廃スペックブラザー

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本編

お幸せに!

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 兄貴と恋人同士という関係になって、しばらく経った。
 俺はもう毎日幸せオーラだだ漏れだ。
 よほど顔に出ているらしく、周りには新しい彼女ができたんだろうと囁かれている。
 前の彼女も美人だったので、今度の子もレベルが高いんだろ、と言われて。

 ……まあ、レベルは、高いよな。リアルスペック的な意味でも、ゲーム的な意味でも。

 そんなことを考えたが、とりあえずまあ、紹介はできない。すまん。
 実際には彼女ではなく男でしかも実の兄貴だが、俺が今世界一幸せな男であるのは間違いない。 




 そしてあれから、ミキにもまた会った。会わない時はまったく会わないのに、不思議と偶然が続くもんだ。
 ……いや、画面の中の彼氏にあわせて生活スタイルでも変えたからかもしれないが。

「幸クン、元気になったみたいだねー。良かった!」 
「ああ……」 

 底抜けに明るい笑顔。コイツ、兄貴をフッておきながら、その心も知らずに……。この鈍感さはいっそ罪だな。
 だが俺にとっては、ある意味キューピッドと言えなくもない。

「兄貴に会ったのか?」

 腹の底からもやもやしたものがこみ上げる。さっきと違って、ドス黒い感じ。嫉妬深いにもほどがあるぜ、俺。

「うん、会ったよ。なんか幸せそうにしてた。あんな幸クン初めて見たわあ。表情も柔らかくなったし、彼女でもできたのかな?」
「兄貴の彼女ならきっと凄くいい奴なんだろうな! もう他人が入る隙間がゼロってくらい!」
「そ、そうだろうケド、なんで和クンがそんなにムキになるのよ」

 ほとばしる対抗意識が……。

 俺には兄貴を避けていた時期があった。その間もミキと兄貴は意外と仲が良かったんだろうなってのもわかる。何より兄貴側には告白してみるくらい、しっかりとした好意があったわけだしな。
 それを考えるとどうしても、ミキに対してライバル心のようなものを抱いてしまう。

「ってゆーか、和クン、幸クンと仲直りできたの?」
「で、できた」
「良かった! 好きだって言ったら一発だったでしょ?」
「言ってねえよ!」

 いや、言いましたけどね! でもそこから仲良しになれるにはまたいろいろあったわけで……。正確に言うなら、まだ最後までは仲良くさせていただいてないわけで。

「ふふっ、やっぱり兄弟っていいよねえ。アタシも妹ちゃんとお兄ちゃんと仲良くしなきゃ」
「ん? お前に兄貴なんていたっけ? てか、妹いつできたんだよ。ずいぶん歳が離れてんじゃね?」
「つい最近。画面の中で」

 ……駄目だこいつ早くなんとかしないと。
 重症だ。なんでこんなになるまで放っておいたんだ。きっと両親は胸を痛めて泣いていることだろう。
 親不孝に関しては、俺と兄貴も人のことは言えないが。

 しっかし、兄貴はコイツのどこが良かったんだ? 外見か? 外見しかねーよな。今更だが、おふくろの勘は当たってたってことか。冴え渡るおふくろの勘……俺たちのことはばれないように気をつけないと。マジで。

「ま、とりあえず兄貴はもう大丈夫だから、心配すんなよ」
「そっか。なら良かったー。お幸せにね!」

 ミキはそう言って背を向けて歩き出した。肩のあたりで手をひらひら振って。

 お、お幸せにって……どーいう意味だ。まさかミキにはすでにバレ……。いや、まさかな……うん。

 きっと周りから見たら、俺は重度のブラコンに見えるんだろうな。
 アンタはもう一人で外出できるようにもなっちまって、すぐにハイスペックな兄貴へと戻るだろう。そうなったら俺はまた、気後れしないか? よそよそしくして、傷つけることになったりしないだろうか。
 まあ……今すぐにでも抱きしめたいって感情があるうちは、平気か。
 愛おしくて、しかたないし。




 梅雨も終わり、すっかり夏。ここ最近はどこの店もクーラーをきかせていて、俺にとっては地獄な季節だ。頭が痛くなる。別に暑さに強いわけでもない。

 大学が終わって今日も真っ直ぐ帰宅しダイニングへ行くと、兄貴がスーツ姿でミネラルウォーターをコップにそそいで飲んでいた。
 久しぶりに見る兄貴のスーツ姿が目に眩しい。白いシャツが汗ではりつく様がやらしすぎ。ぶっちゃけネクタイをといて脱がせたくなる。

「和彰。今帰ったのか?」
「ん、そう。兄貴は就職の話?」
「ああ。一ヶ月も待たせてしまったんだがな。久しぶりに連絡を取ったら、枠はあけてあるというから。持つべきものは友達だな」

 兄貴の友達忍耐力ありすぎだろ。いや、人望のなせる技か……。
 多分その友人とやらもハイスペックなんだろう。そんで、この兄貴が加わるならその会社はまず安泰だ。

「そっか。なんつうか、まあ、おめでとう」
「ああ、ありがとう……って、何をしている」

 腰を抱き寄せて、キスを迫ってる。

「お祝いにキスでもと」
「お前がしたいだけだろう」

 俺のこと好きなくせに、相変わらずつれない。激甘な兄貴はどこいった。恋人になると素直になれないだけか?
 と、思っていたら兄貴が俺の頬をがっしりと掴んでキスをしてきた。

「でも、僕もしたいから、お祝いだというなら僕からいただく。ありがとう、ごちそうさま」

 男前すぎるぜ、兄貴……! とてもネトゲん中でニャンニャン言ってるとは思えねえ。惚れそう! いや、もう存分に惚れてっけど。
 そうそう、元々兄貴はこんな感じだった。仕事も決まってようやく調子が戻ってきたみたいだな。

「はあぁ……。兄貴、どんだけ俺をメロメロにさせたら気が済むんだよ」
「なんだ、メロメロなのか?」
「うん、もーメロメロ」
「そうか。和彰が……ふふ」

 嬉しそうで可愛い。好かれてるって実感するなぁ。

「そういやさ、ミキに……会った?」
「ああ……。酷く心配してくれていたみたいだな」

 兄貴が優しげな表情になる。
 好かれていると実感したばかりで嫉妬するとか、ダメダメだ、俺。

「やっぱりさ、兄貴はミキにふられたからネトゲに走ったのか?」

 実はこれ、凄い気になってた。でもなんとなく訊けず、今日まできた。

「そうと言えばそう……だが、それは単なるきっかけにすぎない。普通に、いい大人が馬鹿みたいにのめり込んだだけだ」
「……普通に?」
「そう、普通に。現実ではできないことが、できて、言えて……ミキが夢中になる気持ちもわかるな」

 いや、多分兄貴のそれはミキの嗜好とは全然違うと思うが……。まあ、いいか。訂正せんでも。ミキの世界は知らなきゃ知らないままのほうがいい。
 しかしあの真面目な兄貴がネトゲにのめりこむなんてなー。単にゲームにはまりすぎて世間がどうでも良くなっちゃいましたって、アレすぎる。そういうの、普通は中学生や小学生の時に通過儀礼みたいな感じでなるもんだ。大人になってからこじらせると大変だな。
 俺に気を遣ってるだけで、本当はふられたのが凄いショックだっただけかもしんねーけど。
 それとも……兄貴にとっては現実が簡単すぎて、執着するものがなんもなくて。だから、ヴァーチャルにのめり込んだのかな。

 さて、そんでネトゲの話題と言えば気になることがもうヒトツ。

「じゃあ、はまって、それで……ロイとはどーなの?」
「どう、とは?」
「や、だから……。結構仲いいし、どんな感じで出会ったのか、とか」

 言ってて情けなくなってきた。頼むから察してくれよ、兄貴。

「あれだけ戦士が上手い奴は中々いない。向こうもサチを絶賛してくれて、フレンドになった。出会いを詳しく語ると長くなるが、本当に普通だぞ?」

 そっ、そうなんだけどさあ。確かに俺が訊いたことに答えてくれてんだけどさあ、微妙にズレてるっつーか、知りたいのはそこじゃねーんだよ的な。
 もういいやと俺が考えた途端、兄貴はようやくピンときたらしく、慌てたように手を振った。

「……ああ。ほら、サチはゲームの中では女の子だが、中身は僕だからな。デロイは男だし、お前が考えているようなことは何もないぞ」
「あのさ、俺は男なんだけど。しかも、現実で」
「そ、そうか、そうだな」
「そんで、ロイのほうは現実では、女かもしれない」
「だが少なくとも、僕はゲームの中ではあいつのことを男だとしか思ってない」
「じゃあアズキのことは、まだ女だと思ってんの?」
「いや……すまない。きちんと和彰だと思っているよ。デロイに関しては狩り友以上の感情が存在したことはないし、奴からモーションをかけられたこともない。本当にウサコ以外はどうでもいいらしい」

 兄貴のようにネカマを演じていると、ゲームの中では不思議と男キャラに恋愛感情のようなものを抱くこともあると聞く。それが現実に侵食していないか少し不安だった。兄貴はリアルとヴァーチャルを混同させやすいタイプだろうし。

「そもそも兄貴はどうしてネカマなんてしてんだ?」
「ネカマ?」
「ネット上で男が女キャラやることだよ。ネットオカマ」
「せっかくだから現実とはまったく違う姿でプレイしてみたかったんだ。性格だけ変えるとしても……男キャラクターにしたら地が出てしまいそうだったしな…」
「なるほど」

 女になりたいとか、そんなふうに思ってるわけじゃないんだな。

「和彰はアズキの時はずいぶんおとなしいよな」
「そ、そう?」
「しかも健気だった。サチに対して、とても」

 まさかこれ、ゲームの中のサチに嫉妬? 可愛い……。
 とか思っていると、兄貴が満面の笑みを浮かべた。

「そう。まるで正体を隠したまま、惚れさせようとでもしていたかのように……」

 背筋が、冷えた。

「き、気のせいだろ。ネトゲに慣れてないから。それにホラ、兄貴もロイもタイピング速すぎでついてけねーんだよ! だから自然とおとなしくなるっつうか」
「ふうん……。じゃあそういうことにしておくかな」

 もう完璧ばれている感じだったが、兄貴は怒るでもなくどこか楽しそうにしている。
 やっぱり俺に甘すぎ。そりゃ、そんなアンタに対してアズキちゃんも俺も健気になるってもんだ。

「本当は……俺、ずっと兄貴のこと好きだったから、ゲームの中だけでも俺のことを恋愛的な意味で好きになってほしくて……ゴメン」

 せっかくだから、良さげな話みたいにしてみた。

「和彰……」

 俯き気味の俺の顔を、綺麗な指先が持ち上げる。

「兄貴? っ……」

 キスされた。一瞬、触れるだけみたいなキスだったけど。
 兄貴はさっきと違って苦々しげな微笑を浮かべている。

「僕は駄目な兄だな。家族が暮らす家でこういうことは控えなければならないとわかっているのに。恋人ができるのは初めてで、お前が可愛くてきっと浮かれているんだ」

 兄貴が浮かれてるっつうなら、俺は空くらい飛べそうだぜ。くそ、可愛い……。

 しかし、日々ムラムラしている俺としてはこんな軽いキスだけじゃ足りない。味見程度で残りはオアズケさせられて、ひとくち食べたら最後まで欲しくなる。

「今度は俺からさして」

 答えを聞かずに抱き寄せて唇を覆い隠すようにぱくっといった。そのまま下唇を舐めて、侵入させる。水を飲んでいたせいか、少しひんやりしてるのが気持ちいい。美味しい。透明な液体を飲み干すように舌で舌をなぞりあげ、擦り取る。

「ん、んんっ……」

 漏らした吐息は少し苦しそうだったが、悦も感じられる。
 兄貴の舌、やわっこくってでも弾力があって、時折ぬるりと俺の舌を刺激してくれんのもたまんない。ずっと舐めてたい。

「はっ……。しつ、こい」

 胸を押して身体を離され、かわりに額が俺の肩に落ちてくる。

「こういうキスは、あまり好きじゃない」
「どして? 気持ちよくない?」
「なんだか……その、は、恥ずかしいし……」
「そりゃ、恥ずかしいしことしてんだし。相手の粘膜擦るなんて、すげーやらしいと思わん?」

 口の中を思う存分、指で掻き回してやりたい。感じるとこ擦ってぬるぬるさせたい。
 ……指じゃなくって、アレも突っ込みたい。

「俺の、舐めてほしいな」
「舐め……? 何を?」
「コレ」

 兄貴の腿に少し反応してる下半身を押し付けると、真っ赤になって手の甲で唇をぬぐった。

「ば、馬鹿、そんなこと……」
「やだ?」
「……練習、してからなら」
「は!? 誰のでだよ!」
「いや、バナナ……とかで?」

 首を傾げて訊かれても! バナナでフェラの練習する兄貴を想像して悶えた。

「練習は手品だけにしとけよ……」
「あれはお前が適当に考えた言い訳だろう」
「じゃあ、ネカマでニャンニャン言ってるとか伝えてもよかったのか?」
「感謝してる」

 まあ、そんな冗談はおいといて。

「練習なら俺のでしたらいーじゃん。兄貴が舐めてくれるっていうのが重要なんだよ」

 それに兄貴、なんか普通に上手そう。たどたどしい舐め方からすぐに上達して素晴らしい舌技で俺を追い上げる。正直今まさに、それを想像して下半身が大変なことになっている。

「……そ、そのうち、な」
「マジで!? 隠れて練習とかなしだかんな?」
「ああ、わかった」

 嬉しいが楽しみは全部先伸ばし! でも俺の兄貴が嘘つくわけねえからいくらでも待ってやる。さすがに、今この場でしてくれとは言えないしな。

「しっかし、兄貴は本当……俺に、甘いよな」
「僕は、好きな相手は甘やかしたくなるタイプなんだと思う」
「すっ……、け、けどよ、兄貴が俺に甘いのなんて、昔からじゃん。優しかったし、怒ったりもしなかった。反抗期に入った時だってそうだったぜ」
「そうだな。和彰のことは、元から凄く好きだったということだな。そこに恋愛感情が絡んだものだから、今はもう大変だ」

 兄貴がくすくすと笑う。冗談にまぎれさせるような台詞は、どこからどこまでが本気かわからない。

「なんだよそれ」
「そう拗ねるな、本当のことだ。お前が思う以上に、僕はお前のことが好きだよ」

 頭を撫でられた。正直、恋愛感情じゃなくて弟への好きって気持ちが大部分って気もすんだけどさ……。好きな相手から好きで仕方ないって態度を見せられたら、悪い気なんてするはずもなくて。

「じゃ、そんな可愛い大好きな恋人に、お兄様はいつになったら最後まで許してくれるんですか?」
「む……。ひ、一人暮らしを始めたら、だな……」

 思ってもみなかった台詞に、俺は目を見開いた。漫画だったら目玉が飛び出してるところだ。

「兄貴、この家を出るのか!?」
「何もおかしいことじゃないだろう。元々、社会人になって落ち着いたら一人暮らしをするつもりだったんだ」

 兄貴が一人暮らしを始めたら、エッチし放題。でもこの家から出るからあまり会えなくなる。俺の中で天秤が揺れ動く。いや、揺れ動いたところで、兄貴の中では決定してんだから意味ないんだけどさ。嬉しいけど寂しい。

「そんな顔をするな。家を出ても、今と変わらず会えるさ」

 兄貴……。

「ゲームの中でな」

 兄貴ぃいいいいいい! そうくると思ってました。
 まあ、実際、ネトゲは離れた相手とコミュニケーションを取れる素晴らしい手段ではあるよな。でも顔が見られないのは、やっぱり寂しい。
 最後までできる日はもうちょい後になりそうだが……。それまでは、すぐ隣の部屋に兄貴がいるその幸せを、噛み締めることにしよう。



廃スペックブラザー・完


お初編に続きます。
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