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5章
リゼルにマタタビ
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ローダさんの家を出て、ここから海まで、そんなに距離はない。リゼルが海を見たがったので、ゆっくり歩いていく。
「なんかさ、ローダのオッサン、ちょっとコイズオジサンに似てたな」
「それは聞き捨てならない。僕の親友をアレと一緒にしないでほしいな!」
「だからちょっとだって! シアンも何気にすげー失礼なこと言ってるぞ」
リゼルの目にはアレが同じように映っているのかと思ったら、つい熱くなってしまった。
コイズは確かに親馬鹿暴走してるところはあるけど、あんなに下品じゃない。
なのに似ているように感じると言うならそれは……きっと、リゼルがローダさんのことを気に入ったからだと思う。
……まさか昨夜耳打ちされたエロトークにほだされたんじゃないだろうな。
「あっ! シアン、見ろ! でっかい船が停まってる! 海も見えてきた」
「本当だ」
目に見えると、潮の香りもしてくる。街の外からこの匂いに気づけたというなら、リゼルはやっぱり相当鼻がいいんだ。
「でも海は、想像と違うな。もっと、砂浜とか……足だけ浸かれるとか、あると思ってた」
「そもそも冬だしね……」
入ったそばからもう深い。落ちたら心臓麻痺でも起こしそうだ。
砂浜があったとしても、僕は足でさえ浸かる気にはなれなかったろう。
「泳ぎたかった?」
「ん……」
「いつか二人で、泳げるような海へ行けたらいいね」
「ウン!」
そんな日が来るかはわからないけど……。
「あと、青いって聞いてたのに、黒いのにもガッカリだ」
「あー……今日、曇ってるからだと思う。晴れの日なら、きっともう少し青いよ」
「……色が変わるのか?」
不思議そうにしているリゼルに、海の色が青く見える理由を説明すると、目をキラキラと輝かせた。
「さすが、シアン先生!」
「リゼルにそう呼ばれると、変な感じがする」
そして僕の傍にすすすっと寄り添い、腕をギューッと組んできた。
「今はオレだけの先生だな」
ヘヘッと、満足気に笑う。可愛すぎて悶絶した。
リゼルは、僕が『みんなの先生』であるのを、寂しく思ってた……というのを知っているから、尚更。
「じゃあ、この海は汚れてるわけじゃないんだ。これが透明だなんて、なんだか信じられない」
「まったく汚れてないとは言わないけど、少なくとも黒ではないかな」
「釣りは? 釣りもできるのか?」
「うーん。どうだろ。港だし、勝手に釣るのはマズイと思う」
「だよなあ。そういうルール、村は緩かったよな」
魔物であるリゼルには、本来ならばあまり関係のないルール。
人として暮らすようになった時、必ず守るように言い含めてある。
だから何かしようとする時は、きちんと確認してくれる。相変わらず、とてもイイコだ。
こういう時はどうしても、恋人目線ではなく親目線になっちゃうな。
「釣りに関しては、ローダさんに訊けばわかりそうだけどね」
「いや、いい。それより、早いとこ依頼品を突きつけてひっくり返らせてやろうぜ!」
期待はしてないと言われたり、馬鹿にされたりしたのが尾を引いてるんだろう。リゼルはやる気満々だ。
「じゃあ、その時にローダさんに訊いて、平気そうなら一緒に釣りしよ? 一緒にしたことなかったよね。リゼルと並んで魚がかかるのを待つのは、楽しそうな気がする」
思えばそういう父親みたいなことは、ほとんどしてこなかった。
「でも、シアンと一緒だとドキドキして、魚が逃げちまうかも」
「えっ。えー……。まさかリゼルにそんな、口説くような台詞を言われるなんて」
「せっかくの海だからな。たまにはムードってヤツも必要だろ?」
まあ確かに海を見ながら……いい雰囲気、ありだと思う。
停泊してる船に囲まれていなければの話。
「それに今、シアン、父親みたいな顔したからなー。きちんと恋人だって、思い知らせておかないと」
「僕そんな顔してた?」
「したした」
確かに僕は、リゼルのツガイだ。でもそれと同時に、父親であるとも思ってる。その過去は、消したくない。
リゼルにとっては、僕がそう思うことは、もどかしい気持ちになるのかもしれないけど……。
「ごめんね。僕、君の父親でもいたいんだ。ダメかな……?」
「んーん。でも、きちんと恋人扱いもされたい!」
「ちゃんと、恋人だとも思ってるよ」
「ホントかあ~?」
疑うようではなく、からかうようなイントネーションだったのでホッとした。
僕はきちんとリゼルに愛を伝えているつもり。それを変に誤解されていたら、悲しくなる。
「早く大人になりたいな。今よりシアンに、カッコよく見られたい」
「リゼルはカッコいいよ?」
「よく、可愛いって言うもん」
もん! 普段使わない口調できた。あざとい。
これで狙ってやってないとか嘘だろう。僕が君を可愛いって思ってしまうのは、大概君が悪い。
「おっ、船が海の上を走ってるぞ! 凄い! あんなのどうやって浮いてんだろ。鉄の塊だろ? 沈まないのか?」
「ふふ……」
だってカッコよく見られたいって言ったそばからこれだもの。
敵わないなぁ、本当。
海面を走る船にはしゃぐリゼル見て、とても幸せな気持ちになる。
いつか乗せてあげられたらいいな。そして、泳げる海まで行くんだ、一緒に。
遠い未来を思い描く。カッコよくなったリゼルも、きっと僕にはいつまでも可愛く見えるんだろう。
実のところ船は僕にとっても珍しく、二人でジーッと海を見るうち、昼を軽くすぎていた。一体どれくらい眺めていたんだろう。リゼルのお腹が主張するまで気づかなかった。
まあ、僕はその半分くらいの時間、船を見るリゼルを見てたんだけど。
