2 / 17
★1
しおりを挟む
久しぶりの嵐だった。
激しい雷雨の中、人々は大人しく家に篭り、それぞれに暇を潰していた。そんな矢先、思いがけない事件が起こる。
雨風で心配になった近所の者が森の様子を見に来た際、何か異常を感じて通報した。話によると廃墟になっていた教会の様子がおかしいので、見に来てほしいとのことだ。
さっそく足を踏み入れると、廃墟になっていたはずの教会は、確かに人がいた跡がある。現場は二階まである吹き抜けの造りで、一階にはキッチンと大部屋が一つ。二階には部屋が一つ。
後ろに十字架があるこの大きな部屋は、よくある教会の造りとは別に、中央に何メートルにもなる長い机が置かれていた。
そして机の上には様々な料理が乗っていた。至る場所にカラフルなクリームがついている。それらは乾燥し始めていたが、まだ触ると柔らかい。真ん中辺りのチキンやミートパイの上にも、飛び散ったようにクリームが散乱している。さすがにテーブルを埋め尽くす程の料理は用意できなかったのか、それでも三メートル程は沢山の食べ物が乗っていた。そしてその中で異彩を放っているのが、誕生日ケーキらしき物体だ。
HAPPYBIRTHDAYというお決まりの大きなチョコレートの飾りはバラバラに床に散らばって、ぐちゃぐちゃになっていた。ケーキはほとんどが赤で、元が何だったのかも分からない。肉のような物と、玩具のような眼球。大量の血で染められたテーブルに、この場で起こったことは只事ではないと感じた。
他の場所も回ってみたが、この部屋以外は変わったところがない。そもそも誰かが触れた形成もなかった。キッチンは蜘蛛の巣が全体に作られ、棚や床には埃が積もっている。あの大量の料理はどこから運んだのだろうか。
残りの二階の部屋だけはどうしても開かなかった。中で何かが引っかかっているのか、これは後で開けられるのを待つしかない。
この部屋にいたのはどんな人物だったのだろう。教会自体所有者はいなかった。何年も閉鎖されており、誰も踏み込むことのない敷地の中にある。元々の土地の所有者は、とうの昔にこの世を去っていた。
この事件は人々を震撼させた。遺体と思われるパーツから浮かんだ人物像は、幼い少年のものだったからだ。
一体何が起こり、誰が死んだのか?
教会の真ん中でニヤリと口角を上げてしまっていた。
俺はこの謎を解かない限り、死んでも死に切れないだろう。例え命を失うことになっても、意地でも解いてみせよう。それほどこの場所に、事件に焦がれてしまったのだ。
★
その地域だけのニュースだったはずが、今度は世界中に知れ渡った。
事件の起こった教会で、一人の男が十字架に磔にされていたらしい。内臓は抜き取られ、目の前の皿に盛り付けてあった。そこには『eat me』との血文字まで書かれている。誰の意図なのか、ただの愉快犯か?
そして同一犯か分からないが、現場から五百メートルほど離れた、これまた廃墟になっていた教会の裏庭。苔の生えた、元は綺麗だったであろう白い陶器の置物の前で、男性が同じように臓器を抜かれ殺されていた。その男性の体の周りには大量の懐中時計が置かれている。その気味の悪さと、有名な童話をモチーフにしているかのようなこの犯人は『madhatter』と呼ばれることになる。
そしてこの派手さが原因か、ブラックラビットと名乗る団体からマスコミ宛に、今度はあの教会で誰かを殺すなどの手紙が届いた。それに続いたのか、物語に出てくるキャラクターをもじった偽物の手紙は、机の上に山積みになっていた。
その中で本当に一件の無差別殺人が起きたが、目撃者がいた為呆気なく逮捕された。その時の男は今回の事件に触発されたなどと発言している。
madhatterはカニバリズム者だ。体をほじくって研究している。ただの死体フェチなど様々な噂は収集がつかなくなっていた。
数週間後、新たな事件では女性が狭い物置小屋の中で殺された。遺体の周りには白いバラが散乱していて、そのバラはわざわざ用意したのか、赤い塗料で汚されていた。そしてその横には、『女王の意志を代行する者』と黒炭で書かれた文字が木の床に書いてあった。
全くふざけている。犯人はどういうつもりなんだ。何故全てをあの童話に絡めてくるんだ? まぁ頭のイカれた奴のことなど考えても仕方ない。
そしてまた被害者の身元割りを始めた。
★
ああ神よ……なぜ私はこんな目に合っているのですか。私はそんなに罪深い人間なのでしょうか。自らを犠牲にし、欲望の赴くままに作品に向き合うことは罪なのでしょうか?
呪いの絵――そんな噂を立てられ、その芸術家は呪いの人となり、家は呪われた場所になった。
男の絵はムンクの叫びのようなおぞましい表情、昼か夜か分からない空、抽象的に恐怖を表したような特徴があった。しかし時代はまるで写真のような、精巧に描かれた美しい絵ばかりが流行っていた。男が路上に出て絵を並べると気味悪がられ、挙句に少年たちに石を投げられる始末だ。男は仕方なく雑誌などに載せる文書を打つ仕事をしながら、一人で絵を描き続けていた。
そんな生活をして五十年。男は誰にも認められること無く、その生涯を終えようとしていた。幸か不幸か、日に当たらず地下のような場所で過ごしていたのが男には合っていたらしい。同世代の中では長生きをした。男は最後に自分の作品を並べ、次に書くべき物は何かと頭を捻る。
浮かんだのは一つの絵だった。自分と、自分を連れて行ってくれる天使。
――ああ……私は誰かに、絵でもいいから看取って欲しいのか。
孤独は全てキャンパスにぶつけてきた。誰が理解してくれなくとも良かった。書き終えた瞬間は達成感と虚しさが襲ってくるのだが、時間が経てば少しは愛着が湧いてくる。
男は筆を手に取った。
激しい雷雨の中、人々は大人しく家に篭り、それぞれに暇を潰していた。そんな矢先、思いがけない事件が起こる。
雨風で心配になった近所の者が森の様子を見に来た際、何か異常を感じて通報した。話によると廃墟になっていた教会の様子がおかしいので、見に来てほしいとのことだ。
さっそく足を踏み入れると、廃墟になっていたはずの教会は、確かに人がいた跡がある。現場は二階まである吹き抜けの造りで、一階にはキッチンと大部屋が一つ。二階には部屋が一つ。
後ろに十字架があるこの大きな部屋は、よくある教会の造りとは別に、中央に何メートルにもなる長い机が置かれていた。
そして机の上には様々な料理が乗っていた。至る場所にカラフルなクリームがついている。それらは乾燥し始めていたが、まだ触ると柔らかい。真ん中辺りのチキンやミートパイの上にも、飛び散ったようにクリームが散乱している。さすがにテーブルを埋め尽くす程の料理は用意できなかったのか、それでも三メートル程は沢山の食べ物が乗っていた。そしてその中で異彩を放っているのが、誕生日ケーキらしき物体だ。
HAPPYBIRTHDAYというお決まりの大きなチョコレートの飾りはバラバラに床に散らばって、ぐちゃぐちゃになっていた。ケーキはほとんどが赤で、元が何だったのかも分からない。肉のような物と、玩具のような眼球。大量の血で染められたテーブルに、この場で起こったことは只事ではないと感じた。
他の場所も回ってみたが、この部屋以外は変わったところがない。そもそも誰かが触れた形成もなかった。キッチンは蜘蛛の巣が全体に作られ、棚や床には埃が積もっている。あの大量の料理はどこから運んだのだろうか。
残りの二階の部屋だけはどうしても開かなかった。中で何かが引っかかっているのか、これは後で開けられるのを待つしかない。
この部屋にいたのはどんな人物だったのだろう。教会自体所有者はいなかった。何年も閉鎖されており、誰も踏み込むことのない敷地の中にある。元々の土地の所有者は、とうの昔にこの世を去っていた。
この事件は人々を震撼させた。遺体と思われるパーツから浮かんだ人物像は、幼い少年のものだったからだ。
一体何が起こり、誰が死んだのか?
教会の真ん中でニヤリと口角を上げてしまっていた。
俺はこの謎を解かない限り、死んでも死に切れないだろう。例え命を失うことになっても、意地でも解いてみせよう。それほどこの場所に、事件に焦がれてしまったのだ。
★
その地域だけのニュースだったはずが、今度は世界中に知れ渡った。
事件の起こった教会で、一人の男が十字架に磔にされていたらしい。内臓は抜き取られ、目の前の皿に盛り付けてあった。そこには『eat me』との血文字まで書かれている。誰の意図なのか、ただの愉快犯か?
そして同一犯か分からないが、現場から五百メートルほど離れた、これまた廃墟になっていた教会の裏庭。苔の生えた、元は綺麗だったであろう白い陶器の置物の前で、男性が同じように臓器を抜かれ殺されていた。その男性の体の周りには大量の懐中時計が置かれている。その気味の悪さと、有名な童話をモチーフにしているかのようなこの犯人は『madhatter』と呼ばれることになる。
そしてこの派手さが原因か、ブラックラビットと名乗る団体からマスコミ宛に、今度はあの教会で誰かを殺すなどの手紙が届いた。それに続いたのか、物語に出てくるキャラクターをもじった偽物の手紙は、机の上に山積みになっていた。
その中で本当に一件の無差別殺人が起きたが、目撃者がいた為呆気なく逮捕された。その時の男は今回の事件に触発されたなどと発言している。
madhatterはカニバリズム者だ。体をほじくって研究している。ただの死体フェチなど様々な噂は収集がつかなくなっていた。
数週間後、新たな事件では女性が狭い物置小屋の中で殺された。遺体の周りには白いバラが散乱していて、そのバラはわざわざ用意したのか、赤い塗料で汚されていた。そしてその横には、『女王の意志を代行する者』と黒炭で書かれた文字が木の床に書いてあった。
全くふざけている。犯人はどういうつもりなんだ。何故全てをあの童話に絡めてくるんだ? まぁ頭のイカれた奴のことなど考えても仕方ない。
そしてまた被害者の身元割りを始めた。
★
ああ神よ……なぜ私はこんな目に合っているのですか。私はそんなに罪深い人間なのでしょうか。自らを犠牲にし、欲望の赴くままに作品に向き合うことは罪なのでしょうか?
呪いの絵――そんな噂を立てられ、その芸術家は呪いの人となり、家は呪われた場所になった。
男の絵はムンクの叫びのようなおぞましい表情、昼か夜か分からない空、抽象的に恐怖を表したような特徴があった。しかし時代はまるで写真のような、精巧に描かれた美しい絵ばかりが流行っていた。男が路上に出て絵を並べると気味悪がられ、挙句に少年たちに石を投げられる始末だ。男は仕方なく雑誌などに載せる文書を打つ仕事をしながら、一人で絵を描き続けていた。
そんな生活をして五十年。男は誰にも認められること無く、その生涯を終えようとしていた。幸か不幸か、日に当たらず地下のような場所で過ごしていたのが男には合っていたらしい。同世代の中では長生きをした。男は最後に自分の作品を並べ、次に書くべき物は何かと頭を捻る。
浮かんだのは一つの絵だった。自分と、自分を連れて行ってくれる天使。
――ああ……私は誰かに、絵でもいいから看取って欲しいのか。
孤独は全てキャンパスにぶつけてきた。誰が理解してくれなくとも良かった。書き終えた瞬間は達成感と虚しさが襲ってくるのだが、時間が経てば少しは愛着が湧いてくる。
男は筆を手に取った。
0
あなたにおすすめの小説
嘘をありがとう
七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」
おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。
「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」
妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。
「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる