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07 Carnival Night
Carnival Night 10
「…ごめん。さつき」
「なにが?」
「あたし、どうしようもなくわがままで」
「いいのよ、もう。わたしが無理に誘ったんだし」
「そんなことないんだけど…」
そこまで言って、みっこは黙り込む。
会場の外はすっかり日が暮れていて肌寒く、キャンパスには色とりどりのイリュミネーションが、まるで地上に堕ちた星屑のように散らばって、冷たくまたたいていた。
しばらく無言のまま、わたしたちはキャンパスの光のなかを歩いた。
「みっこはファッションショーとか、きらいなの?」
あてもなく歩き、彫刻で飾られた噴水のある中庭まで来たところで、わたしは訊いてみた。
かなり間を置いて、みっこはかぶりを振る。
「…ううん。あたし、お洋服は好き。一着一着に作ってくれた人の愛情と情熱を感じるし、それを着こなすことに、誇りと満足感… みたいなものを感じる。
変? そういうの」
「ううん。みっこらしい答えだなって思う。いつかあなた言ってたじゃない。『オシャレって、お金で買える物じゃない』って。
あの話を聞いていて、わたし、あなたがファッションをとっても大切に考えているのが、よくわかったもん」
そう言いながら、わたしは気がついた。
『みっこはモデルって仕事を憎んでいたの? それとも愛していたの?』
という、いつかの疑問の答えに。
『着こなすことに、誇りと満足感… みたいなものを感じる』
みっこの答えは、ファッションを見ている側の感覚じゃなく、着る側、モデルとしての感覚。
彼女はきっと、モデルって仕事を愛しているんだ!
「あたし… ほんとはわかってたのかもしれない。こんな気持ちになるの。
…やっぱり、捨てられない」
そうつぶやいて立ち止まり、みっこは夜空を見上げた。虚空の中に、なにかを求めているような横顔。
みっこはファッションモデルになるように育てられたし、彼女自身も、モデルという仕事を愛しているのなら、どうして今、それを拒んでいるの?
「わたし、どう考えても、みっこがモデル嫌いだって思えない。あなたがモデルになりたくない理由って、なんなの?」
みっこは少し驚いたようにわたしを振り返り、なにかを探るように、しばらくわたしの瞳をじっと見つめる。
「もう、さつきには言わないとね」
そう言ったみっこは、突然、中庭の噴水に向かって走り出した。
「あたしねー」
途中で振り向いて、みっこはわたしに叫んだ。
「あたし。モデルになれないの!」
「えっ?!」
「モデル失格なの!」
「どうしてっ?」
わたしは彼女を追いかけた。
タイルで囲われた噴水の池のそばに、みっこは立ちすくんだまま、アップライトに照らされて、コンポートのような入れ物に、カリフラワーのように湧き上がっては滴り落ちる噴水を、ジャケットのポケットに手を突っ込んだまま、じっと見つめている。
「みっこ…」
「…165センチはなきゃ、いけないの」
「え?」
「身長がね、最低でも165センチはないと、書類審査で落とされるわ。オーディションを受けることさえできないのよ」
「そうなの?」
「あたし、157センチしかない」
「あ…」
みっこはくるりと背を向けた。
「ふふ… ばかみたいでしょ。この十数年間、友だちも作らずに親の言うとおり、一生懸命モデルのレッスンに打ち込んでいたのに、いちばん肝心の身長が足りなかったなんて。
そういう、努力とか才能とか以前で、モデルができないなんて。
あたし… 今まで、いったいなにやってたんだろ」
「みっこ…」
「だからあたし。なくした18年を取り返すことにしたの」
噴水のふちに腰をおろしたみっこは、ゆらゆら水面に揺れる光のかけらを、じっと見つめている。
彼女の姿が、水面の波紋であいまいに揺れる。
つづく
「なにが?」
「あたし、どうしようもなくわがままで」
「いいのよ、もう。わたしが無理に誘ったんだし」
「そんなことないんだけど…」
そこまで言って、みっこは黙り込む。
会場の外はすっかり日が暮れていて肌寒く、キャンパスには色とりどりのイリュミネーションが、まるで地上に堕ちた星屑のように散らばって、冷たくまたたいていた。
しばらく無言のまま、わたしたちはキャンパスの光のなかを歩いた。
「みっこはファッションショーとか、きらいなの?」
あてもなく歩き、彫刻で飾られた噴水のある中庭まで来たところで、わたしは訊いてみた。
かなり間を置いて、みっこはかぶりを振る。
「…ううん。あたし、お洋服は好き。一着一着に作ってくれた人の愛情と情熱を感じるし、それを着こなすことに、誇りと満足感… みたいなものを感じる。
変? そういうの」
「ううん。みっこらしい答えだなって思う。いつかあなた言ってたじゃない。『オシャレって、お金で買える物じゃない』って。
あの話を聞いていて、わたし、あなたがファッションをとっても大切に考えているのが、よくわかったもん」
そう言いながら、わたしは気がついた。
『みっこはモデルって仕事を憎んでいたの? それとも愛していたの?』
という、いつかの疑問の答えに。
『着こなすことに、誇りと満足感… みたいなものを感じる』
みっこの答えは、ファッションを見ている側の感覚じゃなく、着る側、モデルとしての感覚。
彼女はきっと、モデルって仕事を愛しているんだ!
「あたし… ほんとはわかってたのかもしれない。こんな気持ちになるの。
…やっぱり、捨てられない」
そうつぶやいて立ち止まり、みっこは夜空を見上げた。虚空の中に、なにかを求めているような横顔。
みっこはファッションモデルになるように育てられたし、彼女自身も、モデルという仕事を愛しているのなら、どうして今、それを拒んでいるの?
「わたし、どう考えても、みっこがモデル嫌いだって思えない。あなたがモデルになりたくない理由って、なんなの?」
みっこは少し驚いたようにわたしを振り返り、なにかを探るように、しばらくわたしの瞳をじっと見つめる。
「もう、さつきには言わないとね」
そう言ったみっこは、突然、中庭の噴水に向かって走り出した。
「あたしねー」
途中で振り向いて、みっこはわたしに叫んだ。
「あたし。モデルになれないの!」
「えっ?!」
「モデル失格なの!」
「どうしてっ?」
わたしは彼女を追いかけた。
タイルで囲われた噴水の池のそばに、みっこは立ちすくんだまま、アップライトに照らされて、コンポートのような入れ物に、カリフラワーのように湧き上がっては滴り落ちる噴水を、ジャケットのポケットに手を突っ込んだまま、じっと見つめている。
「みっこ…」
「…165センチはなきゃ、いけないの」
「え?」
「身長がね、最低でも165センチはないと、書類審査で落とされるわ。オーディションを受けることさえできないのよ」
「そうなの?」
「あたし、157センチしかない」
「あ…」
みっこはくるりと背を向けた。
「ふふ… ばかみたいでしょ。この十数年間、友だちも作らずに親の言うとおり、一生懸命モデルのレッスンに打ち込んでいたのに、いちばん肝心の身長が足りなかったなんて。
そういう、努力とか才能とか以前で、モデルができないなんて。
あたし… 今まで、いったいなにやってたんだろ」
「みっこ…」
「だからあたし。なくした18年を取り返すことにしたの」
噴水のふちに腰をおろしたみっこは、ゆらゆら水面に揺れる光のかけらを、じっと見つめている。
彼女の姿が、水面の波紋であいまいに揺れる。
つづく
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