銀色の噛み痕

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結婚しようよ

5話目

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 言葉を発しない、たゆたうだけの毛玉にこれほど会いたいと感じるのだから、僕にとってあれは特別なものなのだろう。
 きっと暗闇の中でも感覚でどこにあるか、わかるに違いない。

 ……そして、今、ここにいないことも。

 僕らが帰ると、村は嘘みたいな騒ぎになっていた。

「女将さん、ミシェルくんが誘拐されたって本当ですか!?」

 そう言いながら半信半疑で宿屋へ飛び込む。
 言ってはなんだけど、村に被害を出さずに、こんな田舎の宿の息子だけを攫うなんて、あまりにも違和感があったからだ。

 宿の中では女将さんが旦那さんらしき人に縋りつくようにして泣いていた。

「あの子が、あの子が連れていかれてしまうなんて……。幸せを運ぶなんて、嘘ばっかりだわ」

 僕らの顔を見た瞬間、そう言ってますますワッと泣き出した。

 幸せ……。ケサランパサランのことか。そもそも、リリは違うと思う。でも、何かにあたらずにはいられないんだろう。子を持つ親として、理解できる。僕もリゼルが攫われでもしたら、正気でいられる自信はないから。
 ……まあ、リゼルなら自ら誘拐犯をぶち殺して帰ってきそうだけど。

「いいや。ミシェルはとてもラッキーだ。何せ有名な冒険者であるオレが、この場にいるんだからな。助けてきてやるから、話を聞かせてくれ」
「あ……っ。ありがとうございます!」

 女将さんの要領を得ない会話を旦那さんが補完する形で、ゆっくりと事情を聴く。
 どうやら女将さんは元々いいところのお嬢様で、お屋敷の庭師と恋に落ち、ここまで駆け落ちしてきたらしい。おそらくそれを知っている者の犯行だとたどたどしく教えてくれた。

「もう10年以上も前のことで、両親を頼りにすることなんてできないのに……」
「逆に、その両親が関わっているということは? ミシェルくんは息子だし、跡継ぎにとか」

 だからこそ、ミシェルくんだけを攫った。

「確かに要求はまだ、何もないな……」
「それならミシェル……。あの子の身の安全だけは保証される……?」

 実はそうとも言い切れない。指示を出したのがこの子の両親であったとして、実行犯がそれを裏切り両親側に金銭の要求をしている可能性も高いからだ。こんな依頼、まっとうな冒険者は受けないだろうし。

「あくまで可能性の話だし、こういうのは先手必勝だ。ミシェルを連れ戻してくる」
「どこに捕まってるかわからないのにですか……?」

 自信満々が過ぎるリゼルを、神を崇めるような目で見る女将さんと、どこか疑わし気な旦那さん。

「だから本当にラッキーなんだって。ミシェルはさ、リリを連れてるんだろ? あっ、あの毛玉のことな」
「え、ええ。おそらく。楽しそうに遊んでましたから」
「オレにはリリの居場所がわかるんだ。魔道具みたいなもんだからさ、あれ。ギルドの依頼も今まで失敗なしの凄腕だぞ。大船に乗ったつもりで任せてくれ」

 ここで僕まで疑わしい視線を向けてはいけない。
 安心させてあげないと。

「大丈夫です。僕らに任せて、お二人はここで待っていてください」
「は、はい……」

 僕が笑顔を見せて傍に寄り添うだけで、相手は心の平穏を取り戻す。能力というよりは、垂れ流しでコントロールもできないけれど、こういう時は特に便利だ。

「よし、行こう、リゼル」
「ああ」

 でもリリの居場所がわかるとか初耳なんだけど、本当に大丈夫なのかな。こんな大口叩いちゃって。大船というより、泥舟なような感じがしなくも……。

「……まあ、船には酔うんだけどな、オレ」

 しかも宿を出てすぐにボソッとそんな台詞を吐かれ、不覚にも笑いそうになってしまった。

「やめてよ、こんな時に。それに有名な冒険者とか、失敗なしの凄腕だとか言っちゃってさ……」
「ウソはついてない。ギルド職員の間では面倒な依頼を処理することで有名だし、簡単な依頼ばかりだから失敗もない」
「確かにそうだけど」
「そんでオレは無茶苦茶強い。コレはホント。なっ?」

 僕の魔力が与える安心感なんて、簡単に吹き飛ばす、自信に満ち溢れた笑顔。リゼルに任せておけば、きっと星が瞬く合間にすべてを解決してくれる。そう、思わせられるような。
 きっとあのご夫婦の目にも、リゼルはこんなふうにキラキラと映っていたんだ。僕が出るまでもなかったな。

「リゼル、カッコイイ……」
「惚れ直しちゃうか?」

 思わずもれた呟きを拾われ、からかうようにそう訊かれて、僕はリゼルの胸にコツンと額を埋めた。

「もうずっと惚れてるよ。君に」
「へへ。やった」

 嬉しそうにしてくれるの、可愛いな。
 でもイチャイチャしてる場合でもないかと離れようとしたら、肩を抱かれた。熱くなる頬を宥めながら、リゼルの顔を見上げる。

「そういえば、リリの居場所がわかるって言ってたけど、本当にわかるの?」
「結構離れてても感じるな。リリほどじゃないけどシアンのこともわかる」

 そんな繋がりがあるのに、リゼルがリリに対してどこか素っ気ないのは何故なんだろ。いや、だからこそなのかも。
 ただひとつだけ、不安なことがある。あんなに自信満々だったんだから、その可能性を考えていないわけはないと思うけど……。

「それってさ、もし、リリがミシェルくんから離れてたら?」
「……ミシェルの場所は、わかんないな」
「その場合、どうするの?」
「……どうしよっか」

 まさかの、何も考えてなかった。

「ま、まあ。なんとかなんだろ。リリなら絶対に、ミシェルについててくれるはずだ。オレたちの子どもを信じるんだ!」
「こういう時だけ、もう……」
「とにかく行かなきゃ始まんないぜ」

 確かに、そのとおり。動かないことにはどうにもならない。
 なるようになれ、だ。

 きっと僕らのリリは、ミシェルくんを護ってくれている。
 ……まあ、何もできない毛玉だけれど、こう、心の支え的な。
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