7 / 8
第七章
しおりを挟む査問会が終わり、私はロザリンドと共に銀月商会に戻った。
「お疲れ様、エリス」
ロザリンドが、温かい紅茶を淹れてくれた。
「これで、全て終わったわ」
「はい......」
だが、私の胸には、複雑な感情があった。
継母とセシリアの破滅を見て、スカッとしたというより、虚しさがあった。
「エリス、後悔している?」
ロザリンドが、優しく聞いた。
「いいえ......ただ、もっと違う形で解決できたのではないか、と」
「あなたは優しいのね。でも、覚えておいて。あなたが許しても、法は許さない。
彼女たちは、自分の行いの報いを受けただけよ」
ロザリンドが、私の肩を抱いた。
「さあ、これからはあなたの人生を考えましょう。銀月商会で働く気はない?」
「本当に......いいんですか?」
「当然よ。あなたの才能を、埋もれさせるわけにはいかないわ」
その時、扉がノックされた。
「入りなさい」
ロザリンドが答えると、ヴァレンタインが入ってきた。
「よう、エリス。大役、お疲れ様だったな」
彼が、私の頭を軽く撫でた。
「よくやった。あの場で、よく毅然としていた」
「ありがとうございます」
「礼はいらん。それより......」
ヴァレンタインが、真剣な表情になった。
「一つ、悪い知らせがある」
「悪い知らせ?」
「ああ。クラウスを尋問したところ、興味深いことが分かった。クラウスの背後に、もう一人、黒幕がいる」
私の背筋が凍った。
「黒幕......?」
「王宮の高位貴族で、【刻印の紡ぎ手】の技術を狙っている者がいる。
その男が、クラウスに指示を出していたそうだ」
ヴァレンタインが、窓の外を見つめた。
「名前は、エドガー・ランベール。第二王子派閥の重鎮で、魔法具製造の利権を一手に握っている男だ」
「その人が......私を?」
「ああ。貴女の才能を、自分のものにしたがっている。
クラウスが失敗した今、直接貴女に接触してくる可能性が高い」
ロザリンドが、険しい表情になった。
「エドガー・ランベール......厄介な相手ね」
「ああ。だが、安心しろ。俺が貴女を守る」
ヴァレンタインが、私の肩に手を置いた。
「貴女は、これから銀月商会で働くんだろう? なら、俺が護衛につく。エドガーが手を出せないように」
「でも、副団長がそんなことを......」
「構わん。俺の自由だ」
ヴァレンタインが、不敵に笑った。
「それに、貴女のことをこのまま放っておけん」
その言葉に、私の頬が熱くなった。
それから一週間、私は銀月商会の工房で働き始めた。
ロザリンドが用意してくれた工房は、私の夢のような場所だった。
広々とした作業台、整然と並ぶ道具、質の高い素材。
そして何より、誰にも邪魔されず、心ゆくまで刻印に打ち込める環境。
毎朝、侍女が部屋に来て、優しく起こしてくれる。
温かい朝食を食べた後、工房へ向かう。
そこには、いつもヴァレンタインが待っていた。
「おはよう、エリス」
「おはようございます」
「今日も、俺が護衛だ。邪魔にならないように、隅にいるから」
彼は、工房の隅で剣の手入れをしながら、私の作業を見守っていた。
時々、私の作業を興味深そうに見つめている。
「なあ、エリス。その古代文字、何て意味だ?」
「これは【調和】の文字です。魔力の流れを安定させるために使います」
「ふむ......難しいな」
ヴァレンタインが、感心したように頷いた。
「貴女は、本当に凄い才能を持っているんだな」
「そんな......」
「いや、本当だ。俺には、貴女のしていることの半分も理解できない」
彼が、優しく微笑む。
その笑顔を見ると、私の胸が温かくなった。
ある日、ロザリンドが私の作った照明器具を手に取った。
「エリス、この照明器具、素晴らしいわ」
「ありがとうございます」
「通常の三倍の明るさで、魔力消費は半分以下。こんな効率の良い刻印、見たことがないわ」
ロザリンドが、嬉しそうに笑った。
「これ、王宮に納品しましょう。きっと、高値で買い取ってもらえる」
私の作品が、次々と評判を呼んだ。
貴族たちが銀月商会を訪れ、私の魔法具を指名買いするようになった。
中には、王族の使者も来た。
だが、私は浮かれなかった。
エドガー・ランベールという黒幕が、いつ動くか分からない。
ヴァレンタインは約束通り、毎日私の護衛についてくれた。
朝は工房まで迎えに来て、夕方は部屋まで送り届ける。
「なあ、エリス」
ある日、ヴァレンタインが声をかけてきた。
「貴女は【フェイタル・グリフ】という言葉を知っているか?」
その言葉に、私の手が止まった。
「......どうして、その名前を?」
「昔、貴女の母親、アデリアと会ったことがある」
ヴァレンタインが、遠い目をした。
「俺がまだ新米騎士だった頃、魔獣討伐の任務で重傷を負った。
死にかけていた俺を、アデリアが助けてくれた。
【フェイタル・グリフ】で、俺の死の運命を書き換えて」
私は、道具を置いた。
「母が......あなたを?」
「ああ。だから、俺は生きている。だが、アデリアはその代償で、自分の命を縮めた」
ヴァレンタインが私を見つめる。
「【フェイタル・グリフ】は、禁術だ。使うたびに、使い手の生命力を削る。貴女、まさか......」
「......使いました」
私は、正直に答えた。
「継母とセシリアに、【罪業の紋章】を刻みました」
ヴァレンタインの目が、鋭くなった。
「いつだ?」
「三週間前、地下室に閉じ込められた時に」
「三週間......なら、まだ取り返しがつく」
ヴァレンタインが私の手を掴んだ。
「その刻印を解除しろ。今すぐだ」
「でも......」
「【フェイタル・グリフ】の代償は、刻印を施した時間に比例する。一ヶ月以内なら、解除すれば命への影響は少ない。だが、それを超えると......」
彼の表情が、珍しく険しかった。
「貴女の母は、俺を救うために五年分の命を使った。そして、その五年後に亡くなった」
私の胸が、きりきりと痛んだ。
母は【フェイタル・グリフ】の代償で死んだのか。
「でも......継母たちの刻印を解除したら、彼女たちは......」
「もう十分だろう。あいつらは、既に全てを失った。これ以上、貴女が命を削る必要はない」
ヴァレンタインが、私の肩を掴んだ。
「いいか、エリス。復讐のために、貴女の命を無駄にするな。貴女には、もっと大切なことがあるはずだ」
彼の目は、真剣だった。
私は、深く息をついた。
「分かりました」
27
あなたにおすすめの小説
救国の代償で白髪になった聖女、一度のミスを理由に「無能の戦犯」として追放される ~隣国の覇王に拾われ、愛され、奇跡の力を見せつける~
スカッと文庫
ファンタジー
聖女アリシアは、百年に一度の大氾濫から国を守るため、禁忌の魔力全解放を行い、単身で数万の魔物を殲滅した。その代償として、彼女の美しい金髪は真っ白な「白雪色」に染まり、魔力は一時的に枯渇してしまう。
しかし、その功績はすべて現場にいなかった「偽聖女セシリア」に奪われ、アリシアは「結界を一部損壊させた戦犯」「魔力を失った役立たず」として、婚約者の王太子ギルバートから国外追放を言い渡される。
「失敗したゴミに、この国の空気は吸わせない」
泥の中に捨てられたアリシア。しかし、彼女を拾ったのは、敵対国として恐れられていた帝国の「武徳皇帝」ラグナールだった。彼はアリシアの白髪が「高純度の神聖魔力による変質」であることを瞬時に見抜き、彼女を帝国の宝として迎える。
数ヶ月後。アリシアが帝国の守護聖女として輝きを取り戻した頃、王国では「一度きりの奇跡」だったセシリアの魔力が尽き、本当の滅亡が始まっていた。
「今さら結界が解けたと泣きつかれても、もう私の魔力は一滴も残っていません」
「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」
まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。
目が覚めたら、婚約破棄されていた。
理由は「地味で面白みがない」から。
泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。
最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。
でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。
厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。
そして就任スピーチで宣言した。
「500人全員の名前を、覚えます」
冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。
悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。
元婚約者は——後悔し始めていた。
婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。
なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。
『無能な聖女』と婚約破棄された私、実は伝説の竜を唯一従える『真の守護者』でした。~今さら国に戻れと言われても、もう遅いです~
スカッと文庫
ファンタジー
「魔力値たったの5だと? 貴様のような偽聖女、この国には不要だ!」
聖女として国を支えてきたエルナは、第一王子カイルから非情な婚約破棄を言い渡される。隣には、魔力値を偽装して聖女の座を奪った男爵令嬢の姿が。
実家からも見捨てられ、生きては戻れぬ『死の森』へ追放されたエルナ。しかし、絶望の中で彼女が目覚めさせたのは、人間には測定不能な【神聖魔力】だった。
森の奥で封印されていた伝説の銀竜を解き放ち、隣国の冷徹皇帝にその才能を見出された時、エルナを捨てた王国は滅びの危機に直面する――。
「今さら謝っても、私の結界はもうあなたたちのために張ることはありません」
捨てられた聖女が真の幸せを掴む、逆転劇がいま幕を開ける!
地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした
阿里
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。
追放された地味なメイドは和菓子職人の記憶に目覚める 〜王子たちの胃袋を『あんこ』で掴んだら、王宮で極甘に溺愛されています〜
あとりえむ
恋愛
「起きなさい、この穀潰し!」
冷たい紅茶を浴びせられ、無実の罪で男爵家を追放された地味なメイド、ミア。
泥濘の中で力尽きようとしたその時、彼女の脳裏に鮮やかな記憶が蘇る。
それは、炊きたての小豆の香りと、丁寧にあんこを練り上げる職人としての誇り……
行き倒れたミアを救ったのは、冷徹と恐れられる第一王子ミハエルだった。
バターと生クリームの重いお菓子に胃を痛めていた王族たちの前に、ミアは前世の知恵を絞った未知のスイーツ『おはぎ』を差し出す。
「なんだ、この食感は……深く、そして優しい。ミア、お前は私の最高のパートナーだ」
小豆の魔法に魅了されたミハエルだけでなく、武闘派の第二王子やわがままな王女まで、気づけばミアを取り合う溺愛合戦が勃発!
一方で、有能なミアを失い、裏金のカラクリを解ける者がいなくなった男爵家は、自業自得の崩壊へと突き進んでいく。
泣いて謝っても、もう遅い。
彼らを待っていたのは、処刑よりも皮肉な「全土小豆畑の刑」だった……
これは、一粒の小豆から始まる、甘くて爽快な逆転シンデレラストーリー。
あなたの心も、あんこのように「まあるく」癒やしてみせます。
【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――
ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。
魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。
ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。
誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。
雑草と呼ばれた令嬢は、氷の公爵の庭を咲かせる
もちもちほっぺ
恋愛
亡き母の形見の庭を守ることだけが、フェリシアの居場所だった。
継母に食卓での給仕を命じられ、義妹に母の形見の花を踏みにじられても、父は「仲良くしなさい」と言うだけだった。
植物魔法は「雑草いじり」と蔑まれ、フェリシアはルミナリス家の娘ではなく、使用人以下として生きてきた。
転機は突然訪れる。
「氷の魔王」と恐れられるギルバート・ウィンストン公爵との縁談。嵐の中、馬車も出してもらえず送り出されたフェリシアが辿り着いたのは、十年間何も育たなくなった荒廃した庭だった。
『魔力ゼロの欠陥品』と蔑まれた伯爵令嬢、卒業パーティーで婚約破棄された瞬間に古代魔法が覚醒する ~虐げられ続けた三年間、倍返しでは足りない~
スカッと文庫
恋愛
「貴様のような無能、我が国の王妃には相応しくない。婚約を破棄し、学園から追放する!」
王立魔道学園の卒業パーティー。きらびやかなシャンデリアの下、王太子エドワードの声が冷酷に響いた。彼の隣には、愛くるしい表情で私を嵌めた男爵令嬢、ミナが勝ち誇ったように寄り添っている。
伯爵令嬢のリリアーヌは、入学以来三年間、「魔力ゼロの欠陥品」として学園中の嘲笑を浴び続けてきた。
婚約者であるエドワードからは一度も顧みられず、同級生からはゴミのように扱われ、ミナの自作自演による「いじめ」の濡れ衣まで着せられ……。
それでも、父との「力を隠せ」という約束を守るため、泥を啜るような屈辱に耐え抜いてきた。
――だが、国からも学園からも捨てられた今、もうその約束を守る必要はない。
「さようなら、皆様。……私が消えた後、この国がどうなろうと知ったことではありませんわ」
リリアーヌが身につけていた「魔力封印の首飾り」を自ら引き千切った瞬間、会場は漆黒の魔力に包まれた。
彼女は無能などではない。失われた「古代魔法」をその身に宿す、真の魔道の主だったのだ。
絶望する王太子たちを余目に、隣国の伝説の魔術師アルベルトに拾われたリリアーヌ。
彼女の、残酷で、甘美な復讐劇が今、幕を開ける――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる