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09 Moulin Rouge
Moulin Rouge 8
「聞いてくれよ、みっこ」
からだをみっこの方へずらしながら、芳賀さんは熱い瞳で彼女を見つめる。
「これはもう、運命なんだ。
おまえが俺たちのチームに入ってきたのは、俺にとって人生さえも変えるできごとだったんだ。
おまえとこうやって踊れるようになって、俺は最高に幸せなんだぜ」
いきなり『ラテン男』に変身した芳賀さんは、みっこの肩に腕を回し、耳もとに顔を寄せて、恥ずかしげもなく情熱的な言葉をささやいた。
「俺ももっと、おまえにふさわしい男になるからさ。いっしょにプロのダンサー目指そうぜ。愛するおまえと、いつまでも踊り続けていたいからな」
「プロになんか、あたしはなるつもりないわ」
みっこはむきになって、身をよじって芳賀さんを拒んだ。
「相変わらずつれないな。だけど俺は、おまえのそんなクールなところも好きなんだぜ」
「もうっ。恥ずかしいじゃない。そういう話は、ふたりっきりのときにするものよ」
そうたしなめて、みっこは肩に回された芳賀さんの腕を、ぎゅっとつねる。
「痛っ」
と声を漏らした芳賀さんは、バツが悪そうにみっこから腕をどけると、取り繕うようにジャケットのポケットに手を入れた。
「ダンスのとき以外は、あまりベタベタ触ってほしくないの。それからタバコ! やめてって言ってるのがわかんないのっ?」
芳賀さんがポケットから取り出した『LARK』を、みっこは箱ごとひったくって、フロアの方に投げ捨てた。
「みっこ!」
わたしは思わず叫んだ。
「あ…」
さすがのみっこも、うかつに見せた感情的な姿に、一瞬沈黙した。
が、すぐさまもとの微笑みを取り戻すと、わたしたちのグラスを集めて、にこやかに言った。
「ご、ごめんね芳賀くん。あたし… 踊ったらいっぺんにラリっちゃって… つい興奮しちゃったみたい。芳賀くんは、あたしの大切なダンス仲間よ」
明るく取り繕い、みっこはみんなに微笑みを振りまいた。
「さ。飲も! あたし、作れるカクテルあるのよ。さつき、そっちのウイスキー取って」
わざとらしいくらい陽気にはしゃぎながら、みっこはわたしからウイスキーの瓶を受け取り、蓋を開ける。
『HAIG』にベルモットを三分の一。アンゴスチュラを数滴たらして、バースプーンでかきまぜて…
だけど、グラスを見つめる彼女の瞳には、どこか暗い翳りがさしている。どんなにはしゃいでみせても、わたしには感じる。
今日のみっこは、どこかおかしい。
って。
まるで深い憂鬱を隠すかのように、ダブルデートなんかをくわだてて、恋人でもないダンス仲間と、ディスコに来て、わざとらしいくらい陽気に振舞って…
そうまでしなきゃいけない理由《わけ》って、なんだろ?
ただ、『踊りたいだけ』じゃなく、もっと別の思いを、みっこは抱えてるのかもしれない。
ふと、バースプーンを持つみっこの手が止まった。
虚ろに宙を見ていたみっこは、できあがったばかりのカクテルを、アイスバケットに流してしまう。
そうして、「ふぅ」とためいきを漏らし、長い睫毛を伏せながら、眉間にしわを寄せた。
「あたし… 気が滅入るのがわかってて、どうして来ちゃったんだろ」
それは聞き取れるか取れないかくらいの、ほんとにか細いささやき。
ディスコの強烈なサウンドに紛れて、きっと川島君にも芳賀さんにも、届いていない。
だけどわたしには、はっきりそう聞こえてしまった。
「…みっこ?」
みっこが今にも消えてなくなりそうで、わたしは不安になる。
「…あ。いや~ね! あたしったらカクテル作るの、ちょっと失敗しちゃって…」
気分を変えるかのようにそう言って、みっこはキャッキャとはしゃいでみせる。
だけどそれさえ虚しくなると、突然“カタン”とバースプーンを置き、ポーチを掴むと素早く立ち上がった。
「みっこ?」
「お化粧直し」
早口でそう言い捨て、彼女は席を離れる。
しかしその刹那、わたしにははっきりと見えた。
彼女がいつも隠して見せまいとしている、深い哀しみの表情を…
「みっこ? みっこじゃないか! 久し振り。元気だった?」
そのときだった。
『彼』が現れたのは…
ドレッシングルームへ向かいかけたみっこは、振り向きざまに相手を認めると、思わず立ち止まった。
凍りついたように立ちすくむ彼女の顔から、さっと血の気が失せる。
わたしは声をかけた人を振り返った。
そこには25・6歳くらいの背の高い、仕立てのいいスーツを着た落ち着いた感じの、容姿の整った男性が立っていた。
“パサッ”
手にしたポーチが、無情にフロアに転がった。
