【完結】追放された私、宮廷楽師になったら最強騎士に溺愛されました

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第十章

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その夜、アーロンの執務室に呼ばれた。

「お疲れ様、クレア」

彼は私を椅子に座らせた。

「今日の演奏、完璧だった」
「ありがとう」

私は微笑んだ。

「でも――何か問題があるの?」

アーロンの表情が、険しくなった。

「ああ。情報が入った」

彼は机の上の書類を手に取った。

「ストラトフォード侯爵が、裏で動いている」

私の背筋が冷たくなった。

「どういうこと?」
「侯爵は表向き、お前の能力調査を諦めたように見せている。だが実際には――」

アーロンは書類を私に見せた。

「闇ギルドに接触し、お前の誘拐を計画しているらしい」

私は息を呑んだ。

「誘拐......」
「ああ。王宮から連れ出し、魔導師団の秘密研究施設に監禁する計画だ」

アーロンの声は、怒りを帯びていた。

「侯爵は、お前の音花の恵みを研究し、その力を兵器として利用しようとしている」

兵器。
私の力が、人を傷つけるために使われる。
そんなこと、絶対に許せない。

「でも、どうして闇ギルドが侯爵に協力を?」
「金だ」

アーロンは吐き捨てるように言った。

「侯爵は莫大な報酬を提示している。それに、闇ギルドにとっても、王室魔導師団との繋がりは利益になる」

私は拳を握り締めた。

「いつ、実行されるの?」
「まだわからない。だが、近いうちに動くはずだ」

アーロンは私の手を取った。

「クレア。今日から、お前の警護を強化する。一人で外出することは禁止だ。必ず、俺かエリンが同行する」
「わかったわ」

私は頷いた。

「それから――」

アーロンは一呼吸置いた。

「もし、万が一お前が連れ去られた場合。音花の恵みを使って、俺に知らせてくれ」
「どうやって?」
「光の鳥を、俺のところへ飛ばせ。それが目印になる」

アーロンは真剣な表情で続けた。

「必ず、お前を助けに行く。絶対にだ」
「ありがとう、アーロン」

私は彼の手を握り返した。




同じ頃――。
王宮の西翼、魔導師団の執務室。
ストラトフォード侯爵は、窓の外を眺めていた。
月明かりが、彼の冷たい横顔を照らしている。
「侯爵様」

扉がノックされ、一人の男が入ってきた。
黒いローブを纏った、魔導師団の副団長だった。

「ブラッドフォード。報告は?」
「はい、闇ギルド『黒蛇』との交渉、成立いたしました」
「そうか」

侯爵は満足げに頷いた。

「報酬は?」
「金貨五千枚。それと、魔導師団の研究成果の一部を提供する約束です」
「高い買い物だが――」

侯爵は振り返った。

「あの娘の能力を手に入れれば、安いものだ」

彼の目には、狂気じみた光が宿っている。

「音花の恵み。音楽を物質化する能力。それは単なる芸術ではない。
情報収集、防御、攻撃――あらゆる分野で応用できる、究極の兵器だ」

ブラッドフォードは恭しく頭を下げた。

「さすが、侯爵様。お見通しでございます」
「王太子殿下は、芸術だの才能だのと甘いことを言っている。だが――」

侯爵は冷笑を浮かべた。

「この国を強くするには、力が必要だ。クレア・エヴァンスの能力は、我が国の軍事力を飛躍的に向上させる」
「いつ、実行いたしますか?」
「三日後」

侯爵は即答した。

「クレアが音楽堂で定期演奏会を行う日だ。その帰り道を狙え」
「承知いたしました」

ブラッドフォードは退室した。
一人残された侯爵は、再び窓の外を見た。

「クレア・エヴァンス。お前の才能は、私が正しく使ってやる」

彼の口元に、邪悪な笑みが浮かんだ。



翌朝、楽師控室。
私が入ると、ヴィクトリアが一人、窓辺に立っていた。

「おはよう、ヴィクトリア様」

私は挨拶した。
だが、彼女は振り返らなかった。

「......ねえ、クレア様」

ヴィクトリアは窓の外を見たまま、言った。

「あなたは、努力したことがあるの?」
「え?」
「私は――幼い頃から、必死に練習してきたの。
朝から晩まで、指が血を流すほどハープを弾いた。母に褒められたくて。父に認められたくて」

ヴィクトリアは拳を握り締めた。

「でも――父は決して私を認めてくれなかった。
『お前の演奏には魂がない』『技術だけでは一流にはなれない』と、いつも言われた」

彼女は振り返り、私を見た。その目には、涙が浮かんでいた。

「それなのに、あなたは――選考会で首席合格。近衛騎士団隊長との婚約。
王室専属楽師。全てを、簡単に手に入れた」
「ヴィクトリア様――」
「私が何年もかけて目指してきたものを、あなたは数日で手に入れた。どうして? どうして、あなたばかり」

ヴィクトリアの声は、悲痛なものだった。
私は――彼女の気持ちが、少しだけわかった。

努力しても報われない苦しみ。
認められない悔しさ。
私だって、叔父の屋敷で同じような想いをしてきた。

「ヴィクトリア様」

私は彼女に近づいた。

「私も、努力してきました。母を亡くし、父を亡くし、叔父に虐げられながら、必死に音楽を続けてきました」
「でも――」
「確かに、私は運が良かったのかもしれません」

私は正直に言った。

「アーロンに出会い、グレゴリー卿に助けられた。一人では、ここまで来られなかった」

ヴィクトリアは黙って聞いていた。

「でも、ヴィクトリア様。あなたの努力は、決して無駄ではありません」

私は彼女の手を取った。

「選考会で、あなたの演奏を聴きました。技術は完璧でした。ただ――」
「ただ何? 魂がないって言うんでしょ?」

ヴィクトリアが自嘲的に笑った。

「父の言う通りよね」
「違います」

私は首を振った。

「あなたの演奏には魂があります。ただ――それを解き放つ勇気が、まだないだけです」
「勇気......」
「ええ」

私は頷いた。

「音楽とは、心を開くことです。自分の感情を、ありのままに表現すること。それが怖くて、あなたは技術の殻に閉じこもっている」

ヴィクトリアの目が、わずかに見開かれた。

「でも、いつか――あなたもその殻を破る日が来ます。私は信じています」

私は微笑んだ。
ヴィクトリアは――涙を流した。

「ごめんなさい、クレア様」

彼女は声を震わせた。

「私、あなたに嫉妬して、ひどいことばかり言って......」
「いいえ」

私は彼女の肩を抱いた。

「謝らないで。あなたの気持ち、わかりますから」

ヴィクトリアは私の肩で泣いた。まるで、長年溜め込んでいたものを、全て吐き出すように。
その時、扉が開いた。
マーガレットたちが入ってきた。

「あら、二人とも早いのね――」

マーガレットは私たちの様子を見て、口を閉じた。

「あ、あ~......後で来ますわね」

彼女は気を遣って、扉を閉めようとした。

「いいえ、大丈夫です」

ヴィクトリアは涙を拭いて、顔を上げた。

「皆さん、おはようございます」
「おはよう、ヴィクトリア」

エリザベスが優しく微笑んだ。

「今日も一緒に、頑張りましょう」

ヴィクトリアは――初めて、心からの笑顔を見せた。

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