無能冒険者、魔王の娘を助けたら結婚することになりました ~スキル<畜産>にモンスター育成が追加されたので、軍を育てて勇者を蹂躙する〜

凩凪凧

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プロローグ 〜魔王の娘とモンスター育成〜

魔王の娘、解呪する2

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 言い終えると、瞬間、魔法陣はラビーニャへと収束していく。
 そして光が視界のすべてを包み込む。あまりの眩しさに俺は強く目を閉じた。

 静寂、だけが残されていた。

 次第に視力は回復し、部屋の状況が明らかになる。
 するとそこには、何事もなかったのように寝息を立てているラビーニャの姿と、その隣でベッドに腰かけたセーラの姿があった。

「これで一応は解呪成功ですわ」
「これだけなのか?」
「えぇ、間違いありません。加護を打ち消すために闇の魔法を使いました」

 闇魔法? さすがは魔王の娘と思った。だけれども、その言葉のおかしさに俺は気づく。

「加護? 呪術? 逆じゃなかったのか?」
「呼び方にしか違いはありませんわ、呪いの中にも人を強化するものだってありますもの」

 例えば狂戦士の呪いであったりだろうか。自我を失う代わりに凄まじい膂力を手に入れることができる。
 だけれども、思いつくものはそれくらいだ。

「魔法には疎くてな……」
「仕方ありませんわ、人間は自身にかかっている加護を取り除こうだなんて思いませんもの。神官や呪術師には見抜けません」

 彼女は大きく息を吐いた。
 解呪には多く魔力を使うのだろうか、その顔には少し疲れの色が出ていた。
 しかし、それだけの加護がかかっていたということなのだろう。

 顔色の良くなったラビーニャを見るたびに俺は安堵の感情を覚える。
 セーラには本当、感謝してもしきれないな。
 
「『アンディミカの加護』、ラビーニャさんにかかっていたのも一面で見たら戦闘を潤滑にするためのものでしかありません」
「愛をつかさどる神の名だな」

 ジェラルド神話の中でも名の通ってい神様である。比較的メジャーでとっつきやすいからであろうか。
 彼女は俺の言葉に頷いた。
 

「そう、アンディミカは愛の神様ですが、それと同時に嫉妬と束縛の側面も伝えられていますわ。 この加護はそういったものですのよ」

 セーラはラビーニャの髪をそっと撫でる。
 細い指先は、栗色の束をパラパラとばらけさせた。

「対象者は加護をかけた人物の近くにいる限り、その力を享受する。だけれども、離れれば離れるほど、それは呪いと化しますわ。愛するものを近くにいることしか許さない、狂った魔法ですわ」

 神の名前にふさわしい加護、ということだろう。
 セーラのおかげでラビーニャを苦しめていたものの正体はわかった。
 しかし、俺の中にはまだ釈然としない部分が残っていた。

「だが、誰がなんのために?」
「貴方の妹君が欲しかったのでしょうね、わたくしから見ても美人ですもの」
「自慢の妹だからな、だが中身もいいことをお前は知らないだろう」
「……ウォレンってシスコンですわよね」

 赤の瞳の温度が下がる。その色とは裏腹に冷たい視線が俺に刺さる。
 俺はなにも気にしていないけど。

「シスコンで何が悪いんだ? 俺は妹のことを誇りに思っている」

 そう反論すると、彼女は複雑そうな顔で目をそらしてしまった。

「うん、まぁ、その辺りは置いていてくださいまし……」
「いいのか? ラビーニャの素晴らしいところを今後のために共有しておきたいのだが」

 妹のことについては語っても語りつくせない。
 このまま明日の朝まで話してもよかったのだが、セーラはあまり乗り気ではなさそうだった。

「わかった、また今度にするよ」
「彼女はいつごろから体調が悪くなったのですか?」

 その問いに、俺は記憶の網を手繰り寄せる。
 あの時、何があったのか、誰かにあったなどなかったのか。

「そうだな、五年前くらいだ」
「そのころにこの辺りを勇者パーティーが通った。そうではありません?」
「……あぁ、通ったな。だが流石にあいつ等でもそんなことをするか?」
「しますわよ、わたくしにも似た加護をかけてきましたからね」
「えぇ……、本当節操ねぇな」

 色狂いの勇者には本当、呆れてしまう。
 しかし、街にはいき、遠目から眺めぐらいはしたものの、ラビーニャと接触する機会などなかっただろう。
 勇者パーティーは領主からの接待も受けていただろうし。

「確かに、ラビーニャとともに見物くらいには行ったが、何もなかったはずだが?」
「ではその時とはまた別の時でしょうか」

 顎を指でつまみ、考え込むセーラ。そして俺も何かきっかけがなかったか、また思い出す作業に入る。
 だけれども、何も思い出せず、彼女もまた、何も思いつかなかった。

「私はあの時、教会にいました」

 いつの間にか、彼女は眼を開いていた。
 ラビーニャが体を起こすと、肩のところで切りそろえられた栗色の髪が揺れる。青と赤の四つの瞳が俺をみていた。
 
「ラビーニャ、もう大丈夫なのか?」
「えぇ、兄さんのおかげで――」

 彼女の唇はピンク色に戻っており、血色も良くなっていた。
 だけれども、言葉の途中で彼女はぐらりと体を揺らす。

 俺は咄嗟に彼女を腕で支えた。

「危ないだろう、まだ寝ておけ」
「兄さんが支えてくれるから大丈夫です」

 ゆっくりと腕を下ろし、彼女をベッドへと寝かしつける。
 その様子を見て、セーラが息を漏らす。

「加護が完全に消えるにはもう少しかかりますわ。大部分はわたくしの魔術で消し去りましたが、今まですり減らされていた体力までは治っておりません。今は寝ておくのが吉ですわよ」
「……えっと、こんな目の前で話されてすやすやと眠れないですよ」
「それもそうだな」
 
 さすがにうるさくしすぎたか、呪いが解けたという喜びで、すっかり気づかいがなくなっていた。
 ラビーニャの視線が俺から彼女へと移る。
 
「そこの女の人が私を助けてくれたんですよね」
「セーラ・ジ・ギルバード・セラニウムですわ」
「えっと、━━━━蛆虫さん、ありがとうございます」
「礼なんていり――え?」

 なにかとんでもない発言が聞こえた気がする。
 涼しい顔をしているラビーニャとは裏腹に、俺とセーラは目を丸くしていた。

「すいません、つい言い間違えてしまいました」
「貴方、今うじ虫って」
「どんな言い間違えなんだよ」

 そう突っ込みを入れると、ラビーニャはぶつぶつと呟き始める。

「兄さんにつく悪い虫――いえ、女――人間、……人間?」
「わかったわ、わたくしが悪かったですわ」

 セーラが少し引いているみたいだった。
 俺も少し引いている。
 だけれども、今はそんなことを水に流して、はっきりとさせないことがあったのだった。

「それよりもラビーニャ、あの時って?」
「五年前、街に行ったとき、兄さんが肉を卸している間の話です」
「そこに、勇者パーティーの神官がいたのですね」

 セーラの言葉にラビーニャは頷いた。

「加護を授けるっていう話でした」
「ドンピシャじゃねぇか、なんで黙っていたんだ?」

 少なくとも、俺は彼女からそのようなことを聞いた覚えはない。
 確か、あの時、十五分程度しか単独行動していないはずだった。

「それが、私も今の今まで忘れていたんです。 さっき、目覚めてからどうしてこんなことを忘れていたのだろうって」
「……忘却魔法、ですわね」

 神妙な声でセーラが呟いた。
 つられて俺も声が出てしまう。

「あいつら、ラビーニャになんてことを」

 呪いのような加護をかけ、挙句それを忘れさせるなんて、悪逆非道にも尽きるだろう。
 おそらく、時間が出き次第、加護を解いて恩を着せるつもりだったのだろう。
 そんな策略が目に見えて、腹が立って仕方ない。

 そして妹だけじゃない、人をものとしてしか見ていないのが俺は許せなかった。
 だからセーラが言った言葉に俺は同意する。

「許せませんわね」
「あぁ、許せねぇ」
「この借りはいずれ奴らに返すことといたしましょう」
「だが、あいつらは腐っても勇者だぞ」
「問題ありませんわ、そのために貴方がいて、私がいるのですもの」

 セーラが俺の肩に手を置く。そして軽くウィンクを飛ばしてくるのだった。
 その様子を見てか、ベッドのほうから黒い炎が沸き立っているのを俺は感じた。

「兄さん、どういうことですか? なんでそんな距離近いんですか? その女から離れてください」
「セーラさん、だ。お前の命の恩人だぞ」

 軽くラビーニャの額を小突くと、彼女は不満そうに唇を尖らした。

「でも兄さんはその女の命の恩人です」
「俺のことは関係ないだろ、俺はちゃんと聞き分けてくれる妹のほうが好きだぞ」
「……わかりました、セーラさん。この度は命を救っていただき、ありがとうございます」
 
 ラビーニャが頭を下げるのと同時、セーラも同じように頭を下げる。

「いえ、こちらこそ。私の怪我の治療、ありがとうございますわ。それにこの服も、貴方のものでしょう?」
「えぇ、ですから、この借りはいずれ――」

 にっこりとほほ笑むラビーニャ。しかし、目だけは笑っていないのを見て、セーラはまた複雑そうな顔を見せる。
 そして俺にそっと耳打ちをする。

「ちょっとウォレン、貴方の妹、やばくありませんか?」
「あぁ、そうだろ。俺の自慢の妹だ」
「……貴方に聞くのが間違いでしたわ」


――ウォォォォォォォォォォォォン!!!

 それはまさしく狼の遠吠えだった。
 家の近くの森、いやもっと近く、玄関の外から数メートルも離れてないだろう。

 その恐ろしい声に俺とラビーニャは顔を見合わせた。

「魔物の遠吠え!? こんな近くで?」
「兄さんのゴーレムがやられたと言うの?」

 この辺りは俺の牧場範囲である。スキル畜産でそう選択しているために、牧場ゴーレムが魔物や盗賊から防衛もしているはずだ。
 だが、その範囲内から魔物の声がするとしたら、それは突破されてしまったことを指していた。

 パニックに陥りそうな俺たちをセーラは落ち着いた声でいさめた。

「いえ、安心してくださいまし。そろそろ変化が訪れると思ってましたの」
「……まさか、俺のスキルのモンスター育成技能か?」

 俺の脳内をふとよぎる先ほどの声。その解放の一部にそんな言葉が含まれていたのを思い出した。
 そのもしかしてに、セーラは頷いた。

「察しが早くて、助かりますわ」

 セーラはベッドから立ち上がり、客間の扉に手をかけた。

「さて、それでは外へと参りましょうか?」
「あ、ラビーニャはちゃんと寝ておくんだぞ」
「えっ、そんなぁ、後生ですよ兄さん!」

 こっそりとベッドから出ようとしていたので俺は釘をさしておくことにしたのだった。

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