってないフリはやめてくれ。
 アンタだって本当は俺のこと、そういう意味で好きなんだろ? 違う?

「でも……嬉しいな。和彰にはずっと、嫌われているのではないかと思っていたから……」
「あ、兄貴、俺は……っ」

 言いかけて、口をつぐむ。
 もし兄貴が俺を好きだったとしても……兄弟以上を求めていなさそうな兄貴に、恋愛感情を押し付けていいのか?
 せっかく再構築された絆が、崩れることにはならないだろうか。
 でもうかうかしていたら誰にかっさらわれるかわからない。本人がその気になれば、相手なんていくらでもできるだろう。
 引きこもりをやめさせるためにネトゲの中まで追いかけたってのに、今の俺は兄貴がまだ引きこもってくれることをどこかで祈ってる。もう少し、あと少し、いや……ずっと、俺だけの兄貴にしておきたいって。

「ちょっと……反抗期だっただけで、さ。兄貴のことを嫌って避けてたわけじゃないんだ。尊敬してたし、憧れてた」
「僕は尊敬されるより、今みたいな関係のほうがいいな。うん、ずっといい」

 本当にこのままでいいのかと、そう兄貴に言いたかったし、自分の心にも問いかけた。けど、答えは出ず……。兄弟としては近い距離のまま、スマホのチラシを見続けた。





 凄くいい雰囲気だったのに、告白しそびれてしまった。
 兄弟としての一線を越えるのは怖い。きっと兄貴も同じだと思う。相手の一生を壊すことになるかもしれない行為だ。
 だから告白したところで、兄貴が俺のことを好きだったとしても受けてくれるとは限らない。

 いや……言い訳だな。結局のところ、勇気が足りてないだけだ。兄貴の将来を奪うのは怖いし、自分のこれからがどうなるかも不安だ。でもそれよりも、兄貴が俺以外の誰かと将来を歩んでいくことのほうが、つらい。

 いずれそうなるとしても、一度くらいは。そう、一度くらいは兄貴とヤりたい。

 ……俺は性欲優先のダメ男だ。でも好きなら仕方ないじゃないか、なあ。
 もし、兄貴が答えてくれて、俺に好きだって言って抱きしめてくれたら、俺はこれからの人生全部アンタに捧げられるんだけどな。

「……ログインするか」

 そう誰に聞かれることなく呟いて、パソコンを立ち上げる。ネトゲも既に、日課になっちまったな。ログインできないとソワソワして落ち着かなくなり、寂しく感じるようになった。これは廃人への第一歩だ。
 そしてログインすると……目の前に、サチがいた。

「アズちゃん!」

 待ち構えていたように声をかけられる。フレンドじゃない、オープンチャットだ。俺がいたから飛んできたんじゃなく、最初からいた。

「サ……サッちゃん?」
「アズちゃん、このあたりでログアウトしたって聞いて……待ってたにゃ」

 ストーカーされてんじゃないかと思うことは多々あれど、待ってたアピールをされたことは初めてだ。どうしたんだ。まさか弟に迫られたとかそういう相談でもする気じゃ。

「昨日は寝落ちしちゃってごめんにゃー! びっくりしたにゃよね? それを謝りたくって」

 でーすーよーねー。俺も、懲りない。この妄想が先へ行く性格なんとかしないと。早とちりしすぎ。
 俺にとっては兄貴がサチで、サチにとってはアズキはアズキだからこの妙な感覚の齟齬が出るんだろうとわかってはいるんだけどさ。

「私は平気。サッちゃんこそ大丈夫だった?」 
「起きたのは明け方だったから……。お察しにゃ」 

 ああ、死んだのか……。でも、経験値は減ったはずなのに、もうレベル50に戻ってるな。カンストしてても狩りまくってるんだから、そっちはあまり気にならないか。 

「お金とかは?」 
「ほとんど預けてあったから大丈夫。アズちゃんが早く帰還してくれて良かった。デロイには感謝しないとにゃあ……」 

 あまり感謝したくはないが、今回ばかりは感謝だ。奴がいなければどうしていいかわからずに、サチと共倒れになっていただろう。

「寝落ちしたことないのにってロイさん言ってたよ。久々に外出したから、きっと疲れが出たんだね」 
「うう。情けない限りだにゃ……。でもアズちゃんが死ななくて良かった。早くアズちゃんのレベルたくさん上げて、いろんなところへ一緒に行きたいし、またイベントがあれば一緒にやりたいにゃ」 

 兄貴……サチの理想になるには、俺はまだまだレベルが低い。スキルやステ振り的に普通の狩りではちょっと無謀なところにもついていけるが、ボスはまだ無理だ。ペアで行けるものでもないし、他の奴らが低レベルなクレリックを嫌がるだろう。
 パーティーの生命線とも言えるクレリックが、真っ先に死んでしまってはしかたない。

「サッちゃんとたくさん遊べるように、頑張ってレベル上げるね」 
「わーい、嬉しいにゃ! サチ、なるべくアズちゃんにあわせてログインするようにするにゃ!」
「またそんなこと言って、24時間いつでもいるんでしょ。ロイさんみたいに」
「それなんだけど……。多分、サチ、これからはあんまりログインしなくなると思うにゃ。アズちゃんが入った時も、いるとは限らないかも」
「えっ……。まさか、引退……」
「それはありえないにゃ」

