お隣の王子様

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本編

オトモダチ

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 名前……といっても、コードネームですらないけど……を教えてもらってから、黒服連中を見るたびに今日は誰なのかを確認する癖がついてしまった。あれはA、今日はB、Cがまたあんパン食べてるといった具合に。
 彼らは微妙にアパートの住人たちと馴染んでいて、たまにゴミ捨て場で挨拶をかわしていたりしている。不審者を見かけたら先に挨拶しよう精神なのかもしれないけど、挨拶される隠密っていうのはどうなんだ。とりあえず、金城さんはまだ気づいていない。
 僕もAに挨拶してみたら、

「寒そうで見ていられないので、暖房器具を一緒に買いに行ってあげてください!」

 と涙ながらに訴えられた。
 悪魔のような冷え込みから数日、晴れ間が続き金城さんは僕に頼ることなく、なんとかコートで耐えていたようだ。
 Aにも言われたし、さすがに放置しすぎるのは可哀想だったので、明日の休日は金城さんを連れてこたつを買いに行くことにした。




 そんなわけで僕は今、金城さんと二人、ヨドバシカメラへ来ている。
 量販店には似つかわしくないゴージャスな見た目の金城さん。いや、服自体はそんな派手ってわけでもないんだけど、毛皮のコートは高そうだし何より彼自身が華やかだ。
 しっかりした格好をしていると、本当に王子様なんだよな、この人。日常的にどこか抜けている姿を見ているせいか、もはや違和感を覚えてしまう。
 何しろ、このフロアのヒーターをすべて私の家へ運んでくれたまえ、とか言ってもおかしくなさそうな感じ。
 ちなみにそんなことをしようものならボロアパートの床が抜けるし、そもそも広さ的に入らない。段ボールのまま積み重ねても正直厳しい。
 起きて半畳寝て一畳とまではいかないけど、そのことわざの意味がよくわかる狭さだからな。
 お出かけが嬉しいのか、金城さんはとても機嫌がよい。周りまで幸せになってしまいそうな笑顔で、気づくと見とれてしまう。

「今日はありがとう。こたつ、使ったことがないから楽しみだよ」

 そんな彼だけど、買うのはこたつなわけで。
 日本慣れしてない外人が嬉々として買うってイメージを持たれるだろうな。日本語ペラペラだけど。

「お礼にお昼はなんでもご馳走するけど、何がいいかな?」
「じゃあまあ、そのあたりのうどん屋で。無駄に豪華なイタリアンとか、料亭とか必要ないですからね?」

 先手を打っておく。
 しょんぼりした様子を見る限り、やっぱりそのつもりだったな……。

「でも、お礼なのに」
「僕は女性じゃないし貴方の彼女でもないですから、そういうの、必要ありません。友達同士っていうのは、もっと気安いものなんですよ」
「友達」

 金城さんがパアッと顔を輝かせる。

「伊尾さんは私のことを、友人だと思ってくれてるのかい?」
「え、ええ。っていうか、思われてなかったんですか? 毎日夕飯一緒に食べてるのに」
「その、実は恥ずかしい話、友人がいなくて基準がよくわからないんだ」

 僕もそんなにいるわけじゃないから、気持ちはなんとなくわかる。
 でも、金城さんにとって初めての友人が僕か……。うん、悪くない。

「うどん屋も行くの、初めてだよ。楽しみだな。今日は初めてがいっぱいだ。伊尾さん、ありがとう」

 感謝の言葉が面映ゆい。
 こたつ買いに行くのを意図的に先延ばしにしてたなんて、絶対に言えないな。
 ……結局、貴方は僕を頼ってはくれなかったし。また泊まりにきてほしかったのに。
 それにしても……やっぱり金城さんはどこへ行っても目立つな。隣にいる僕はきっと付き人みたいに見えているに違いない。
 不躾な視線を浴びせられ続けて、早々に限界がやってきた。凡人の僕は注目されることに慣れてない。好意的な視線ならまだしも、好奇心的なものだから尚更。
 二人で昼食を軽く済ませてから部屋におさまる大きさのこたつを買って、夕飯は僕が作りますからと、さっさと連れ帰ることにした。
 今日は寒いので、料理を作る間も金城さんを僕の部屋へ避難させている。
 金城さんはもう少し外出を楽しみたかったんじゃないかなとも思うと申し訳ない。
 僕が買い物中ほとんど生返事をしたのもあるんだろう。金城さんはストーブにあたりながらどこか悲しそうにしている。
 一応、そのこたつは部屋に入らないと思いますよ、とかアドバイスはしてたでしょ……。だからそんなに悲しそうな顔をしないでくださいよ。僕が悪かったですから。

「今日はすみません。さっさと帰宅してしまって」
「いや、私のほうこそ、上手くエスコートできずに疲れさせてしまってすまない」
「男の友人にエスコートされても困りますけど」
「そ、そうか。そうだね」

 悪いと思ってるのに、また突き放すようなことを言ってしまった。
 実際には、金城さんにエスコートをされるのは、自分が特別な人間になったみたいな気がして、そう悪い気はしないんだけど。
 しかし、それに付随する好奇の目がいただけない。

「少し、人酔いしただけなんです。だからそんなに、気にやまないでください」
「……ん、ありがとう」

 僕の言葉に金城さんはようやく、ホッとしたようにふんわりと笑った。

「金城さんは、今日、どうでした? 初めてのことばかりだったんでしょう?」
「楽しかったよ。でも、緊張した。そのせいか、疲れが結構足にきてる。早めに連れ帰ってもらってよかったかも」

