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信じてやるけど
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葉月のマンションには来客用として一通りのものが揃っているらしい。だから旭は今日も身ひとつで、葉月の部屋へ転がり込む。
初めて来た日はライオンの檻を前にした草食動物のように怯えていたというのに、今では立派に捕食側だ。
「葉月……」
玄関へ入った途端、後ろから細い腰を抱き寄せて、黒髪に顔を埋めた。爽やかなシャンプーの香りが鼻をくすぐる。
「絶対やると思った」
「え? そんなにわかりやすかった?」
「あんな物欲しそうな目でジロジロ見られてたらな。ほら、離せ」
「減るもんじゃなし、もう少しだけ、充電。なっ?」
「減るからダメだ」
そう言いながらも、やはり抵抗は弱い。ほだされているだけなのかどうかはわからないが、口で言うほど嫌がっていないのは鈍い旭でもわかった。
そもそも自分から抱きまくらになれと言い出したり、風呂へ誘ったり胸板を撫で回してくる葉月が、スキンシップを嫌がるはずがない。嫌だと口にするのは、その先を考えてのことだろう。
旭はキス以上を望んではいないのだが、いくらそれを伝えたところで葉月から見れば真実は闇の中だ。
「コーヒーを淹れてくるから、イイコで待っていろ。それとも、追い出されたいか?」
葉月が旭を見上げながら甘く睨む。どうやら時間切れらしい。
旭は身体を離して、手をひらりと翻した。
「おとなしく待ってます」
「よろしい」
ソファへかけてイイコで待っていた旭だったが、コーヒーを淹れて戻ってきた葉月が当然のように膝が触れる距離に腰掛けたので、危うく暴走しそうになった。
「何をニヤついてるんだ。おかしなヤツだな」
「別に……」
葉月がコーヒーを啜りながらマグを手渡してくる。それを両手で受け取って、一口啜った。
ここで火傷をしてみせればまた、舌を舐めてくれるだろうか。葉月が唇を寄せるマグでさえ羨ましくなりそうだ。
「キス、したいな」
「ダメだ」
「減るから?」
「そうだ」
「葉月は、家に呼んだら俺がこういうことを言い出すとは思わなかったのか?」
「どうかな。お前はおれには予測がつかない行動ばかりとる」
おそらく、旭に惚れられてしまったことがその最たるものだろう。今だって、旭がこんなに強気に迫ってくるとは思っていなかったのかもしれない。
「それに……お前のアパートが火事になったのは、おれのせいかもしれないしな」
「出火原因は大家さんの火の不始末だって言っただろ? 葉月にはなんの責任もないぞ」
葉月にはストーカーがついている。妙な誤解が生じる前に、出火の原因は一番初めに告げてある。
「そういう意味じゃなくてだな……。お前、おれが冗談で自分を吸血鬼だと言ったのを覚えているか?」
「覚えてるけど……なんだ、冗談の続き?」
「ああ、冗談の続き。おれはな、血の代わりに運を吸い取るんだ。だから負け知らずのギャンブラーってな」
今日は運が悪いだとか、勝てる気がしないだとか、ギャンブルをやっている人間ではなくとも、感覚的にそう思うことはあるだろう。
例をあげるなら、あるキャスターをテレビで見た日は競馬で勝てない、自分が応援しに行った日は観戦試合が必ず負けになる、など。
「そういう力を持ってるとか、意識して相手を不幸にできるとか?」
「まさか。漫画の世界じゃあるまいし」
「じゃあ単なる偶然だろ」
「その通り、単なる偶然だ。だが、ギャンブルをやる人間は神頼みや験かつぎが好きだしな。そう思うヤツばかりじゃないってコトさ」
葉月は負けなしのギャンブラーだ。負け惜しみで運を吸い取られたと言い出すヤツもいるかもしれない。これはそういう話だろうと旭は理解した。
「だから、こーいうコトして減るのは、お前の運、な」
葉月はそう言って、旭に軽くキスをした。
言葉遊びの延長。単なるおふざけ。わかってはいても、好きな人からキスをされて、気分が昂ぶらないわけがない。
「葉月……ッ」
「うわっ、馬鹿! 急に抱き着くな! コーヒーが零れる! ……んッ」
思わずソファに押し倒して、キスの雨を顔中に降らせた。
「お前……っ、おれの話、聞いてたのか?」
「だって、偶然だろ? それに、俺は不幸になんてなってないけど」
「住んでるトコが全焼したってのに、何言ってんだ。燃えちゃまずいもんとか、いろいろあるだろうが」
「俺は無事だったし、さすがに重要なモノは持ち出してきたし、なんか、こう……貴重な物とかは、ほら、俺は全部削ってギャンブルに使ってるから……」
「……ああ」
「そして、おんぼろアパートを出て葉月と晴れて同棲!」
「同居だろ、同居。さりげなくランクアップするな」
「好きな人と一緒って意味だよ。ほら、ラッキーだろ?」
葉月が言葉を失って、ぐっと詰まる。旭はそんな葉月の唇に、そっと指先をあてた。
「あとは葉月が、たくさんキスさせてくれたら、もっと幸せになれるかな」
「な、何言っ……んっ、は……、馬鹿ッ……」
葉月は初めこそ、今までの弱い抵抗が嘘のように全力でキスを拒んでいたが、テンションに任せて唇を重ねてくる旭に、やがて諦めて力を抜いた。
口腔を散々舐め回されてぐったりとした葉月の頬に、旭は飽きずにキスを繰り返す。
「お前、こんなことして本当に何かあったら、どうするつもりなんだ。事故とか……」
「別に。俺は葉月のこと、命を賭けてでも護りたいって思ってるくらいなんだぞ。俺に何かあった分、葉月が無事でいると思えば気にならない」
ストレートな旭の台詞に、葉月は軽く頬を染めたあと、理解しがたいというように唇を噛み締めた。
「自分で言う台詞じゃないと思うがあえて言わせてくれ。……その、お前……なんで、おれのコトをそんなに好きなんだ? まだ会ったばっかりだろう?」
「時間なんて関係ない。それに……」
旭は元々男が好きなわけではないが、葉月はそういったことを飛び越えてでも好きになってしまうような存在だ。彼は自身の魅力をわかっていないのだと思った。
その言動ひとつひとつが他人の目を引く、ミステリアスで魅力的な男。掴まえていなければ砂のように指から擦り抜けそうで、離れがたくなる。好きにならずにはいられない。
そしてそんな葉月に心を乱されるのが自分だけではないことを旭は知っている。
むしろ葉月が何故、自分のことを気に入ってくれているのか、そのほうが不思議だった。
「それに?」
「いや、なんでもない。それより、また無理矢理しちゃってごめん」
葉月の口元を親指で拭う。濡れた唇に、また、誘われる。さすがに繰り返すのはマズイと、ぐっと抑えた。
「……もしかして、俺が不幸にならないことがわかれば、キスし放題?」
「ソレとコレとは、また別の話だ。フツーに、男を抱く趣味も抱かれる趣味もないぞ」
「俺だってキス以上はしないけどなぁー」
「お前、男のそんな台詞が信じられると思ってるのか?」
「……思わない」
何しろ旭自身、自分でも信じられないくらいなのだ。こんなにも好きで愛しいと思うのに、劣情は催さない。インポではないかと不安になるが、そういうわけでもない。
「……まあ、お前だから、信じてやるけど」
目を少し逸らし、照れ臭そうにそんな台詞を吐く。
無意識に繰り出される強烈な波状攻撃に、旭はますます虜になっていくのだった。
初めて来た日はライオンの檻を前にした草食動物のように怯えていたというのに、今では立派に捕食側だ。
「葉月……」
玄関へ入った途端、後ろから細い腰を抱き寄せて、黒髪に顔を埋めた。爽やかなシャンプーの香りが鼻をくすぐる。
「絶対やると思った」
「え? そんなにわかりやすかった?」
「あんな物欲しそうな目でジロジロ見られてたらな。ほら、離せ」
「減るもんじゃなし、もう少しだけ、充電。なっ?」
「減るからダメだ」
そう言いながらも、やはり抵抗は弱い。ほだされているだけなのかどうかはわからないが、口で言うほど嫌がっていないのは鈍い旭でもわかった。
そもそも自分から抱きまくらになれと言い出したり、風呂へ誘ったり胸板を撫で回してくる葉月が、スキンシップを嫌がるはずがない。嫌だと口にするのは、その先を考えてのことだろう。
旭はキス以上を望んではいないのだが、いくらそれを伝えたところで葉月から見れば真実は闇の中だ。
「コーヒーを淹れてくるから、イイコで待っていろ。それとも、追い出されたいか?」
葉月が旭を見上げながら甘く睨む。どうやら時間切れらしい。
旭は身体を離して、手をひらりと翻した。
「おとなしく待ってます」
「よろしい」
ソファへかけてイイコで待っていた旭だったが、コーヒーを淹れて戻ってきた葉月が当然のように膝が触れる距離に腰掛けたので、危うく暴走しそうになった。
「何をニヤついてるんだ。おかしなヤツだな」
「別に……」
葉月がコーヒーを啜りながらマグを手渡してくる。それを両手で受け取って、一口啜った。
ここで火傷をしてみせればまた、舌を舐めてくれるだろうか。葉月が唇を寄せるマグでさえ羨ましくなりそうだ。
「キス、したいな」
「ダメだ」
「減るから?」
「そうだ」
「葉月は、家に呼んだら俺がこういうことを言い出すとは思わなかったのか?」
「どうかな。お前はおれには予測がつかない行動ばかりとる」
おそらく、旭に惚れられてしまったことがその最たるものだろう。今だって、旭がこんなに強気に迫ってくるとは思っていなかったのかもしれない。
「それに……お前のアパートが火事になったのは、おれのせいかもしれないしな」
「出火原因は大家さんの火の不始末だって言っただろ? 葉月にはなんの責任もないぞ」
葉月にはストーカーがついている。妙な誤解が生じる前に、出火の原因は一番初めに告げてある。
「そういう意味じゃなくてだな……。お前、おれが冗談で自分を吸血鬼だと言ったのを覚えているか?」
「覚えてるけど……なんだ、冗談の続き?」
「ああ、冗談の続き。おれはな、血の代わりに運を吸い取るんだ。だから負け知らずのギャンブラーってな」
今日は運が悪いだとか、勝てる気がしないだとか、ギャンブルをやっている人間ではなくとも、感覚的にそう思うことはあるだろう。
例をあげるなら、あるキャスターをテレビで見た日は競馬で勝てない、自分が応援しに行った日は観戦試合が必ず負けになる、など。
「そういう力を持ってるとか、意識して相手を不幸にできるとか?」
「まさか。漫画の世界じゃあるまいし」
「じゃあ単なる偶然だろ」
「その通り、単なる偶然だ。だが、ギャンブルをやる人間は神頼みや験かつぎが好きだしな。そう思うヤツばかりじゃないってコトさ」
葉月は負けなしのギャンブラーだ。負け惜しみで運を吸い取られたと言い出すヤツもいるかもしれない。これはそういう話だろうと旭は理解した。
「だから、こーいうコトして減るのは、お前の運、な」
葉月はそう言って、旭に軽くキスをした。
言葉遊びの延長。単なるおふざけ。わかってはいても、好きな人からキスをされて、気分が昂ぶらないわけがない。
「葉月……ッ」
「うわっ、馬鹿! 急に抱き着くな! コーヒーが零れる! ……んッ」
思わずソファに押し倒して、キスの雨を顔中に降らせた。
「お前……っ、おれの話、聞いてたのか?」
「だって、偶然だろ? それに、俺は不幸になんてなってないけど」
「住んでるトコが全焼したってのに、何言ってんだ。燃えちゃまずいもんとか、いろいろあるだろうが」
「俺は無事だったし、さすがに重要なモノは持ち出してきたし、なんか、こう……貴重な物とかは、ほら、俺は全部削ってギャンブルに使ってるから……」
「……ああ」
「そして、おんぼろアパートを出て葉月と晴れて同棲!」
「同居だろ、同居。さりげなくランクアップするな」
「好きな人と一緒って意味だよ。ほら、ラッキーだろ?」
葉月が言葉を失って、ぐっと詰まる。旭はそんな葉月の唇に、そっと指先をあてた。
「あとは葉月が、たくさんキスさせてくれたら、もっと幸せになれるかな」
「な、何言っ……んっ、は……、馬鹿ッ……」
葉月は初めこそ、今までの弱い抵抗が嘘のように全力でキスを拒んでいたが、テンションに任せて唇を重ねてくる旭に、やがて諦めて力を抜いた。
口腔を散々舐め回されてぐったりとした葉月の頬に、旭は飽きずにキスを繰り返す。
「お前、こんなことして本当に何かあったら、どうするつもりなんだ。事故とか……」
「別に。俺は葉月のこと、命を賭けてでも護りたいって思ってるくらいなんだぞ。俺に何かあった分、葉月が無事でいると思えば気にならない」
ストレートな旭の台詞に、葉月は軽く頬を染めたあと、理解しがたいというように唇を噛み締めた。
「自分で言う台詞じゃないと思うがあえて言わせてくれ。……その、お前……なんで、おれのコトをそんなに好きなんだ? まだ会ったばっかりだろう?」
「時間なんて関係ない。それに……」
旭は元々男が好きなわけではないが、葉月はそういったことを飛び越えてでも好きになってしまうような存在だ。彼は自身の魅力をわかっていないのだと思った。
その言動ひとつひとつが他人の目を引く、ミステリアスで魅力的な男。掴まえていなければ砂のように指から擦り抜けそうで、離れがたくなる。好きにならずにはいられない。
そしてそんな葉月に心を乱されるのが自分だけではないことを旭は知っている。
むしろ葉月が何故、自分のことを気に入ってくれているのか、そのほうが不思議だった。
「それに?」
「いや、なんでもない。それより、また無理矢理しちゃってごめん」
葉月の口元を親指で拭う。濡れた唇に、また、誘われる。さすがに繰り返すのはマズイと、ぐっと抑えた。
「……もしかして、俺が不幸にならないことがわかれば、キスし放題?」
「ソレとコレとは、また別の話だ。フツーに、男を抱く趣味も抱かれる趣味もないぞ」
「俺だってキス以上はしないけどなぁー」
「お前、男のそんな台詞が信じられると思ってるのか?」
「……思わない」
何しろ旭自身、自分でも信じられないくらいなのだ。こんなにも好きで愛しいと思うのに、劣情は催さない。インポではないかと不安になるが、そういうわけでもない。
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