 速攻で否定された。
 ……なんでホッとしてんだよ、俺。当初の目的マジどこいった。
 いや、元々目的は兄貴の引きこもりをやめさせることで、ゲームをやめさせることじゃなかった。そっちはあくまで手段にすぎない。節度を守れるのなら、こういう趣味もあったほうがいいとは思う。

「やっぱり、再就職しようかと思って……。ちょうど、起業した友人に声をかけられているのにゃあ」
「本当? すごーい! おめでとう!」

 相変わらず人生イージーモードな兄貴だ。友人にもそれなりにハイスペックな奴が揃っているんだろうし、何よりこの兄貴が社員になるなら安泰だろうな。

「あ、ありがとにゃ……。現実の話、いっぱいしちゃってゴメン。でも……アズちゃんには話しておきたかったのにゃ。せっかくログインしても、サチがいなかったら……がっかりするかな、と思って」
「少し寂しいけど、サッちゃんが現実でも頑張ってくれるほうが、私は嬉しいな」

 本当に、心からそう思ってる……。はずなんだけどな。少し寂しい。

「サチは、毎日20時から0時まではログインするつもりにゃ。アズちゃんもあわせてくれたら、嬉しいにゃー」
「うん、私もサッちゃんと一緒に狩りたいから、その間にログインするようにするね」

 いつもなら俺が何か打てば、すぐに返事がくる。そして俺がゆっくりゆっくり、考えながらポチポチタイピングをして、またサチが速攻で返事をする。その繰り返し。文字をひとつ重ねるたびに、お互いが近づいていくような感覚が楽しかった。
 でも今日のサチは、俺が打ってからしばらく間を開けて、返事をする。今も無言のままだ。もしかしたら他のや奴とフレンドチャットをしているのかもしれないし、案外また寝落ちでもしてるかもしれない。

「サッちゃん?」

 気になって、俺から声をかけてみる。

「その……。アズちゃん、もし無事に就職できたら……」

 待て。この流れはなんだかやばい気がする。暑いだけではない汗が、背中をつたう。
 急に外出するとか、就職するとか言い出した。どっぷりネトゲに浸かっていた兄貴に何かきっかけがあったとしたら、それは……。

「噂の百合ハッケーン! って、アズキちゃんとサチじゃねーの。お二人さん、オープンで会話もいいけどめっちゃ目立ってるからな? ねっ!」

 はっ!? ロイ!? うあああああ。気づけば回りにプレイヤーがたくさんいるうううう! まさか全部、聞かれてた!? 痛すぎる恥ずかしすぎる。

「はう……。サ、サチ……サチ……ごめんにゃ、落ちるにゃああぁあ!」

 照れのエモーションを表示しながら、サチがログアウトした。素早い。

「あ。逃げられた」

 そう呟いたロイからパーティ申請がきて、俺は捕まった。いや、自分から承認したんだけどさ。
 ログインしたばっかりでなんとなく、まだもうちょっと入っていたい気分だった。

『アズキちゃん、ああいう会話はパーティかフレンドチャットでやらないとさあ。サチはただでさえ、結構目立つ奴だから』
『いつから見てたんですか』
『アズちゃんが死ななくてよかった。のあたりからかな』

 結構前じゃねーの。こういう時こそ声かけろよおおお!

『……オープンで話しかけられたから、ついそのまま』
『あるあるw まあオレの場合はだいたいわざとだけどなっ。でも人に聞かれちゃならねえ会話は常にフレンドチャットにしてるぜっ』
『ロイさんに人に聞かれちゃいけない会話なんてあるんです?』
『あっ、ひでえ! あるぞー! オレには……人には言えない、秘密があるからな……』

 そこまで言って、ロイは黙り込んだ。

『ロイさん……?』
『なーんっつって。気になる? なあ、気になる?』

 たっぷり間をもたせて、これかよ。

『オツカレサマデス、落ちます』
『あっ、アズキち』

 ログアウトした。

 周りに聞かれていたことが恥ずかしすぎて一瞬血の気が引いたが、まだ心臓はどきどきしていて頬も熱い。さっきロイが現れなかったら、サチは何を言うつもりだった?
 百合……。百合か。やっぱあの会話って、そういうふうに聞こえるよなあ。惚れさせてやる作戦、まさかこんなところで生きちゃってんの?
 いや、まだそうと決まったわけでもない。アズキは知り合ったばかりの相手だ。しかも、ネトゲの中で。そして兄貴が俺を諦めたのもつい最近だとするなら、多分まだ間に合うはず……。いろんな意味でグズグズしてはいられない。やっぱり現実で告白するしかない。リアルを見せてやるよ、兄貴。

 よし、今から隣の部屋に行って……。行って……。行っ。
 …………まあ、明日にしておくか。今日はちょっと、心臓が落ち着かないし、焦っておかしな暴露しちまってもまずいしな。明日だ、明日。
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