 まー……。歩き慣れてなさそうだもんなあ。移動はどんなに近くても、運転手がいる車へってなりそう。むしろ自家用ジェットくらい乗ってそう。
 金城さんは電車に乗るのも初めてだと言っていたけど、改札は普通にスマホで通ってたし、はしゃぐ様子もなく揺られてた。いや、嬉しそうにはしてた。それを押し隠してる感じ。素直にはしゃいでくれていいのにと思った。
 僕は飛行機には乗ったことがないけど、乗ったら……。やっぱり、金城さんと同じように周りには気づかれないように、そっとテンションをあげるだろう。もういい歳だしな。

「でも、伊尾さんと出かけられるなら、どこだって楽しいと思う……」

 金城さんはそう言って、何やら頬を染めてもじもじし始めた。

「と、友達だと言ってくれたその日のうちに何を馴れ馴れしいと思うかもしれないが、ひとつお願いがあるんだ」
「なんでしょう」

 言いにくそうにしてるのを見て、なんだか僕までドキドキしてきた。

「君のこと、誠太(せいた)さんって呼んでもいいだろうか」

 ぶはっ。せいたさ……っ。そんなの誰にも呼ばれたことない。
 王子様スマイルでそんな台詞を……。なんという笑顔の無駄遣い。

「やめてください」
「えーっ! どうしてだい? や、やはり、馴れ馴れしかったか……」

 そうえば、いつもアナタって言ってたのに、今日はキミって呼ばれたな。金城さんの中で、そのあたりが親しみを表すバロメーターなんだろうか。
 友達同士は下の名前で呼びあうべきと思ったものの、呼び捨ては憚られてやめたって感じ。

「下の名前で呼びあうくらい仲が良ければ、年下の男をサンづけってのはあまりしないんじゃないですかね。だから、呼び捨てでいいですよ。ほら、言ってみてください」
「そ、そうか。せっ……せーたっ」

 顔を真っ赤にして、精一杯声を絞り出してますって感じに、たどたどしい響きで僕の名前を呼んだ。
 なんだ、この可愛さは。

「あっ、す、少し発音がおかしくなってしまった」
「いいですよ。せーたで」

 伸ばして呼ばれるの、なんか可愛くてくすぐったい。

「じゃあ僕も下で呼ぼうかな。東吾さんって」
「私も呼び捨てで構わない。それに、君はずっと敬語を使っているけど、普通にしてくれるほうが嬉しい」

 すでに、あまり敬語っていう敬語でもないんだけど。

「東吾さん相手にタメ口きいたら怒られそう」
「怒られる? 誰に?」
「まあ、いいじゃないですか。東吾さんは年上なんだし。それにもう、充分くだけてるでしょ。ただデスマスつけただけみたいな」
「そ、そう、なのかな……? よくわからないけど、せーたの好きにしてくれていいよ」

 名前を呼んでちょっと照れくさそうに嬉しそうに笑うので、こっちまで伝染してしまう。
 東吾さんは台所に立つ僕にニコニコと笑ったまま近づいて、首を傾けた。

「誠太」

 急にハッキリした語調にキリリとした表情。耳元で綺麗な声が吐息と共に流れ込む。
 なっ、なんだ、これ。腰がくだけ……っ。

「せーた。うん、やはりこっちのほうがいいな」
「は、はは……」

 侮れない。さすが王子様。

「おとなしく座っててくださいよ。ご飯の支度遅れちゃうでしょ」
「すまない……」

 あー。東吾さんは悪くないのに犬みたいに叱りつけてしまった。いや、支度が遅れてるのは確かなんだけど……。でもしょげてすごすごとストーブの側へ戻る後ろ姿を見て僕は。
 申し訳なく思うどころか、楽しい気分になっていた。

 なんでだろう。なんか虐めたくなるんだよな。そんな趣味はなかったはずなんだけど。

「……それにしても、今日は寒いですね」
「そうだね。薬局で湯たんぽを買ってくるべきだった……」

 このまま泊まっていけばいいじゃないですかって続けるつもりで言ったのに、どうしてか口から出てこない。
 虐めたことに対するフォローどころか、ますます虐めたいとでも思ってるのか。
 東吾さんだって、友達になったならもう少し図々しくなってもいいのにさ。今日泊めてくれないかってそっちからねだってくださいよ。それですべて解決だ。

「でも実は、平気かもしれないアイテムがある」
「えっ?」
「実は今朝、これがポストに入っていたんだ」
「ホッカイロじゃないですか」
「これを袋から出すと温かくなるというのは本当かい? 危険なものかもしれないと思って、まだ使っていないんだ」

 大きなカイロが3つ。Aかな……余計なことを。
 危険物だって取り上げたい気もするけど、嘘はよくないか。

「本当ですよ。足元と腰に入れて寝れば夜はしのげるでしょうね。ただ、熱くなりすぎるといけないから、薄手のタオルをまいたほうがいいかも」
「暖かいどころか熱く……!? 凄いアイテムなんだな」

 嬉しそうだなあ。本当に、見てて飽きない。
 明日にはファンヒーターとこたつが届いてしまうし、今日が最後のチャンスだったのに。
 って、なんで僕は、こんなに泊まっていってほしいと思うんだろう。
 男同士でひとつの布団なんて、気持ち悪くて狭っ苦しくて。……でも、東吾さんは暖かくて。
 今日が寒いから。寒すぎるから、そのせいだな、きっと。

「ご飯、もうすぐできますから」
「ありがとう、伊尾さ……。あっ」

 きゅんっとしてしまうのも、寒いから?
 貴方といると、僕は心が暖かくなって仕方ない。
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