Campus91

茉莉 佳

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Invitation 11

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「相手に不満が出てきたってこと?」
「…そうじゃないわ。きっと」
みっこはふっと微笑み、自嘲じちょう気味に言った。
「あたしがモデル失格だから」
「みっこ…」
「高校二年生の終わり頃には、あたしの身長はもう、伸びなくなってしまったのよ。
学園祭の夜にも言ったけど、ステージモデルになるには、最低でも身長165センチくらいは必要なの。
身長がなきゃ、モデルとしての力量を見られる前に、書類審査で落とされてしまうの。モデルになる資格がないのよ。
だから、食事もタンパク質の多いものをるようにしたり、毎食必ず牛乳飲んだり、運動をしたり、雑誌に載ってる方法を試したり…
背を伸ばすために、それこそいろんな努力をしたわ。だけどあたしの身長は、158センチもいかないで止まってしまった。
パパは175センチ以上あるし、ママも172センチでステージモデルをやってた。
当然ママも、あたしもそのくらいは伸びるだろうと思ってて、あたしにもモデルになることを望んで教育していたから、とってもがっかりしてた。自分の存在が全否定されたように、あたしは感じたの。
モデルってのは、だいたい20歳くらいまでにその方向が決まってしまうから、あたしに残された時間は少なくて、『今まで自分がやってきたことは、なんだったんだろう』っていう虚しさと、『これからどうすればいいの』って不安とで、あたしはかなり焦ってた。
一時は、服が好きだから、作る側になろうかなって、本気で考えたり、ダンスやピアノの道に進もうかとも思ったり、もちろん、身長が低くてもできるモデルの仕事を探したりもしたわ。
でもそういう仕事って、やっぱりあたしが望んでいるものじゃなくて、あたしはイライラして、ちょっとしたことで、すぐ情緒不安定になっていた。
なのに、直樹さんに相談しても、あの人は『モデルを続けろ』って言うばかりで、全然あたしの悩みをわかってくれようとしなかったの。

あの日だって、いっしょに撮影したモデルから、身長のことでからかわれて、すごく落ち込んでいたところに、直樹さんが、『じゃあ、ぼくが慰めてあげるよ』なんて言って、覆いかぶさってきた。
セックスであたしの気分を変えられるって思ってる無神経さと思い上がりに、あたし腹が立って、大声を上げて、思わずあの人を突き飛ばした。
そしたらあの人、『そんな怖い顔すると、せっかくの美人が台無しだ』なんて言うの。
なんだか絶望したわ。
その頃からあたし、『直樹さんがあたしを好きなのは、あたしがモデルをしていて、女子高生で美人で、他の人に自慢できるから』なんて、傲慢なこと考えるようになってしまって…
そんなことばかりだったから、夏休みに入って、卒業後の進路を考えないといけなくなった頃には、あたしは怒りっぽくなってしまって、ちょっとしたことですぐ、直樹さんやママとけんかしてた。
もう、自分のことを考えるので精いっぱいで、他の人の気持ちまで頭が回らなくなって、どんどんイヤな自分になっていっちゃって…」

彼女の言葉は、切羽詰まってきたかのように、次第に速くなっていく。
「秋くらいになると、もうお互いに自己主張するしかなくなって、セックスもあの人の欲望のはけ口にしか思えなくなって、あの人の匂いも吐く息もイヤになって、苦痛になって…
そうなってくると、なんだかまっさかさまに転がり落ちるって感じ。
あたし、モデルも直樹さんもママもすっかり生理的に受けつけられなくなってしまって、もう、こんな最悪の状態からとにかく抜け出したくって!」
興奮しながらみっこはそう言うと、はっとして口を噤んだ。
きっとこの子には、『まっさかさまに転がり落ちていく』そのときの情景が、ビデオテープを再生するかのように、鮮やかにはっきりと見えるんだ。
興奮を抑えるかのように、みっこは大きく息を吸い込むと、肩の力を抜いて、ティーカップを手に取った。

つづく
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