地下室に幽閉された私、実は王国唯一の【刻印の紡ぎ手】のようです

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第八章

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その夜、私は工房で【罪業の紋章】の解除を行った。
ヴァレンタインとロザリンドが見守る中、私は古代文字を編む。

【解放】【赦免】【帰還】。
三つの文字が、空中で複雑な図形を形作る。
やがて、それは光の糸となって、私の手から離れていった。

遥か彼方、追放された継母とセシリアの元へ。
刻印が解除される。
私の体から、重石が取れたような感覚があった。

「これで、終わったわね」

ロザリンドが、私の背中を撫でた。

「よくやったわ、エリス」
「ああ、立派だった」

ヴァレンタインが、私の頭を撫でる。
その手の温かさに、私は思わず涙がこぼれた。

「泣くな。貴女は、正しい選択をした」
「......ありがとうございます」

その時、工房の扉が激しく叩かれた。

「ロザリンド様! 大変です!」

若い店員が飛び込んできた。

「王宮の使者が! エドガー・ランベール様が、エリス様を王宮にお呼びです!」

ヴァレンタインの表情が、険しくなった。

「とうとう来たか......」

翌日、私たちは王宮を訪れた。
ヴァレンタインとロザリンドが同行してくれた。
謁見の間に通されると、玉座の前に一人の男が立っていた。

五十代半ば。銀髪を丁寧に整え、深紅のローブを身にまとっている。
顔には穏やかな笑みを浮かべているが、その目には冷徹な計算が宿っていた。
エドガー・ランベール。

「ようこそ、エリス・フォレスト」

彼の声は、蜜のように甘かった。

「噂には聞いていたが、実に素晴らしい才能をお持ちだ。
【刻印の紡ぎ手】、しかもアデリアの血を引く者。王国の宝と言っても過言ではない」
「......お呼びになった理由は?」

私は、警戒しながら答えた。

「単刀直入に言おう。私の専属刻印師になってくれないか」

エドガーが、一歩近づいた。

「報酬は、年間金貨千枚。貴族の称号も与えよう。住居も、王宮内に用意する。どうだ、悪い話ではないだろう?」
「お断りいたします」

私は即答した。
エドガーの目が、僅かに細められた。

「即答とは......理由を聞いても?」
「私は既に、銀月商会で働いております。今の環境に満足しております」
「銀月商会? あんな小さな店より、王宮の方が遥かに良い待遇だぞ」
「待遇の問題ではございません」

私はエドガーを見つめた。

「あなたは、クラウス・ヴェルナーに指示を出していた方ですね」

謁見の間が、静まり返った。
エドガーの笑みが、消えた。

「......誰から聞いた?」
「クラウスが自白しました」

ヴァレンタインが一歩前に出た。

「エドガー・ランベール。貴殿は、違法な魔法具製造の黒幕だ。クラウスを使って、若い職人たちを搾取していた」
「ヴァレンタイン副団長、それは根拠のない中傷だ」

エドガーが冷たく笑った。

「クラウスの証言だけでは、証拠にならない。彼は既に犯罪者だ。信用できる証言とは言えない」
「では、これはどうだ」

ロザリンドが、一冊の帳簿を取り出した。

「クラウスの屋敷から押収された、取引記録だ。
ここには、あなたの名前が何度も出てくる。違法な魔法具の発注主として」

エドガーの顔が、僅かに強張った。

「それは......偽造だ」
「偽造? では、これは?」

ロザリンドが、もう一つの書類を見せた。

「あなたの署名入りの契約書。クラウスに、年間金貨五千枚の報酬を支払うと約束している。これも偽造か?」

エドガーは、言葉に詰まった。

「......私は、正当な取引をしていただけだ。違法な魔法具など、知らない」
「知らない? では、なぜクラウスの工房には、あなたが設計した【支配の首輪】の図面があった?」

ヴァレンタインが、図面を広げた。
そこには、エドガーの筆跡で、詳細な設計図が描かれていた。
エドガーの顔が、蒼白になった。

「これは......罠だ! 誰かが私を陥れようと......」
「もうよい」

玉座から、声が響いた。
第一王子、アルベルト殿下だった。

「エドガー・ランベール、証拠は揃っている。卿の爵位を剥奪し、全財産を没収する。そして、終身刑を言い渡す」
「殿下! お待ちください! 私は......」
「連れて行け」

騎士たちが、エドガーを取り押さえた。
彼は叫び、抵抗したが、無駄だった。

「こんな......私は、王国のために働いてきたのに! 私の研究は、王国の発展のために......」
「黙れ」

アルベルト殿下が冷たく言い放った。

「卿のしてきたことは、犯罪だ。若い才能を搾取し、違法な道具を作らせ、利益を貪った。そんな者に、王国への忠誠など語る資格はない」

エドガーは、騎士たちに引きずられていった。
その姿は、哀れだった。
かつての権力者が、全てを失って崩れ落ちる。
謁見の間に、静寂が戻った。

「エリス・フォレスト」

アルベルト殿下が、私を見つめた。

「卿の才能と勇気、見事だった。これからも、王国のために力を貸してくれるか?」
「はい、殿下」

私は深く礼をした。

「ただし、銀月商会で働きながら、という条件でお願いいたします」

アルベルト殿下が、微笑んだ。

「構わない。ロザリンド・シルヴァの元でなら、安心だ」





王宮を出ると、夕陽が王都を赤く染めていた。

「やったな、エリス」

ヴァレンタインが、私の肩を叩いた。

「貴女、立派だったぞ」
「ヴァレンタインとロザリンドさんのおかげです」
「いいや、貴女の力だ」

ロザリンドが、優しく微笑んだ。

「さあ、帰りましょう。今夜は、お祝いよ」

三人で、銀月商会への道を歩いた。
心は、軽かった。
長い戦いが、ようやく終わった。

継母も、セシリアも、クラウスも、エドガーも。
私を陥れようとした者たちは、全て自業自得の報いを受けた。
そして私は、新しい人生を手に入れた。

「なあ、エリス」

ヴァレンタインが、急に立ち止まった。

「一つ、聞いてもいいか」
「あらたまって何ですか?」

彼が、私の手を取った。

「俺は貴女のこと、気に入っている」

その言葉に、私の心臓が跳ねた。

「え......」
「貴女は強くて、優しくて、才能がある。一緒にいると、飽きない」

ヴァレンタインが、私の目を見つめた。

「俺の、伴侶になってくれないか」

世界が、止まったように感じた。

「ヴァレンタイン......」
「断るなら断っても構わない。だが、俺の気持ちだけは受け取ってくれ」

彼の目は、真剣だった。
私は、胸に手を当てた。
心臓が、激しく鼓動している。

「私......まだ、自分の人生を立て直したばかりで......」
「分かっている。だから、今すぐ答えを出せとは言わない」

ヴァレンタインが、私の手を優しく握った。

「ゆっくり考えてくれ。俺は、待つ」

その温かさに、私は頷いた。

「ありがとうございます......」

ロザリンドが、くすくすと笑っていた。

「あら、ヴァレンタイン。意外と、ロマンチストなのね」
「うるさい」

ヴァレンタインが、頬を赤らめた。
三人で、また歩き始める。
王都の夕暮れは、美しかった。

私の新しい人生が、今、始まろうとしていた。
温かい食事、柔らかいベッド、優しい人々。
そして、私を守ってくれる、強くて優しい騎士。

長い悪夢が終わり、ようやく夢のような日々が始まる。
私は、幸せになっていいのだ。
そう、心の底から思えた。
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