灰焔の残響の中で (R16)

ウルフィー-UG6

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第1巻 ― 再生の残り火

第14章:重なり合う世界

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翌朝。
山の冷えた空気が小さな山小屋に満ちる中、ネリアとウェンズワースは早くに目を覚ました。
ウェンズワースは急いで薪を暖炉にくべ、火を起こす。
ネリアはその前に座り込み、身を震わせた。

「人目を避けるのは分かるけど、ちょっと極端すぎない?」

ネリアは言う。

「時期が悪いだけだ。
暖かい季節なら景色は見事だぞ。
それに今は誰も来ない。」

ウェンズワースは答えた。

彼は台所へ向かい、瓶を持って戻る。
中身を鍋に注ぎ、火の上に掛けた。
床に座り、手を擦り合わせてから火にかざす。

「一晩中考えてたんだけど。
ひとつ分からない。
ここに来るとき、特別な力はないって言われた。
じゃあ、どうしてあれが私の中にいるの?
向こうが考えを変えたの?」

ネリアは戸惑いながら問う。

ウェンズワースは笑い、軋む天井へ視線を向けた。

「関係ない。
我らのマナが形を取る理由は、今も分からん。
だがあれはお前の延長だ。
強くもない。
お前と共に学び、限界もお前と同じだ。」

説明する。

「じゃあ結局、最初と同じで弱いままってことね。」

ネリアは肩を落とす。

「ちょっとくらい特別だと思ったのに。」

「特別だ。
ただし別の意味でだ。
お前は早く学べる。
俺は教会の一件の後、五年も無力だと思い込んでいた。」

ウェンズワースは言った。

彼は立ち上がり、鍋を下ろす。
中身を杯に注ぎ、ひとつをネリアへ差し出す。
再び隣に座り、自分の杯を前に置いた。

「約束した通り話そう。
俺があれの存在を知ったのは十の頃だ。
戦の最中だった。
誰も見るべきでないものを見た。
死ぬ恐怖に呑まれた時、エルズリーネは現れた。」

穏やかに語る。

「……それで私を殺そうとしたの?
恐怖が目覚めさせるから?」

ネリアの声は冷たい。

「近い。
俺に起きたなら、お前にも起こるかもしれんと考えた。
拒絶の後、空気の震えを感じた。
泣きながら出て行くお前を見て、仮説を立てただけだ。」

彼は続ける。

「安心しろ。
殺すつもりはなかった。
そして結果は出た。」

二人はひと口飲む。
ネリアは炎を見つめるが、視線は虚ろだ。
思考が巡る。
もし自分が応えなかったら。
どこまでやったのか。
小さく身震いした。

「疑問は尽きんだろうが。
飲み終えたら外へ出るぞ。
長々と説くより、見せた方が早い。」

ウェンズワースは杯を口に運ぶ。

ネリアは頷き、一気に飲み干した。
寒さも熱さも気にしない。
二人は立ち上がり、厚着をして外へ出る。
果てなき森に囲まれた広い空き地が、朝露に光っていた。

「ここなら十分だ。
少し離れる。
失敗して野宿は御免だ。」

歩き出す。

目的の場所に着くと、ウェンズワースは振り向き、銀貨を取り出した。

「魔法の理屈は知っているか。
両親や周囲が使うのを見ただろう。」

問う。

「うん。
ママは水を温めたり。
でも……あの人が炭になった時も見た。
本で読んだものとは違った。
路地でも。」

ネリアは答えた。

「なら段階は見ているな。
人は三つに分かれる。」

気楽な口調で続ける。

「まずは最も多いもの。
日常の魔法だ。」

左手に銀貨を持ち、右手をネリアへ向ける。
指を半ば閉じ、窪みを作る。
言葉も動きもなく、小さな炎が掌に灯った。

「誰もが持つ。
殺すためではない。
稀に身を守る程度だ。
だが足が遅ければ、生き延びられん。」

彼は言った。

背に手を回し、布を取り出す。
ネリアはすぐに気づく。
自分の剣だ。
布を解き、右手で握る。
布は風に舞った。

集中する。
ネリアは父がテリシアと鍛錬する姿を思い出す。
黄金の光を纏う剣。
だが今、柄の宝玉が脈打つ。
青い光が心臓のように明滅する。

「見事だ。
誰が鍛え、誰が付与したか知らんが、稀な仕事だ。」

剣を見つめながら呟く。

「どうして金色じゃないの?
パパのは金色に光る。」

ネリアは尋ねる。

ウェンズワースは微笑む。

「石が注いだマナを受け止め、刃を包む。
石ごとに性質がある。
石がなければ、見るのは生のマナだ。
そしてこれが、強化された刃の力だ。」

彼は木へ歩み寄る。

一瞬集中する。
青い光が激しく脈打つ。
鋭い一閃。
刃は抵抗なく幹へ沈んだ。
引き抜くと、深い裂け目だけが残った。

「扱いを心得て、手にするものと繋がれれば、すべては武器になり得る。
それが俺の言う“内在魔法”だ。
己を強化する。
魔力、速度――あるいは……」

彼は木を指差す。

「物を形作る。」

「そんな簡単に?
集中するだけで何でもできるの?」

ネリアは目を丸くした。

「いや。
……どう説明するか。
ラジオを想像しろ。
遠く離れた相手と話すには、同じ周波に合わせねばならん。
精度が高いほど、声は澄む。
原理は似たようなものだ。」

