箱庭の宝石

膕館啻

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《19》

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授業は順調に進んでいた。今度、教室の外で何かやってみようか。それだったらこのクラスだけでなく、他とも一緒にできる。植物の観察や実験は……微妙か。彼らに雑草を抜かせる為にやったんじゃないかと言われるかもしれない。調理実習はどうだ? 簡単なオヤツでも。あの人に相談してみようか。
しかしこのタイミングだと、緑の生徒の肩身が狭そうだ。リシアもいきなり黒に喧嘩をふっかけてくるかもしれない。
「うーん……」
まずはクラス一つ一つとしっかり向き合うことか。まだまだ緑も白も知らないことの方が多い。黒だってちゃんと話せたことのない生徒がいる。翠は、私の話をちゃんと聞いてくれようとする姿勢は見られる。蛇紋はまず紅玉の側から離すのが難しい。これは灰蓮達のようにはいかない。あの二人は、ただお互いの監視から離れて自由になってみたかったという理由だから。
傍から見ていると、紅玉が蛇紋のことを特別に思っていないのは分かってしまう。それでも蛇紋側はただ真っ直ぐに、何があっても紅玉を一番に考えているようだ。これでは蛇紋を紅玉から離すことはできない。
私は月長にも警戒されているようだが、それよりも難しいのが黒曜だ。彼こそ全く会話ができていない。私に限ったことではなく、他の子とも積極的に話すタイプではないらしいが、あまりにもだ。声を思い出すことができない。周りと比べて、彼の問題集のレベルは少し簡単にしておいた。文字を読むことや理解することはひとまず大丈夫そうだが、やはり教わっていないことも多く、基本からやらないといけない。でも、日常レベルの会話なら問題なくできるはずだ。
黒曜に関してのことは、誰に相談すればいいだろう。やはり蘭晶辺りか、と立ち上がり寮に向かおうとした時、視界の端にふわりと髪が舞った。タイミングを計っていたかのようにぴったりだったので、一瞬呆気に取られていた。
「先生、どうしたの?」
「ああ、ううん。えっと……」
「何か、困ってる?」
意味の無い答えを返した後に、柘榴は私の心を見抜いたかのようなことを呟いた。
「うん。まあそうなんだけど……」
「私に言えないこと?」
「そんなことはないよ。ちょっと場所を変えてもいい?」
「じゃあこっちに来て。誰も来ないから」
空き教室の中でも、特に人の気配がない場所に連れていかれた。この場所に着いてから、どこか柘榴は楽しそうに見える。
「その、黒曜の事なんだけど」
私がどう彼に接すればいいのか分からないと言うと、柘榴はにっこりと笑った。
「黒曜のことなら私に相談して正解だよ。まずは、先生のことをどう思ってるか聞いてきてあげる」
「仲が良いの?」
これは意外だった。二人が一緒にいるようなイメージが上手く掴めない。しかし柘榴なら、どんな人の間でもふわふわと渡り歩いていきそうだ。
「うーん、まぁね。黒曜は何も言わないから不機嫌そうに見えるかもしれないけど、実際はそんな気にしてないよ。何を考えているのか分からない時もあるけど、基本的に自分から何かをするより、誰かに言われたことをやっている方が楽みたい」
「本当に詳しいみたいだね」
「そうだよ。これでも私たちはずっと一緒にいるからね。先生……ね、私も頼りになるでしょ?」
対面に座っている柘榴の手に包まれた。体温が低いイメージがあったが、私の手に伝わる温度は高い。
「ああ……うん」
相手から来られると、それに引っ掻き回されてしまう。彼らの前では、私もただの人に戻されることが多かった。先生らしくしたいが、それを保っていられるほど強くない。
「だからこれからも、私を頼って。紅玉より、蘭晶よりも優しく教えてあげるから」
ついこの間まで私には興味がなさそうだったのに、あの出来事が効いたということか。普通ならあんな状態の彼を放っておくなどできないと思うが、柘榴側にとっては当たり前ではなかったとしたら。私はそんなことで彼の信頼に値する人物に、簡単になってもいいのだろうか。
「ありがとう。うん、柘榴を頼るよ」
真っ直ぐに見つめられて、それを逸らすことはできなかった。彼には不思議な魅力がある。ただ彼が美しいということ以外にも、何か。具体的には分からないが、彼を不快にさせると制裁が加えられるのではと、そんな荒唐無稽だが無視することはできない恐怖が、背筋をそっとなぞった。
「ふふ、私ね。先生の一番……の、お友達になりたいな」
私は曖昧に微笑む。柘榴に今考えていたことが伝わらないように、精一杯口角を上げた。

一息つきたいと部屋に戻って、椅子に腰をかけた時だ。扉を擦るような音。何かが掠めただけだろうか。そのまま様子を伺っていると、小さく叩く音が鳴った。一度目が小さくて聞こえないと思ったのか、二回目はそれの倍の音が出ていた。軽快なリズムは存在せず、そこに誰がいるのか分かってしまった。一人で不安になっているはずだ。少しでも放っておいたら帰ってしまいそうだったので、急いで開けにいった。
「あっ……」
何度か叩いて出なかったら諦めようとか、そんなことを思っていたに違いない。私がそんな風に考える人間だというだけだが。
「来てくれてありがとう。入って」
「……はい」
廊下は物音一つしなかったので、誰もいないタイミングをずっと伺っていたのかもしれない。もう少し入りやすいようにしてあげれば良かったか。
「そこに座って。あ、ちょっと待ってね」
私だけなら必要ないが、皆がここに来るようになったので椅子にクッションを追加した。翠は大人しくそこに座ると、テーブルをじっと見つめる。
もう定番になっただろうか。ミルクを温めて甘くする。ミルクティー、カフェオレ、ココア、ホットミルク、このぐらいのバリエーションしかない。皆は甘いのが好きなのか、それに慣れてしまったのか、今では要望通り結構甘くしている。つい癖で入れてしまったが、彼も同じだろうか。
「良かったら飲んで。熱いから気をつけてね」
どうやら急ぎの用ではないらしい。なかなか飲み出さなかったので、私が自分のカップを口元に運ぶと、ようやくそれを手に取った。
「何か話したいことがあった?」
「……っ」
しばらく間が空いたが、ここに来たのは自分の方なのだからと思ったのか、僅かに口を開いた。別に用が無くても来てくれて構わないのだが、翠はここに来るための理由を考えてきているだろう。
「あの……僕、の」
「ん?」
「僕の成績ってどう、ですか」
恐らく翠が本当に聞きたいことは、それではないのだろう。私と彼は結構似ていると思う。だから、彼の考えていることが手に取るように分かる。安心させてあげたいが、ただ耳馴染みの良い言葉を伝えても彼には届かない。
「悪くないよ。初めのテストのことは気にしなくていい。沢山考えて、頑張って答えを導き出そうとしてくれているのは、問題集を見ればすぐに分かるからね。間違えることを怖がらないで。ただ覚えようとするよりも、理解することを意識してみて」
「みんな、は……」
「皆もそれぞれに得意不得意があるよ。翠しか答えられていない問題もあったしね。でも一人一人勉強している範囲がバラバラだから、ちゃんと比較することはできない。これからのテストも個人用に作るしね。それに、点数もつけない」
困惑したような顔を見つめる。翠は良くも悪くも、普通の子だった。点数が良かったらそれとなく見せびらかしてみて、点数が悪かったら誰にも見せない。一度はある経験だった。今ちゃんと勉強をして、成績のことを気にしてくれる子なんて翠だけだ。穏やかな気分になって思わず笑ってしまうと、更に困った顔になってしまった。
「皆に勝ちたい? それとも、誇れるものが欲しい?」
「……僕、僕だけみんなと違うから」
「違うってどういう事?」
翠は少しずつ、自分の事を話し始めた。紅玉との関係や、結局皆と馴染めなかったこと。残された道は勉強しかなくて、それを得意になりたいのに上手くいかないこと。
「みんなに教えてあげられたら、もっと頼りにしてくれた……かな」
「翠……」
席を立って、彼の頰を拭った。こうして何度もこの頰は涙に濡れてきたのだろう。
「……マシュマロ、食べたくて」
彼と目が合った時に、特に言葉はなかったけれど、分かり合えた気がした。翠の純粋な言葉に頷いて手を繋ぐ。
「こっちにおいで。一緒に作ろう」
温められて、とろりとしたマシュマロをクッキーに乗せる。多少焦げてもなんだか可笑しくて、構わず口に運んでいった。
「チョコレートも、乗せたい……な」
小さな手がポキポキと板チョコを割った。炙るのは危険なので、ボールに入れる。湯煎されたチョコレートは、あっという間に滑らかな状態に変わった。
「いいよ、もっとつけても。うん美味しそう」
少しだけマシュマロにかけるつもりが、チョコレートフォンデュのようになってしまった。食べにくいのか、垂れたチョコレートが指についている。
「翠、手貸して」
丁寧にふき取ると、僅かに頰が染まっていた。火の近くだから熱いだけかもしれないが。そんな様子も可愛らしくて、つい笑みがこぼれてしまう。最近で一番癒された時間かもしれない。
「また来ていいからね……ううん。私が、来てほしいんだ。誘ってもいい?」
控えめに、でもしっかりと頷いてくれた翠の顔が扉の向こうに消える。柄にもなく手なんか振っていた。
翠が少しでも私と同じ気持ちになってくれていたらいいのだが。まだまだあの子の心を溶かすまでは時間かかりそうだ。このこびりついたチョコレートみたいに……もう一度温めたら取れるだろうか。
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