調香師見習いを追放されましたが、実は超希少スキルの使い手でした ~人の本性を暴く香水で、私を陥れた異母妹に復讐します~

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第六章

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「リリアーナ! しっかりしろ!」

レオンの声で目が覚めた。
私は調香台の前に倒れていた。

「大丈夫......です」

ふらふらと立ち上がる。
調香台の上には、金色に輝く香水瓶があった。

『生命の輝き』――よかった。ちゃんと完成している。
レオンに支えられながら、私は立ち上がった。

「審査を始めます」

モーリス卿の声が響いた。
まず、グレゴールの作品が審査員に渡される。

王が蓋を開けた瞬間、会場が静まり返った。
それは、圧倒的な香りだった。
千の花が一斉に狂い咲いたような、華やかさ。

百の果実が実った甘美さ。
満開の花の最も美しい一瞬を封じ込めたような鮮やかさがあった。

「これは......」

王妃が涙を浮かべた。

「亡くなった者たちの、......」

グレゴールは黙って頷いた。

「私は、死者の魂から美を抽出しました」

彼の声は、どこか諦めたように響いた。

「生前に最も美しく輝いていた瞬間を封じ込めた。人は年を重ねた時、なにを思い出しますか?
己がもっとも輝いていた瞬間だ。自分が絶頂にあったころの輝き。それを香りとして再現しました」

会場がざわめいた。
死者の魂という、ひどくおぞましいものが使われているはずなのに、漂う香りのなんとかぐわしいことか。
おぞましいがゆえに、惹かれてしまう。
そんな危うさがグレゴールの香りにはあった。

次に、私の作品が審査員に渡される。
王妃が蓋を開けた。

その瞬間――。
会場中に、温かい光が広がった。
それは香りだけではなく、人の五感すら魅了する香りだった。

朝日の暖かさ。
母の抱擁。
友の笑顔。
恋人の優しさ。
生きていることの、全ての喜びが詰まっていた。

「これは......」
「なんという……」

アルベルト王太子が驚いた表情を浮かべた。
王妃も王太子も、気づけば会場にいる者たち全員の瞳から涙がこぼれていた。

ずっとこの香りの中にいたい。
この中で生き続けたいという本能が涙となって流れ続けていた。

「まさに生きている魂の香り」

モーリス卿が厳かに言った。

「リリアーナ嬢は、自分自身の魂を香料にしたのですね」

その一言で、人々の陶酔は覚めた。

「自分の魂を? そんな危険なこと......」
「だからこそ、みな、涙を流しているのでしょう。不覚にも私もだ」

モーリス卿は裾で涙をぬぐったが、会場にいる誰もがまだこの匂いを嗅いでいたいという気持ちは一緒だった。
明らかにグレゴールの香りをかいだ時とは異なる感覚、異なる印象。

もはや結果は明らかだった。

「グレゴール氏の作品も、すばらしかった。しかし我々はまだ生きている――」

モーリス卿がゆっくりと私の作品を掲げた。

「リリアーナ嬢の香りには、生きることへの喜びが詰まっているのですから」

長い沈黙の後、王が立ち上がった。

「判定は、リリアーナの勝利とする」

会場が割れんばかりの拍手に包まれた。
グレゴールは、ただ黙って立っていた。
そして――彼は笑った。

「私の、負けだ」

その笑顔は、どこか安堵したように見えた。
まるで憑き物が落ちたような顔だった。


* * *


勝負の後、グレゴールが私に近づいてきた。

「見事だった」

彼の声は、穏やかだった。

「君は、私が失ったものを持っている」
「失ったもの?」
「生きることへの、純粋な愛だ」

グレゴールは黒い小瓶――母の魂――を取り出した。

「これは、君に返そう」
「え?」
「エレナは、素晴らしい調香師だった」

グレゴールは遠い目をした。

「彼女は最後まで抵抗した。『娘を、調香師として育ててほしい』と」

涙が溢れてきた。

「だが、私は彼女の魂を閉じ込め、香料にした。許されないことだ」

グレゴールは小瓶を私の手に握らせた。

「これで、少しは贖えるかもしれない」
「グレゴール......」
「イザベラ王女」

グレゴールは振り返った。
観客席にいたイザベラが、冷たい表情で立っていた。

「契約は破棄させてくれ。私は、もう調香師を辞める」

イザベラの顔が歪んだ。

「契約違反よ。分かっているの? 代償を」
「ああ、分かっているとも」

グレゴールは微笑んだ。

「構わない。どうせ、私はもう長くない」

彼の体が、徐々に透けていった。
まるでこの世のものではなくなっていくかのように。

「な、何が......」
「闇調香術の代償だ」

グレゴールは淡々と言った。

「他人の魂を奪い続けた結果、自分の魂が蝕まれた。もう、この体は保たない」
「そんな......」
「いいんだ。これで、やっと娘に会える」

グレゴールは目を閉じた。

「リリアーナ、君に最後の忠告だ」
「はい」
「【魂香創成】は、諸刃の剣だ。使いすぎれば、君も私のようになる」

彼の体が、光の粒子となって消え始めた。

「だから、大切な人のためだけに使いなさい」
「グレゴール!」
「さよなら......そして、ありがとう」

グレゴールは最後に、穏やかな笑顔を見せた。
そして、光となって消えていった。
後には、母の魂が入った小瓶だけが残された。


* * *

「なんていうこと! おのれ、グレゴール」

イザベラが立ち上がった。

「私は諦めないわ。レオナルド、あなたは即刻、国に戻りなさい!」
「断ると言っているだろう」

レオンが前に出た。

「なら、力ずくで――」
「待て、イザベラ」

新たな声が響いた。
扉が開き、威厳のある老人が入ってきた。
白髪に、深紅の瞳。レオンやイザベラと同じ色。

「父上......!」

レオンとイザベラが驚愕した。

「あれはシルヴァニア国王、エドワルド三世陛下!」

会場が一気に慌ただしくなった。

「レオナルド」

国王は息子を見た。

「お前の報告は受け取った。【魂香創成】の使い手を見つけたと」
「はい」
「そして、呪いも薄れつつあると」

国王はレオンの顔を覗き込んだ。

「......真だな。お前の目、昔の輝きを取り戻している」
「父上」

国王は娘を見た。

「イザベラ、お前の忠義は嬉しい。だが、弟の幸せを奪う権利は、お前にはないのだ」

イザベラは唇を噛んだ。

「でも、父上。呪いは――」
「呪いは、もはや問題ではない」

国王は微笑んだ。

「真実の愛こそが、呪いを打ち破る。それを、レオナルドは見つけたのだ」

国王は私に向き直った。

「リリアーナ、だったな」
「はい」
「息子を、よろしく頼む」

その言葉に、頬が熱くなった。
イザベラは深いため息をついた。
「......分かったわ。私の負けよ」
彼女はマントを翻して、大広間を後にした。
その背中は、どこか寂しげだった。
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