純製造型錬金術師と黄金の鷹

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5.一日の始まり

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 目の前には、一面の雪原が広がっていた。
 ……え、ちょっと待って。さっきまで私、山にいたよね?
 なにゆえに雪景色?

「さ……寒い……っ」

 思わず両腕を抱え込むようにして体を縮めた。錬金術師のコスチュームは、というよりこのゲームの女キャラクターは総じて薄着だ。北国マップには向かない。
 今、サンタ衣装が切実に欲しい。クリスマスイベントの時にやっとくべきだった。
 あの時期は、ハイポーションの製薬成功率が八割を超えたのが嬉しくて、期間イベントを後回しにして製薬に勤しんでいたんだった。……うん、気が付いたら終わってたよ。

「ナナミ、クエストを確認してごらん」
「え?」

 ふと隣を見ると、麗しの王子様が微笑を浮かべながらこちらを見ていた。

「《ステータス》」

 音もなく現れた半透明のスクリーンの一番下に表示されている文字を音読してみる。

「進行中クエスト:雪だるまを10個作る。……え?」

 なにゆえに雪だるま。しかも10個て。

「無理。凍える。寒い」
「うーん、でもこのクエストを達成しないと元の世界に帰れないんだろう?」
「そんな……っ」

 さむい、という言葉さえ、凍り付いてしまいそうだった。
 体を動かせば温まる、かもしれないけれど。既に、半ば雪に埋まった足の感覚がない。

「困ったね。……じゃあこうしようか」

 ジークはその場に片膝をついて、右手を雪の上に置いた。
 み、見てるだけで辛い。寒い。

「――ナナミ、こちらへ」
「うん……? あ……、あったかい」
「これなら大丈夫だろう?」
「うん。ありがとう、ジーク」

 雪に触れると、それは温かく変化していた。ジークの魔法なのか。素晴らしい。
 ……温かい雪って変だな、とは思ったけれども。ゲームの世界だし。
 ともかく、早く雪だるまを作らないと。

 温かい雪を丸め、成形していく。
 スタンダードな球体を二つ重ねた雪だるま。
 耳をつけて、澄まして座っている猫をかたどった雪像。しっぽをピンと立てた犬。
 なんだかさっ〇ろ雪まつりの様相を呈してきたが楽しいので気にしない。
 雪だるま10個。私のDEXをもってすれば楽勝かも。

「ナナミ」
「……ん?」
「……すまない、さすがに頭を擦り付けるのは遠慮してもらえるとありがたい。理性がもたない」

 頭を擦り付ける……?
 ジークは何を言っているんだろう。

「ナナミ、起きてくれ」
「え?」

 軽く肩を揺すられて、私は目を開けた。
 あ……ああ。夢か。そりゃそうだ、ゲームの世界でも温かい雪なんてないよね。温めたら融けるわ。

「……? ひっ!」
「おはよう、お姫様」

 至近距離で、女神像もかくやというほどの美しい顔が微笑んでいる。
 一瞬ぽかんとジークを見上げ、自分の体勢に気づいてもがく。

 私は――、王子様に抱きかかえられていた。
 正しくは、ジークが立てた左足に背をつけてもたれ、右足の上に私の両膝が乗っている。

 いや、意味が分からない。
 私はちゃんと地面に横になった筈だし、ジークは焚火を挟んで斜め前方向で休んでいた。
 そこまで豪快な寝相はしていない。
 多分。

「わ、わた、私……ッ、なんでこんな……っ」
「うん?」

 私がどうにか離れようとしているのに気づいたのだろう、ジークは私の両脇に手を差し入れ、ひょいと地面の上に下ろした。
 その途端に肌を刺すような冷たい空気に包まれ、慌てて毛皮を引き寄せる。

「ナナミがあまりにも寒い寒いと震えていたから」

 雪原の夢を見たのは、単純に寒かったからであるらしい。
 ……そのまま放置されていたら確実に風邪をひいていただろうから、感謝するべき、なのだろう。多分。
 でも、流石に恋人でもない女を、断りもなく抱きしめて寝るのはどうなんだ。

