14 / 14
第十四章
しおりを挟む同じ頃――。
アーロンは侯爵の屋敷を捜索していた。
だが、屋敷には誰もいなかった。
「おかしい......」
アーロンは眉をひそめた。
「侯爵の姿がない。それに、研究資料も全て持ち出されている」
その時、窓から金色の光の鳥が飛び込んできた。
「これは――」
アーロンが鳥を指先に乗せた途端、鳥の体に文字が浮かび上がった。
『王宮地下。秘密研究施設。急いで』
まちがいない。
クレアからのメッセージだった。
「隊長、どちらへ!」
「ここは囮だ。警備の者だけ残し、あとは全員俺について来い」
アーロンは即座に屋敷を飛び出し、王宮へと愛馬に乗って駆けた。
道中、もう一羽、光の鳥が暗闇のなか、王宮の部屋へと入るのが見えた。
あの場所は、王太子殿下の私室だ。
「さすが、俺の婚約者だな」
アーロンが王太子と合流することを読んでのことだろう。
必ず助ける。
待っていろ。クレア。
◆
私は研究室の中央に立たされ続けていた。
もう何分、いや何時間演奏させられ続けているのだろう。
だが指をとめれば、彼らが何をしてくるか分からない。
――お父様、アーロン、助けて。
「ふはははは! いいぞ。既定の量の二倍に達したか。陛下もきっとお喜びになる」
侯爵は光の粒子が詰め込まれた透明な容器をうっとりと眺めている。
「さあ、もっと奏でるがいい! 使い道は山ほどあるのだからな」
侯爵が容器片手に唾を飛ばして私に迫る。
周囲には魔喰いの水晶を持った魔術師たち。
逃げ場はなかった。
もうどこにも。
そう思った次の瞬間、研究室の扉が轟音と共に吹き飛んだ。
煙の中から、一人の男が現れる。
黒い髪に精悍な顔立ち。鋭い瞳。たくましい腕にしっかりと握られた剣。
アーロンだった。
「――よくも、俺の婚約者に手を出したな」
彼の声は、怒りに満ちていた。
アーロンの剣は抜き身で、その刃は青白い光を放っている。彼の背後には部下たちが付き従っていた。
「クレア、最初に会った夜のことを覚えているか!」
「!」
家を追い出され、王都までの街道を歩いて向かった日。
彼と初めて会った夜、音花の恵みを証明するために行ったこと。
アーロンが剣を肩に担いだまま、割れた壁の破片を手に持った。
そうよ。あの時、私は――
一斉に光の粒子が私のもとへと集まる。
魔喰いの水晶があっても、だいじょうぶ。
だって今この場にはアーロンがいるんだもの。
光の盾が展開し、アーロンが私の前に立ちはだかっていた魔術師たちを一掃した。
「~~~~ッ!」
横薙ぎの剣風がびりびりと鼓膜を震わせた。
光の盾を展開した私は文字通り、無傷。アーロンの腕に抱きかかえられる。
「無事でよかった」
「……はい」
アーロンの頬に顔を寄せて、再会を喜んでいると、侯爵が口を割って入った。
「なぜ、ここが分かった!」
「クレアが教えてくれたのさ」
アーロンが肩に止まっていた光の鳥を指し示す。
光の鳥の腹部には、私がとっさに思い浮かんだ言葉がそのまま浮かんでいた。
『王宮地下。秘密研究施設。急いで』
「この鳥が俺のところに飛んできた。お前の居場所を示しながらな」
侯爵の顔が歪んだ。
「まさか......」
「さあ、侯爵。観念しろ。お前の悪事は、全て明るみに出る」
「ふざけるな」
侯爵は叫んだ。
「私は王族の血を引く者だぞ。お前ごとき一介の近衛騎士が、手出しできると思うな」
「できるさ」
アーロンは一歩、前に出た。
「なぜなら、ここに来たのは俺だけじゃない」
その時、扉の向こうから複数の足音が聞こえてきた。
王太子殿下が腹心であるエドワード卿と共に入ってきた。
「ストラトフォード侯爵」
殿下の声は、冷たく厳しかった。
「お前の罪状を読み上げる。闇ギルドとの不正取引、宮廷楽師の誘拐、魔法による強制的な能力抽出の試み。これらは全て、王国の法に背く重罪だ」
侯爵は青ざめた。
「で、殿下......なぜ、ここに」
「アーロンから連絡を受けた」
殿下は答えた。
「お前が地下研究施設でクレアを監禁していると。すぐに、私とエドワード卿で向かった」
エドワード卿が前に出た。
「ストラトフォード侯爵。あなたは王族の血を引く者でありながら、その立場を濫用し、罪なき者を苦しめてきた」
彼は巻物を広げた。
「王太子殿下の命により、あなたの爵位を剥奪する。そして、王国追放を言い渡す」
侯爵は膝から崩れ落ちた。
「そんな......そんなはずは......」
「お前は、芸術を兵器に変えようとした」
殿下は冷たく言った。
「それは、私が最も憎む行為だ。音楽は人を傷つけるためにあるのではない。人の心を癒し、つなぐためにあるのだ」
殿下は私の方を向いた。
「クレア嬢、遅くなってすまない」
「いいえ、殿下。もったいないお言葉でございます!」
王太子殿下に頭を下げられたら、立つ瀬がない。
アーロンは私をずっと抱きかかえたままだし、一向におろしてくれない。
「えっと、その……そろそろ下ろしてもらえませんか」
「だめだ」
駄々っ子みたいなことを言う。
「エリンをつけて、君には心配しなくていいと言ったのに、このざまだ」
「間に合ったじゃありませんか」
「それは、そうだが!」
やっと顔を上げたアーロンの顔はひどく傷ついた表情をしていた。
とても心配してくれていたのだ。
彼の頬をそっと優しくつつみこむ。
「私はまたこの指であなたのために音を奏でられる。それだけで嬉しいのです」
だから、泣き止んで。
アーロンのおでこに一つ、キスを落とす。
すると、辺りの騎士たちからヒューヒューと口笛をかけられた。
「お熱いこって、いいですねえ。隊長」
「いいぞ。もっとやれやれ~」
生き残った魔術師を捕縛しながら、騎士たちが思い思いの声をかけてくる。
そうだった。彼らもいたんだった。