「動いてないのに、ずいぶん腹が減ったな」
「よほど集中してたんだね」
「お昼は肉串と、琥珀糖食べたい。宝石みたいでキレイだった、アレ」
「ええ? ほぼ砂糖だから、かなり甘いよ?」
「わかってる」
「最近リゼル、よく甘いもの欲しがるよね」
シアンのこと食べたら甘そうだから、とは言ってたけど、それだけで食の好みまで変わるものかな。
「うーん。シアンの魔力をかなり取り込んでるから、その影響かも」
「僕の影響って……僕、そんなに甘いものが好きなわけでもないのに? それならサラダとかのが好きになりそうな」
リゼルは手を交差させてバツを作った。
「アレはダメ。舌がピリピリする。苦い。好み以前のモンダイ」
「うーん……?」
でも食べようねと言うと、すでに苦そうな顔をしながら頷いた。
そんな感じで今日もいくつか露店をハシゴして昼食を済ませ、僕らは森へ向かった。冬の森は相変わらず、寒くて暗くて静かだ。ただ、静かだと思えるのは、リゼルのおかげで獣があまり寄ってこないからかもしれない。
「あまり冬には見ない花や草があるな」
「リゼル、わかるの?」
「小さな頃からシアンに付き合って薬草採取してるんだから、多少はな」
確かにリゼルの言うとおり、春に咲く花などが咲いている。それに、昨日は街にそういう魔法がかかってるからだと思ってたけど、このあたりは他の街に比べて少し暖かい気がする。
と言っても、僕にとっては寒いものは寒いのだけど。森に入った途端、気温が下がるところは変わらないし。
「普通のスズランも咲いてるって言ってたもんね」
「あの花はうちの村の近くじゃ見なかったよな。小さくて、可憐で、まるでシアンみたいだった」
「いや、ちょっと待って。さすがに花にたとえるのはやめてほしい。恥ずかしすぎる。しかも可憐とか。別に僕は小さくもないし……」
魔物の姿に戻ったリゼルに比べれば、それは小さいかもしれないけど。
花のように可憐だ……実を言えば、こういう台詞を言われたことはある。でもリゼルに言われると、背中がむず痒くなる。
「本音だぞ。今までどんな花を見たって、そんなこと言ったことなかっただろ?」
「そ、そうだけども。よけいに恥ずかしい……」
リゼルの言うことは否定しないで素直に受け取ったほうがダメージが低いなと身に沁みた。
花言葉は純粋、だったっけ? そんなの、リゼルのほうがよっぽど。
「お! 早速あったぞ、シアン!」
「本当だ。こんなに早く……ここを覚えておいて、夜見にくればいいかな」
「あっちにもあるぞ」
「……結構、たくさんあるみたいだね」
不作と言うからには、このスズランが黒くする変化する確率は低いと考えていいだろう。確かにこれは、大変かも。
「そんな暗い顔すんなって! 場所覚えておく必要ないし」
「え、でも」
「だってこれは、普通のスズランだからな。夜になると匂いが変化するとかならお手上げだけど、可能性は低いと思うんだよな。どうだ?」
「うん。うん、多分そうだよ! 凄い、リゼル!」
「オレ、頼りになるだろ?」
「リゼルはいつも頼りになるよ」
思わず抱きつくと、リゼルが照れくさそうに笑った。
「これでローダのオッサンに目にモノ見せてやれるな」
「実際には勘じゃないけどね」
「あれは、まあ……ああ言うしかなかった」
馬鹿にされたことを思い出したのか、苦々しげな表情に変わっている。
「それに問題は……。その黒スズランってのが、どれくらい咲いてるかだ。結構特徴的な匂いだったけど、そんなに濃くはなかった。かなり近づかないとわからないと思う」
つまり、今はその匂いを感じないってことかな。
僕も鼻をすんすんさせてみたけれど、当たり前のように何も感じない。わかるのは、森の匂いくらい。
「なら、それだけを嗅ぎ分けるって大変なんじゃない?」
「そうだな。かなり難しい。目でスズラン探して片っ端から嗅いでみるのが手っ取り早いな。シアンの匂いだったら、遠くからでもわかる自信あんだけどなー」
「なるほど……。ん? それって、僕の体臭が濃いってこと?」
リゼルは僕のこといい匂いだと言うし誰かに臭いと言われたこともないけど、そう言われると気になってしまう。
香水だってつけすぎればくどく感じるし、この場合匂いの良し悪しは関係がない。
「わかるのはオレだからだと思う。オレにとってシアンは特別だし……。でも、確かに普通より少し濃い気はする」
確かめるように嗅がれて、恥ずかしくなる。しかもいつまで経っても離れてくれない。
「シアンのコレは魔力も混じってるから、心配するようなことはないと思うぞ。みんなメロメロだ! 気に食わないけどな」
「な、なら良かった……のかな?」
少なくとも、不快にさせることはなさそうだ。
……今はリゼルの匂いも混じってるのかな。ずっと一緒に暮らしていたし、魔力も混じり合ってるらしいから。
「ネコにマタタビっていうけどさ、オレにはシアンがそんな感じかも」
「ああ! ふふ、そうだね。ちょうど酔っ払ったみたいになるし」
そんな会話をしていたら、タイミングよくマタタビを見つけた。
「花はさすがに咲いてないけど、これマタタビだよ。リゼルには効果ないのかな?」
気になって訊いてみると、リゼルも興味を惹かれた様子で顔を近づける。いつもと違った様子は見られない。
でも少し屈んだまま僕を見上げて……こてんと首をかしげて。
「ニャーン?」
と、可愛らしく鳴いた。
リゼルは狼の魔物だから、どちらかといえば外見は犬なんだけど、僕はリゼルのことを猫のようだと思うことが割とある。
何が言いたいかと言うと……。まあ、本当に、めちゃくちゃ可愛かったんだ。元の姿は狼なのに、僕の前でニャーンと鳴いてしまうリゼルが。
「あっ、こういう時は耳は出しておいたほうがいいか?」
「い、いや、いいよ! 出てたら僕、この場にひっくり返ってたよ。カッコよく見られたいって言ってたクセに!」
