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その後の話
七夕祭り2
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火山エリアにいる笹型モンスターを倒して、願いの欠片というアイテムを入手するのが今回のイベントだ。
笹型というか、本当に笹が自立して歩いているという、中々にキチガイ染みた光景。一部ではマジキチイベントと呼ばれていて、何故かやたら好評らしい。
願いの欠片はグラフィックが紙の切れ端。これをイベントNPCに渡すと願いの叶う短冊と交換してもらえるという仕組み。
まあ、願いが叶うっつっても、結局貰えるのはイベント装備なんだけどな。
そこから先はよく知らないし、周りもニヤニヤしながら教えてくれない。
また例によってイベントをクリアした者にしか見られないシステムなんだろう。このゲームはよく、そういう仕掛けをしてくる。
『さー、倒すにゃよー。ザクザク倒すにゃよー』
『短冊だけに?』
『頑張って倒そー!』
相変わらずスルーされるデロイ。
サチとミカの炎が敵を焼き払い、マリーが笹を切り刻む。持ってる武器が鎌っぽいからか、なんだか草刈りみたいだ。
デロイは大剣で敵を一刀両断。喋らなければ本当に男前で頼りになる。
殲滅は速くても前衛が2だから回復はそれなりに忙しい。
サチの火力が半端ないからなんとかもってる感じ。
今日はフルパーティなので、前衛以外に敵の攻撃が行くと見逃しちまいそうだ。
しかも笹だけに葉を飛ばしてくるという、後衛にもバッチリ効く攻撃。いやらしい。
『アズキちゃんって、ヒールのタイミング上手いのね』
『だから言ったろ、今日は攻撃に集中できるよって。何しろアズキちゃんはサチにゃん仕込みだから』
思わずにやついてしまう会話をマリミカカップルがしている。
『でも4人の体力見るのは目が疲れるよね。私は自回復できるから、注意は浅めでいいよ。元々そんなに攻撃こないし』
『ありがとうございます』
意地でも一人で最後までもたせてみたかったが、正直限界すぎた。
『敵が少なくなってきたから、あっちの敵呼ぶにゃあ』
『人がいないか確認しろよ』
『ぬかりないにゃ!』
息ピッタリのサチデロイペア。
……なんか俺だけ、地味だよな。まあ回復職はこんなものか。
ドロップも物凄い勢いで貯まってて、この分なら徹夜しなくても済むかもしれない。
『必要枚数300枚って、短冊どれだけバラバラになってるんですかねー。米粒サイズ?』
『アハハ。むしろ復元するのに時間かかりそうだね』
『案外短冊が巨大なのかもしれないにゃ』
ドロップが集まるペースを見て兄貴も安心したのか、俺とマリーの会話に加わってくる。
願いの欠片は短冊の切れ端。集めたのを撒いたら紙吹雪みたいになりそうだ。
『ちょ、そこ呑気にしてないでくんない? オレ様にモンスターが集まってんだけど!』
『敵を引き寄せるのは上手い前衛の証拠にゃあ』
『そうそう。てか、デロイ敵に囲まれすぎできめぇwww』
サチとマリーは気楽にしてるが、回復役としてはそうもいかない。
タコ殴りになってガンガン減っていくデロイのHPに集中する。
って、クリティカルが重なっちまったのか凄ぇ減り!? やばっ……。
「メディカルヒーリング!」
唱えたのは俺じゃない。ビショップ専用の回復技だ。
大幅に回復する替わりに、射程が短いので使いどころが難しいことで有名。
マリーのハニーだけあって、やっぱり侮れないプレイヤースキルの持ち主だ。
『もー。この技ダーリンにしか使いたくないのにっ。きゃっ、敵がこっち寄ってきた! デロイ、アンタちゃんと敵全部引き付けなさいよ!』
『無茶苦茶言うな!』
『僕が剥がしていくから大丈夫だよ、ハニー』
『うふふ、やっぱり頼りになるわ、ダーリン♪』
『敵が集まってるならサチの術の見せどころにゃあ』
そんなリア充を巻き込むかのような、サチの範囲攻撃によって短冊が燃えていく。
燃えても短冊の切れ端は落とす不思議。燃えカスになりそうだよな……。
ちょっとピンチ的な演出もあれど、基本的には廃人集団だ。
難なく敵を一掃し終わって、ドロップログが流れていく。
そんな中、願いの欠片とは違うメッセージが表示された。
『七夕の涙? なんですか、これ』
『にゃあああああ!』
『うわああ、マジかー! 超超レアッ! 狙えないくらいレア! 運営の宝くじみたいなもん!』
サチとデロイが叫び、カップル二人もきゃあきゃあ言ってる。
とりあえず、なんか凄いものが出たっていうのはわかった。
