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第六章
しおりを挟む王都に戻ると、街の空気が変わっていた。
人々がみな私に頭を下げるのだ。
「リーア様、ありがとうございます」
「あなたこそ、私たちの希望です」
「いいえ、そんな!」
私は英雄になりたかったわけじゃない。
ただ困っている人を見過ごせなかっただけ。
大したことなんてなにもやってないのに。
馬車のなかでこぼすと、隣に座っていたガレスが苦笑した。
「君は本当に無欲だな」
「あなただって人のことは言えないんじゃない?」
元はと言えば秘薬のことを持ち出したのはガレスなのだから。
「バレたか」
ぺろりと舌を出して笑う仕草は、とても私より年上とは思えなかった。
王宮では、緊急の勲功授与式が開かれることになった。
国王陛下自らが、私に勲章を授けるという。
その日、謁見の間は貴族たちで埋め尽くされていた。
そして、そこにはクラウスとエリーゼの姿もあった。
相も変わらず傲慢な態度で私を見ている。
疫病を収束させたのは、お前じゃないと言わんばかりの態度だった。
国王陛下が玉座から立ち上がった。
六十を過ぎても、なお凛々しさが残る貫禄に、背筋を正す。。
「リーア・エルヴィン。そなたの功績は、王国の歴史に永遠に刻まれるだろう」
陛下の声が謁見の広間に響きわたった。
「疫病から数千の民を救い、失われた秘薬を蘇らせた。その手腕は、まさに奇跡と呼ぶべきものだ」
陛下が私の肩に剣を当て、勲章を授ける。
「本日より、そなたに『王国首席錬金術師』そして『白金の賢者』の称号を授ける」
謁見の間がどよめいた。
白金の賢者――王族に次ぐ地位。一代で公爵に匹敵する権威を持つ、最高位の称号だった。
思わぬ贈り物に心臓がばくばくと高鳴る。
「陛下、恐れ多いことでございます」
私は膝をついた。
「遠慮するな。そなたの才能は、王国の宝だ。今後、我が国の錬金術復興に尽力してもらいたいのだ」
陛下の言葉に、謁見の間が拍手に包まれた。
ここまで言われては、引き下がれない。
「承知しました。この身命を賭して、復興に捧げます」
すると周囲からわっと歓声が上がり、謁見の間にいる皆が私の新しい門出を祝福してくれていることが伝わった。
ほんとうに良かった。
しかし、拍手喝采のなか拍手を拒否する者たちがいた。
クラウスとエリーゼ、そして彼らの取り巻きたちだ。
国王陛下の御前だというのに、なんて不敬な……。
陛下が手をあげると、大歓声がようやく止んだ。
先ほどとは打って変わった静けさが謁見の間に広がる。
「さて。この喜ばしい式典の影で、重大な犯罪が行われていた」
陛下の言葉に居並ぶ貴族たちがざわめきだす。
「なんと」「だれがそのような恥知らずな真似を」
貴族たちのざわめきを封じるように、陛下が切り出した。
きっと、あの件だ。
「諸君も良く知る宝物庫盗難事件のことだ。王宮の宝物庫には数百年にわたり、貴重な薬草、鉱物、書物が保管されていた。それを荒らした不届き者を調査した結果、犯人がようやく判明した」
陛下が指を鳴らすと、近衛騎士たちが連行してきたのは貴族に仕える召使たちだった。
「陛下の御前である。誰の命令で魔銀鉱を盗んだ!」
四十代の男盛りの近衛騎士隊長が問い詰めると、召使いは泣きながら答えた。
「エリーゼ様です……エリーゼ様が邪魔をしろと……秘薬を作らせるなと……」
エリーゼの顔から一気に血の気が引いた。
「ち、違います! 私は何も! この者が勝手にやったことですわ」
「証拠は揃っているぞ。エリーゼ嬢」
陛下の声は冷徹だった。
「近衛騎士の捜索により、そなたの私室から盗まれた魔銀鉱が出た。そして調査により、クラウス・フォン・アルトハイムの密会の記録も明らかになった」
クラウスが膝を崩した。
「陛下、それは……僕は、ただエリーゼに相談されただけで……」
「相談?」
陛下の目が鋭くなった。
「リーア・エルヴィンの提案を妨害するよう、わが側近たちに圧力をかけたのは、そなたであろう」
クラウスは何も言えなかった。
「国家的危機において、私利私欲のために妨害工作を行った。その罪は重い」
陛下が宣告する。
「エリーゼ・ド・ロゼリア、そなたの爵位を剥奪する。ロゼリア家の財産の半分を没収し、今後王都への立ち入りを一切禁ずる」
「そんな……」
エリーゼが床に崩れ落ちた。
すぐさま近衛騎士が彼女の体を拘束する。
見るも哀れな変貌ぶりだった。
「クラウス・フォン・アルトハイム、そなたは宮廷魔術師の地位を解任する。アルトハイム家の領地のうち、南部の三つを没収することとする」
「陛下、お許しを……お許しを!」
クラウスの顔が絶望に染まっていく。
だが、陛下は冷たく言い放った。
「国を危機に陥れる者に、慈悲はない。連れて行け」
近衛騎士たちが二人を引きずっていく。
その時、エリーゼが私を睨みつけた。
「リーア……あなたさえいなければ!」
「自業自得でしょう。クラウス様と末永くお幸せに」
もう二度と顔を見ることもないだろう。
私は、彼らに何の感情も抱かなかった。
同情も、憐れみも、怒りも。
ただ、静かな満足感だけがあった。
因果応報。
彼らは自分の行いの報いを受けた。
それだけのことだ。
式の後、ガレスが私に歩み寄ってきた。
「リーア、おめでとう」
「ガレス様こそ、私を信じてくださってありがとうございました」
「いや、私は何もしていない。全ては君の力だ」
彼は優しく微笑んだ。
「これから忙しくなるぞ。学院の設立、錬金術師の育成、そして新たな研究。君の双肩に、王国の未来がかかっている」
「はい。全力を尽くします。でもガレス様も手伝ってくださるんでしょう?」
「まあな。君は時々無茶をするから、お守りは必要だろ」
言うに事欠いて、お守りとはなんですか。
お守りとは。
私を五歳児とでも思ってません?
「まずガレス様は令嬢への振る舞いから学んだ方がよろしいのでは? 私、これでも辺境伯令嬢でしてよ」
「ただの辺境伯令嬢は、失われた秘薬を復活させたり、白金の賢者の称号をもらったりはしないけどなあ」
「……そういうこと言うと、もう【真理の目】で仕事、手伝いませんよ?」
「それは困る! まだ色々と君の力で試して欲しい処方箋があるんだ」
さっきとは打って変わった様子で、下手に出る態度につい笑いがこぼれてしまう。
「いま笑うところあったか?」
「ふふ、だってガレス様ったらまるで大型犬みたいに、しょもん……ってなった顔で」
「大型犬に称されるのは生まれて始めてだな」
私たちは軽口をたたきあいながら、王宮をあとにした。
空には雲一つない青空が広がっていた。
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