ウェンズワースは言う。

「でも、その“周波”ってどうやって知るの?
私たちに“49.7”って書いてあるわけじゃないし。」

ネリアは眉を寄せた。

ウェンズワースは剣を手の中で滑らせ、刃を握って柄をネリアへ差し出す。

「数値はない。
だが聞けばいい。
語りかけるものに集中しろ。
鋼と思うな。
自分の延長だと思え。
具現する存在と同じだ。」

ネリアは剣を握る。
初めて手にした時の感覚が蘇る。
触れた瞬間、冷たいものが身体を走る。
微かな囁き。
頭の奥へ入り込もうとする。

目を閉じる。
理解しようとする。
だが雑音のように混じり合い、意味を結ばない。

「……できない。
何か言ってる気はするのに、ぐちゃぐちゃで。」

目を開けた。

「当然だ。
今できたら、そちらの方が怖い。
続きへ進もう。
いずれ掴める。」

ウェンズワースは答える。

彼は右手に銀貨を取り、ネリアに見せる。
理由は分からない。
路地で見た使い方は知っている。

「第三の分類。
俺が“外在魔法”と呼ぶものだ。
名は単純だが、本質を示している。
例えるなら……我らの世界の銃だ。」

銀貨を仕舞う。

少し下がり、銃を構える姿勢を真似る。

「引き金を引けば、致死の弾が放たれる。
前に何があろうと貫く。
だが俺は威力を制御できる。」

指で引き金を引く仕草。
空気を裂く音。
鈍い衝撃。

ネリアは彼の指した方を見る。
樹皮に光る何かが突き刺さっている。

近づく。
銀貨が食い込んでいた。
仕舞ったはずなのに。
戸惑いながら引き抜き、戻る。

「そんなにお金持ちなの?
それに、さっきみたいに爆ぜなかったのはどうして?」

問う。

ウェンズワースは笑い、湿った草に腰を下ろす。
ネリアも倣うが、すぐに衣服が濡れ、冷えが伝わる。

「金ではない。
塗装した金属片だ。
内在魔法で強化し、射出する。
さて最後の要点――魔法円だ。」

落ち着いて言う。

「魔法円?
二年前に聞いたけど、意味は分からなかった。」

ネリアは首を傾げる。

「力の段階分けだ。
今の銀貨は第二円。
十分に強力だが、単一目標に限る。
詠唱なしで即応できる分、その制約がある。」

彼は息を吐く。

「詠唱?
ママは水を温めるとき、何も言わない。」

言いかけて止まる。
樽の水を冷やしたあの男は、言葉を唱えていた。

「無詠唱は速い。
だが精度は荒いか、範囲が狭い。
詠唱は精密、あるいは広域。
その代わり時間がかかり、無防備になる。」

ウェンズワースは答えた。

「でもパパは何も言わずに剣を強化する。
動きも正確。
どうして?」

ネリアは考え込む。

「そこが複雑だ。
だが本質は単純。
己や物へ作用するのは、マナの転移だ。
像を思い描き、それを流す。
対象は一点。
だから精度は自然と定まる。
銀貨と同じ理屈だ。」

彼は集中した目で説明する。

「つまり、想像すればいい?
でも詠唱は?
適当に言葉を並べればいいわけじゃないよね。」

ネリアは目を細める。

「そこが問題だ。
言葉は創作ではない。
複雑な研究が刻まれた典籍――コデックスに記されている。
学院で学ぶか、師を得ねば扱えん。
無知なまま無理に使えば……
最悪、死ぬ。」

ウェンズワースの声は重い。

ネリアは唾を飲み込む。
真似をしていた過去を思い出す。

「でも最後に一つ。
どうして五年待たなきゃいけないの?
それに魔法円はいくつあるの?」

さらに問いを重ねる。

「……答えは明白だろう。
お前の身体だ。」

ウェンズワースは静かに言った。

ネリアは自分の身体を見下ろした。
彼の言わんとするところが掴めず、困惑する。

「ここではお前は子供だ。
当たり前のことだがな。
だが同時に、マナにとっては砕けやすい器でもある。
防ぎが整わぬうちは、内側から潰される。
毒のようなものだ。
身体が慣れ、取り込み、耐えられるようになって初めて、害なく具現できる。
もし乳飲み子に無理やり覚醒を施したらどうなるか。
火にかけられた肉のようなものだ。
想像はつくだろう。」

穏やかだが揺るがぬ声だった。

ネリアはぞくりとする。
裾を握る手が湿る。

「最後の問いだが。
現在確認されているのは四円までだ。
だが第四円に至る者は稀だ。
それは殲滅の魔法。
人体を極限まで追い込む。
用いれば脳の繋がりが損なわれる。
その後、一人で生きられなくなった者もいる。」

彼は言い終えた。

立ち上がり、尻についた草を払う。
ネリアも数瞬遅れて真似る。

「第五円があるという噂もある。
だが誰も信じていない。
第四の後遺があれだ。
もし存在するなら、神の域に触れる。
神々が許すとは思えん。」

片目を閉じた。

その日残りの時間は、基礎の反復に費やされた。
理屈を身体に落とし込むための訓練。
最初こそ慎重だったネリアも、やがて喜びと焦りが勝る。
ウェンズワースは幾度も制止した。
身体の限界を超えるなと。

やがて夜。
卓を囲み、肉と野菜を口にする。
ネリアは小さく咳払いをした。

「ねえ。
前はどこに住んでたの?
どうしてここに来たの?」

ためらいが滲む。

ウェンズワースは食べ物を喉に詰まらせかけ、叉を置き、胸を叩く。
荒く嚥下し、潤んだ目でネリアを見る。
目元を拭った。

「すまん。
驚いただけだ。
以前はイングランドにいた。
職は……」

言い淀む。

「私はフランス。
他人の書いた言葉に命を与える仕事をしてた。」

ネリアは助け舟を出す。

「ならば率直に言おう。
厄介な人間を消す仕事だ。
報酬と引き換えに。
暗殺者だ。
常に影に生きてきた。
だが家族を持った。」

ウェンズワースは続けた。

ネリアは固まる。
身体が動かない。

彼は近づき、頭に手を置いた。

「怯えるな。
無差別に殺す者ではない。
生きるために必要なことをしただけだ。
そして二つ目の問いだが――俺を殺したのは妻だ。」

微笑む。

「……奥さんが?」

ネリアは小声で問う。

ウェンズワースは息を吐き、視線を遠くへやる。
やがて手を離し、席へ戻る。

「そうだ。
職は知っていた。
隠してはいない。
彼女だけが、俺を闇に沈めずにいた。
だがある日、越えてはならぬ契約を受けた。
皮肉なものだ。
彼女の血縁を手にかけた。
怪物だと思うか。
だが選択はそれしかなかった。
断れば、彼女が狙われた。
それでも――知った時、まさか彼女が終わらせるとは思わなかった。
地上で四十年。
そしてここだ。」

声は静かすぎた。

彼は食事を再開する。
ネリアはもう何も聞けない。
沈黙のまま皿を空にする。

やがてウェンズワースが叉を置き、ネリアをじっと見た。

「今度は俺の番だ。
なぜ幼子を演じ続ける。
前世の知を活かそうとしない。
理解は早いはずだ。」

そう問いかけた。

「どうしてって……?」

ネリアは呟く。

喉が締まり、言葉を探す。
やがて小さく息を吐き、口を開いた。

「格好いい理由じゃない。
生まれた時、母は死んだ。
父はずっと私を恨んでた。
二人きりでいるのが耐えられなくて再婚して……そこから地獄。
継母は毎日、何でも私のせいにした。
些細なことで殴られた。
父は私を嘘つき扱い。
それで、私は閉じこもった。」

視線は下がったまま。

少し間を置く。
思い出すこと自体が苦い。
だが彼が語った以上、自分も語る。

「十九で働き始めて、家を出た。
生活は安定して、結婚もした。
完璧じゃなかったけど、優しい人だった。
でも二十三の誕生日。
仕事に出ている間、別の女と楽しんでるのを知った。」

再び言葉を継ぐ。

「それで、どうしてここに?
そいつが――」

ウェンズワースが言いかける。

「違う。
愚かだったのは私。
橋から飛び降りようとした。
でも戻ろうとした瞬間、足を滑らせた。」

ネリアはかすかに笑う。

重い沈黙。
視線は交わらない。

「子供を演じてるのは、本気でこの人生を楽しみたいから。
最初は物語の英雄みたいになりたかった。
でも気づいた。
もっと大事なものがある。
愛してくれる両親。
あたたかい人たち。
前の人生を混ぜたくない。
持ってなかったものを、今は味わいたい。
比べる癖はあるけど、それ以上はしない。」

肩の力を抜いて言う。

「なるほどな。
ならば教える側としても覚悟がいる。
魔法の習熟には年単位を要する。
だが我らには前世の知がある。
使わねば、遠回りだ。」

ウェンズワースは答えた。

立ち上がり、卓を片付ける。
ネリアも手伝う。
やがて二人は暖炉の前に腰を下ろし、炎を黙って見つめた。

「今日はもう十分だ。
休もう。
お前の旅はここからだ。
先は長い。
備えろ。」

ウェンズワースが言う。

ネリアは頷き、立ち上がる。
用意された小さな寝室へ向かう。
着替え、床に潜り込む。
瞼はすぐに重くなり、意識は夢へ沈んでいった。
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