「狙ってやった場合に限り、シアンに可愛いって言われるのは悪くない」
「なにそれ狡い。思うツボだよ……」
恋人としても息子としても動物としても可愛いだなんて、最強だ。
「でもやっぱり、マタタビはオレには効果なかったなー。シアンはどうだ?」
「……き、効くわけないだろ」
さすがに僕は、ニャーンなんて言えない。そんなに期待した瞳で見ないでほしい。本当に無理だから。
「マタタビは売れないのか?」
「あまり高くはないね。薬草としては効果がそんなに高くはないし……。他の街なら売れるかもしれないけど、ここ、結構生えてるみたいだから」
「ホントだ。猫ならはしゃぎまくるんだろうな」
僕の目にはリゼルもはしゃいでいるように見える。
別にマタタビのせいではないだろうけど。
「あっ、リゼル。スズランまたあったよ。これはどう?」
「……普通のだな」
そんなことを繰り返し、あまりの見つからなさに黒スズランは昼間は普通のスズランと匂いが同じなのではないかと思い始めた頃……。
「これ! これだ! 匂いが違う!」
「リゼル凄い……! 見た目は本当に変わらないんだね」
「そうみたいだな。ふう……ヒヤヒヤした」
ちなみに僕が改めて嗅いでも、特徴的な匂いなんて少しもしない。
これでようやく、一本目をゲットだ。場所を覚えておくため、茎に小さなリボンを結んでおく。
「まさか、ここまで少ないとはな。100本探すとなると、かなり大変そうだ。半値にすると言ったのも頷ける」
「それでも僕らにとってはかなり割のいい話だよ。頑張ろう! ……って、頑張るのはほとんどリゼルで申し訳ないんだけどさ」
「シアンの役に立てるってだけで嬉しいから、それはいい」
言葉通り、リゼルは嬉しそうにしてる。
馬車生活が続いていたから、のびのびしていられるというのも大きいだろう。
「あまり無理はしないでね。今日で全部見つけきらなきゃいけないわけでもないし、のんびりでも全然構わないからさ」
「でもローダのオッサンに侮られたままなのも、悔しいだろ!」
よほど悔しかったんだな……。
「この様子なら、一ヶ月でも凄いって言うよ。これだけ探してまだ一本だし、夜しか探せなかったらと思うとゾッとする」
「なら、せめて3日だな。今日のうちに30本は見つけるぞ、シアン!」
張り切るリゼルに背を押されるようにして、僕もスズラン探しを頑張った。
他にも高く売れる薬草や、需要が高いものなどを摘んでいく。
その甲斐あって日が暮れる頃には、なんとか30本近い黒スズランを発見することができた。
あとは黒く変化するのを待つだけなんだけど……ちゃんと変化するのか、少し不安になる。
リゼルのことは信じてるけど、僕の目にはなんの変哲もないスズランにしか見えなかったから。
「夜ってアイマイだよな。まだ白いけど……」
雑貨屋で買ってきたライトを照らす。使い捨てだし、安物だからそんなに長くは保たない。
「あ……! 見て、リゼル!」
リボンを結んだスズランが、じわりじわりと茎の下から花まで黒く染まっていく。
「おおー。面白いな。こんなふうになるのか。これを摘めばいいんだな?」
「手折り方については特に何も言ってなかったし、多分普通に引っこ抜いて大丈夫……だと思う」
完全に黒くなったのを確認してから引き抜くと、茎だけ薄緑色に戻った。
「面白い……!」
これの何が心をくすぐるのか、リゼルは新しいオモチャを見つけた子どものように楽しんでいる。……いや、そうだ、まだ子どもだった。
花と僕を見比べて、ソワソワしながら、これ楽しいよ楽しいよって目が訴えていて微笑ましい。
可愛いけど、これは狙ってやってるわけじゃないから、そう言ったら拗ねるパターンだな。
「全部リゼルがやっていいよ。見つけたのリゼルなんだし」
「でも、うう……! 面白いからシアンにもやってみてほしい!」
まあ、つまらなくはないと思うけど、リゼルみたいにはしゃぐほどじゃない。
「見てるだけでも楽しいから」
「ホントか? 全部オレがやっていいのか?」
「うん」
「やったー!」
それに楽しそうなリゼルを見てるほうが、僕は楽しい。
リボンをつけたスズランをひとつひとつ周り、僕らは各々の楽しみを満喫した。
大量の戦利品を抱え街に戻ったのは、深夜にも近い頃だった。
宿屋には数日分の宿泊費を払ってあるからそのまま戻れるけれど、さすがに薬草屋は閉まっているし、露店も出ていない。
足取りの軽かったリゼルはそれを見て、可哀相なくらいへこんでしまった。
「お腹、空いたのに……」
「確かに昼間のような賑わいはないけれど、食べ物屋ならいくつかやっているところがあるんだよ」
「えっ!? ホントか!?」
「うん。漁から遅くに戻ってきたり、逆に朝早く行く人のためらしいよ。僕も初めて来た時はビックリしたな」
途端に機嫌がコロッと直った。いや、むしろ上機嫌と言っていい。
「この時間にお店でゴハン食べるなんて、イケナイことしてるような気がする……」
「それがまた、ワクワクする?」
「そう……! なんでわかる?」
伊達に先生はやってない。そういう子、たくさんいた。
夕飯前にちょっとしたオヤツを食べるだとか、夜遅くに黙って森に行こうとしたりとか。大人の目を盗んでするちょっとイケナイことに目を輝かせてた。
まあ、夜遅く森に行くことはちょっとでは済まないので、たくさん叱ったけれども。でも誰もが通る道で、僕だってコイズと似たようなことはした。
リゼルはね、あまり知らないだろうけど……僕も昔は、子どもだったんだよ。
「うーん。僕がリゼルのこと、大好きだからかな」
「オレも、オレも好き!」
「ふふ。うん」
大人びてるリゼルの子どもみたいな姿を、この街に来てからたくさん見られて、父親としては嬉しい限り。
……恋人としても、可愛くてキュンとくるんだから、なんとかは盲目というか。はあ……。目に入れても痛くない。
「あっ、シアン! あの店、明かりついてるぞ! 早く早く!」
僕はお腹より先に胸をいっぱいにさせながら、リゼルの後を追いかけた。
入った店は、ラーメン屋だった。肉食なリゼルでも満足できるようにチャーシューを大盛りにしてもらうと、見ているこちらが幸せになるくらい、嬉しそうに平らげた。
ワンコのようにガツガツいくリゼルに、周りがこれも食べろこれも、とチャーハンやら餃子やらを差し出してくる。
子どもが美味しそうにたくさん食べる姿というのは、幸せを伝染させるものらしい。その場にいた誰もが笑顔だった。もちろん僕も。
その小さな身体に見合わず、与えられたものをいくらでも腹におさめていくので、面白がってまた食べさせる。その繰り返し。これは食費が浮くな……と少し情けないことを考えながら、お言葉に甘えてしまった。
僕のほうにはお酒を奢ろうとしてきたけど、そちらは丁重にお断りさせていただく。
「そうかあ、兄ちゃん、住む場所を探してんのかぁ。この街の近くは、どこもいい村が多いぞ」
「なんならうちの村に来なよ! 大歓迎だ!」
魚介ダシを売りにしていて、海鮮丼の種類も豊富だから昼間なら女性客もいるのかもしれないけど……。この時間ではさすがに、海の男だらけでムサ苦しい。そのせいか、僕はやたらチヤホヤされていた。元々体質故こういったところでは人を集めやすい。
リゼルはこちらを気にしつつも、食べることに夢中。
「村ではなく、森に家を建てて住まわせてもらえないかと考えてるんです」
「確かにそのほうが税金は少なく済むかもしれないが、初期費用がかかるし、何より物騒だろ?」
「そういや、こいつの住んでるグルトの村に、ちょうど空き家があったな」
「シアン、オレは村でもいいぞ。一応考えておいたらどうだ?」
「リゼルがそう言うなら……」
なんだかんだで、リゼルは人間が好きだ。村で暮らすのも苦ではないだろう。
でもやっぱり、正体を隠しながら生活していくのは、きっと窮屈になってくる。前の村は……子どもの時から育ってきたし、いい人ばかりだったけど、今度もそう上手くいくとは限らない。
何より僕は、自分が人に溶け込みやすくはあるけれどトラブルも招きやすいことをよく知っている。
リゼルのこと、自分のことをふまえたら、やはり森の中で暮らせるのが一番いい。
まあ、全部お金があればの話。こうしたい、ああしたい、上を見ればキリがない。ある程度妥協も必要だ。
「それに今年は材料が足りないとかで、家を建てるのも大変らしい。この街一番の大工も、暇してるくらいだ」
ローダさんのことかな。
「あー。あの、下ネタ大好きで、幼女も大好きな変態な」
……ローダさんのことだな。
「子どもならシアンも好きだぞ」
確かに嘘はないけど、このタイミングではやめてぇぇ。
別の意味に聞こえるから!
「それにまあ、それなりに変態だ」
「ち、ちょっと、リゼル!?」
これどういう嫌がらせ? 僕を変態にしておけば、周りから声をかけられなくなって安心とかいう話?
それとも、本当に変態だと思ってるとか? 確かにそう言われてもしかたないようなことをリゼルとしているけれども。
「兄ちゃんみたいな美人が変態なら、そこらのお嬢さんも引かずに大喜びだよなあ」
「わかるわかる。逆に下ネタを返されそう。顔がいいっていうのは得で羨ましいねぇ」
「そ、そんなこと女性に言いませんから!」
僕が変態だとしたら、それはリゼル限定。これ大事。
それに実際には全然、恋愛的な意味ではモテないし……。
長年連れ添った家族といるような気分になるからというのが、定番のフラれ文句だったんだけど……それがまさか、本当に長年連れ添った家族とこういうことになるとはなぁ。
だから、僕が変態だというなら、リゼルだって。
……いや、この言い訳は無理かあるか。年齢的なアレで。
「ふうー。ごちそうさま!」
「おおー。本当によく食べたなあ。きっとすぐ大きくなるぞ」
「ホントか? オレ、早くおっきくなりたいんだ!」
「身長か、チンコか?」
「どっちも!」
「そうかー。どっちもかー」
淀みないリゼルの返し。やたら慣れている感じがするから、村にいた頃からこうだったのかもしれない。
まあ僕も男だから、これくらいで目くじらを立てるほどじゃない。教育に悪いとかどの口で言うんだって話だし。
久しぶりの雰囲気が懐かしかったのか、リゼルもとても楽しそうにしていたのだけど……。
「ん……。んう……眠い……」
食べ終えたらすぐに、うとうとし始めてしまった。
まさに成長期真っ盛りの子どもという感じだ。
それを見てオジサンたちはもうニコニコ。とけるんじゃないかって笑みを浮かべている。
「可愛いなあ。俺にもこれくらいの息子がいてねえ……」
「うちはまだ小さいんだけどさ、あと少ししたらこんな感じになるのかなあ」
そんな会話を聞きながら、リゼルはついに夢の世界へと旅立ってしまった。僕の胸の中に飛び込んでから。
「仲がいい兄弟だね。大変だと思うけど頑張んな」
息子なんだと言いたかったけど、色々訊かれそうな空気だったから、笑ってハイと答えた。
「兄ちゃんの細腕じゃ、宿へ連れて行くのは大変だろう。俺が運んでやろうか?」
このオジサンたちに囲まれればちんまりして見えるリゼルも、もう150近くはある。そして筋肉があるから、見た目より重い。正直、宿まで運ぶのはかなりきつい。
でもこの役目は……この重みは、僕のためのものだと思うから。
「いえ。いいんです。慣れてますから」
僕のことを信頼し、全体重を預けて胸にしがみついているリゼルの黒髪を、そっと撫でた。
夕暮れ、リゼルをおぶって家まで帰ったあの頃。今では僕のほうが君にお姫様抱っこをされてしまうくらいだけど、君が子どもと呼べる年齢でいる間は、頑張りたいな。
