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06 元気を出して
元気を出して 4
みっこの言いたいことは、すごくよくわかる。
わたしの気持ちは川島君に伝えたわけじゃないんだから、この気持ちさえ隠しておけば、今までのようにサークルの仲間として、つきあっていける。
そうするのがいちばんいいってのは、わたしにもわかる。
でも、もう、どうにもならない。
あの人の笑顔を見るのが、辛い。
その笑顔が、わたしじゃない別の人に向けられているのを見せつけられるのが、とても辛い。
絵里香さんにもすぐに気づかれたくらいだから、あのサークルのなかで、この気持ちを隠し通すなんて、多分できない。
いずれ、他のメンバーにも知られてしまって、絵里香さんが心配しているように、色恋沙汰でサークルを壊しちゃうことにもなりかねない。
昨日の夜の、拒むような川島君の目…
今度あんな目をされたら、わたし、心が壊れて、どうなるかわからない。
みっこは簡単に『奇跡を待て』なんて言うけど、いったいどのくらい待てばいいの?
そんな、約束のない未来なんて、不安でたまらない。
行き先のわからない未来を待ち続けるなんて、とっても勇気がいる。
それがみっこの言う『プレミアム』なら、恋愛って、なんて辛いものなんだろ。
みんな、こんな辛い想いをすることがわかってて、やっぱりだれかを好きになってしまうものなの?
「恋をなくすって、ほんとに辛いよね」
長い沈黙のあと、みっこはようやく口を開いた。
「あたし、さつきにずいぶん、わかったようなことばかり言っちゃったけど、ほんとはちっとも、なにもわかってなかった。
恋してる間って、どんなに一生懸命考えたって、なにもわかんないものなのよね。
なくしてしまって、はじめて、それがどんなに大切なものだったか、わかるみたい。
そして、それが本当に大切なものだったと思い知って、必要だと手を伸ばしても、もう取り戻せない。
それが『失恋』ってものなのかもしれない」
「そう… かもしれないね」
わたしの返事を聞いて、みっこはまた黙った。そして過去を追いかけるように、視線をうつろに落として、ゆっくりと語りはじめた。
「恋した期間が長いほど。思い出が綺麗であるほど。それを清算して、ピリオド打つのって、むずかしい。
相手につながるすべての物が、恋の残骸みたいに思えてしまって。
ふたりで聴いたCDは聴けなくなるし、いっしょに行ったお店には、もう行けなくなる。
ノートの隅っこに書いたあの人の名前さえも、消しゴムで消してしまいたくなるの。
だけど、そんな風にしちゃったら、今の自分って、なくなっちゃう。
なにもかも消し去ってしまいたいけど、そうすると自分の居場所もなくなっちゃう。
だからあたし、さつきの気持ち、とってもよくわかる… つもり」
みっこはそう言うと瞳を閉じて、ささやくように歌いはじめた。
か細くって、歌詞は聞き取れない。
でも、ゆっくりとした旋律でわかった。
ああ…
竹内まりあの『元気を出して』。
涙など見せない 強気なあなたを
そんなに悲しませた人はだれなの?
終わりを告げた恋に すがるのはやめにして
ふりだしから またはじめればいい
幸せになりたい気持ちがあるなら
明日を見つけることは とても簡単
少しやせたそのからだに 似合う服を探して
街へ飛び出せばほら みんな振り返る
チャンスは何度でも 訪れてくれるはず
彼だけが 男じゃないことに気づいて
あなたの小さなmistake いつか想い出に変わる。
大人への階段をひとつ上がったの
人生はあなたが思うほど 悪くない
早く元気出して あの笑顔を見せて
words by MARIYA TAKEUCHI
切々とした歌声が、わたしの心に滲みてくる。
元気を出して…
元気を出して!
みっこが心からそう思ってくれることが、とても伝わってくる。
「ありがと、みっこ。わたし、元気出してみる」
「…ん」
沖の貨物船を見つめたまま、みっこは振り向かないまま、ポツリと、ひとことだけ言った。
みっこ…
あなたにも、早く元気になってほしい。
わたし、なんとなく感じちゃった。
まだ、『ピリオド』を打てていない恋をしている、彼女の煩悶を…
もしかして。
そのアンビバレンスな葛藤こそが、入学以来、わたしがずっと疑問に思い、追いかけてきた、森田美湖の謎の原因なのかもしれない。
みっこはゆっくり振り向くと、うなずくように首をかしげて、ニッコリ微笑んだ。
「戻ろ? さつき。
今日はあたしが、おいしいお茶をおごってあげる」
END
14th Feb. 2011 初稿
29th May 2017 改稿
10th Dec.2019 改稿
わたしの気持ちは川島君に伝えたわけじゃないんだから、この気持ちさえ隠しておけば、今までのようにサークルの仲間として、つきあっていける。
そうするのがいちばんいいってのは、わたしにもわかる。
でも、もう、どうにもならない。
あの人の笑顔を見るのが、辛い。
その笑顔が、わたしじゃない別の人に向けられているのを見せつけられるのが、とても辛い。
絵里香さんにもすぐに気づかれたくらいだから、あのサークルのなかで、この気持ちを隠し通すなんて、多分できない。
いずれ、他のメンバーにも知られてしまって、絵里香さんが心配しているように、色恋沙汰でサークルを壊しちゃうことにもなりかねない。
昨日の夜の、拒むような川島君の目…
今度あんな目をされたら、わたし、心が壊れて、どうなるかわからない。
みっこは簡単に『奇跡を待て』なんて言うけど、いったいどのくらい待てばいいの?
そんな、約束のない未来なんて、不安でたまらない。
行き先のわからない未来を待ち続けるなんて、とっても勇気がいる。
それがみっこの言う『プレミアム』なら、恋愛って、なんて辛いものなんだろ。
みんな、こんな辛い想いをすることがわかってて、やっぱりだれかを好きになってしまうものなの?
「恋をなくすって、ほんとに辛いよね」
長い沈黙のあと、みっこはようやく口を開いた。
「あたし、さつきにずいぶん、わかったようなことばかり言っちゃったけど、ほんとはちっとも、なにもわかってなかった。
恋してる間って、どんなに一生懸命考えたって、なにもわかんないものなのよね。
なくしてしまって、はじめて、それがどんなに大切なものだったか、わかるみたい。
そして、それが本当に大切なものだったと思い知って、必要だと手を伸ばしても、もう取り戻せない。
それが『失恋』ってものなのかもしれない」
「そう… かもしれないね」
わたしの返事を聞いて、みっこはまた黙った。そして過去を追いかけるように、視線をうつろに落として、ゆっくりと語りはじめた。
「恋した期間が長いほど。思い出が綺麗であるほど。それを清算して、ピリオド打つのって、むずかしい。
相手につながるすべての物が、恋の残骸みたいに思えてしまって。
ふたりで聴いたCDは聴けなくなるし、いっしょに行ったお店には、もう行けなくなる。
ノートの隅っこに書いたあの人の名前さえも、消しゴムで消してしまいたくなるの。
だけど、そんな風にしちゃったら、今の自分って、なくなっちゃう。
なにもかも消し去ってしまいたいけど、そうすると自分の居場所もなくなっちゃう。
だからあたし、さつきの気持ち、とってもよくわかる… つもり」
みっこはそう言うと瞳を閉じて、ささやくように歌いはじめた。
か細くって、歌詞は聞き取れない。
でも、ゆっくりとした旋律でわかった。
ああ…
竹内まりあの『元気を出して』。
涙など見せない 強気なあなたを
そんなに悲しませた人はだれなの?
終わりを告げた恋に すがるのはやめにして
ふりだしから またはじめればいい
幸せになりたい気持ちがあるなら
明日を見つけることは とても簡単
少しやせたそのからだに 似合う服を探して
街へ飛び出せばほら みんな振り返る
チャンスは何度でも 訪れてくれるはず
彼だけが 男じゃないことに気づいて
あなたの小さなmistake いつか想い出に変わる。
大人への階段をひとつ上がったの
人生はあなたが思うほど 悪くない
早く元気出して あの笑顔を見せて
words by MARIYA TAKEUCHI
切々とした歌声が、わたしの心に滲みてくる。
元気を出して…
元気を出して!
みっこが心からそう思ってくれることが、とても伝わってくる。
「ありがと、みっこ。わたし、元気出してみる」
「…ん」
沖の貨物船を見つめたまま、みっこは振り向かないまま、ポツリと、ひとことだけ言った。
みっこ…
あなたにも、早く元気になってほしい。
わたし、なんとなく感じちゃった。
まだ、『ピリオド』を打てていない恋をしている、彼女の煩悶を…
もしかして。
そのアンビバレンスな葛藤こそが、入学以来、わたしがずっと疑問に思い、追いかけてきた、森田美湖の謎の原因なのかもしれない。
みっこはゆっくり振り向くと、うなずくように首をかしげて、ニッコリ微笑んだ。
「戻ろ? さつき。
今日はあたしが、おいしいお茶をおごってあげる」
END
14th Feb. 2011 初稿
29th May 2017 改稿
10th Dec.2019 改稿
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