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第四章
しおりを挟む結局、宮廷魔術師たちとの押し問答となり、宝物庫の開放は翌日に持ち越された。
翌朝、宝物庫の扉を開けると、ひどい状況だった。
石造りの壁に備え付けられた棚は引きずり倒され、丁寧に保管されていた瓶は容赦なく割られていた。
貴重な素材は床に野放しというありさまだった。
そして、最も重要な魔銀鉱の保管箱は空だった。
「盗みだと……」
宝物庫に足を一歩踏み入れたガレスの声は怒りで震えていた。
「なぜ、こんな時に。誰が……」
私は薬草や薬瓶が散乱する床に視線を向けた。
【真理の目】で痕跡を追う。
するとさまざまなものが浮かび上がった。
足跡――サイズは小さい。おそらく女性のもの。
魔力の残滓――それは火の魔術特有だった。
そして微かな香水。
石造りの宝物庫とはあまりにも縁遠いかぐわしさ。
この香りは、昨日エリーゼがつけていたものと同じだった。
「計画的な犯行ですね。それも……内部の者による」
私は慎重に宝物庫へ足を踏み入れた。
(こんな場所で盗みを働くなんて、どうして……!)
証拠はまだ不十分だ。
それに、今は犯人を追及している場合じゃない。
「魔銀鉱がなければ、秘薬は作れない」
ガレスが絶望的な表情を浮かべた。
「代わりの素材は……」
「ありません」
魔銀鉱の魔力伝導率と浄化能力は、他の素材では再現できない。
それは、処方を解読した時にはっきりとわかった。
絶望的な状況だった。
このままでは、人々が次々と死んでいく。
魔銀鉱がなければどうにもならない……。
その時、脳裏に祖父の言葉が蘇った。
『リーア、錬金術の本質は変換にあらず。理解にあり。物質の真の姿を理解すれば、道は開ける』
理解。
私は魔銀鉱という物質を、本当に理解しているのか?
思い出せ。
【真理の目】はどんなことにだって答えてくれる。
私はきつく目を閉じ、【真理の目】の力を最大限に引き出した。
視界を外へ、外へと広げていく。
宝物庫から回廊へ、王宮の大広間、騎士団の練兵場、厨房、玉座。
王宮という「物」を構築する物質の構造を【真理の目】で見ていく。
ぶわっと汗が沸いた。
それでもやらなくちゃ。
私に力を貸して……!
壁、床、天井、装飾品、武器、防具……
全ての物質の構造が、透けて見えていく。
その中に――見つけた。
「……はぁ、はぁ。ガレス様」
私はようやっと目を開いた。
気づいた時にはおでこや背中にびっしりと汗をかいていた。
「……王宮の、地下にある旧錬金炉。あれは魔銀合金製ですよね」
「ああ、百年前に使われていた古い炉のことか。今は倉庫で眠っているが」
ガレスは私を見た。
「まさか、あれから魔銀を抽出しようというのか。合金から純粋な魔銀を取り出すなど、通常の錬金術では不可能だ。何百年も研究されてきたが、誰も成功していない」
「【真理の目】なら、できます」
ふらつく体で壁に手をつく。
「だが君は明らかに力を使い過ぎている。無茶だ」
「無茶ムリ無謀、だから何だって言うんです。使える物は何でも使う。錬金術の基本じゃありませんか」
うむを言わさぬ顔で微笑むと、ガレスは一瞬だけ苦しそうな顔を浮かべた。
どうしたんだろ。
私、変なこと言ったかな。
「……今回だけだぞ」
「はい!」
地下倉庫は薄暗く、埃の匂いがした。
旧錬金炉は、部屋の隅で静かに佇んでいた。
高さ二メートルほどの円筒形の炉。表面には複雑な魔法陣が刻まれている。
百年前、この炉でどれほどの数の錬金薬が作られたのだろう。
だが今は、誰にも顧みられることなく、忘れ去られている。
「始めます」
私は両手を炉に当てた。
【真理の目】を発動させる。
金色の光が炉全体を包み込む。
分子レベルで構造を解析していく。
魔銀、銅、鉄、ニッケル――様々な金属が複雑に結合している。
それらを一つ一つ、丁寧に解きほぐしていく。
だが――想像以上に困難だった。
合金は、単なる混合物ではない。
金属同士が分子レベルで結合し、新しい性質を持つ物質になっている。
それを分離するには、膨大な魔力と、完璧な制御が必要だった。
汗が額を伝う。
呼吸が荒くなる。
視界がぼやけてくる。
魔力が急速に消耗していく。
(まだ……まだ終わらせるわけには……)
人々の顔が浮かぶ。
南部の街で、今も苦しんでいる人々。
子供たちの泣き声。
母親たちの祈り。
父親たちの絶望。
(私の力が、必要とされている)
(ここで諦めるわけには……)
意識が遠のきそうになる。
だが、私は歯を食いしばった。
(もう少し……もう少しだけ)
そして――
手のひらに、温かい感触。
こぶし大の純粋な魔銀鉱が、淡く輝いていた。
「成功……した」
力が抜け、その場に膝をついた。
ガレスが慌てて支えてくれた。
「信じられない……合金からの完全抽出など……文献でしか見たことがないぞ」
彼の声は感嘆に満ちていた。
「リーア、君は……君は本当に……すごい。よくぞやってくれた」
「まだ安心するのは早いですよ。これから秘薬を作るんでしょう?」
「ああ、そうだったな」
ガレスに支えられて、私は立ち上がった。
体は限界だったが、まだ終わっていない。
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