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18 Rip Stick ~before side
Rip Stick 12
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「中原由貴さん、だったわよね。イラスト上手ね~。華があるわ」
小池さんは感心したように、イラストと由貴ちゃんを交互に見た。
「そんな、ありがとうございます」
「中原さんは、絵で食べていくつもり?」
「えっ? そ、そんなことはあんまり考えてなかったけど… そうできればいいかなぁ、ってくらいで…」
「ね。今度、洋服に使う生地のプリント用の原画描いてみない? こんなリースのイラストとか、動物のキャラクターとか、花とか小物が素敵に描ける人。わたし探してたのよね」
「え? ほんとにいいんですか? わたしなんかで」
「もちろんよ。このショーが終わったら、ゆっくり他の作品も見せてね」
「はい!」
“ジリリリリリリ…”
そのとき、アリーナ全体にベルの音が鳴り響き、会場のエントランスの方から、たくさんの観客のざわめきや足音が聞こえてきはじめた。5時半の開場時間になったんだ。
「よしっ。おしゃべりはもうおしまい。今から気合い入れていくわよ!」
やわらかな笑顔から、キリリとした仕事の顔に戻って、小池さんはみんなにカツを入れる。他のスペースの女の子たちも、ベルを機にいろいろ作業しはじめて、ざわついていた楽屋は一気に張りつめた雰囲気になった。
「じゃあ、わたしたちは客席の方から観てるわねぇ~」
「頑張って下さい、みっこちゃん」
「あ~あ。今年も出たかったなぁ~。いいなぁ~、みこちゃんは」
そう言いながら、ナオミと由貴ちゃんは楽屋を出ていった。小池さんとミキちゃんは、他のスタッフと衣装や道具の最後のチェックをはじめ、みっこは鏡に向かって、メイクを直しはじめた。
「なんだか久し振りね。みんなでわいわい、おしゃべりしたのって」
唇にグロスを塗りながら、みっこが言った。
「そうね。みっこも忙しかったし、みんなが揃ったのも久し振りだったわね。藍沢さんや上村君も顔を見せたし、なんだか今日はオールキャストって感じ」
「オールキャスト?」
「藤村さんと星川さんも来てるでしょ。今日はみっこのまわりの男性が、みんな集まってるってこと。みっこモテていいわね」
「ふふ。ほんとにあたしって、モテモテね」
みっこはそう言って、ペロリと舌を出した。
そのとき、再び会場にベルの音が鳴り渡る。
「開演10分前で~す!」
進行係の女の子が悲壮な表情で叫び、楽屋の雰囲気がまた一段、厳しくなった。
そういえば去年は、このファッションショーを、客席から観たんだった。
あのときみっこは、ステージを喰い入るように見つめたあと、突然席を立って会場から出ていった。その言動の裏側に、みっこのファッションへの複雑な想いを、わたしはかいま見た気がした。
そんなみっこが、今年は『モデル』としてステージに立ち、わたしが『フィッター』(モデルの着替え補助)として手伝うなんて、あのときは思いもしなかったな。
開演5分前のベルを合図に、準備を終えたモデルやスタッフたちが、バックステージに集まってくる。
壁一枚隔てた向こうの客席からは、ざわざわと波のようなざわめきが聞こえてきて、大勢の観客の息づかいを感じる。
「すごい。超満員よ。立ち見までいる」
客席をのぞき見ただれかの声が、薄暗いステージの袖にやけに響き渡って、余計に緊張を高める。
“ジリリリリリリ…”
そして6時。
いよいよ、ショーの開演。
客席のライトが落ちていき、会場全体が次第に暗くなる。
わたしたちの待機しているバックステージも、誘導灯と非常灯以外の光が全部消え、目を凝らさないと周りが見えない。
観客席は真っ暗になり、ざわついていた会場も、水を打ったように静まり返る。
「出て!」
