Happy birthday to...

膕館啻

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久しぶりの嵐だった。
激しい雷雨の中、人々は大人しく家に篭り、それぞれに暇を潰していた。そんな矢先、思いがけない事件が起こる。
雨風で心配になった近所の者が森の様子を見に来た際、何か異常を感じて通報した。話によると廃墟になっていた教会の様子がおかしいので、見に来てほしいとのことだ。
さっそく足を踏み入れると、廃墟になっていたはずの教会は、確かに人がいた跡がある。現場は二階まである吹き抜けの造りで、一階にはキッチンと大部屋が一つ。二階には部屋が一つ。
後ろに十字架があるこの大きな部屋は、よくある教会の造りとは別に、中央に何メートルにもなる長い机が置かれていた。
そして机の上には様々な料理が乗っていた。至る場所にカラフルなクリームがついている。それらは乾燥し始めていたが、まだ触ると柔らかい。真ん中辺りのチキンやミートパイの上にも、飛び散ったようにクリームが散乱している。さすがにテーブルを埋め尽くす程の料理は用意できなかったのか、それでも三メートル程は沢山の食べ物が乗っていた。そしてその中で異彩を放っているのが、誕生日ケーキらしき物体だ。 
HAPPYBIRTHDAYというお決まりの大きなチョコレートの飾りはバラバラに床に散らばって、ぐちゃぐちゃになっていた。ケーキはほとんどが赤で、元が何だったのかも分からない。肉のような物と、玩具のような眼球。大量の血で染められたテーブルに、この場で起こったことは只事ではないと感じた。
他の場所も回ってみたが、この部屋以外は変わったところがない。そもそも誰かが触れた形成もなかった。キッチンは蜘蛛の巣が全体に作られ、棚や床には埃が積もっている。あの大量の料理はどこから運んだのだろうか。
残りの二階の部屋だけはどうしても開かなかった。中で何かが引っかかっているのか、これは後で開けられるのを待つしかない。
この部屋にいたのはどんな人物だったのだろう。教会自体所有者はいなかった。何年も閉鎖されており、誰も踏み込むことのない敷地の中にある。元々の土地の所有者は、とうの昔にこの世を去っていた。

この事件は人々を震撼させた。遺体と思われるパーツから浮かんだ人物像は、幼い少年のものだったからだ。
一体何が起こり、誰が死んだのか?

教会の真ん中でニヤリと口角を上げてしまっていた。
俺はこの謎を解かない限り、死んでも死に切れないだろう。例え命を失うことになっても、意地でも解いてみせよう。それほどこの場所に、事件に焦がれてしまったのだ。



その地域だけのニュースだったはずが、今度は世界中に知れ渡った。
事件の起こった教会で、一人の男が十字架に磔にされていたらしい。内臓は抜き取られ、目の前の皿に盛り付けてあった。そこには『eat me』との血文字まで書かれている。誰の意図なのか、ただの愉快犯か? 
そして同一犯か分からないが、現場から五百メートルほど離れた、これまた廃墟になっていた教会の裏庭。苔の生えた、元は綺麗だったであろう白い陶器の置物の前で、男性が同じように臓器を抜かれ殺されていた。その男性の体の周りには大量の懐中時計が置かれている。その気味の悪さと、有名な童話をモチーフにしているかのようなこの犯人は『madhatterマッドハッター』と呼ばれることになる。
そしてこの派手さが原因か、ブラックラビットと名乗る団体からマスコミ宛に、今度はあの教会で誰かを殺すなどの手紙が届いた。それに続いたのか、物語に出てくるキャラクターをもじった偽物の手紙は、机の上に山積みになっていた。
その中で本当に一件の無差別殺人が起きたが、目撃者がいた為呆気なく逮捕された。その時の男は今回の事件に触発されたなどと発言している。
madhatterはカニバリズム者だ。体をほじくって研究している。ただの死体フェチなど様々な噂は収集がつかなくなっていた。

数週間後、新たな事件では女性が狭い物置小屋の中で殺された。遺体の周りには白いバラが散乱していて、そのバラはわざわざ用意したのか、赤い塗料で汚されていた。そしてその横には、『女王の意志を代行する者』と黒炭で書かれた文字が木の床に書いてあった。

全くふざけている。犯人はどういうつもりなんだ。何故全てをあの童話に絡めてくるんだ? まぁ頭のイカれた奴のことなど考えても仕方ない。
そしてまた被害者の身元割りを始めた。




ああ神よ……なぜ私はこんな目に合っているのですか。私はそんなに罪深い人間なのでしょうか。自らを犠牲にし、欲望の赴くままに作品に向き合うことは罪なのでしょうか?

呪いの絵――そんな噂を立てられ、その芸術家は呪いの人となり、家は呪われた場所になった。
男の絵はムンクの叫びのようなおぞましい表情、昼か夜か分からない空、抽象的に恐怖を表したような特徴があった。しかし時代はまるで写真のような、精巧に描かれた美しい絵ばかりが流行っていた。男が路上に出て絵を並べると気味悪がられ、挙句に少年たちに石を投げられる始末だ。男は仕方なく雑誌などに載せる文書を打つ仕事をしながら、一人で絵を描き続けていた。
そんな生活をして五十年。男は誰にも認められること無く、その生涯を終えようとしていた。幸か不幸か、日に当たらず地下のような場所で過ごしていたのが男には合っていたらしい。同世代の中では長生きをした。男は最後に自分の作品を並べ、次に書くべき物は何かと頭を捻る。
浮かんだのは一つの絵だった。自分と、自分を連れて行ってくれる天使。
――ああ……私は誰かに、絵でもいいから看取って欲しいのか。
孤独は全てキャンパスにぶつけてきた。誰が理解してくれなくとも良かった。書き終えた瞬間は達成感と虚しさが襲ってくるのだが、時間が経てば少しは愛着が湧いてくる。

男は筆を手に取った。
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