『失敗しない強化タブレット詰め合わせセットと交換してもらえるんだ。ワールドで10組にしか出ないんだよ』
『えっ!? マジでハイパーレアじゃないですか!』
あまりプレイしない俺でも、最近は強化装備を少しずつ揃えているし自分でもエンチャントしたりするから、それがどれくらい価値のあるものかはわかる。
装備は強化を重ねるごとに失敗しやすくなっていき、失敗すると装備自体が燃えてしまうため強化数の多い装備はどんどん価値が跳ね上がっていくのだ。それが失敗しないとなれば、どれくらい凄いものかは言うまでもないだろう。
『前から思ってたけど、アズちゃんレア運半端ないにゃ』
『やっぱ無欲なのがいいんかな。オレとサチが一緒の時ってまず出ないもんな』
『理論上の数値でははかれない何かが……』
兄貴、素が出てる素が。
案の定、デロイに何小難しいこと言ってんだよって突っ込まれてた。
装備強化が失敗しないといっても、普通の人が買える範囲の強化装備しか持っていない俺には有り難みが薄い。強化にチャレンジしていく財力もないし、きっとトレードできないアイテムだろうから倉庫の肥やしだ。いつか使える日はくるんだろうか。
『廃人にこそ価値のあるアイテムよね。あげられるならダーリンにあげたいくらい』
『ハニー、ありがたいけど僕はそこまで廃人じゃないよ……』
『サチも最近はログイン薄いしにゃあ。装備は廃人並だけども』
『世界が誇る廃人様、デロイ見ッ参! うひゃほぉおぉお!』
デロイのテンションが突き抜けてしまっている。
うっかり中の人を垣間見る機会はあったが……。これは素でテンション上がってる気がするな。そして住んでるんじゃないかってレベルで廃人なのも事実。
『あっ。すっかり終わりムードになったらダメにゃ! あと150枚! まだ半分にゃよー!』
サチの発言に、狩りを再び再開する。
デロイたちはもう終わっているだろうが、一応装備以外にも交換は可能だからお手伝いのメリットはきちんとある。さっきのスーパーレアを狙うってのも、そのうちのひとつ。
その当たりのおかげでその後の狩りは明るくフワフワしたものになった。
用途について話したり、もう1個出ないかなーとか。
そんな感じで俺たちは実に耐久8時間、ひたすら願いの欠片を集め続け、すでにすっかり夜も明けていた。
夏の朝は早い……。
『さすがに疲れたにゃ。前までなら余裕だったのに』
それは兄貴が引きこもりだったからだろ。いや、俺としてはそれでも凄いとは思うが。
『僕こんなに連続で狩ったの初めてだよ。超レア出てハイテンションになりすぎた』
『私もー。いくらダーリンと一緒とはいえ、こんなに長々狩るとは思わなかった』
『みんな、ごめんにゃ。付き合わせて』
俺はもうフラフラで、タイピングする気力もない。
「なあ、兄貴。連続で狩らなくてもさあ、寝てまた昼間狩れば良かったんじゃね? 期限は来週中だから、平日にも少しはできたろうし……」
俺は寝転がりながら、画面前でそのままダウン中。
音声って偉大だな。タイピングしなくても、相手に伝わるもん。
「ノリというのは恐ろしいな」
「まあ、残りは明日って言い出しにくい雰囲気だったしな。……ああ、もう今日か」
画面をチラリと見ると、デロイがまだ狩り足りねえぞー! と叫んでいた。どんだけ元気なんだコイツは。途中で中の人が交代してねーよな……。
『フラフラなとこ悪いんだけどさ、せっかくだから今日交換だけしちゃおうよ』
『そうにゃ。アズちゃん、大丈夫かにゃ?』
『なんとか……』
そうだ。せめて交換するまでは。
俺たちは気力を振り絞ってアニマルパークへと帰還した。
七夕NPCの前は来週で終わりということもあってか、朝だというのに人でごった返している。
この時間だと、今起きた! ってヤツも多そうだ。良い子は早寝早起きってな。
まずは七夕の涙を交換して、みんな揃って感動で打ち震える。
『あー。現実でこんなことがありえるにゃんて。嬉しいにゃああ』
いやゲームの中だから。
「みなさん、ありがとう。これで私の涙を取り返すことができました」
NPCキャラクターはウサギのアバターだ。デロイがウサコペロペロと言いながら周りをぐるぐる周っている。
「ところで、願いの欠片は集まりましたか?」
問われて早速300枚手渡すと、今度こそ願いの短冊をゲット。あとはこれを隣にある笹へつるすだけ。
『早く早く。今年の装備はマジ最高だから!』
『うんうんっ!』
デロイを初め、カップルも囃し立てる。
交換まで付き合ってくれたのは、イベント装備姿が見たいって感じだったのか?