タイミングを見計らい、進行係の女の子が小声で合図すると、ステージの袖でスタンバイしていた、黒尽くめの衣装を纏った25人のモデル全員が、真っ暗なステージを、息を殺して足音を忍ばせ、それぞれのポジションについて、ポーズをとった。
つづく
小池さんは感心したように、イラストと由貴ちゃんを交互に見た。
「そんな、ありがとうございます」
「中原さんは、絵で食べていくつもり?」
「えっ? そ、そんなことはあんまり考えてなかったけど… そうできればいいかなぁ、ってくらいで…」
「ね。今度、洋服に使う生地のプリント用の原画描いてみない? こんなリースのイラストとか、動物のキャラクターとか、花とか小物が素敵に描ける人。わたし探してたのよね」
「え? ほんとにいいんですか? わたしなんかで」
「もちろんよ。このショーが終わったら、ゆっくり他の作品も見せてね」
「はい!」
“ジリリリリリリ…”
そのとき、アリーナ全体にベルの音が鳴り響き、会場のエントランスの方から、たくさんの観客のざわめきや足音が聞こえてきはじめた。5時半の開場時間になったんだ。
「よしっ。おしゃべりはもうおしまい。今から気合い入れていくわよ!」
やわらかな笑顔から、キリリとした仕事の顔に戻って、小池さんはみんなにカツを入れる。他のスペースの女の子たちも、ベルを機にいろいろ作業しはじめて、ざわついていた楽屋は一気に張りつめた雰囲気になった。
「じゃあ、わたしたちは客席の方から観てるわねぇ~」
「頑張って下さい、みっこちゃん」
「あ~あ。今年も出たかったなぁ~。いいなぁ~、みこちゃんは」
そう言いながら、ナオミと由貴ちゃんは楽屋を出ていった。小池さんとミキちゃんは、他のスタッフと衣装や道具の最後のチェックをはじめ、みっこは鏡に向かって、メイクを直しはじめた。
「なんだか久し振りね。みんなでわいわい、おしゃべりしたのって」
唇にグロスを塗りながら、みっこが言った。
「そうね。みっこも忙しかったし、みんなが揃ったのも久し振りだったわね。藍沢さんや上村君も顔を見せたし、なんだか今日はオールキャストって感じ」
「オールキャスト?」
「藤村さんと星川さんも来てるでしょ。今日はみっこのまわりの男性が、みんな集まってるってこと。みっこモテていいわね」
「ふふ。ほんとにあたしって、モテモテね」
みっこはそう言って、ペロリと舌を出した。
そのとき、再び会場にベルの音が鳴り渡る。
「開演10分前で~す!」
進行係の女の子が悲壮な表情で叫び、楽屋の雰囲気がまた一段、厳しくなった。
そういえば去年は、このファッションショーを、客席から観たんだった。
あのときみっこは、ステージを喰い入るように見つめたあと、突然席を立って会場から出ていった。その言動の裏側に、みっこのファッションへの複雑な想いを、わたしはかいま見た気がした。
そんなみっこが、今年は『モデル』としてステージに立ち、わたしが『フィッター』(モデルの着替え補助)として手伝うなんて、あのときは思いもしなかったな。
開演5分前のベルを合図に、準備を終えたモデルやスタッフたちが、バックステージに集まってくる。
壁一枚隔てた向こうの客席からは、ざわざわと波のようなざわめきが聞こえてきて、大勢の観客の息づかいを感じる。
「すごい。超満員よ。立ち見までいる」
客席をのぞき見ただれかの声が、薄暗いステージの袖にやけに響き渡って、余計に緊張を高める。
“ジリリリリリリ…”
そして6時。
いよいよ、ショーの開演。
客席のライトが落ちていき、会場全体が次第に暗くなる。
わたしたちの待機しているバックステージも、誘導灯と非常灯以外の光が全部消え、目を凝らさないと周りが見えない。
観客席は真っ暗になり、ざわついていた会場も、水を打ったように静まり返る。
「出て!」
タイミングを見計らい、進行係の女の子が小声で合図すると、ステージの袖でスタンバイしていた、黒尽くめの衣装を纏った25人のモデル全員が、真っ暗なステージを、息を殺して足音を忍ばせ、それぞれのポジションについて、ポーズをとった。
つづく
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