お隣の王子様

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本編

恋人ごっこ

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 僕が東吾さんを好きだと気付いてから数日が過ぎた。
 おトモダチから恋愛へ発展させるのは、男女であっても難しいものだと思う。男同士であれば尚更だ。

 ただ、僕と東吾さんの間には長いこと積み上げた友情の歴史があるわけでもなく、他の友人関係などによる軋轢もない。そして、割りと脈がありそう。この三点から、想いを伝えることによるダメージは少ないような気がする。
 想いを秘めたまま友達を続けるのも、まあ有りと言えば有り。
 僕の方向性としては、関係が気まずくなるより、もう少し様子見しようかなってところ。
 東吾さんが僕を好きだって確信を持ってからでも遅くはない。……というわけで、僕らの間にあるのは、まだ清い友情。




 街はすっかりイルミネーションに彩られ、クリスマスも間近に迫っている。
 特に何も言われていないから、夕飯はいつも通り僕が作ればいいはず。つまり、東吾さんと一緒にクリスマスパーティができるということ。ケーキやらなんやら、こっそり準備をしておくつもりだ。
 さすがに前日になって予定が入ったとか言い出さないよな?
 恋人も婚約者もいなさそうな感じだけど、実家に呼び出されてホームパーティというパターンが有り得そうで怖い。
 でもクリスマスはサプライズにしたい気持ちが大きかったので、こう、遠回しに年末のご予定から探ってみることにした。
 ついでに年越しの予定も立てられて、一石二鳥だ。

「東吾さんは年末年始、どうするんですか?」
「特に予定はないよ」

 どうやら実家に帰ったりはしないらしい。
 でも、例のABCにボチボチ話を聞く限りでは、家族から愛されてそうなんだよなあ。年末年始も放っておくのかな……。
 まあ、あえて一年目は放任にするつもりなのかも。僕にとってはありがたい。息子さんをどうもありがとうございます。

「じゃあ、一緒に年越し蕎麦食べて、元旦は初詣ですね」
「楽しみだな。きっと君の振り袖姿は綺麗だろうね」
「いや……着ませんよ!?」
「す、すまない。私は何を言ってるんだ……」

 本当に何を言ってるんだ。東吾さんにとっての僕の位置付けが非常に気になる。友人は友人なんだろうけど。
 間違っても女には見えないはずだ……。ひょろいけど骨張ってるし、身体つきも完全に男。
 それに、ほんのちょっとの差だけど、東吾さんより力が強いのは先日の腕相撲勝負にて証明されている。

「別に僕、綺麗とかいう容姿じゃないでしょ? 東吾さん何かっていうと褒めてくるけど」
「そうだね。つい綺麗って褒めるくせがついてて」

 素直に言われるとこれはこれで……。

「それに、せーたは綺麗というよりは、可愛い」

 ないない、それもない。
 というか、そこにカッコいいとかイケメンとか、そういうの存在しないの?
 ……まあ実際、僕の見た目はごくごく普通なんだけどさ。

「東吾さんも可愛いですよ」
「えぇ? こんなでかい男に、可愛いはないだろう。……そうか、男に可愛いはないね。考えなしですまない。気を悪くしてないかい?」

 お、気づいた。
 でも僕が東吾さんを可愛いって思ってるのは本音だし、同じような気持ちでいてくれるんだとしたら可愛いと思われるのも悪くはない。というか、嬉しい。

「してませんよ。東吾さんに可愛いって言われるのは嫌じゃないし」

 先に口説くような台詞を吐いてきたのはそっちなんだから、これくらいは友情の範囲でいけるよな?

「私も……そうだな。せーたに言われると、嬉しい」

 きらきらした笑顔で、東吾さんからの反撃。まいった、僕の顔もにやける。

「東吾さん。そういう台詞、誰にでも言ったらダメですよ」
「ん? うん、わかった」

 相変わらず素直に頷いてくれるんだけど、本当にわかってるのかなあ。
 ……まあ、可愛いからいいか。

「せーたに、だけ」

 僕にだけって。だけって。それ口説いてるんですか? 実際は誰にでも言っちゃうんです?
 まだ今しばらくは友情でいようと思っていたけど、二人きりだしこの雰囲気だし、手を出さないでいるのは結構きついな。

 僕は思わず、指先を伸ばして東吾さんの頬を撫でてしまっていた。

「……せーた?」

 冷静に冷静にって頭の中で何度か唱えるけれど、ふわふわほわほわしっぱなしだ。
 東吾さんはほんのり赤くなって、目を泳がせながら僕の手に手を重ねた。
 滑らかな肌。形のいい唇。柔らかい声。
 僕はいつの間に、この人のことをこんなに好きになっていたんだろう。

「本当、せーたはスキンシップ好きだね」
「ええ」

 貴方にだけ。

「そういえば……浮かれてしまっていたけれど、せーたのほうは実家へ戻ったりしなくていいのかい?」
「僕の家は、ここだけですよ」
「なら、年末年始は二人でゆっくりしようか」

 両親はいない。とは、あえて言わなかったけど、何やら察したのか東吾さんはそれ以上訊いてはこなかった。
 僕らはお互いのことを、まだあまりよく知らない。
 お家事情のこともあるだろうからとあえて訊かずにきたけど……今はもう、いいような気がする。

「東吾さんは……予定はないって言ってたけど、婚約者や恋人はいないんですか?」

 そう。これはまず確認しておかねば。家を追い出されたとか言ってるけど、しっかり許嫁が存在したりしそうだ。

「私にはどちらもいないかな。残念だけど」
「残念て……。欲しいってことですか?」

 なんかちょっと意外。……だと思うのは、生活感のない外見をしてるからだろうか。
 ……お姫様がお城で私の帰りを待っているよ! とか言い出すほうが真実味がありそうに見えるっていうのもどうなんだ。

「実は……この歳になって、どうかと思うんだけれど、恋愛というものをしたことがなくてね。恋人も、そのー……。だから、興味はある、かな」

 僕ならいつでも相手になるのに。
 初めての恋人。いい響きだ。
 恋愛耐性がないから、僕とのスキンシップにさえ照れちゃうのかな。

 いつの間にか僕の手は東吾さんの頬から離され、何やら撫で撫で揉み揉みされている。
 多分無意識でやってるんだろうけど、なんかムラムラする。

「じゃあ、僕とかどうです?」

 これくらいなら冗談で済む範囲……だよな?

「えっ、せーたと?」
「そう。僕と、恋愛」
「嬉しいけど、男同士だからなあ」

 無難な反応、というか。もう少し慌てたり照れたりしてくれると思ったんだけど。
 コンビニ前でナンパされていた時の様子から察するに、言い寄られ慣れてないのかも。
 こんなにカッコいいのに。どれだけ箱入り息子だったんだ。

「恋人ごっこですよ。面白そうじゃないですか?」
「……面白そうだな」

 東吾さんが目をキラキラと輝かせる。
 ちゃぶ台の上で手を握り合っている、この状況が既に恋人同士っぽい感じなんだけど、そのあたりはどう思ってるんだろうな。あまり意識してはなさそうだけど。

「じゃあ、決まりですね」
「でも練習ってどんな……」

 上手い具合に言質も取れたことだし、ここは押すしかない。
 僕はそっと……頬に触れるだけのキスをした。

「え、なっ……」
「これくらい挨拶のうちですかね」
「私はこんな見た目でも日本生まれの日本育ちだからね!? 慣れていないよ……」

 そうそう。こういう反応が欲しかったんだよな。
 この感じなら、おそらくキスもまだか……。本当にお伽噺の王子様かよ……。

「でも、東吾さんがしてることのほうが恋人っぽいですよ?」
「私が……? あっ!」
「あっ!?」

 東吾さんは僕の手を揉み揉みしていた手を離して、大袈裟に仰け反った。姿勢がいいのが仇になったのか、その反動のまま起き上がりこぼしのようにパッタリ後ろへ倒れた。
 ……起き上がってはこなかった。

