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膕館啻

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《司令塔 支配人室》

紅茶を飲む手を止めて、膝の上に組んだ。
「あの、ご主人様」
ぱちぱちと瞬きをする顔を見つめる。
「あれって何の為にお作りになられたんですか?」
思わず聞いてしまった、そんな表情の彼を撫でてみた。更に戸惑いを濃くした顔で見られる。
「いや?」
軽い調子で返してみると、えっという声が上がった。
「ふふふ、なんというか……はははっ」
「……ご主人様?」
「そんなことより、さっきガトーショコラが焼き上がったみたいなんだ。お茶にしようか」
「……はい!」
くるっと表情が変わった。こんな時に、この子に変えて良かったと思う。やはりあの子の腕は素晴らしい。
「次はどのティーカップを使おうかな」
こちらはいかがでしょうかと、青い食器を持ってくる。それでいいよと返すと、にこりと笑った。


《地下》

目の前に何度も茶色いケーキが横切った。
「はぁーいガイ、あーん」
「……っ」
「無視しないで! ほらほらー美味しそうだよー」
「うるさい。自分で食え」
肘でぐいぐいと押し戻しても、すぐにフォークが目の前に現れる。
「ウェー、たまにはおにーちゃん孝行してくれたっていーじゃーん! いやぁー弟が反抗期でかなしーい!」
「反抗期じゃありませんし、そうだとしても貴方から施しを受ける義務はありません」
呆れて、視線を左に動かした。
「コウ! おかわりおかわりー」
「クリームはこのぐらいでいいか?」
「うーん、もうちょっとー」
「……あなた達はいつもお気楽でいいですね」
つい溜め息を漏らしてしまうと、カップを置いたハルトがニヤニヤとフォークを向けてきた。
「へへ、そういうボスだって、こんな所で優雅に休憩してるじゃないですかぁー」
「わ、私はちゃんと決められたスケジュールで休憩を取っているんですからね。そんなことより……アレはどこに行ったんですか」
全員の顔を見つめたけど、知ってそうな人はいなかった。
「そういえば姿が見えないですね。いつもなら彼の方が先に休憩してるのに。あっちで良いスポットでも見つけたんですかね」
「そうだとしても、アレが何も言わずに一人でどこかに行くとは考え辛いのですが。なぜか通信も切ってるようですし」
「ぷぷぷ、もしかして心配してんのぉ? へーへー仲良しですもんねぇー。クランの嫉妬とか滅多にみれるもんじゃ……ってこともねーか! ハハハッ」
「ちょっとハル……失礼ですよ。ふふっ」
「戻ってきたかったら、すぐ帰ってくるでしょー? 未だに迷う僕じゃあるまいし」
「じ、自覚はあったのか……偉いぞミウ! でも今度は迷わないように、どこか行く時には必ず俺に言うんだぞ!」
「……お前ら」
遊園地の内部を把握できていないとしても、裏に入れるルートは沢山ある。困ったらこちらに連絡しているはずだろう。何かトラブルが起こったとしても、大量にあるカメラが教えてくれる。沢山見ているスタッフが気づかないわけがない。じゃあ可能性は一つだ。彼は自分の意思でどこかに行った。どこだ? 例の少年のところか? 気になるけど、そこまで詮索するべきじゃない。我々の仕事はオマケみたいなものなのだから。私のただの杞憂、胸騒ぎという不確定でわざわざ呼び戻す必要はない。ただ何が起こるか分からないから、目の届くところにいてほしい。それは勝手だろうか。彼らと同じような、小さなワガママなのか。
ぽとりと落としたジャムにまた笑われたのは、言うまでもない。





赤いネオンに光る壁。部屋中を照らすレーザービーム。派手な入り口から見えるのは、様々な賭け事に使うゲーム台だった。
「まさにギャンブルって感じね。カジノまんまよ」
この中のスタッフは全員仮面をつけていた。ポーカーフェイスを極めた仮面達は、淡々とゲームを行なっている。ちょっと不気味だ。
「せっかくだからやってみる?」
「お、いいね」
「私には不向きそうですね……」
「いやいやー無欲な子の方が、がっぽり儲けられるかもよ」
「ゆーやん、やるー?」
「ま、暇潰しにはなりそうだ」
ルリカはどうするか聞こうとしたら、ちょんちょんと服を引っ張られた。気になるところがあるみたいだ。その間に、もう大人達は中に入ってしまっていた。
「どうした……あれ?」
見えてきたのは制服を着た高校生と、もう一人がエスカレーターに乗って上がっていくところだった。思わず足が動いて、急いで追いかける。上は確かゲームセンターだったはずだ。
普通のゲームセンターを思い描いていたら、度肝を抜かれた。確かにこれは、アームを動かして箱の中のぬいぐるみやお菓子を取るアレなのだろう。その景品がぷかぷか浮遊しているのは見たことがない。可愛らしいぬいぐるみ達は手や足を動かして、優雅にその中を泳いでいる。絶対取れなさそう。
そんなことを考えていたら、突然ペガサスが体の横を通り過ぎていった。驚く隙もない。横を向くと、五メートルはありそうなクマさんのポップコーンメーカーが待ち構えていた。
すでに理解が追いつかない中を歩くと、小さい観覧車が現れる。その横では、うさぎがぴょこぴょこと葉を食べていた。かわいい。
床が突然ぐにゃぐにゃになったり、甘い水が降ってきたり、とにかくごっちゃごちゃしてる! って感想がぴったりだ。
「あれ?」
二人組を探していると、いつの間にかプラネタリウムのようなトンネルの中に入っていた。星だけじゃなくて、たまに惑星も流れている。
「こっち……」
ルリカに手を引かれて先に進む。次の道には家が並んでいた。身長と同じぐらいのミニハウスだ。その煙突からはハート型の煙が出ていた。扉を開けると、ハートのエプロンをつけたクマさんがいた。ホットケーキを作っている。
「あっ……」
思わず見入ってしまっていた。気がつくと、二人の影も形も見つからない。
「ま、仕方ないか」
「これあげる」
渡されたのは虹色のわたあめだった。犬小屋の煙突から出てたような気がするけど……。
「色んな味がするんだな、これ」
二人でもぐもぐと雲のようなそれを食べる。もっと甘かったイメージがあったけど、口の中に入れた瞬間にすっと消えてしまう。あまりに淡いので、全部食べられそうだ。
ほとんど一直線なので、そのまま歩き続ける。星型に切り取られた壁の向こうは、またガラリと雰囲気が変わった。紫色の空間にはピンク色のユニコーンや、星型の雲が浮かんでいる。部屋の中心には、回るブランコのようなものがあった。
「可愛いな、乗ってみるか?」
ルリカは言葉には出さないけど、わくわくしているみたいだった。子供向けだし大丈夫だろうと高を括って、二人分の椅子に座る。楽しげなメロディーが流れて、少しずつ回り始めた。
「……なんか早くない?」
足が床から離れ、捕まっていた棒はぐーんと伸び始める。
「いやぁぁあ高い、高いって!」
いつの間にか、床が見えないぐらい上にいた。スピードも絶好調のようで、更に加速する。斜めになる上に、強い風が顔や体に叩きつけられるので、落ちないように必死で棒を掴む。
「あははっ」
隣では恨めしく笑い声がするだけだ。こいつ分かってたな!
「ああ……もう」
声がガラガラだ。まだ乗っている気がする。ふらふらと、床に座り込んだ。やっぱり足がつくところは最高だ。
「はい、これ」
渡されたのは、綺麗な羽だ。どうしたのか聞くと、どうやらこれに乗ると羽が貰えるらしい。飛んでいるユニコーンから抜けたという設定のようだ。
立ち上がって次の場所に向かう。進むにつれて、照明が暗くなっていった。

「あれ、洞窟?」
なぜかこんな所の奥に、問題の洞窟があった。
「りょうさんいないけど……先入っちゃうか。ここまで来るの大変そうだし」
こくんと頷いた手を取って中へ入った。入り口にあったランプを持って進む。最初には行った城程は暗くないし、幽霊系はダメだけど骸骨は大丈夫という謎の好み? のお陰で、ルリカをリードできている。ボートも置いてあったけど徒歩で進めそうだ。ちょっと岩がゴツゴツして歩きにくいけど。
途中に落ちているお金や宝石に目が眩みながらも奥へ進むと、色が変わった。それまでは灰色の薄暗い空間だったのに水は淡いピンク色で、壁はエメラルドグリーンに光っている。水の中には宝箱が置いてあった。手に届く位置だったので取り出してみると、意外にもすぐ開いた。中には大きいネックレスが入っている。ハート型で、真ん中には宝石が埋め込まれていた。
「これをどうするんだろうな」
しばらく悩んでいると、どこからか歌声が聞こえてきた。
「この声……ネックレスから? あっ」
触ると、ポロっと石が取れてしまった。じとっと睨まれたので、慌てて石を戻す。
「いやいや、さすがに元から取れる仕組みだろ! だ、大丈夫だって……」
「……人魚姫の最後、知ってる?」
「えっ? あー……確か泡になっちゃうんだっけ」
「うん。でも王子様を剣で刺せば、人魚に戻れたの」
「まぁ殺せないよなぁ……」
問題の人魚はその有名なお姫様のとは違うけど、こちらも少し切ない話だ。
島から出ると、過ごしていた記憶がなくなってしまった。海賊の男は最後にネックレスを見つけていなかったら、心置きなく旅立つことができたのだろうか?
きっと人魚は分かっていた。自分達のことをすぐ忘れることも、彼が大事にしまっていてくれるだろうことも……そして最後にこれを目にすることも。叶うことのない想いを、少しでも最後に共有したかったのだろうか。愛のような、ちょっぴり呪いのようにも思える品だ。
「とりあえずこれ、人魚のところに返しに行こうか」
白い道はよく見ると貝でできているらしい。その輝きとは別に、視界の端で何かが光った気がした。
「今何か……あれが光ったのか?」
暗くなってきた洞窟の奥に、骸骨が並べられていた。その中の一つは海賊帽を被っている。もしかしてと近寄って服を調べてみると、一枚の紙が見つかった。ルリカと顔を見合わせて頷く。
急に暖かい風が吹いた。次に目を開けると、そこは洞窟の中ではなくなっていた。
「えっ?」
あの岩の前にいた。周りはレンガの道から続く崖ではなく、もやもやと薄いピンクの靄がかかっている。
ふわりと自分たちの手から手紙と宝石が浮いて、岩の上に置かれた。美しく透き通る人魚の歌声が聞こえ始める。優しく手紙を朗読する男性の声が、混ざるように続いた。
霧の中で二人のシルエットが浮かんで、空から光が降り注ぐ。宝石が光って、一筋の線が天まで続いていた。それが弱まってくると、すっきりとした景色が広がる。朝日が登る港町。石と手紙は消えていて、二人の間で全てが解決したのだと分かった。

――ピロリロリン。感傷に浸っている時のこれ。空気を読んでほしい。

問題1
キーワード「ゆ」

問題2
ハロウィンタウンへようこそ! ようこそ!
お菓子の準備は大丈夫? まだならお気をつけ! あなたの後ろには……。
でもね、今日は特別なんだ。ハロウィンもクリスマスもみんな一緒。
さぁ、プレゼントは何が欲しい? 
キャンドルに願いを込めて
ヒント 灯り

「今までと比べて一番謎っぽくないというか、問題にもなってないような……」
「……よかった」
端末から顔を上げる。ルリカは空を見上げていた。よく見ると、薄っすら涙が浮かんでいる気がする。
「……ありがとう」
「ここまで来れたのは、ルリカのおかげだよ。頑張ったな」
少し照れくさかったけど頭に触れて、柔らかい髪を撫でた。ルリカは特に、人魚姫の話には思うところがあったようだ。こちらも解決したのなら良かった。
なんで先に解いちゃったのと、不満を言うりょうさんを宥める。他の人とはまた別れて探索することにした。
町ではオカリナの音に人魚の歌声が重なって、静かに響いていた。
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