リゼルの分までお礼を告げて、ラーメン屋を出た。
背中にかかる重みと暖かさがなんだかやたらと誇らしく思えた。
「なんかさ、ローダのオッサン、ちょっとコイズオジサンに似てたな」
「それは聞き捨てならない。僕の親友をアレと一緒にしないでほしいな!」
「だからちょっとだって! シアンも何気にすげー失礼なこと言ってるぞ」
リゼルの目にはアレが同じように映っているのかと思ったら、つい熱くなってしまった。
コイズは確かに親馬鹿暴走してるところはあるけど、あんなに下品じゃない。
なのに似ているように感じると言うならそれは……きっと、リゼルがローダさんのことを気に入ったからだと思う。
……まさか昨夜耳打ちされたエロトークにほだされたんじゃないだろうな。
「あっ! シアン、見ろ! でっかい船が停まってる! 海も見えてきた」
「本当だ」
目に見えると、潮の香りもしてくる。街の外からこの匂いに気づけたというなら、リゼルはやっぱり相当鼻がいいんだ。
「でも海は、想像と違うな。もっと、砂浜とか……足だけ浸かれるとか、あると思ってた」
「そもそも冬だしね……」
入ったそばからもう深い。落ちたら心臓麻痺でも起こしそうだ。
砂浜があったとしても、僕は足でさえ浸かる気にはなれなかったろう。
「泳ぎたかった?」
「ん……」
「いつか二人で、泳げるような海へ行けたらいいね」
「ウン!」
そんな日が来るかはわからないけど……。
「あと、青いって聞いてたのに、黒いのにもガッカリだ」
「あー……今日、曇ってるからだと思う。晴れの日なら、きっともう少し青いよ」
「……色が変わるのか?」
不思議そうにしているリゼルに、海の色が青く見える理由を説明すると、目をキラキラと輝かせた。
「さすが、シアン先生!」
「リゼルにそう呼ばれると、変な感じがする」
そして僕の傍にすすすっと寄り添い、腕をギューッと組んできた。
「今はオレだけの先生だな」
ヘヘッと、満足気に笑う。可愛すぎて悶絶した。
リゼルは、僕が『みんなの先生』であるのを、寂しく思ってた……というのを知っているから、尚更。
「じゃあ、この海は汚れてるわけじゃないんだ。これが透明だなんて、なんだか信じられない」
「まったく汚れてないとは言わないけど、少なくとも黒ではないかな」
「釣りは? 釣りもできるのか?」
「うーん。どうだろ。港だし、勝手に釣るのはマズイと思う」
「だよなあ。そういうルール、村は緩かったよな」
魔物であるリゼルには、本来ならばあまり関係のないルール。
人として暮らすようになった時、必ず守るように言い含めてある。
だから何かしようとする時は、きちんと確認してくれる。相変わらず、とてもイイコだ。
こういう時はどうしても、恋人目線ではなく親目線になっちゃうな。
「釣りに関しては、ローダさんに訊けばわかりそうだけどね」
「いや、いい。それより、早いとこ依頼品を突きつけてひっくり返らせてやろうぜ!」
期待はしてないと言われたり、馬鹿にされたりしたのが尾を引いてるんだろう。リゼルはやる気満々だ。
「じゃあ、その時にローダさんに訊いて、平気そうなら一緒に釣りしよ? 一緒にしたことなかったよね。リゼルと並んで魚がかかるのを待つのは、楽しそうな気がする」
思えばそういう父親みたいなことは、ほとんどしてこなかった。
「でも、シアンと一緒だとドキドキして、魚が逃げちまうかも」
「えっ。えー……。まさかリゼルにそんな、口説くような台詞を言われるなんて」
「せっかくの海だからな。たまにはムードってヤツも必要だろ?」
まあ確かに海を見ながら……いい雰囲気、ありだと思う。
停泊してる船に囲まれていなければの話。
「それに今、シアン、父親みたいな顔したからなー。きちんと恋人だって、思い知らせておかないと」
「僕そんな顔してた?」
「したした」
確かに僕は、リゼルのツガイだ。でもそれと同時に、父親であるとも思ってる。その過去は、消したくない。
リゼルにとっては、僕がそう思うことは、もどかしい気持ちになるのかもしれないけど……。
「ごめんね。僕、君の父親でもいたいんだ。ダメかな……?」
「んーん。でも、きちんと恋人扱いもされたい!」
「ちゃんと、恋人だとも思ってるよ」
「ホントかあ~?」
疑うようではなく、からかうようなイントネーションだったのでホッとした。
僕はきちんとリゼルに愛を伝えているつもり。それを変に誤解されていたら、悲しくなる。
「早く大人になりたいな。今よりシアンに、カッコよく見られたい」
「リゼルはカッコいいよ?」
「よく、可愛いって言うもん」
もん! 普段使わない口調できた。あざとい。
これで狙ってやってないとか嘘だろう。僕が君を可愛いって思ってしまうのは、大概君が悪い。
「おっ、船が海の上を走ってるぞ! 凄い! あんなのどうやって浮いてんだろ。鉄の塊だろ? 沈まないのか?」
「ふふ……」
だってカッコよく見られたいって言ったそばからこれだもの。
敵わないなぁ、本当。
海面を走る船にはしゃぐリゼル見て、とても幸せな気持ちになる。
いつか乗せてあげられたらいいな。そして、泳げる海まで行くんだ、一緒に。
遠い未来を思い描く。カッコよくなったリゼルも、きっと僕にはいつまでも可愛く見えるんだろう。
実のところ船は僕にとっても珍しく、二人でジーッと海を見るうち、昼を軽くすぎていた。一体どれくらい眺めていたんだろう。リゼルのお腹が主張するまで気づかなかった。
まあ、僕はその半分くらいの時間、船を見るリゼルを見てたんだけど。
「動いてないのに、ずいぶん腹が減ったな」
「よほど集中してたんだね」
「お昼は肉串と、琥珀糖食べたい。宝石みたいでキレイだった、アレ」
「ええ? ほぼ砂糖だから、かなり甘いよ?」
「わかってる」
「最近リゼル、よく甘いもの欲しがるよね」
シアンのこと食べたら甘そうだから、とは言ってたけど、それだけで食の好みまで変わるものかな。
「うーん。シアンの魔力をかなり取り込んでるから、その影響かも」
「僕の影響って……僕、そんなに甘いものが好きなわけでもないのに? それならサラダとかのが好きになりそうな」
リゼルは手を交差させてバツを作った。
「アレはダメ。舌がピリピリする。苦い。好み以前のモンダイ」
「うーん……?」
でも食べようねと言うと、すでに苦そうな顔をしながら頷いた。
そんな感じで今日もいくつか露店をハシゴして昼食を済ませ、僕らは森へ向かった。冬の森は相変わらず、寒くて暗くて静かだ。ただ、静かだと思えるのは、リゼルのおかげで獣があまり寄ってこないからかもしれない。
「あまり冬には見ない花や草があるな」
「リゼル、わかるの?」
「小さな頃からシアンに付き合って薬草採取してるんだから、多少はな」
確かにリゼルの言うとおり、春に咲く花などが咲いている。それに、昨日は街にそういう魔法がかかってるからだと思ってたけど、このあたりは他の街に比べて少し暖かい気がする。
と言っても、僕にとっては寒いものは寒いのだけど。森に入った途端、気温が下がるところは変わらないし。
「普通のスズランも咲いてるって言ってたもんね」
「あの花はうちの村の近くじゃ見なかったよな。小さくて、可憐で、まるでシアンみたいだった」
「いや、ちょっと待って。さすがに花にたとえるのはやめてほしい。恥ずかしすぎる。しかも可憐とか。別に僕は小さくもないし……」
魔物の姿に戻ったリゼルに比べれば、それは小さいかもしれないけど。
花のように可憐だ……実を言えば、こういう台詞を言われたことはある。でもリゼルに言われると、背中がむず痒くなる。
「本音だぞ。今までどんな花を見たって、そんなこと言ったことなかっただろ?」
「そ、そうだけども。よけいに恥ずかしい……」
リゼルの言うことは否定しないで素直に受け取ったほうがダメージが低いなと身に沁みた。
花言葉は純粋、だったっけ? そんなの、リゼルのほうがよっぽど。
「お! 早速あったぞ、シアン!」
「本当だ。こんなに早く……ここを覚えておいて、夜見にくればいいかな」
「あっちにもあるぞ」
「……結構、たくさんあるみたいだね」
不作と言うからには、このスズランが黒くする変化する確率は低いと考えていいだろう。確かにこれは、大変かも。
「そんな暗い顔すんなって! 場所覚えておく必要ないし」
「え、でも」
「だってこれは、普通のスズランだからな。夜になると匂いが変化するとかならお手上げだけど、可能性は低いと思うんだよな。どうだ?」
「うん。うん、多分そうだよ! 凄い、リゼル!」
「オレ、頼りになるだろ?」
「リゼルはいつも頼りになるよ」
思わず抱きつくと、リゼルが照れくさそうに笑った。
「これでローダのオッサンに目にモノ見せてやれるな」
「実際には勘じゃないけどね」
「あれは、まあ……ああ言うしかなかった」
馬鹿にされたことを思い出したのか、苦々しげな表情に変わっている。
「それに問題は……。その黒スズランってのが、どれくらい咲いてるかだ。結構特徴的な匂いだったけど、そんなに濃くはなかった。かなり近づかないとわからないと思う」
つまり、今はその匂いを感じないってことかな。
僕も鼻をすんすんさせてみたけれど、当たり前のように何も感じない。わかるのは、森の匂いくらい。
「なら、それだけを嗅ぎ分けるって大変なんじゃない?」
「そうだな。かなり難しい。目でスズラン探して片っ端から嗅いでみるのが手っ取り早いな。シアンの匂いだったら、遠くからでもわかる自信あんだけどなー」
「なるほど……。ん? それって、僕の体臭が濃いってこと?」
リゼルは僕のこといい匂いだと言うし誰かに臭いと言われたこともないけど、そう言われると気になってしまう。
香水だってつけすぎればくどく感じるし、この場合匂いの良し悪しは関係がない。
「わかるのはオレだからだと思う。オレにとってシアンは特別だし……。でも、確かに普通より少し濃い気はする」
確かめるように嗅がれて、恥ずかしくなる。しかもいつまで経っても離れてくれない。
「シアンのコレは魔力も混じってるから、心配するようなことはないと思うぞ。みんなメロメロだ! 気に食わないけどな」
「な、なら良かった……のかな?」
少なくとも、不快にさせることはなさそうだ。
……今はリゼルの匂いも混じってるのかな。ずっと一緒に暮らしていたし、魔力も混じり合ってるらしいから。
「ネコにマタタビっていうけどさ、オレにはシアンがそんな感じかも」
「ああ! ふふ、そうだね。ちょうど酔っ払ったみたいになるし」
そんな会話をしていたら、タイミングよくマタタビを見つけた。
「花はさすがに咲いてないけど、これマタタビだよ。リゼルには効果ないのかな?」
気になって訊いてみると、リゼルも興味を惹かれた様子で顔を近づける。いつもと違った様子は見られない。
でも少し屈んだまま僕を見上げて……こてんと首をかしげて。
「ニャーン?」
と、可愛らしく鳴いた。
リゼルは狼の魔物だから、どちらかといえば外見は犬なんだけど、僕はリゼルのことを猫のようだと思うことが割とある。
何が言いたいかと言うと……。まあ、本当に、めちゃくちゃ可愛かったんだ。元の姿は狼なのに、僕の前でニャーンと鳴いてしまうリゼルが。
「あっ、こういう時は耳は出しておいたほうがいいか?」
「い、いや、いいよ! 出てたら僕、この場にひっくり返ってたよ。カッコよく見られたいって言ってたクセに!」
「狙ってやった場合に限り、シアンに可愛いって言われるのは悪くない」
「なにそれ狡い。思うツボだよ……」
恋人としても息子としても動物としても可愛いだなんて、最強だ。
「でもやっぱり、マタタビはオレには効果なかったなー。シアンはどうだ?」
「……き、効くわけないだろ」
さすがに僕は、ニャーンなんて言えない。そんなに期待した瞳で見ないでほしい。本当に無理だから。
「マタタビは売れないのか?」
「あまり高くはないね。薬草としては効果がそんなに高くはないし……。他の街なら売れるかもしれないけど、ここ、結構生えてるみたいだから」
「ホントだ。猫ならはしゃぎまくるんだろうな」
僕の目にはリゼルもはしゃいでいるように見える。
別にマタタビのせいではないだろうけど。
「あっ、リゼル。スズランまたあったよ。これはどう?」
「……普通のだな」
そんなことを繰り返し、あまりの見つからなさに黒スズランは昼間は普通のスズランと匂いが同じなのではないかと思い始めた頃……。
「これ! これだ! 匂いが違う!」
「リゼル凄い……! 見た目は本当に変わらないんだね」
「そうみたいだな。ふう……ヒヤヒヤした」
ちなみに僕が改めて嗅いでも、特徴的な匂いなんて少しもしない。
これでようやく、一本目をゲットだ。場所を覚えておくため、茎に小さなリボンを結んでおく。
「まさか、ここまで少ないとはな。100本探すとなると、かなり大変そうだ。半値にすると言ったのも頷ける」
「それでも僕らにとってはかなり割のいい話だよ。頑張ろう! ……って、頑張るのはほとんどリゼルで申し訳ないんだけどさ」
「シアンの役に立てるってだけで嬉しいから、それはいい」
言葉通り、リゼルは嬉しそうにしてる。
馬車生活が続いていたから、のびのびしていられるというのも大きいだろう。
「あまり無理はしないでね。今日で全部見つけきらなきゃいけないわけでもないし、のんびりでも全然構わないからさ」
「でもローダのオッサンに侮られたままなのも、悔しいだろ!」
よほど悔しかったんだな……。
「この様子なら、一ヶ月でも凄いって言うよ。これだけ探してまだ一本だし、夜しか探せなかったらと思うとゾッとする」
「なら、せめて3日だな。今日のうちに30本は見つけるぞ、シアン!」
張り切るリゼルに背を押されるようにして、僕もスズラン探しを頑張った。
他にも高く売れる薬草や、需要が高いものなどを摘んでいく。
その甲斐あって日が暮れる頃には、なんとか30本近い黒スズランを発見することができた。
あとは黒く変化するのを待つだけなんだけど……ちゃんと変化するのか、少し不安になる。
リゼルのことは信じてるけど、僕の目にはなんの変哲もないスズランにしか見えなかったから。
「夜ってアイマイだよな。まだ白いけど……」
雑貨屋で買ってきたライトを照らす。使い捨てだし、安物だからそんなに長くは保たない。
「あ……! 見て、リゼル!」
リボンを結んだスズランが、じわりじわりと茎の下から花まで黒く染まっていく。
「おおー。面白いな。こんなふうになるのか。これを摘めばいいんだな?」
「手折り方については特に何も言ってなかったし、多分普通に引っこ抜いて大丈夫……だと思う」
完全に黒くなったのを確認してから引き抜くと、茎だけ薄緑色に戻った。
「面白い……!」
これの何が心をくすぐるのか、リゼルは新しいオモチャを見つけた子どものように楽しんでいる。……いや、そうだ、まだ子どもだった。
花と僕を見比べて、ソワソワしながら、これ楽しいよ楽しいよって目が訴えていて微笑ましい。
可愛いけど、これは狙ってやってるわけじゃないから、そう言ったら拗ねるパターンだな。
「全部リゼルがやっていいよ。見つけたのリゼルなんだし」
「でも、うう……! 面白いからシアンにもやってみてほしい!」
まあ、つまらなくはないと思うけど、リゼルみたいにはしゃぐほどじゃない。
「見てるだけでも楽しいから」
「ホントか? 全部オレがやっていいのか?」
「うん」
「やったー!」
それに楽しそうなリゼルを見てるほうが、僕は楽しい。
リボンをつけたスズランをひとつひとつ周り、僕らは各々の楽しみを満喫した。
大量の戦利品を抱え街に戻ったのは、深夜にも近い頃だった。
宿屋には数日分の宿泊費を払ってあるからそのまま戻れるけれど、さすがに薬草屋は閉まっているし、露店も出ていない。
足取りの軽かったリゼルはそれを見て、可哀相なくらいへこんでしまった。
「お腹、空いたのに……」
「確かに昼間のような賑わいはないけれど、食べ物屋ならいくつかやっているところがあるんだよ」
「えっ!? ホントか!?」
「うん。漁から遅くに戻ってきたり、逆に朝早く行く人のためらしいよ。僕も初めて来た時はビックリしたな」
途端に機嫌がコロッと直った。いや、むしろ上機嫌と言っていい。
「この時間にお店でゴハン食べるなんて、イケナイことしてるような気がする……」
「それがまた、ワクワクする?」
「そう……! なんでわかる?」
伊達に先生はやってない。そういう子、たくさんいた。
夕飯前にちょっとしたオヤツを食べるだとか、夜遅くに黙って森に行こうとしたりとか。大人の目を盗んでするちょっとイケナイことに目を輝かせてた。
まあ、夜遅く森に行くことはちょっとでは済まないので、たくさん叱ったけれども。でも誰もが通る道で、僕だってコイズと似たようなことはした。
リゼルはね、あまり知らないだろうけど……僕も昔は、子どもだったんだよ。
「うーん。僕がリゼルのこと、大好きだからかな」
「オレも、オレも好き!」
「ふふ。うん」
大人びてるリゼルの子どもみたいな姿を、この街に来てからたくさん見られて、父親としては嬉しい限り。
……恋人としても、可愛くてキュンとくるんだから、なんとかは盲目というか。はあ……。目に入れても痛くない。
「あっ、シアン! あの店、明かりついてるぞ! 早く早く!」
僕はお腹より先に胸をいっぱいにさせながら、リゼルの後を追いかけた。
入った店は、ラーメン屋だった。肉食なリゼルでも満足できるようにチャーシューを大盛りにしてもらうと、見ているこちらが幸せになるくらい、嬉しそうに平らげた。
ワンコのようにガツガツいくリゼルに、周りがこれも食べろこれも、とチャーハンやら餃子やらを差し出してくる。
子どもが美味しそうにたくさん食べる姿というのは、幸せを伝染させるものらしい。その場にいた誰もが笑顔だった。もちろん僕も。
その小さな身体に見合わず、与えられたものをいくらでも腹におさめていくので、面白がってまた食べさせる。その繰り返し。これは食費が浮くな……と少し情けないことを考えながら、お言葉に甘えてしまった。
僕のほうにはお酒を奢ろうとしてきたけど、そちらは丁重にお断りさせていただく。
「そうかあ、兄ちゃん、住む場所を探してんのかぁ。この街の近くは、どこもいい村が多いぞ」
「なんならうちの村に来なよ! 大歓迎だ!」
魚介ダシを売りにしていて、海鮮丼の種類も豊富だから昼間なら女性客もいるのかもしれないけど……。この時間ではさすがに、海の男だらけでムサ苦しい。そのせいか、僕はやたらチヤホヤされていた。元々体質故こういったところでは人を集めやすい。
リゼルはこちらを気にしつつも、食べることに夢中。
「村ではなく、森に家を建てて住まわせてもらえないかと考えてるんです」
「確かにそのほうが税金は少なく済むかもしれないが、初期費用がかかるし、何より物騒だろ?」
「そういや、こいつの住んでるグルトの村に、ちょうど空き家があったな」
「シアン、オレは村でもいいぞ。一応考えておいたらどうだ?」
「リゼルがそう言うなら……」
なんだかんだで、リゼルは人間が好きだ。村で暮らすのも苦ではないだろう。
でもやっぱり、正体を隠しながら生活していくのは、きっと窮屈になってくる。前の村は……子どもの時から育ってきたし、いい人ばかりだったけど、今度もそう上手くいくとは限らない。
何より僕は、自分が人に溶け込みやすくはあるけれどトラブルも招きやすいことをよく知っている。
リゼルのこと、自分のことをふまえたら、やはり森の中で暮らせるのが一番いい。
まあ、全部お金があればの話。こうしたい、ああしたい、上を見ればキリがない。ある程度妥協も必要だ。
「それに今年は材料が足りないとかで、家を建てるのも大変らしい。この街一番の大工も、暇してるくらいだ」
ローダさんのことかな。
「あー。あの、下ネタ大好きで、幼女も大好きな変態な」
……ローダさんのことだな。
「子どもならシアンも好きだぞ」
確かに嘘はないけど、このタイミングではやめてぇぇ。
別の意味に聞こえるから!
「それにまあ、それなりに変態だ」
「ち、ちょっと、リゼル!?」
これどういう嫌がらせ? 僕を変態にしておけば、周りから声をかけられなくなって安心とかいう話?
それとも、本当に変態だと思ってるとか? 確かにそう言われてもしかたないようなことをリゼルとしているけれども。
「兄ちゃんみたいな美人が変態なら、そこらのお嬢さんも引かずに大喜びだよなあ」
「わかるわかる。逆に下ネタを返されそう。顔がいいっていうのは得で羨ましいねぇ」
「そ、そんなこと女性に言いませんから!」
僕が変態だとしたら、それはリゼル限定。これ大事。
それに実際には全然、恋愛的な意味ではモテないし……。
長年連れ添った家族といるような気分になるからというのが、定番のフラれ文句だったんだけど……それがまさか、本当に長年連れ添った家族とこういうことになるとはなぁ。
だから、僕が変態だというなら、リゼルだって。
……いや、この言い訳は無理かあるか。年齢的なアレで。
「ふうー。ごちそうさま!」
「おおー。本当によく食べたなあ。きっとすぐ大きくなるぞ」
「ホントか? オレ、早くおっきくなりたいんだ!」
「身長か、チンコか?」
「どっちも!」
「そうかー。どっちもかー」
淀みないリゼルの返し。やたら慣れている感じがするから、村にいた頃からこうだったのかもしれない。
まあ僕も男だから、これくらいで目くじらを立てるほどじゃない。教育に悪いとかどの口で言うんだって話だし。
久しぶりの雰囲気が懐かしかったのか、リゼルもとても楽しそうにしていたのだけど……。
「ん……。んう……眠い……」
食べ終えたらすぐに、うとうとし始めてしまった。
まさに成長期真っ盛りの子どもという感じだ。
それを見てオジサンたちはもうニコニコ。とけるんじゃないかって笑みを浮かべている。
「可愛いなあ。俺にもこれくらいの息子がいてねえ……」
「うちはまだ小さいんだけどさ、あと少ししたらこんな感じになるのかなあ」
そんな会話を聞きながら、リゼルはついに夢の世界へと旅立ってしまった。僕の胸の中に飛び込んでから。
「仲がいい兄弟だね。大変だと思うけど頑張んな」
息子なんだと言いたかったけど、色々訊かれそうな空気だったから、笑ってハイと答えた。
「兄ちゃんの細腕じゃ、宿へ連れて行くのは大変だろう。俺が運んでやろうか?」
このオジサンたちに囲まれればちんまりして見えるリゼルも、もう150近くはある。そして筋肉があるから、見た目より重い。正直、宿まで運ぶのはかなりきつい。
でもこの役目は……この重みは、僕のためのものだと思うから。
「いえ。いいんです。慣れてますから」
僕のことを信頼し、全体重を預けて胸にしがみついているリゼルの黒髪を、そっと撫でた。
夕暮れ、リゼルをおぶって家まで帰ったあの頃。今では僕のほうが君にお姫様抱っこをされてしまうくらいだけど、君が子どもと呼べる年齢でいる間は、頑張りたいな。
リゼルの分までお礼を告げて、ラーメン屋を出た。
背中にかかる重みと暖かさがなんだかやたらと誇らしく思えた。
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