 口には出さなかったそれを、ジークは正確に読み取ったらしい。

「え、もしかして寝ぼけてたのか? こっちへ来るか、と聞いたら、君が毛皮を抱えて来たんだけど」
「ぐっ」
「眠たげではあったけど、目も開いていたし、普通に話をしていたよ?」
「ううっ」

 心当たりのある私は呻いた。
 修学旅行や友人との旅行で、何度か「夜中に話したじゃん。え、あれ寝ぼけてたの!? ちゃんと会話成立してたよ!?」と言われた事がある。
 そんな自分を棚に上げてジークのせいにするとか。
 大体、容姿端麗の王子様が、いくら他に誰もいないとはいえ、私のような、やや凹凸に乏しい体を抱きしめたがる訳がない。
 穴。私が埋まる穴はどこだ。いっそ自分で製作するか!?

「も、申し訳ありませんでした」

 ともあれやらかしたなら誠心誠意謝り倒す、のモットーを実行すべく、私は地面の上に正座して頭を下げた。場所が場所なだけに、いわゆる土下座になったけれども気にしない。
 が、慌てたのはジークだ。

「ナナミ!? やめてくれ」
「えっ、わわっ」

 ジークは私の両脇に手を入れ、引き寄せ、ジークの脚の間に座らせた。ちょうど先ほどの逆だ。

「まったく。君には驚かされてばかりだ」
「私は至って平凡な人間なんだけど」
「純製造型冒険者で女神の渡し人で、いきなり私の上に降ってきた人間が何か言ってる」
「ぐっ」

 反論の言葉がみつからない。

「とにかく、謝られるようなことは何もない。役得だったよ」
「や……」

 王侯貴族の社交辞令こっわ。
 分かってても顔から火が出そうだ。

「気温差が大きいからね。私に抱かれて眠りたくなかったら、今日のうちに何か準備しておいた方がいい」
「言い方!!」
「ふふ。紳士としては、このマントを譲る、と言いたいところだけど。私の方も物資が乏しい。狩りはしてみるつもりだけど、剣しかないから、何が狩れるか……」
「ジーク、でもその剣はあまり使わない方が」
「ああ、呪い? 大丈夫だろう。余程怪我や病気で体力が落ちない限り、これくらいの呪いでダメージを受けることはないよ」

 そうは言っても。
 私は自分のアイテムボックスを開けて、装備品を確認してみた。しかし、自分用のダガーと、小さな弓しかない……。
 あ、でも弓は狩りで使えるかな。

「ジーク、弓は使える? あ、いや、使えますか?」
「ナナミ、敬語はやめてくれないか。言ったろう? 当面、王子だと知られたくない。普通に話してくれ」
「あ、う、うん。了解。ええと、これなんだけど。矢は通常の矢と雷属性の矢があるかな」
「助かるよ」

 ぱっとジークの表情が明るくなった。
 話を聞いてみると、ジークも冒険者ライセンスを持っており、メインジョブが剣士、サブジョブが狩人なんだそうだ。見た目にそぐわずゴリゴリの脳筋戦闘職であるらしい。魔術師の方が似合ってるんだけどなぁ。
 でも考えてみたら、魔石を使って火を熾していたっけ。魔術師なら魔法でやるだろう。

「よし、じゃあ朝食の準備をしましょう。ジーク、また火を熾してもらっていい?あったかいお茶くらいは飲みたいから」
「茶? まさか持ってるの?」
「持ってないけど。ほら、あそこ。カモミールが自生してるから、ハーブティ作れるよ」
「……なるほど」

 錬金術用の小さな鍋で、製薬用の清水を沸かす。
 ……まぁ、この鍋で体に害がある薬を作ったことはないから大丈夫だろう。

 ハーブティと、小さなパンと、アイテムボックスの中にあった林檎(モンスターのドロップで、HP小回復アイテム)で簡単な朝食にした。
 寒い中でも、食事を取ると体が温まってくる。

「さて。今日は、下山しつつ染色のためのハーブを探して、さらには狩りもして、防寒アイテムを作成する。忙しくなりそうね!」
「最後のはなくてもいいけど」
「そういう茶々を入れない!」
「はいはい。我が女神のお望みのままに」

 誰が女神だ。
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