初恋 〜3season

茉莉 佳

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june 1

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         june

 その日の朝、バス停に行ってみると、あさみさんの何かが変わっていた。
なんだか明るく、涼しげな姿…

そうか。
夏服に変わったんだ!
今日から6月なんだ。

毎日毎日ベッドでぼんやりしているだけのぼくには、季節の移ろいなんて関係なかった。
だけど、夏服姿のあさみさんは、紺のブレザーを着ていた今までより更に軽やかに見えて、半袖から出た細い腕がとっても華奢で、真っ白なブラウスのおかげで、肌もいつもにまして白く輝く様で、まるで夏の妖精。
薄手のスカートが逆光でほんのり透けて、スカートの中の脚のシルエットを映したり、ブラウスの背中にうっすらと透けるブラジャーの線にも、ちょっとドキリとしてみたり…

いやいや!

そんな風に彼女を見ちゃいけない!
彼女は俗っぽい性の対象とは違う。
美の女神みたいな存在なんだから!


「甲斐くんっ?!」

そんな衣替えの朝、サナトリウムに戻ると、担当の女性看護師が病室の前で待ち構えていた。
怖い顔でこちらを睨みつけている。

「な… なんですか?」

彼女の巨体から発せられる怒りオーラに、思わずたじろぐ。

「お薬も飲まないで、どこほっつき歩いてたの?」
「ち… ちょっと、散歩に…」
「散歩? お薬飲むまで待てないの? ちゃんと飲まないとダメじゃない。ほら。お部屋に入って!」

そう言うと、彼女は有無を言わさずぼくの腕をとり、病室に引きずり込んだ。
冗談じゃない。
どうしてぼくが怒られなきゃいけないんだ。
いつもは散歩前に検診に来るんだけど、今日は遅かったから、あさみさんの乗るバスの時間に間に合わなくなりそうで、先に散歩に出ただけなのに。
もちろん、薬をサボる様なことはしないのに。

「あ… あとで飲みますから、そこに置いといて下さい」

ぼくはこの看護師があまり好きじゃない。
せっかくあさみさんの夏服姿を見る事ができて幸せ気分だったのに、こんなブスの看護師に水を差されるなんて、興ざめもいいところ。
適当な口実をつけて、ぼくは早く彼女を追っ払いたかった。

「なに言ってるの。甲斐くん時々、お薬飲むのサボってるでしょ。
結核治療は『DOTS(ドッツ)』って言ってね。キチンとお薬を飲み続けなきゃ効果ないのよ。お薬途切れさせると、結核菌に耐性がついちゃって、治りにくくなる事だってあるんだからね。
ほら。見ててあげるから、今すぐ飲みなさい。はい、お水とお薬」

そう言いながら彼女は巨体を揺らし、水と薬をすばやく用意して手渡すと、監視するかの様にぼくを見つめている。デブな体型に似合わず、意外と機敏な動き・・・ なんて感心してる場合じゃない。
一刻も早くこの看護師を部屋から追い出したくて、ぼくは急いで薬を受け取り、水といっしょに喉の奥に流し込んだ。

「飲みました」
「じゃあ、体温測って。あと、血圧も測るから、腕まくって」

言われる通りに体温計を脇に差し、右腕の袖をまくると、看護師は手際よくゴムのチューブを巻き、聴診器を腕に当てながら、血圧を測る。
看護師の方に伸ばした腕の指先が、彼女のハンドボール並みにデカい胸に当たる。
あったかくて弾力のある、プニプニした感触。
看護師はブスだけど、その感触はなんだか気持ちいい。
これがおっぱいかぁ…

まずい。
そんな事に気を取られてると、余計に体温や血圧が上がってしまうじゃないか!

「お薬飲んだ後に、気分が悪くなったりとか、発疹ができたりとか、吐き気とかない?」
「ないです」
「熱もないみたいね」

計測結果をカルテに書き込みながら、看護師は念を押す様に言う。

「いい。これからは毎朝わたしが来るまで、ちゃんと待ってなさいよ。散歩もいいけど、お薬の後にしなさいね」
「…はい」
「もし今度薬を忘れる様な事があったら、外出禁止にするからね。わかった?」
「…はい」

従順な返事に満足したかの様に、彼女は口の端に軽く微笑みを作って、部屋から出ていった。

冗談じゃない!

今日薬が飲めなかったのは、おまえが来るのが遅くなったせいだろ。
ぼくは毎朝8時7分に『中谷2丁目』バス停に行かなきゃならないんだ。
それが死ぬ程退屈な入院生活の、ぼくの唯一の生き甲斐なんだ。
ちょっと薬を飲むのが遅くなったからって、そんなに目くじら立てる事ないじゃないか。
ふざけんなよ・・・・・

なんて反論を口にも出せず、ぼくは看護師の背中を黙って見送る。
結構ヘタレな自分・・・

つづく
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