そう思いながら短冊を吊るすと……。アズキの姿が、笹になった。
え、何これ。街中モンスターだらけなんですけど。てか、デロイまで。
アイテム欄、笹の着ぐるみってオイ。
『今回のイベントがマジキチイベントと言われてる真の理由だ! オレ、今日ずっとこの姿で狩ってたんだぜ!』
『モンスターと見分けつかなすぎてしんどかったわよ』
『僕も間違えて切りかかりそうだった。こんなふうに』
『って、痛い! PK禁止だから!!』
俺は画面の中の異様な光景と共に眠気がマックスになり、意識が遠退いていくのを感じていた……。
甘いものが焼き上がる香りに誘われての覚醒なんて、中々幸せな目覚めだと思う。
「起きたか」
しかも、兄貴の匂いがするベッドで本人からのナデナデつき。
見上げれば優しい瞳が俺を見てる。
ゲーム中は眼鏡をしていたけど今はしてない。俺の前にいる時はキスがしやすいように、なるべくかけないのだと知った時は興奮で床を転げ回りそうになった。
「ん……。兄貴。いい匂い……」
「パンケーキを焼いたからな」
「それもだけど、兄貴が美味しそう」
紺のエプロンをつけた兄貴を、ベッドへ引っ張り込む。
「こら。もうお昼を通り越しておやつの時間だ。二人で過ごす休日をフイにする気か?」
「ベッドの中でイチャイチャするのも、有意義な過ごし方じゃね?」
兄貴は艶っぽく微笑むと、少し伸びてきている俺の前髪をそっと耳の後ろへすいた。たったそれだけのことなのに、快感がぞわぞわと背筋を這う。
「それは夜でも、たっぷりできるだろう? 僕はせっかくなら、焼きたてをお前に食べてほしい」
そう言ってあやすように頬へキスを落とし、腰掛けていたベッドから立ち上がる。
こんなふうに誘われて、むしろ兄貴のほうが食べ時なのに。と、思った途端、腹がなった。本能は食欲を優先させたいらしい。もう午後を回ってるんだもんな。食べ盛りとしては当然か。
「ふふふ。和彰、身体は正直だな」
「俺がベッドにいるってのに、そんな台詞吐きやがって! パンケーキを食いつくしてやる!」
焼き立てのパンケーキは、それはそれはとろけるような美味しさだった。
食欲が満たされた後は当然性欲。お皿を端に寄せた白いダイニングテーブルに、細い兄貴の身体を押しつける。背中が少し痛そうだなとは思うが、最後までするのは我慢するから許してもらいたい。
甘い味の残るキスを何十回と繰り返す。
同じ物を食べているはずの兄貴の唇のほうが、はるかに甘く感じられるから不思議だ。
「こんな、ところで……。せめて寝室まで待てないのか?」
「味見程度にするから、いいだろ」
兄貴のソレに擦り付けるようにして腰を動かす。粘着質な水音がキッチンに響くのって、すげえヤラシイ。
潤んだ目元や震える睫毛にキスをすると、兄貴が耳の後ろを撫でてきた。
「っあ……。そこ、なんかヤベ……」
「ここ、指先でゆっくりなぞると、たまらないだろう?」
俺が主導権を握っていたはずなのに、謎のウルトラテクでうっかり引っくり返されることもしばしば。いつの間にかイイトコロを覚えられていて、嬉しいやら恥ずかしいやらだ。
なんだかんだノリノリな兄貴とねっとりと時間をかけて抜きあった後、簡単に衣服の乱れを直して後始末。
たいしたことはしてないのに、徹夜明けの影響かお互い息が上がっている。
「味見程度でよかったのか?」
「何? パンケーキみたいに、食いつくしてほしかった?」
洗った手で頬を撫でると、ひんやりしていたのが気持ちよかったのか、兄貴が温度を移すように自分から擦り寄せてきた。
それとも甘えてるのか……態度で俺の台詞を肯定したのか。
「今日、僕はとても気分がいい。テンションが高いままでやるのは、確かに気持ちよさそうだ」
すぐに生ぬるくなった俺の手をとって、兄貴が指の先を誘うように噛んだ。
……今日の兄貴はマジでテンションが高い。おそらく、昨日スーパーレアが出たからだ。
俺がすぐにがっつくせいもあるが、こんなヤる気のある兄貴は珍しくて、思わずよろめきそうになる。
しかし。イベントがもし早く終わったら、俺には休日をこう過ごそうと決めていたことがある。
「今日は! これから七夕祭りに行って、花火を見る!」
「……ログインするか?」
「リアルでだよ!!」
つか、ゲームの中で花火するんなら、今我慢せずに最後までいただいてたっつうの。
兄貴からの七夕のお誘い……初め俺は現実でのことだと勘違いした。それがゲームだとわかって、でもまあそれでもいいかと思った。平日仕事で忙しいのも知っていたし。
二つ隣の駅の七夕祭り。兄貴が現実でデートらしいことをしようとしないなら、俺から誘えばいいわけだ。
「ほら、俺、この夏免許とっただろ? 兄貴を助手席に乗せて遠出したい」
「僕の車で?」
「そこは妥協で……。貸してください」
「和彰ならきっと、運転も上手いから心地いいだろうな」
行く前から無駄にハードルを上げられている気がする。
相変わらず兄貴は、何故か俺に対する評価が高い。身内びいきってのか、惚れた欲目っていうのか。兄貴本人はそんなのが霞むくらいハイスペックだが。
俺なんて……兄貴に乗るのなら得意なんだけどな。とか馬鹿なことを考えてる弟なのに。
……これ言ったら車を貸してもらえなくなりそうだな。
「兄貴に笑われないよう、頑張って運転する」
「昨日は早く、イベントが終わって良かった……。久しぶりに和彰とデートだ」
「車の中で、寝てていいからな? 兄貴、俺より遅く寝て早く起きただろ」
「寝られるような運転を心がけてくれ」
「……善処する」
花火は夜から。時間もちょうど頃合い。深夜はテンションの高い兄貴とたっぷりお楽しみ。ふふふ……。俺たちの七夕はこれからだ!
「しかし、昨夜は本当に素晴らしかったな。まさかあのレアが落ちるとは……。僕の七夕は、一足先に終わった気分だ」
こ、これからなんだからな。
俺は兄貴を現実へと引き戻すべく、もう一度濃厚なキスをした。
オマケ
「そういえば、マリーとはフレンドになれたのか?」
「……忘れた。テンション上がりすぎて、それどころではなくなっていた」
これは永遠に無理かもわからんね。
笹型というか、本当に笹が自立して歩いているという、中々にキチガイ染みた光景。一部ではマジキチイベントと呼ばれていて、何故かやたら好評らしい。
願いの欠片はグラフィックが紙の切れ端。これをイベントNPCに渡すと願いの叶う短冊と交換してもらえるという仕組み。
まあ、願いが叶うっつっても、結局貰えるのはイベント装備なんだけどな。
そこから先はよく知らないし、周りもニヤニヤしながら教えてくれない。
また例によってイベントをクリアした者にしか見られないシステムなんだろう。このゲームはよく、そういう仕掛けをしてくる。
『さー、倒すにゃよー。ザクザク倒すにゃよー』
『短冊だけに?』
『頑張って倒そー!』
相変わらずスルーされるデロイ。
サチとミカの炎が敵を焼き払い、マリーが笹を切り刻む。持ってる武器が鎌っぽいからか、なんだか草刈りみたいだ。
デロイは大剣で敵を一刀両断。喋らなければ本当に男前で頼りになる。
殲滅は速くても前衛が2だから回復はそれなりに忙しい。
サチの火力が半端ないからなんとかもってる感じ。
今日はフルパーティなので、前衛以外に敵の攻撃が行くと見逃しちまいそうだ。
しかも笹だけに葉を飛ばしてくるという、後衛にもバッチリ効く攻撃。いやらしい。
『アズキちゃんって、ヒールのタイミング上手いのね』
『だから言ったろ、今日は攻撃に集中できるよって。何しろアズキちゃんはサチにゃん仕込みだから』
思わずにやついてしまう会話をマリミカカップルがしている。
『でも4人の体力見るのは目が疲れるよね。私は自回復できるから、注意は浅めでいいよ。元々そんなに攻撃こないし』
『ありがとうございます』
意地でも一人で最後までもたせてみたかったが、正直限界すぎた。
『敵が少なくなってきたから、あっちの敵呼ぶにゃあ』
『人がいないか確認しろよ』
『ぬかりないにゃ!』
息ピッタリのサチデロイペア。
……なんか俺だけ、地味だよな。まあ回復職はこんなものか。
ドロップも物凄い勢いで貯まってて、この分なら徹夜しなくても済むかもしれない。
『必要枚数300枚って、短冊どれだけバラバラになってるんですかねー。米粒サイズ?』
『アハハ。むしろ復元するのに時間かかりそうだね』
『案外短冊が巨大なのかもしれないにゃ』
ドロップが集まるペースを見て兄貴も安心したのか、俺とマリーの会話に加わってくる。
願いの欠片は短冊の切れ端。集めたのを撒いたら紙吹雪みたいになりそうだ。
『ちょ、そこ呑気にしてないでくんない? オレ様にモンスターが集まってんだけど!』
『敵を引き寄せるのは上手い前衛の証拠にゃあ』
『そうそう。てか、デロイ敵に囲まれすぎできめぇwww』
サチとマリーは気楽にしてるが、回復役としてはそうもいかない。
タコ殴りになってガンガン減っていくデロイのHPに集中する。
って、クリティカルが重なっちまったのか凄ぇ減り!? やばっ……。
「メディカルヒーリング!」
唱えたのは俺じゃない。ビショップ専用の回復技だ。
大幅に回復する替わりに、射程が短いので使いどころが難しいことで有名。
マリーのハニーだけあって、やっぱり侮れないプレイヤースキルの持ち主だ。
『もー。この技ダーリンにしか使いたくないのにっ。きゃっ、敵がこっち寄ってきた! デロイ、アンタちゃんと敵全部引き付けなさいよ!』
『無茶苦茶言うな!』
『僕が剥がしていくから大丈夫だよ、ハニー』
『うふふ、やっぱり頼りになるわ、ダーリン♪』
『敵が集まってるならサチの術の見せどころにゃあ』
そんなリア充を巻き込むかのような、サチの範囲攻撃によって短冊が燃えていく。
燃えても短冊の切れ端は落とす不思議。燃えカスになりそうだよな……。
ちょっとピンチ的な演出もあれど、基本的には廃人集団だ。
難なく敵を一掃し終わって、ドロップログが流れていく。
そんな中、願いの欠片とは違うメッセージが表示された。
『七夕の涙? なんですか、これ』
『にゃあああああ!』
『うわああ、マジかー! 超超レアッ! 狙えないくらいレア! 運営の宝くじみたいなもん!』
サチとデロイが叫び、カップル二人もきゃあきゃあ言ってる。
とりあえず、なんか凄いものが出たっていうのはわかった。
『失敗しない強化タブレット詰め合わせセットと交換してもらえるんだ。ワールドで10組にしか出ないんだよ』
『えっ!? マジでハイパーレアじゃないですか!』
あまりプレイしない俺でも、最近は強化装備を少しずつ揃えているし自分でもエンチャントしたりするから、それがどれくらい価値のあるものかはわかる。
装備は強化を重ねるごとに失敗しやすくなっていき、失敗すると装備自体が燃えてしまうため強化数の多い装備はどんどん価値が跳ね上がっていくのだ。それが失敗しないとなれば、どれくらい凄いものかは言うまでもないだろう。
『前から思ってたけど、アズちゃんレア運半端ないにゃ』
『やっぱ無欲なのがいいんかな。オレとサチが一緒の時ってまず出ないもんな』
『理論上の数値でははかれない何かが……』
兄貴、素が出てる素が。
案の定、デロイに何小難しいこと言ってんだよって突っ込まれてた。
装備強化が失敗しないといっても、普通の人が買える範囲の強化装備しか持っていない俺には有り難みが薄い。強化にチャレンジしていく財力もないし、きっとトレードできないアイテムだろうから倉庫の肥やしだ。いつか使える日はくるんだろうか。
『廃人にこそ価値のあるアイテムよね。あげられるならダーリンにあげたいくらい』
『ハニー、ありがたいけど僕はそこまで廃人じゃないよ……』
『サチも最近はログイン薄いしにゃあ。装備は廃人並だけども』
『世界が誇る廃人様、デロイ見ッ参! うひゃほぉおぉお!』
デロイのテンションが突き抜けてしまっている。
うっかり中の人を垣間見る機会はあったが……。これは素でテンション上がってる気がするな。そして住んでるんじゃないかってレベルで廃人なのも事実。
『あっ。すっかり終わりムードになったらダメにゃ! あと150枚! まだ半分にゃよー!』
サチの発言に、狩りを再び再開する。
デロイたちはもう終わっているだろうが、一応装備以外にも交換は可能だからお手伝いのメリットはきちんとある。さっきのスーパーレアを狙うってのも、そのうちのひとつ。
その当たりのおかげでその後の狩りは明るくフワフワしたものになった。
用途について話したり、もう1個出ないかなーとか。
そんな感じで俺たちは実に耐久8時間、ひたすら願いの欠片を集め続け、すでにすっかり夜も明けていた。
夏の朝は早い……。
『さすがに疲れたにゃ。前までなら余裕だったのに』
それは兄貴が引きこもりだったからだろ。いや、俺としてはそれでも凄いとは思うが。
『僕こんなに連続で狩ったの初めてだよ。超レア出てハイテンションになりすぎた』
『私もー。いくらダーリンと一緒とはいえ、こんなに長々狩るとは思わなかった』
『みんな、ごめんにゃ。付き合わせて』
俺はもうフラフラで、タイピングする気力もない。
「なあ、兄貴。連続で狩らなくてもさあ、寝てまた昼間狩れば良かったんじゃね? 期限は来週中だから、平日にも少しはできたろうし……」
俺は寝転がりながら、画面前でそのままダウン中。
音声って偉大だな。タイピングしなくても、相手に伝わるもん。
「ノリというのは恐ろしいな」
「まあ、残りは明日って言い出しにくい雰囲気だったしな。……ああ、もう今日か」
画面をチラリと見ると、デロイがまだ狩り足りねえぞー! と叫んでいた。どんだけ元気なんだコイツは。途中で中の人が交代してねーよな……。
『フラフラなとこ悪いんだけどさ、せっかくだから今日交換だけしちゃおうよ』
『そうにゃ。アズちゃん、大丈夫かにゃ?』
『なんとか……』
そうだ。せめて交換するまでは。
俺たちは気力を振り絞ってアニマルパークへと帰還した。
七夕NPCの前は来週で終わりということもあってか、朝だというのに人でごった返している。
この時間だと、今起きた! ってヤツも多そうだ。良い子は早寝早起きってな。
まずは七夕の涙を交換して、みんな揃って感動で打ち震える。
『あー。現実でこんなことがありえるにゃんて。嬉しいにゃああ』
いやゲームの中だから。
「みなさん、ありがとう。これで私の涙を取り返すことができました」
NPCキャラクターはウサギのアバターだ。デロイがウサコペロペロと言いながら周りをぐるぐる周っている。
「ところで、願いの欠片は集まりましたか?」
問われて早速300枚手渡すと、今度こそ願いの短冊をゲット。あとはこれを隣にある笹へつるすだけ。
『早く早く。今年の装備はマジ最高だから!』
『うんうんっ!』
デロイを初め、カップルも囃し立てる。
交換まで付き合ってくれたのは、イベント装備姿が見たいって感じだったのか?
そう思いながら短冊を吊るすと……。アズキの姿が、笹になった。
え、何これ。街中モンスターだらけなんですけど。てか、デロイまで。
アイテム欄、笹の着ぐるみってオイ。
『今回のイベントがマジキチイベントと言われてる真の理由だ! オレ、今日ずっとこの姿で狩ってたんだぜ!』
『モンスターと見分けつかなすぎてしんどかったわよ』
『僕も間違えて切りかかりそうだった。こんなふうに』
『って、痛い! PK禁止だから!!』
俺は画面の中の異様な光景と共に眠気がマックスになり、意識が遠退いていくのを感じていた……。
甘いものが焼き上がる香りに誘われての覚醒なんて、中々幸せな目覚めだと思う。
「起きたか」
しかも、兄貴の匂いがするベッドで本人からのナデナデつき。
見上げれば優しい瞳が俺を見てる。
ゲーム中は眼鏡をしていたけど今はしてない。俺の前にいる時はキスがしやすいように、なるべくかけないのだと知った時は興奮で床を転げ回りそうになった。
「ん……。兄貴。いい匂い……」
「パンケーキを焼いたからな」
「それもだけど、兄貴が美味しそう」
紺のエプロンをつけた兄貴を、ベッドへ引っ張り込む。
「こら。もうお昼を通り越しておやつの時間だ。二人で過ごす休日をフイにする気か?」
「ベッドの中でイチャイチャするのも、有意義な過ごし方じゃね?」
兄貴は艶っぽく微笑むと、少し伸びてきている俺の前髪をそっと耳の後ろへすいた。たったそれだけのことなのに、快感がぞわぞわと背筋を這う。
「それは夜でも、たっぷりできるだろう? 僕はせっかくなら、焼きたてをお前に食べてほしい」
そう言ってあやすように頬へキスを落とし、腰掛けていたベッドから立ち上がる。
こんなふうに誘われて、むしろ兄貴のほうが食べ時なのに。と、思った途端、腹がなった。本能は食欲を優先させたいらしい。もう午後を回ってるんだもんな。食べ盛りとしては当然か。
「ふふふ。和彰、身体は正直だな」
「俺がベッドにいるってのに、そんな台詞吐きやがって! パンケーキを食いつくしてやる!」
焼き立てのパンケーキは、それはそれはとろけるような美味しさだった。
食欲が満たされた後は当然性欲。お皿を端に寄せた白いダイニングテーブルに、細い兄貴の身体を押しつける。背中が少し痛そうだなとは思うが、最後までするのは我慢するから許してもらいたい。
甘い味の残るキスを何十回と繰り返す。
同じ物を食べているはずの兄貴の唇のほうが、はるかに甘く感じられるから不思議だ。
「こんな、ところで……。せめて寝室まで待てないのか?」
「味見程度にするから、いいだろ」
兄貴のソレに擦り付けるようにして腰を動かす。粘着質な水音がキッチンに響くのって、すげえヤラシイ。
潤んだ目元や震える睫毛にキスをすると、兄貴が耳の後ろを撫でてきた。
「っあ……。そこ、なんかヤベ……」
「ここ、指先でゆっくりなぞると、たまらないだろう?」
俺が主導権を握っていたはずなのに、謎のウルトラテクでうっかり引っくり返されることもしばしば。いつの間にかイイトコロを覚えられていて、嬉しいやら恥ずかしいやらだ。
なんだかんだノリノリな兄貴とねっとりと時間をかけて抜きあった後、簡単に衣服の乱れを直して後始末。
たいしたことはしてないのに、徹夜明けの影響かお互い息が上がっている。
「味見程度でよかったのか?」
「何? パンケーキみたいに、食いつくしてほしかった?」
洗った手で頬を撫でると、ひんやりしていたのが気持ちよかったのか、兄貴が温度を移すように自分から擦り寄せてきた。
それとも甘えてるのか……態度で俺の台詞を肯定したのか。
「今日、僕はとても気分がいい。テンションが高いままでやるのは、確かに気持ちよさそうだ」
すぐに生ぬるくなった俺の手をとって、兄貴が指の先を誘うように噛んだ。
……今日の兄貴はマジでテンションが高い。おそらく、昨日スーパーレアが出たからだ。
俺がすぐにがっつくせいもあるが、こんなヤる気のある兄貴は珍しくて、思わずよろめきそうになる。
しかし。イベントがもし早く終わったら、俺には休日をこう過ごそうと決めていたことがある。
「今日は! これから七夕祭りに行って、花火を見る!」
「……ログインするか?」
「リアルでだよ!!」
つか、ゲームの中で花火するんなら、今我慢せずに最後までいただいてたっつうの。
兄貴からの七夕のお誘い……初め俺は現実でのことだと勘違いした。それがゲームだとわかって、でもまあそれでもいいかと思った。平日仕事で忙しいのも知っていたし。