つづく
からだをみっこの方へずらしながら、芳賀さんは熱い瞳で彼女を見つめる。
「これはもう、運命なんだ。
おまえが俺たちのチームに入ってきたのは、俺にとって人生さえも変えるできごとだったんだ。
おまえとこうやって踊れるようになって、俺は最高に幸せなんだぜ」
いきなり『ラテン男』に変身した芳賀さんは、みっこの肩に腕を回し、耳もとに顔を寄せて、恥ずかしげもなく情熱的な言葉をささやいた。
「俺ももっと、おまえにふさわしい男になるからさ。いっしょにプロのダンサー目指そうぜ。愛するおまえと、いつまでも踊り続けていたいからな」
「プロになんか、あたしはなるつもりないわ」
みっこはむきになって、身をよじって芳賀さんを拒んだ。
「相変わらずつれないな。だけど俺は、おまえのそんなクールなところも好きなんだぜ」
「もうっ。恥ずかしいじゃない。そういう話は、ふたりっきりのときにするものよ」
そうたしなめて、みっこは肩に回された芳賀さんの腕を、ぎゅっとつねる。
「痛っ」
と声を漏らした芳賀さんは、バツが悪そうにみっこから腕をどけると、取り繕うようにジャケットのポケットに手を入れた。
「ダンスのとき以外は、あまりベタベタ触ってほしくないの。それからタバコ! やめてって言ってるのがわかんないのっ?」
芳賀さんがポケットから取り出した『LARK』を、みっこは箱ごとひったくって、フロアの方に投げ捨てた。
「みっこ!」
わたしは思わず叫んだ。
「あ…」
さすがのみっこも、うかつに見せた感情的な姿に、一瞬沈黙した。
が、すぐさまもとの微笑みを取り戻すと、わたしたちのグラスを集めて、にこやかに言った。
「ご、ごめんね芳賀くん。あたし… 踊ったらいっぺんにラリっちゃって… つい興奮しちゃったみたい。芳賀くんは、あたしの大切なダンス仲間よ」
明るく取り繕い、みっこはみんなに微笑みを振りまいた。
「さ。飲も! あたし、作れるカクテルあるのよ。さつき、そっちのウイスキー取って」
わざとらしいくらい陽気にはしゃぎながら、みっこはわたしからウイスキーの瓶を受け取り、蓋を開ける。
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だけど、グラスを見つめる彼女の瞳には、どこか暗い翳りがさしている。どんなにはしゃいでみせても、わたしには感じる。
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って。
まるで深い憂鬱を隠すかのように、ダブルデートなんかをくわだてて、恋人でもないダンス仲間と、ディスコに来て、わざとらしいくらい陽気に振舞って…
そうまでしなきゃいけない理由《わけ》って、なんだろ?
ただ、『踊りたいだけ』じゃなく、もっと別の思いを、みっこは抱えてるのかもしれない。
ふと、バースプーンを持つみっこの手が止まった。
虚ろに宙を見ていたみっこは、できあがったばかりのカクテルを、アイスバケットに流してしまう。
そうして、「ふぅ」とためいきを漏らし、長い睫毛を伏せながら、眉間にしわを寄せた。
「あたし… 気が滅入るのがわかってて、どうして来ちゃったんだろ」
それは聞き取れるか取れないかくらいの、ほんとにか細いささやき。
ディスコの強烈なサウンドに紛れて、きっと川島君にも芳賀さんにも、届いていない。
だけどわたしには、はっきりそう聞こえてしまった。
「…みっこ?」
みっこが今にも消えてなくなりそうで、わたしは不安になる。
「…あ。いや~ね! あたしったらカクテル作るの、ちょっと失敗しちゃって…」
気分を変えるかのようにそう言って、みっこはキャッキャとはしゃいでみせる。
だけどそれさえ虚しくなると、突然“カタン”とバースプーンを置き、ポーチを掴むと素早く立ち上がった。
「みっこ?」
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しかしその刹那、わたしにははっきりと見えた。
彼女がいつも隠して見せまいとしている、深い哀しみの表情を…
「みっこ? みっこじゃないか! 久し振り。元気だった?」
そのときだった。
『彼』が現れたのは…
ドレッシングルームへ向かいかけたみっこは、振り向きざまに相手を認めると、思わず立ち止まった。
凍りついたように立ちすくむ彼女の顔から、さっと血の気が失せる。
わたしは声をかけた人を振り返った。
そこには25・6歳くらいの背の高い、仕立てのいいスーツを着た落ち着いた感じの、容姿の整った男性が立っていた。
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