急に現実に引き戻され、私はアーロンから顔を離した。
「お前たち……くそっ。あとで覚えておけよ」
「まあ、私としても今は職務を果たしてもらうことを希望するね。アーロン」
殿下が妙に生温かい目でこちらを見てくる。
申し訳ありません。
なんとも締まらない空気のなか、こうして王宮を揺らす一大事件は幕を閉じたのだった。
128
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】
23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも!
そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。
お願いですから、私に構わないで下さい!
※ 他サイトでも投稿中
【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――
ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。
魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。
ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。
誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。
編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?
灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。
しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?
【完結】辺境伯の溺愛が重すぎます~追放された薬師見習いは、領主様に囲われています~
深山きらら
恋愛
王都の薬師ギルドで見習いとして働いていたアディは、先輩の陰謀により濡れ衣を着せられ追放される。絶望の中、辺境の森で魔獣に襲われた彼女を救ったのは、「氷の辺境伯」と呼ばれるルーファスだった。彼女の才能を見抜いたルーファスは、アディを専属薬師として雇用する。
「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。
お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。
当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。
彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。
【完結】ハメられて追放された悪役令嬢ですが、爬虫類好きな私はドラゴンだってサイコーです。
美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
やってもいない罪を被せられ、公爵令嬢だったルナティアは断罪される。
王太子であった婚約者も親友であったサーシャに盗られ、家族からも見捨てられてしまった。
教会に生涯幽閉となる手前で、幼馴染である宰相の手腕により獣人の王であるドラゴンの元へ嫁がされることに。
惨めだとあざ笑うサーシャたちを無視し、悲嘆にくれるように見えたルナティアだが、実は大の爬虫類好きだった。
簡単に裏切る人になんてもう未練はない。
むしろ自分の好きなモノたちに囲まれている方が幸せデス。
【完結】転生白豚令嬢☆前世を思い出したので、ブラコンではいられません!
白雨 音
恋愛
エリザ=デュランド伯爵令嬢は、学院入学時に転倒し、頭を打った事で前世を思い出し、
《ここ》が嘗て好きだった小説の世界と似ている事に気付いた。
しかも自分は、義兄への恋を拗らせ、ヒロインを貶める為に悪役令嬢に加担した挙句、
義兄と無理心中バッドエンドを迎えるモブ令嬢だった!
バッドエンドを回避する為、義兄への恋心は捨て去る事にし、
前世の推しである悪役令嬢の弟エミリアンに狙いを定めるも、義兄は気に入らない様で…??
異世界転生:恋愛 ※魔法無し
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆
【完結】氷狼魔術師長様と私の、甘い契約結婚~実は溺愛されていたなんて聞いていません!~
雨宮羽那
恋愛
魔術国家アステリエで事務官として働くセレフィアは、義理の家族に給料を奪われ、婚期を逃した厄介者として扱われていた。
そんなある日、上司である魔術師長・シリウスが事務室へやってきて、「私と結婚してください」と言い放った!
詳しく話を聞けば、どうやらシリウスにも事情があるようで、契約結婚の話を持ちかけられる。
家から抜け出るきっかけだと、シリウスとの結婚を決意するセレフィア。
同居生活が始まるが、シリウスはなぜかしれっとセレフィアを甘やかしてくる!?
「これは契約結婚のはずですよね!?」
……一方セレフィアがいなくなった義理の家族は、徐々に狂い始めて……?
◇◇◇◇
恋愛小説大賞に応募しています。
お気に入り登録、♡、感想などいただければ、作者が大変喜びます( . .)"
モチベになるので良ければ応援していただけると嬉しいです!
※この作品は「小説家になろう」様にも掲載しております。
※表紙はAIイラストです。文字入れは「装丁カフェ」様を使用しております。
※小説内容にはAI不使用です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる