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第五章
しおりを挟む私たちは研究室に戻り、秘薬の調合を開始した。
まず、魔銀鉱を粉末にする。
乳鉢で丁寧に砕いていく。粒子が細かければ細かいほど、効果が高まる。
次に、月光草のエキスを抽出する。
花弁を純水に浸し、魔力で成分を引き出す。淡い青色の液体が、フラスコの中で輝く。
竜の涙を一滴ずつ加える。
古竜の涙――伝説の素材。わずか一滴に、膨大な生命力が凝縮されている。
最後に、魔銀の粉末を加え、魔力で攪拌する。
温度管理が重要だった。
60度を保ちながら、一定のリズムで攪拌する。
魔力の注入量も、正確にコントロールしなければならない。
多すぎれば爆発し、少なすぎれば反応が止まる。
【真理の目】で反応を監視しながら、慎重に作業を進める。
一時間後――
フラスコの中の液体が、銀色に輝き始めた。
成功だ。
だが、まだ問題は解決していない。
この秘薬を大量生産する方法を確立しなければならないからだ。
一瓶では、数人しか救えない。
南部では、数千人が苦しんでいる。
私は【真理の目】で秘薬を分析した。
やっぱりそうだ。
「この濃度なら……一千倍に希釈しても効果は維持できるはず」
これを見越して、かつての【真理の目】保持者も超高濃度な薬ができあがるように処方箋を書き残していたのだろう。
一瓶の秘薬を、純水でどんどん希釈していく。
たちまち百瓶分の治療薬が出来上がった。
「これで被災者の方々を救えます」
一息つこうとすると、ガレスが私の隣で子どものように目を輝かせていた。
私が指を動かすたび、魔法でも見るみたいにきらきらと輝く。
ふふ、まるで子どもみたい。
「素晴らしい……これはもはや革命だ! リーア、君は今日、錬金術の歴史を変えたぞ!」
ガレスは私の両肩を掴んで抱きしめた。
「ひえ!?」
令嬢とは思えない変な声が喉から飛び出したけど、ガレスは一向に気づく気配がない。
た、たのむから正気に戻って。
私の顔が林檎のように真っ赤になって、ようやくガレスは顔を離してくれた。
「す、すまない……。浮かれてしまった」
「いえ」
今は早く薬を作らなくては。
けれど火照った頬は簡単に冷めてくれそうになかった。
三日後、私たちは南部の被災地に到着した。
王都の疫病患者を希釈薬で回復させてみせたことで、やっと許可が下りたのだ。
街は死の匂いに包まれていた。
通りには遺体が積み上げられ、生き残った人々は絶望に打ちひしがれていた。
臨時の療養所――元は市場だった場所には、何百人もの患者が横たわっていた。
高熱で苦しむ子供。
激痛に顔を歪める老人。
家族の名を呼び続ける若い母親。
私は秘薬を患者たちに投与した。
一人一人、丁寧に。
同行した宮廷魔術師たちはまだ半信半疑だった。
けれど希釈薬を投与した患者たちが目にもはっきりと回復していく姿を見せれば、ようやっと納得した。
リーア・エルヴィンの才能は本物だったのだ、と――
「錬金術にこんな力があっただなんて……」
「我々がバカだったんだ。なんてことを!」
彼らの悔恨の声を尻目に、私はどんどん希釈薬を投与するよう、宮廷魔術師たちに命じていった。
今は一分一秒でも惜しい。
最初の患者である十歳ほどの少年は、もう意識がなくなりかけていた。
母親が、その手を握りしめて必死に小声でずっと祈っている。
仮に助からなくとも、息子の前で怒り嘆き激高するような真似はしまいと、まるで自分を律するかのように祈りをささげていた。
私は母親の祈りを聞きながら、秘薬を少年の口に含ませた。
一分後――
少年の顔色は一気によくなり、熱は引いていた。
浅かった呼吸が楽になったようだ。
ゆっくりと目が開いた。
「母さん……」
「ああ、良かった。良かった……」
母親は泣き崩れた。
まさに薬の効果は劇的だった。
投与から一時間後、被災地の患者の大半から高熱が引いていた。
呼吸が楽になった。
激痛が消えた。
患者たちの顔に、生気が戻っていく。
「私は……助かったのか……?」
生き残れた奇跡を受け止めきれていない男性が、ぼんやりと私の方を見た。
「ええ。今は安静になさってください」
高熱が引いたとはいえ、失われた体力までは戻ってこない。
寝たきりだった患者たちの手足は細いままだ。
私とガレスは被災者たちの体力回復に役立つ料理を作ることにした。
錬金術も調理も、何かを作って行く過程は一緒だ。
その輪は徐々に宮廷魔術師たちにも広がっていった。
翌日には被災地で見つかった大鍋を洗い、みなで料理を囲んだ。
もう私をバカにする人間は一人もいなかった。
むしろ私に敬意を払う人々ばかり、増えていく。
こうして、被災地での様子を記録した宮廷書記官たちは王都に数々の報告を送った。
辺境伯爵令嬢リーア・エルヴィンが、南の疫病を治した、と。
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