お隣の王子様

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本編

こたつとスキンシップ

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 配送してもらったこたつは早々に届いたらしく、興奮した様子の東吾さんに部屋へ招かれた。
 大学から帰ってきた僕を捕まえて、こたつ届いたんだよ! 見に来て! と目を輝かせながら言うものだから、思わずにやけてしまった。なんというか……和む。大の男に失礼かもしれないけど、日々の癒しになりつつある。

「じゃあ、失礼します……」
「うん」

 部屋へ上がると、スペースいっぱいにみっちりはまったこたつが目に入る。
 こたつはボロアパートの広さを考えると充分すぎるほどに大きい。お店で何度か止めたけど、頑として譲らなかった。
 部屋にあると想像以上の圧迫感だ。東吾さんも実際に置いてみるまで、これほどまでとは思わなかったのかもしれない。

「どうしてこんなギリギリのサイズにしたんですか? 毎日崩さないと布団が敷けないですよね」
「君と、入りたかったから」

 ……ああっ、クソ。気持ち悪いとか思うとこだろ。きゅんっとするとか、どこの乙女だ僕は。
 王子様が王子様でキラキラしすぎてるのがいけない。
 シングルこたつでさえも狭苦しく感じる部屋と、堕落しそうだという理由で我が根城には配備することのなかったアイテム。
 東吾さんのススメに従ってそろそろと足をつっこむと、想像以上に出たくなくなる暖かさ。東吾さんがダメになりそう……って思ったけど、東吾さんはこたつでもやっぱりピシリと背を伸ばして座っている。疲れないのかな。僕は既に猫背。

「暖かいですね」
「ああ。天国みたいだ」
「これであと、みかんとテレビがあれば最強ですね」
「どちらもないな……。みかんは今度買ってこようか。コンビニにあったかな?」
「……今度スーパー、連れていきますよ」
「スーパー」

 行ったことは、なさそうだな。東吾さんの世界はコンビニで完結してそう。

「でも、前から思ってたけど東吾さんの部屋にテレビがないのは意外です」
「あると1日テレビだけ見て終わりそうな気がしてね。ニュースなどはタブレットで見ているよ」

 僕もスマホで見るくらいで、部屋にテレビは置いてない。見る暇も金もないし。

「せーた、今日はバイトは?」
「休みですよ。基本、金曜日と土曜だけなので」

 ちなみに深夜のファミレス。長期休みがある時や、欠員が出た時は金土以外でもシフトに入ったりする。

「私も独り暮らしに慣れたら、何か仕事を探さないと」
「まずはバイト、とかでもいいと思いますけどね」
「……コンビニとか」

 どれだけコンビニ好きなんだよ。

「せーたと同じところとか」

 僕と一緒に働きたいのかなと思ったら、少しほっこりした。

「うーん……。東吾さんはカッコイイし、接客なら顔だけで雇ってもらえそうですけど……ファミレスはちょっと」

 料理ごとお皿を割る未来しか見えない。キッチンだと火傷しそう。
 ホストとかなら、素で王子様な東吾さんにピッタリだろうけど、なんかダメな気がする。僕も嫌だ……。
 それに、あれだよ。女の子のお金を巻き上げるなんて東吾さんには絶対無理。だからあわない。うん。

「そうか。まあ、もう少し今の生活に慣れてから考えるかな……」
「それがいいですね」
「他のバイトは何かしたことがあるの?」
「ありますよ。配送とか。郵便局で年賀状の仕分けとか。それと今はオフシーズンで出てないけど、掛け持ちで他にもバイトしてます」
「オフシーズン……?」
「球場でビールを売ってるんですよ。ケースで、こう、持って」

 どこまで話が通じるかわからなかったけど手振りつきで簡単に説明すると、東吾さんに腕を掴まれた。

「なっ、なんですか?」
「よくわからないけどケースで持つということは、それって結構重いんだよね。こんな細い腕で大丈夫なのかい?」
「女の子だって普通にやってますよ。それに……」

 逆の手で僕の腕を掴む東吾さんの手首を撫でる。

「僕より東吾さんのほうが、手首は細くないです? 腕もすらっとしてるし」

 腕は長いから細く見えるだけのような気もするけど、手首は結構細いと思う。初めて彼を拾った時は掴んだ手首の冷たさと細さに驚いたものだ。

「力なら僕のほうがあるかもしれませんよ。東吾さんが思うより、きっと逞しいですから、僕」
「そうかなあ。いや、逞しくないというわけではなくて、さすがに力は私のほうが上だと思う。背も体重もあるし」
「えー……」

 男としてココは地味に譲れないポイント。
 確かに東吾さんのほうが上背はあるけど、配送のバイトもしていた僕が甘やかされて育った東吾さんに力で劣るはずは!
 あ、でも食べてる物の差とかはあるか……。東吾さんはいい肉を食べてそうだしなあ。僕は切り詰めた生活だし。そのせいでガリだから力もなく見えるんだろう。
 でも、少なくとも、か弱いと思われたままなのはいただけない。

「試してみます?」
「スポーツクラブか何かで測ってもらうのかい?」

 王子様め……。

「違いますよ。こうやって」

 僕はこたつに肘をつきながら手を差し出した。いわゆる、腕相撲体勢だけど東吾さんはきょとんとしている。

「あの……僕の手を握ってください」
「えっ」

 東吾さんが赤くなった。多分僕もつられて赤い。

「腕相撲です! 力比べなんですよ。僕と同じようにして、手をあわせて……」
「こ、こうかい?」
「そう。後は相手の甲をこたつにつけたほうが勝ちです」
「なるほど」

 東吾さん、まだ顔赤い……。

「せーの、で力を入れてくださいね。……せーのっ」

 ぐ。と腕に負荷がかかる。アッサリ勝つのは無理だろうと思ってたけど、想像以上に手強い。

 でも……これ、くらい、なら……ッ。

 あまり重くはない全体重をかけて押し込むと、東吾さんの身体が傾いで、手の甲が音を立ててこたつについた。

「は、はあ、はぁ……。はー。負けた……」

 紳士な東吾さんだから勝ちを譲ってくれた可能性も考えたけど、肩で息をしている。全力だったらしい。

「東吾さん、普通に強かったですよ。僕もギリギリでした」
「本当に? でも面白いな。こんなふうに力比べができるんだね」
「指相撲とかもありますよ」
「どうやるの?」
「えっと……」

 男二人で何をやってるんだと思わなくもないけど、東吾さんが楽しそうにするので小学生の頃にやったような手遊びに暫し興じた。
 もし相手が女の子だったら、それこそ手を握る口実、みたいな感じになるんだろう。

 …………べ、別に口実だったわけじゃないぞ。

「あ。もうこんな時間か。夕飯の支度しないと」
「長々と付き合わせてすまない。貴重な君の時間を……」
「いいんです、僕も楽しかったから。それに友達、でしょう?」
「う、うん! 友達!」

 嬉しそうにしてる。可愛い。
 さあ、こたつを出て夕飯の支度……。ああ、名残惜しい。
 東吾さんは腰を上げかけたまま固まる僕を見て、何やらもじもじし始めた。

「このこたつ……テーブルがわりになるし、良かったら夕飯はうちで……どうかな?」
「いいですね。なら、鍋にしましょうか」
「わあ、こたつで鍋! 楽しみだな」

 冬といえば鍋。簡単安上がり、貧乏人の強い味方。なので……ちょうど材料もある。
 たかが鍋や、子供のお遊びで飛び跳ねそうなほど喜んでくれる東吾さんにほっこりしながら、僕はようやく重い腰を上げた。




 自分の部屋で切った材料とカセットコンロ、食器などを用意して、再び東吾さんの部屋に訪れる。
 東吾さんは僕がコンロに火をつけたり野菜を入れたりするたび、初々しい様子で目を輝かせていた。
 他愛ない話をしながら野菜と肉をくつくつ煮込んで、僕たちもこたつに柔らかく煮込まれながらイタダキマス。
 ちなみに、ご飯は炊飯器ごと持ってきてる。

「美味しい」
「よかったです」
「でも凄いね。このカセットコンロ? とかいうの。テーブルの上で鍋ができるなんて。せーたは魔法使いみたいだ」
「東吾さんはアリスみたいですよね」
「アリス?」
「不思議な国の……」
「ああ。って、あれは女の子じゃないかい?」

 見た目は本当に、おとぎ話に出てくる王子様みたいなんだけどな。言動を合わせると不思議の国っぽく見えるというか。
 東吾さんはふうふうしながら熱い鍋をつついている。アリスとか言われたのに怒る様子はまったくない。幸せそうにしてる。

「そういえば、ホッカイロどうでした?」
「暖かかったよ。でも興奮で眠れなくなって、気づいたら冷えていてね。少し寝不足なんだ」

 熱くなる時間には限りがあるんだなあなんて呑気に言ってるけど、持続時間はそんなに短いわけじゃない。
 貴方どれだけホッカイロではしゃいでたんですか。

「せーた、箸が進んでないようだけど、どうかしたかい?」
「いえ、なんか……胸がいっぱいで」
「風邪かな。寒いし」

 こたつ、あったかいです。

「あー、そうだ。風邪といえば、こたつで寝ちゃダメですよ。下手したら死んじゃいますからね、干からびて」
「お、恐ろしいものなんだな」

 今の僕には貴方のその純粋さこそ恐ろしい。
 でもこれくらい言っておかないと、この人絶対にこたつで寝そうだからな。
 まあ、ABCが見張ってるから大事には至らないだろう。あの黒服たちは鬱陶しいけど、こういう時はいてくれてホッとする。東吾さんは目を離したら何をしでかすかわからなくて不安だし。

「こたつの電気を消して、ヒーターのタイマーを入れて寝れば布団を敷かなくても大丈夫だろうか」
「……面倒なんですね、こたつ片付けるの」

 それなら平気なような気がしなくもないけど、結局身体に毛布や布団がかかってるわけじゃないから風邪ひきそうだなあ。

「電気を消して掛け布団を無理矢理こたつの中に押し込んで寝るなら平気だと思うけど……。腰が痛くなりますよ、敷き布団がないと。もしもスイッチ切るの忘れたら大惨事だし」
「確かにそうだね」

 片付けるのが面倒なら、僕の部屋に泊まりに来ますかー……なんて。

「そうか! あらかじめ敷き布団をこたつの下に敷いておけばいいんだ!」
「……ソウデスネ」

 冬の間は常に布団の上で生活するつもりだな、この人。
 でも確かにこたつは気持ちいい。邪魔になるから買ってなかったけど、冬の幸せだ。きっと東吾さんもそんな感じなんだろう。今日はひたすら嬉しそうにしてる。ようやく寒さから逃れられるからってこともあるだろうけど。

「でも、やっぱり台があると食べやすいな。いつもは結構大変で」
「まあ、比較対象があれじゃあ……」

 ミカン箱。端にそのままのけてあるけど、まだ使うつもりなのか。というか、未だに使っていたことが驚きだよ。酷使されているからか、前に見た時より少し潰れている気がする。
 あの上じゃ、さすがに鍋はできないな。重みで完全にぺっちゃんこだ。

「シメは雑炊とうどんとどっちがいいですか?」
「シメ?」
「この、鍋の残りを使ってそのまま煮るんです。終わりって意味のシメですね」
「なるほど。……どっちがいいかな。うーん」

 本気で悩んでる。ふふっ、眉間に皺。
 いつも爽やか笑顔か泣きそうな顔しか見ないから、ちょっと新鮮。
 眉間に寄った皺を指でつついてみると、東吾さんは驚いたように目を見開いて、それからじわじわと赤くなった。

「顔、真っ赤ですよ」

 そんな赤くなるようなことをしたつもりはないんだけど。
 顔を触ったのがまずかったかな。

「君が触るから……」
「僕が触ると赤くなっちゃうんですか?」

 そう言われると、なんか、触りたくなる、ような……。

「あっ……」

 思わず頬から首筋にかけてするりと撫でると、東吾さんが小さな声をあげる。恥ずかしかったのか、バシッという音を立てて口を押さえた。綺麗な青の目が拗ねた感じで僕を見て……。

「せーた」

 うわ。何。なんだこれ。腹の底がグラグラする。凄い、やらかした気がする。
 足から頭のてっぺんまで一気に熱が駆け抜けた。

「す、すみません、僕……」

 心臓が痛い。どうしたんだ。心臓病か。急にこんな鼓動刻んでて大丈夫なのか。
 そうだ、きっとこたつが熱いからだ。こたつ入って鍋を食べてるんだから、それは熱い。当たり前だ。

「ちょっとのぼせたみたいで。こたつ出ますね。そうだ。うどんにしましょう。乾麺だから先に湯で茹でてきますね」

 鍋がくつくつ煮えているとはいっても、そこはボロアパート。こたつから出てしまえばひんやり寒い。
 僕は自分の部屋へ逃げ帰るようにして戻り、とりあえずうどんを茹で始めた。
 ……うん。頭が冷えて落ち着いてきた気がする。でも、燻ったような身体の熱は、まだ落ち着かない。さっきのはなんだったんだ。
 あの人があんなに照れるから、僕もなんだか恥ずかしくなっただけだな、うん。それだけだ。
 っと、麺茹ですぎにならないように気をつけないと。
 なんだか、東吾さんを初めて家に誘った時のことを思い出すなあ。あの時は蕎麦だったけど。引っ越し蕎麦。
 僕は茹で上がったうどんを一回水で洗ってぬめりを取ってから、皿に盛って東吾さんの部屋へ戻る。

「お待たせしました」

 外を経由しているから身体がすっかり冷えている。僕は急いでこたつの中へ身体を滑らせた。
 はあ、あったかい。

「遅かったね」
「部屋で茹でてきたので」

 茹で済のうどんを、鍋に滑らせる。

「鍋で煮たらだめだったのかい?」
「直接煮ると、麺がつゆを吸ってしまってカラカラになるし、ぬめりがそのまま残っちゃうんですよね」

 僕は持ってきたお茶碗に、いい具合に温まったうどんをよそう。

「はい、どうぞ」
「ありがとう」

 ……さっきの、何も訊かないのかな。東吾さんも少し気まずいのかも。
 何かを訊かれたところで、ただのイタズラとしか言えそうにないけど。

「美味しい!」
「良かった」

 舌が肥えてそうなのに、なんでも美味しいって言ってくれるんだよなあ。これは餌付けしたくもなる。

「せーたはスキンシップ好きなのかい?」

 うどんが器官に入りそうになった。
 この話題は流れたと思ったのに。うっかり鼻から出したりしたらみっともない。それこそ、この話題どころじゃなくなるだろうけど、そんな話のそらし方は望んでない。

「まあ、そこそこ。東吾さんも好きそうですよね」
「ああ。好きだな。でも触られてこんなに恥ずかしいような気持ちになったのは、君が初めてなんだ。どうしてだろう」
「どうして、ですかね……」

 うどんをつるんっとすすって何度かもぐもぐしてから、東吾さんがじいっと僕を見つめてきた。
 瞳に吸い込まれそうだ、なんて陳腐なフレーズかもしれないけど、蛇に睨まれたカエルみたいに動けなくなってしまった。
 心臓がまた、凄い音を立て始める。
 なんだよ。見つめてないで、早く……早く、何か。

「そうか。わかった」
「わかったんですか?」

 思わず声が裏返りそうになった。多分、上ずってはいた。

「君が初めての友達だからだ!」
「ああ……」

 って、なんで僕はちょっとがっかりした気分になってるんだよ。おかしいだろ。
 でもまあ、確かに。僕も親しい友人はこれが初めてと言えなくもないし……。そうなのかも。

「うどん、美味しいですね」
「美味しい」

 すっきりした顔しちゃって。
 僕はまだなんだかモヤモヤしてる。

 だって僕は。本当はスキンシップは好きじゃない。
 あんなふうに触りたいと思ったのは、貴方が初めてだったんだよ。
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