 だ、大丈夫かな。僕の部屋、東吾さんの部屋と違って畳のままだし。
 凄い音はしたけど、頭じゃなくて多分背中だよな。

「大丈夫ですか? 頭打ってませんか? 背中擦りますか? 東吾さ……ん」

 腕を交差させて顔を隠してるとか、乙女過ぎる。可愛い。

「……平気だ」
「恋人なんだから、君の手は柔らかくて揉み心地がいいね、くらい言ってくれてもよかったのに」
「それはむしろ変質者っぽくないか?」
「揉み心地、悪かったですか」
「いや、よかったけれど」

 よかったのか。
 言わせておいてなんだけど、これは……恥ずかしいな!
 あと、骨ばってて、ちっとも柔らかくはないと思う。僕の手。
 東吾さんはゆっくりと起き上がって、赤い顔のまま重い溜め息をつく。

「なかなか、難しいものだな」

 音を上げるの早すぎじゃないですかね。まだほとんど何もしてないのに。

「少しスキンシップが増えるくらいですよ。あとは、僕のことを恋人のつもりで接してくれればいいですから」
「恋人のつもりで……」

 なんか東吾さん、頭から煙が出そうな感じだな。

「簡単ですよ、こうやって」

 回り込んで、横からギュッと抱き締める。
 僕は元から東吾さんに対してはスキンシップが多かったから、恋人ごっこというならこれくらいしないと話にならない。むしろ東吾さんの反応見ながら、いけそうなところまでいただいてしまうのもアリ。

「愛してます。とか言えば、それっぽいでしょ?」
「……………………」
「東吾さん?」

 ダメだ。固まってる。
 練習でこれなんて、本当に告白したらどうなっちゃうんだろ。
 慣れてなさすぎて、男同士だとかそういう以前に、ワケがわからなくなって断られそう。で、逃げられそう。
 恋人の練習だなんて、もうスッゴイ下心込みだったんだけど、自分グッジョブと言わざるを得ない。
 ゆっくり慣れて、本気の好きを受けとめられるようになってくださいね、東吾さん。

「すみません。驚かせちゃいました?」
「だ、大丈夫だ。よし……。わっ、私も、あっ、あ……あい……」

 なんか喘いでるみたいになってるけど、本当に大丈夫なのか……。
 でも、是非東吾さんの口から聞いてみたい!
 頑張ってください!

「……君と、同じ気持ちだ」

 ごまかした! しかも言えなかったくせにドヤ顔。

「上手い切り返しを思いついた、みたいな顔してますけど、全然ダメですからね、それ」
「ど、どうしてだい?」
「ちゃんと言葉で愛してるって聞きたいし、抱き返すくらいはしてくれないと」
「そっ、そうか」
「痛い痛い! 力込めすぎです!」

 抱き返すってより、技かけられてますって感じなんですけど。
 東吾さん、お茶目すぎて愛が痛いです……。

「わあっ、すまない! 熱烈なほうがいいかと思って」
「ちょっと熱烈すぎましたかね……」

 腕の力が少し緩んで、いい具合の強さになった。
 抱き合っているけど、東吾さんに照れはない。むしろ必死。
 東吾さんって夢中になると、照れがなくなるよな。ひとつのことしか考えられないタイプか……。
 少し力が強くなったり、弱くなったり、おさまりのいい抱き締めかたを模索している。

「これくらいで、どうかな……」
「いい感じですよ」
「そうか、よかった!」

 スッゴイ嬉しそうなんだけど。何これ可愛い。
 ヒーターの温度設定を低めにしてあるから、部屋は少し肌寒い。そこに東吾さんの体温がじんわり染み込むのが気持ちいい。好きな人の肌だから、よけいに。

「練習とはいえ、なんだか恥ずかしいな……」

 東吾さんのほうはソワソワしてるけど、それを含めて心が和む。

「でも、気持ちいいですよね、人肌」
「ドキドキしてそれどころじゃない」

 それ、すんなり口にしちゃうんですか……。
 男に抱き締められて嫌悪感がないどころかドキドキするって。なんかもう東吾さん、絶対僕のこと好きだよな。

「もっとドキドキしてみます?」

 ぐっと顔を近づけてみると、残念ながら身体ごと引き剥がされてしまった。

「もういっぱいいっぱいだ……!」

 僕の王子様はどうやら勇敢のステータスが低いらしい。

「じゃあ、また今度ですね」

 練習なんだし、仕方ないけど……やっぱり拒まれるとちょっとクるな。いっぱいいっぱいな感じは可愛くていいんだけどさ。

「だいたい、せーたは狡い。なんだか慣れている……」
「高校の頃は、一応彼女がいたから、そのせいかもしれません」
「えっ!?」

 そんな、裏切られた! みたいな顔をされても。
 別に、いなかったとは一言も言っていない。

「面倒だから最初は断ったんですが、押しきられて。あっ、もちろん今は別れてますけど」

 じゃなきゃ恋人ごっこなんて持ちかけないし。
 東吾さんはショックを受けたような顔のまま、ちゃぶ台に突っ伏した。

「あの……東吾さん?」
「少し待ってくれ。私の中にある、可愛いせーたのイメージを書き換え中だ……」

 貴方が僕にどんなイメージを抱いていたのか非常に気になるんですが。
 童貞だと思われていたのは間違いなさそうだな。

「そうか。これが経験の差か。恋人ごっこに慣れたら、私もせーたみたいにかっこよく振るまえるかな?」
「えーっと……」

 慣れる慣れないの前に、東吾さんが照れくさくなるのは、それがごっこ遊びだからだと思う。
 僕は。僕のほうは……本気だからな。本気で相手が好きなら抱き締めたくなるのが普通だし、照れより幸せが上回る。
 でも、東吾さんの目に僕がかっこよく映ったんなら嬉しい。可愛いからカッコいいへ、ランクアップしたぞ。

「東吾さんは、今でも充分カッコいいですよ?」
「嘘だ。赤くなって慌てて、情けないと思っただろう」
「思ってませんよ。神に誓って」

 可愛い。とは思いましたけど。

「東吾さんは凄く、カッコいい人です」
「う、うう……。じっと見ないでくれ。なんだか、どうしたらいいかわからない」

 うん。可愛い。

「そう言われると、見たくなります」
「せーたは時々、意地悪だな」

 東吾さんはふてくされたような顔のまま、僕をギュッと抱き締めた。今度は自然に。

「もう部屋に戻るよ。おやすみ、せーた」

 ぽんぽんと背中を軽くはたかれる。
 さっきまで照れてたのに、なんだこの慣れの早さは!

「友人としての挨拶のハグなら照れないんだけどな」
「あ、そ……そうですか」

 なんだこのしてやられた感。ドキドキしてたのは、僕を意識してたからじゃないのかよ。
 恋人ごっこが前提にあったからって、それだけ……か。
 やっぱり王子様は王子様だったな。

「明日には、恋人同士らしくふるまえる東吾さんを楽しみにしてますから!」
「う。が、頑張るよ」
「はい。おやすみなさい」




 そして翌日。

「こんばんは、せーた! ご飯にする? お風呂にする? それとも、わ……私?」
「東吾さん、それ恋人通り越して夫婦です。しかもご飯作ったの僕です」
「……ご飯にする」
「はい」

 斜め上な方向に頑張って、撃沈する王子様の姿があった。
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