二つ隣の駅の七夕祭り。兄貴が現実でデートらしいことをしようとしないなら、俺から誘えばいいわけだ。
「ほら、俺、この夏免許とっただろ? 兄貴を助手席に乗せて遠出したい」
「僕の車で?」
「そこは妥協で……。貸してください」
「和彰ならきっと、運転も上手いから心地いいだろうな」
行く前から無駄にハードルを上げられている気がする。
相変わらず兄貴は、何故か俺に対する評価が高い。身内びいきってのか、惚れた欲目っていうのか。兄貴本人はそんなのが霞むくらいハイスペックだが。
俺なんて……兄貴に乗るのなら得意なんだけどな。とか馬鹿なことを考えてる弟なのに。
……これ言ったら車を貸してもらえなくなりそうだな。
「兄貴に笑われないよう、頑張って運転する」
「昨日は早く、イベントが終わって良かった……。久しぶりに和彰とデートだ」
「車の中で、寝てていいからな? 兄貴、俺より遅く寝て早く起きただろ」
「寝られるような運転を心がけてくれ」
「……善処する」
花火は夜から。時間もちょうど頃合い。深夜はテンションの高い兄貴とたっぷりお楽しみ。ふふふ……。俺たちの七夕はこれからだ!
「しかし、昨夜は本当に素晴らしかったな。まさかあのレアが落ちるとは……。僕の七夕は、一足先に終わった気分だ」
こ、これからなんだからな。
俺は兄貴を現実へと引き戻すべく、もう一度濃厚なキスをした。
オマケ
「そういえば、マリーとはフレンドになれたのか?」
「……忘れた。テンション上がりすぎて、それどころではなくなっていた」
これは永遠に無理かもわからんね。
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レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
僕の、しあわせ辺境暮らし
* ゆるゆ
BL
雪のなか僕を、ひろってくれたのは、やさしい男の子でした。
ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります!
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
悪役令息ですが破滅回避で主人公を無視したら、高潔な態度だと勘違いされて聖人認定。なぜか溺愛ルートに入りました
水凪しおん
BL
BL小説『銀の瞳の聖者』の悪役令息ルシアンに転生してしまった俺。
原作通りなら、主人公ノエルをいじめ抜き、最後は断罪されて野垂れ死ぬ運命だ。
「そんなの絶対にお断りだ! 俺は平和に長生きしたい!」
破滅フラグを回避するため、俺は決意した。
主人公ノエルを徹底的に避け、関わらず、空気のように生きることを。
しかし、俺の「無視」や「無関心」は、なぜかノエルにポジティブに変換されていく。
「他の人のように欲望の目で見ないなんて、なんて高潔な方なんだ……!」
いじめっ子を視線だけで追い払えば「影から守ってくれた」、雨の日に「臭いから近寄るな」と上着を投げつければ「不器用な優しさ」!?
全力で嫌われようとすればするほど、主人公からの好感度が爆上がりして、聖人認定されてしまう勘違いラブコメディ!
小心者の悪役令息×健気なポジティブ主人公の、すれ違い溺愛ファンタジー、ここに開幕!
悪役会計様に転生した俺は、生徒会長に媚び売って生き残る
桜城 寧
BL
処刑された記憶とともに、BLゲームに登場する悪役会計に転生したことに気付いた主人公・カイル。
処刑されないために、チャラ男としての仮面を被り、生徒会長に媚びを売ったり、どうにか能力を駆使したりして生き延びようと必死になるが、愛された経験がなく、正しい人との距離感が分からないカイルは、無意識のうちに危うい振る舞いをしてしまう。
その言動や立ち回りは本人の自覚とは裏腹に、生徒会長をはじめ、攻略対象や本来深く関わるはずのなかった人物たちから過剰な心配や執着、独占欲を向けられていく。
ただ生き残りたいだけなのに、気付けば逃げ場のないほど色々な人に大切に囲われる話。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
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